紅蓮の空、漆黒の戦士

【その13:七色の刺客】

「侑斗。なあ、侑斗!」
「……何だよ?」
 半ばオーナーの策略により、西暦二〇〇八年四月十日に降り立った侑斗とデネブ。
 ただ今、イマジン探しの真っ最中である。
 しかし、肝心のイマジンは見つからず、その他諸々の事情……まあ、「諸々」の大半は、デネブが夕飯の食材を買おうと寄り道をしまくっている事が挙がるのだが……で、侑斗の苛立ちが頂点に達した時。
 デネブが侑斗に声をかけた。
「……また下らない事じゃないだろうな?」
「下らないって……最近は物価も高くなってるから、食材は安い内に買っといた方が良いのに……」
「……言いたい事はそれだけか?」
「ああ! 違う違う!」
 ギロリと睨みつけながら言った侑斗に、慌ててデネブが首を横に振る。
 侑斗の機嫌がすこぶる悪いが、そこはデネブの持ち前の鈍感力でさらりと流しつつ、「気付いた物」の方を指し示す。
 自分達からほんの少しだけ離れた所に、二人の男が歩いている。
 一人は仕立ての良さそうなスーツを着こなし、どことなく知性的な印象を受ける。もう一人はスーツの男とは真逆で、着崩された感じの格好に、怪しい目つき、乱暴そうな印象。
 奇妙な取り合わせではあるが、別に気に止める要素は一切ない。イマジンが憑いている気配もない。
「あの二人がどうかしたのか?」
「違う、あの二人の映ってるガラスの中!」
 言われて、眼を凝らして見てみると……ガラスに映りこんだ彼らの姿に付き従うかのように、二体の異形の姿があった。
 ……ミラーモンスター。間違いなくそう呼ばれている存在だと、侑斗もすぐに勘付く。ミラーワールドで見た物と、姿形は異なっているが、現実世界に存在していない事や、妙に機械的な体躯を考えると、間違いないだろう。
 スーツの男の後ろに控えるのは、緑色をした二足歩行の野牛を思わせる異形で、その姿は人間より、一回りか二回り程大きい。もう一方の男の後ろで控えているのは、紫色の体躯を持った、どこかコブラを思わせる異形。
 男達を襲う様子もなく、二体の異形はただ男達を眺めているだけに留まっている。
 だが、安全という訳ではない。オーナーの言った事が正しければ、ミラーモンスターは鏡の向こうから人間を襲い、自らの糧とすると言う。ひょっとすると、異形達は彼らを狙っているのかもしれない。
 危険だと思い、油断なくその二人を見つめて……もとい、監視していた、その時。
 目つきの悪い方の男が、二人の視線に気付いた。
「……何を見てやがる?」
「別に。奇妙な取り合わせだと思ってただけだ。不愉快にさせたんなら、悪かったな」
 妙に威圧的な……常に苛立っている者特有の、誰にでも喧嘩を売るような相手の言葉に臆す事なく、侑斗は軽く言葉を返す。
 下手に、ミラーモンスターを見ていた、などと言おうものなら、相手にパニックを起こさせかねないと感じ、侑斗は最初に思った感想を口にする。
 嘘ではないのだから、それなりに信用してもらえると思ったのだが……
「どっちかって言うと、俺と浅倉の後ろを見てた風に思えるんだけど?」
 今度はスーツの男が、ひょいと肩をすくめながら侑斗の……と言うか、デネブの視線の先に眼を移す。そして……ミラーモンスターの姿が、視界に入ったのだろう。一瞬だけ顔を顰めた後、再び侑斗とデネブに向き直り……
「へえ……お宅ら、こいつらが視えてるんだ?」
「どう言う意味だ、北岡?」
「後ろのガラス。彼らの視線は、俺達って言うよりもマグナギガとベノスネーカーの方に向いてるんだよね」
 スーツの方……北岡と呼ばれていた男は、不思議そうな表情で言いながら、自分の後ろにあるガラスを……正確にはその中にいる、牛に似たミラーモンスターを指し示す。
 もう一人の、目つきの鋭い方……浅倉と呼ばれた男は、それを確認するや邪悪な……そして、心底愉快そうな表情を浮かべた。その手に、モンスターと同じ、紫色をしたカードデッキらしき物を構えて。
「だったら、こいつもライダーだ。……そう言う事だろう?」
「ライダー? 何の事だ?」
「とぼけるな」
 浅倉の苛立った声が、侑斗の疑問を遮る。
ミラーモンスターこいつらが見えてるんだろう? だったら、貴様はライダーのデッキを持ってるはずだ」
