紅蓮の空、漆黒の戦士

【その14:薄灰色のメモ】

「ただいま、ゴローちゃん」
「お邪魔します」
 北岡の言葉に続けるように、デネブが礼儀正しく一礼しながら部屋に上がる。
 その後を、不機嫌その物の侑斗と、ニヤニヤと気味の悪い笑顔を向ける浅倉が続く。
「お客様……ですか?」
 無愛想な表情を更に険しくさせ、由良は北岡の後ろに立つ人物達を見つめる。
 先程も会った手前、浅倉の事は分かるが、問題は残りの二人。一人は二十歳前後の青年で、もう一人は……どう見ても、人間ではない。
 烏天狗のような顔をした、奇妙な生き物。人語を解す辺り、先程現れたネガタロスとか言う存在と近いのかもしれない。
「まあ、そんなトコ。依頼人には会えなかったし、今日はもぉ疲れちゃったよ」
 バサリと上着を脱ぎつつ、庭を背にした席に座る北岡と、さも当然のように客席に座る浅倉。そして、オロオロしながらその場に立ちつくすデネブに、ふてくされた表情で浅倉の向かい側に腰を下ろす侑斗。
 そんな「客人」を一瞥して……由良は小さく、気付かれない程度の溜息を吐き……
「……じゃあ、何か美味いもん、作りますね」
「あ、それなら俺も手伝おう。お邪魔してるのに、何もしないのは申し訳ないし」
 デネブはここぞと言わんばかりの勢いで由良の後をついて行く。この重苦しい、ギスギスした雰囲気に耐え切れなくなったのかも知れない。
「……改めて自己紹介と行こうか。俺は北岡秀一。職業は弁護士。ゾルダの資格者って肩書きもある」
 由良とデネブが台所に消えたのを見計らって、北岡は緑色のデッキを見せながら自己紹介をする。
「で、そっちの凶暴な顔の男が……」
「浅倉威。王蛇だ」
 必要最低限の情報のみを口にしながら、浅倉は侑斗の瞳を興味深げに覗き込む。その手にはやはり、紫色のデッキを持ったままで。
「……俺は、桜井侑斗。ゼロノスに変身する。で、今台所で料理してるのがデネブ」
 ちらりと台所の方に目を向けつつ、姿の見えない相棒の事も一応の紹介する。無論、こちらもゼロノスのカードをこっそりと構えて。
 紹介と言っても、名乗っただけ。初対面の……それも、敵かもしれない相手に対して詳しい自己紹介をするほど、侑斗はお人好しではないし、間抜けでもない。もっとも、北岡の家までついて来た時点で、相当な間抜けだとも言えなくはないのだが。
「デネブ君ね……どうやらミラーモンスターって訳じゃあなさそうだ。一体彼は何なのかな?」
 あからさまに探りを入れてくる北岡に、自然と侑斗の目つきも鋭くなる。そんな侑斗の反応が楽しいのか、浅倉は喉の奥で低く笑っている。
「そんな警戒しないでよ。俺はただ、ミラーワールドの関係者なのかどうか、知りたいだけなんだからさぁ」
「それを知って、どうするんだよ?」
「質問を質問で返すのは、あまり上策とは言えないよねぇ」
 睨み付けてくる侑斗に対し、ひょいと肩をすくめて返す北岡。
 飄々とした態度だが、有無を言わさぬ威圧感がある。それはどこか、デンライナーのオーナーに通じる物があるかもしれないと、頭の片隅で侑斗はぼんやりと思う。
 まあ、その威圧感に飲まれてしまうような彼ではないのだが。
「ま、さっきは助けてくれたし、今は気にしないようにするよ」
「ふん。随分と丸くなったもんだな、北岡」
 案外あっさりと身を引いた北岡に面食らったのか、浅倉は鼻で笑いながら……しかしどこかきょとんとしたような顔で、小さく呟く。
「あのさぁ浅倉。お前、俺の事一体どういう目で見てた訳?」
「我儘で自己中心的で金に汚い、役立たず」
「……聞いた、ゴローちゃん!? 浅倉の奴、俺の事役立たずだと思ってたんだって!」
 心外と言わんばかりの表情で、北岡は台所にいる自分の秘書に愚痴をこぼした。