 舌なめずりをしながらそう言い放つ浅倉に、侑斗は反射的にゼロノスのカードとベルトを構え、臨戦態勢に入る。
 そう言えば「ライダー」という単語。リュウガもゼロノスに変身した侑斗を見て、そう表現していた。ならば、彼らもリュウガ同様、騎士に似た姿に……電王やゼロノスのように変身し、戦うのだろうか。
 だが、そんな侑斗の考えを……警戒をよそに、北岡、浅倉の二人は侑斗の構えたカードを見て、驚愕の表情を浮かべた。
「……どういう事だ? ライダーのカードじゃない?」
「オルタナティブ……でもないね」
 どうやら彼らの想像していた物と、侑斗が取り出した物が異なっていたからのようだが……そこまで驚かれるような事なのだろうか。
「侑斗、変なカードがある」
「何だよ?」
 相も変わらず空気の読めないデネブに、くいと袖を引かれながら言われてよく見てみれば……ゼロノスのカードの束の中に、たった一枚だけ、それとは異なるカードが入っていた。
 「SEAL」。封印と書かれた、見覚えのないカードが。
 いや……見覚えは、ある。ミラーワールドに向かった際に、オーナーが自分達に手渡したカードが、似たような仕様だった。しかし、あの時のカードは、確かデッキごと完全に消滅したはず。何故、ゼロノスのカードの中に、こんな物が混ざっているのか……?
 疑問に思った瞬間。
 いつから居たのだろうか。黒いスーツに身を包んだ、いかにも「悪人」な男達が、侑斗達を……正確には北岡と浅倉を取り囲んだ。
「……何だ、貴様ら?」
 相手の放つ敵意を敏感に察知した浅倉が、訝しげな表情で相手に問いかける。
 しかしその声は、どこか楽しそうで……それこそ彼の背後に控える毒蛇と同じような雰囲気を漂わせながら、相手を見やる。
 しかし、その刹那。男達は浅倉の問いには答えず、その顔に教会のステンドクラスを連想させる模様のような物が浮かび上がらせると、姿を「人間」から別の存在……有体に言えば、異形へ変化させた。
「これ、ひょっとして『刺客』って奴じゃないのかなぁ?」
 溜息を吐きつつ、北岡はそう呟くと……異形達に向かって背を向ける。その視界の先には、ミラーモンスターの映りこんだガラスがある。それに倣うように浅倉もまた、ガラスの方に向き直り、自らの姿をガラスに映す。
 一瞬、侑斗にはその行為の意味が分からなかった。そして、彼らを囲む異形達にも。
 いち早く彼らに表れた「変化」に気付いたのはデネブ。
 「ガラスに映る彼ら」の腰に、ベルトのような物が装着されたかと思うと、それが反転し……「現実世界の彼ら」の腰に巻きつく。
「変身」
「変身」
 言うと同時にポーズを決め、彼らが持っていたカードケースをベルトに装着する事で、鎧のような物が二人の体を包む。
 北岡は緑色の、重厚な雰囲気のある戦士に、浅倉は紫色の、身の軽そうな戦士となって、それぞれ異形の方へと向き直る。浅倉に至っては、軽く首を回す仕草まで見せた。
 鎧の意匠こそ異なる物の、そのデザインはどこかリュウガに通じる物がある。
「……来い」
 くい、と浅倉が指で招くと同時に、今までガラスに映っていただけのミラーモンスター二体が、現実世界へとその姿を現す。
「喰え」
 浅倉の号令の下、紫の大蛇が異形を襲い、喰らう。
――ミラーモンスターは他の存在……主に『外』の人間の生命エネルギーを糧に生きてる――
 オーナーの言葉を思い出し、目の当たりにしている光景にぞっとするデネブ。ミラーワールドで、リュウガに従っていたミラーモンスターも、倒した相手のエネルギーらしき物を喰らっていたが……
「な!? 我々ごとライフエナジーを食うのか!?」
「おのれ……獣如きが、我々ファンガイアに歯向かうとは!」
 仲間が食われるのを見て、異形達……自らを「ファンガイア」と呼ぶそいつらがいきり立つ。そして、飼い主……と思われる浅倉の方へと襲い掛かり……
「浅倉に、気を取られすぎ」
『SHOOT VENT』
 北岡の声の一瞬後に、電子音が響く。
 リュウガと戦った時に聞いた時より、随分と音がはっきりと聞こえる。
 だが、そう認識した直後には、ファンガイアの内の何体かが、北岡の持つランチャーの砲撃に吹き飛び、そこを緑色の猛牛が襲う。
 積極的に動く浅倉のモンスターとは対照的に、北岡のモンスターは来た者を喰らうだけらしい。