 威厳があるのか情けないのかよく分からない奴だ、と言うか我儘と自己中心的と金に汚い部分は否定しないのかと思いながら、侑斗は北岡をじっと見つめる。
 ……イマジンを探さなければならないのだが、気がつけばミラーモンスターを従えた戦士と共にいる。しかも、彼らはイマジンとは異なる……「ファンガイア」とか言う存在に襲われていた。
 一体何が起きているのか、理解できていないと言うのが、今の侑斗の状態である。
 ……一方で、理解できないのは北岡と浅倉も同じであった。
 突然現れた、ネガタロスと名乗った「イマジン」や、恐らくそいつが放った刺客らしき「ファンガイア」なる存在。そして、侑斗がつれてきたデネブと言う名の異形。
 それは、明らかにミラーモンスター達とは異なる種族だ。何しろ、ミラーモンスターは自分達とは反対で、こちら側では九分五五秒しか存在できないのだから。少なくともデネブとやらは、出会ってから既に一〇分以上経過しているが、消滅しそうな雰囲気はない。
 ……互いに知りたいと思い、探り合うのは、至極当然だった。
「とにかく、俺は忙しいんだ。イマジン……怪人を探さなきゃならないからな」
 重苦しくなった雰囲気の中、先に言葉を放ったのは……侑斗。この台詞は、彼の賭けであった。
 もしも彼らがイマジンを知っていたのなら、リュウガ同様、自分の敵である確率が一気に上がる。あわよくば、彼らからイマジンの情報を聞きだせるかもしれない。そう考えたが故の台詞。
「イマジン、か。確かその単語は、さっきも聞いたな」
 侑斗のその意図を知ってか知らずか、浅倉は不機嫌そのものの声で言い放つ。
「ああ、ネガタロス、だっけ? 俺達を勧誘してきた怪人」
「勧誘?」
「そ。『悪の軍団(仮)に入らないか』とか言ってたね」
「馬鹿馬鹿しすぎて相手にしなかったが……そいつがどうした?」
 直線的に物事を運ぼうとする、イマジンらしいやり方だと思う一方で、その目的が分からない。悪の軍団を作る事が契約者の望みとは考えられないし、仮にそれが望みだとして、契約は完了しているはずである。それに、自分達が追っているイマジンは、デンライナーのライダーパスを盗んでいる。
 考えられる事は二つ。一つは、侑斗の追っているイマジンと北岡達が会ったと言うイマジンは別の存在である事。もう一つは、互いの話の中に出てくるイマジンは同一の存在で、契約履行のための「手段」として悪の組織を立ち上げ、人手を集めているのではないか。
「なあ、あんたらはそいつの居場所、知らないか?」
「悪いけど、知らないね。浅倉は?」
「知るか。そいつが何をしようとしているのかにも、興味ない」
 素気ない二人の返事に、侑斗は小さくそうか、とだけ呟く。
 基本的に、イマジンの行動はすべて、「過去」を変えて自分達が存在する……生まれるはずの「未来」に変えるためにある。故に、「興味ない」の一言で片付けられるような事ではないのだが、だからと言って積極的に浅倉達に教える必要もない。……いらぬ混乱を招くだけだ。
「ま、さっき俺達を襲った連中は、十中八九そのネガタロスとか言う奴の放った刺客だろうけどね」
「……何でそう思うんだ?」
「悪を、自ら名乗るような奴だよ? 俺が奴の立場なら仲間にならなかった、自分の存在を知った……それだけで充分殺すに値するよ」
「返り討ちにしてやったけどな」
 その瞳に、怪しい光を宿しながら、北岡と浅倉がそれぞれの言葉を放つ。
 この二人は、現状を楽しんでいる……そんな印象を受ける。気だるそうだが、何だかんだ言って北岡は情報を小出しにしてくるし、浅倉は隙あらば戦いに持っていこうとする気配を隠しもしない。
 ある意味、野上のイマジン……ウラタロスとモモタロスにも通ずるような所がある。
 あちらは確実に「敵ではない」だけ、幾分マシだが。
 しかし、北岡達の言う通り先程の異形、ファンガイアがイマジンの指示で動いていたのならば、自分はイマジンとの接触の機会を自分自身の手で潰した事になる。