「侑斗! 俺達も手伝った方が良い。見ているだけなんて、申し訳ない」
「……別に、手伝う訳じゃない。俺は降りかかってきた火の粉を払うだけだ。だから……さっさと片付けるぞ、デネブ」
 自分に向かって襲い掛かる相手の一撃をかわしながら言って……侑斗は、自らの腰にベルトを巻き、カードをそこへ通す。
 刹那、独特のミュージックホーンが周囲に響き……
「変身」
『VEGA FORM』
 北岡達の物とは、また異なる……少し反響したような電子音の宣言と共に、侑斗の体を黒のオーラスキンが包み、オーラエネルギーと化したデネブがその身を守る鎧へと変化する。
 胸部にデネブの顔を模した飾りが、そして背には漆黒のマントをたなびかせ、デネブのイメージの元……弁慶を髣髴とさせる、重厚な戦士、ゼロノスのベガフォームへと変身する。
「最初に言っておく。他人に迷惑のかかるような戦い方は、良くない」
 それだけ言うと、襲い掛かる異形に向かって、サーベルモードに組み上げたゼロガッシャーを大きく振るう。
「ほぉ……」
 感心したような声をあげつつ、浅倉も周囲の異形を、いつの間にか持っていた……と言うより召喚した剣で切り伏せていく。
「この感じ……ちょっと懐かしいかも」
「ふん。貴様と共闘するとは思っていなかったがな」
「まあまあ、お二人とも仲良く」
 撃ちながら、貫きながら、そして斬り伏せながら。
 敵を倒し、それでも三人の戦士は軽口を叩きあっていた。
 ……それが、ファンガイアには気に入らなかったらしい。咆哮と共に、残っていたファンガイア達が一斉に三人に向かって襲い掛かった。
「あまり戦いが長引くと、街の人に迷惑がかかる」
 言うが早いか、デネブはゼロノスのカードをベルトから引き抜き……
『FULL CHARGE』
 ゼロガッシャーにカードを差し込み、淡く光る切っ先をファンガイアに向かって振り下ろす。
「あ、が……!?」
 振り下ろされた方は、悲鳴を上げる事すらできずに、ステンドグラスの様な破片となって、砕け散った。
「……面白い」
『FINAL VENT』
 浅倉も、ベルトからカードを一枚引き抜くと、それを持っていた杖状の武器に読み込ませる。
 電子音と同時に、それまで勝手にファンガイアを喰らっていた紫の蛇が浅倉の背後に回り、口を開く。その口から、何かの液体……毒液か、溶解液かを勢い良く吐き出し、その勢いに乗って浅倉が宙を飛び、蹴りを繰り出す。
 液体と、蹴りの二段攻撃……実際は蹴りは何発も放たれているので、二段攻撃とは正確な表現ではないのだが……を喰らった敵も、やはりその場で一瞬だけ固まったあと、粉々に砕け散る。
 その一体を最後に、刺客……ファンガイアなる者達は、消え失せた。
「何だ。やっぱりお宅もライダーなんじゃない」
「変わったモンスターだな。……俺が飼ってやろうか?」
 ベルトを外し、その変身を解く侑斗を見ると同時に、北岡が肩を叩きながら囁く。浅倉の方は、実に楽しそうにデネブを見ながらそんな事を言う。彼らも、いつの間にかその変身を解いており、今までファンガイア達を捕食していたミラーモンスター達も、既にミラーワールドへと帰還している。
「後ろの烏天狗みたいな彼は、お宅の契約モンスター?」
「あ、デネブです。侑斗をよろしく」
「よろしくしてる場合か、この馬鹿!」
 嬉しそうな声を挙げ、キャンディーを渡そうとするデネブの後頭部を思いっきり叩いた後、侑斗は半ば睨みつけるように相手を見る。
 ミラーモンスターと契約している戦士である以上、リュウガ同様「敵」だと思って差し支えないはず。しかも浅倉に至っては、デネブまで狙っているような気配がある。
「別に、あんたらには関係ないだろ」
「そう言わずにさ。俺ん家でも寄っていかない? ライダー同士の邂逅を祝して」
「これから仕事じゃなかったのか?」
 浅倉の指摘に、北岡は一瞬だけがっかりしたような表情になり……
「もう、完全に大遅刻だからね。あっちも別の人間雇うでしょ。この職業、信用第一なのよ」
 そう言って。
 北岡は、半ば無理矢理侑斗を引っ張りながら、自分の家兼事務所へと戻って行った。
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