 もし、そうだとしたら……我ながら、何と情けない事をしたのだろう。
 そう思い、本日何度目かの深い溜息を吐いた矢先。侑斗の視界が、ふっと翳った。
「先生」
 影の主は、パスタを盛った皿を両手に持った由良。その後ろでは、デネブがコップと水を運んできている。
「早かったねぇゴローちゃん」
「こちらの方が、手伝ってくれましたから。結構手際も良くて助かりました」
 皿を置きながら、由良は視線をデネブに移す。視線を向けられた方は、照れた様に頭を掻いた。
「それで……さっきの『ネガタロス』とか言う奴の事なんですけれど」
「……何、ゴローちゃん。そいつがどうかした?」
「一応、居場所を書いたメモみたいな物を渡されてます」
 台所で話を聞いていたのだろうか。言いながら、由良はズボンのポケットから一枚のメモを取り出す。そこには、ホテルの名前と、そこまでの地図らしき物が描かれている。
「いつ渡されたんだ、そんな物」
 不審そうに、浅倉が問う。
 それもそのはず、彼らがネガタロスと出会った時、ネガタロスは由良の側に来なかったのだから。仮に来ていたとして、由良にそのメモを渡したシーンを、一緒にいた二人が気付かぬはずがない。
「……先生達が車から降りた、直後くらいです。俺の所に来て……『気が変わったらいつでも来い』と……」
 言いながら、由良はメモを北岡に手渡す。無表情に見えるが、その目は心配気に北岡を見つめている。
 それに気付いているのかどうかは定かではないが、手渡された方も一瞬だけ由良の顔を見て……大きく一つ、溜息を吐いた。
「……あの時も言ったけど、興味ないな」
 そう言うと、さも当然のようにそのメモを侑斗に差し出した。
「……何のつもりだ?」
「俺にとってはさぁ、この紙切れってゴミなんだよね。だから、捨ててきてくれない?」
 侑斗の問いに、さも当たり前のように返す北岡。しかもその顔にはにこやかな笑みすら浮かんでいる。
 ……彼の台詞を、言葉通りに取るのであれば、相当頭に来る言い分だが……侑斗には、その真の意味を読み取れた。
 ……教えてくれているのだ。わざわざ、遠回りな言い方をして。
 真意は分からないが、くれると言うのだから貰っておくに越した事はない。それが真実なら儲け物だし、偽りなら最初に戻るだけ。そして罠なら……叩き伏せるのみ、だ。
 そう思うや否や、侑斗は差し出されたメモを半ばひったくるようにして受け取り……
「行くぞデネブ」
「え、でもまだ食事が……それにゴミ箱ならそこにあるぞ?」
「馬鹿! いいから行くぞ! ……って言うかお前、何右手に持ってるんだよ!?」
「椎茸。今日こそ侑斗に食べてもらおうと思って」
「……絶対に食わないからな」
「そんな事言わずに。折角、吾郎さんから良い冬菇どんこを貰ったのに……」
 後ろでぶつぶつ言うデネブを無視し、侑斗は一瞬だけ北岡達の方を振り返ると……サンキュ、と言ってその家を飛び出す。それに続くように、デネブの方も深々と頭を下げて北岡邸を後にした。
「……貴様らしくないな」
「面倒事は、他人に任せる主義なの。これで彼らが大元を潰してくれれば、御の字じゃない」
 侑斗達の姿が消えてから、浅倉が呟いた言葉に、北岡は再び椅子に深く腰掛けてからそう返した。
 いつの間にか、その手にはパスタの盛られた皿と綺麗に磨かれたシルバーのフォーク。
「……やはり貴様は甘くなった」
「そう言うお前こそ、随分丸くなったんじゃない?」
 小ばかにしたように……それでいて、どこか嬉しそうに、二人は互いに言い合うと、手元の皿に手をつけた。
 別の場所で、たった今、激闘が始まっているとは思いもせずに。
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