紅蓮の空、漆黒の戦士

【その11:鈍色の選択】

「香川先生」
「どうかしましたか、東條君」
「これ……何なんでしょう?」
 清明院大学の研究室にて、ポストドクターの一人である東條悟が、指導教官たる香川英行に見せたのは、白に近い薄青のカードケースだった。
 真ん中には金色で、虎を思わせるモチーフが施されている。中身は勿論カードだが、何かのゲームに使う物なのか、カードデッキのような印象を受ける。
「この間、自分の家に落ちていて……見覚えがないんです」
「君に見覚えのないそれを、どうして私に聞くんですか?」
「いえ、その……何となく、先生に聞いたら分かるような気がしたんですけど……」
 やっぱりご存じないですよね、と呟いて、東條はそのデッキケースを不気味そうに眺める。
 それに心当たりなど、全くない。
 だが、どう言う訳か香川に聞けば分かるかもしれないと、そのケースを手にした時に思った。
 今まで先延ばしになっていたのは、単純に香川が季節外れの家族旅行へ出ており、今日まで大学に出勤してこなかったからに過ぎない。
 別の研究室のポストドクターである仲村創にも聞いてみたが、知らないと答えていた。
「私も、何でも知っている訳じゃありません。どこに落ちていたんです?」
「風呂場の、鏡の前です」
「ふむ。泥棒と言う線は消えましたか」
 物を置いていく泥棒と言うのも考えにくいが、なくはない。しかし、わざわざ風呂場の姿見の前にカードケースを置いていく泥棒の存在など、限りなくゼロに等しい。
 しかも、物はカード……水に濡れて良いものとは、あまり思えない。
 さも当たり前のように自分の家にあった事自体が不気味極まりない。
 それでも、香川に聞くまではと思い、捨てずに置いておいたのだが……それもどうやら無駄だったらしい。
 香川にも心当たりがない以上、持っていても仕方がない。
「じゃあ、不気味なんで、捨てますね、これ」
 特に反対する気配もない香川を見ながら、東條は何の未練もない様子でそのカードケースをゴミ箱の中へと放り込んだ。
 こうして。
 かつて、「皆が好きになってくれるかもしれない」という理由で戦っていた白き虎の力を持った戦士は。
 その「かつて」を思い出さないまま、その力を放棄し、「平穏」を選び取ったのである……

「美穂、それは何?」
 問われ、美穂と呼ばれた女性は相手の指先にある物に視線を向ける。
 それは、白いカードケース。中央には金色の、白鳥を模した模様が描かれている。
 彼女の年から考えれば、洒落た名刺入れのようにも見える。
 いつの間にか、鞄の中に入っていたらしいが、見覚えがない。
「何これ? 全然覚えがないんだけど」
 気味悪そうにそのケースを摘み、彼女はポンとそれを机の上に放り投げる。
 ……彼女は、霧島美穂と名乗っている。「名乗っている」と表現したのは、それが本名ではないからだ。
 「霧島美穂」とはペンネーム……通り名のような物。後ろめたい事がある訳ではないが、本名を好きにはなれなかった事と、この名前で定着している事もあって、もっぱらこの名を通していた。
「覚えのない物が入ってるって……不気味ね」
「新手のストーカーか何かじゃない? ほら、美穂って美人だし」
 一緒にいた女性達も、霧島につられる様に眉をひそめる。
 綺麗ではあるが、関わりたいとは思えない。見覚えのない物を手元に置いておく程、霧島も酔狂ではない。
「あまり嬉しくないわね。私は貰うなら、物よりお金が良い」
「……夢がないわねぇ」
「現実的って言ってよ」
 苦笑しつつ、霧島がそう返した刹那。
 彼女の脳裏に、ある光景が浮かんだ。……否。そのデッキに纏わる記憶を、思い出した。
 どこかメカニックな雰囲気のある白鳥を従え、見慣れた……だけど、全く違うどこかで、戦う自分。
 白い鎧を身に纏い、自らの「願い」の為に他者を犠牲にして戦い続けた自分。
 そして、信じようと……信じたいと思った人間に裏切られ、命を落とした自分。その一瞬後、自分の脳裏に否定の言葉が浮かぶ。
 あの時自分を殺したのは、自分の知っている「城戸真司」ではなかった、と。
 自分の知るあの男は、あんな邪悪な笑みを浮かべる事など出来ない。直情的で、お人好しで、底抜けに明るい、良い意味での馬鹿だ。
 ならば、あの男は何者だったのだろう。
 そもそも、何で自分が「死んだ」記憶なんてあるのだろう。
「ねえ、美穂? 大丈夫?」
 唐突に黙り込んだ彼女を不審に思ったのだろう、一緒にいた女性が心配そうに声をかける。
 自身の顔色は蒼白く、額に脂汗が浮いている。何かの病を疑うに足る表情であった。
「大丈夫……大丈夫よ。何ともない」
 そうだ、何ともない。
 今はもう、戦わなければならない理由も、このデッキを使う理由も……城戸真司に会う理由もないのだ。
「……私はもう……ファムじゃない。ファムには、ならない」
 低く、周囲には聞こえない程度の声で霧島は呟くと、にこやかな笑顔を作り……
「ねえ、ライターかマッチ、持ってる?」
「え、うん。持ってるけど……」
「貸して」
 戸惑いながらライターを差し出す友人に、にこやかな笑顔を向けたまま、霧島はそれでデッキを……ケースごと、燃やした。
 一見、プラスチック製のようにすら見えるデッキケースが、あっさりと……いとも簡単に、ぱちぱちと軽やかな音を立てつつ燃え上がる。
「……在っちゃ、いけないんだ、こんな物。こんな物があるから、誰かが不幸になるんだ」
 冷ややかに呟きつつ、霧島はそのカードが完全に灰になるまで視線を反らさずに見届ける。
 ……自分に起きた「過去」を、完全に思い出しながらも……「霧島美穂」は、戦わない事を決意した……

 野上が「Milk Dipper」から飛び出して行った直後。
 城戸、秋山、手塚の三人は「Milk Dipper」を出て、城戸の行きつけの店の一つであるレストラン「AGITO」へと向かっていた。
 花鶏や「Milk Dipper」は、言っても「カフェ」や「喫茶店」である以上、食事も軽い物しか望めない。
 どうしてもしっかり食べたいとなると、レストランへと赴くのが普通だ。
 そこで、城戸が提案したのが「AGITO」。
 自分達とさして年も離れていない青年が店主だが、料理の腕は確かだ。人当たりも良く、店内の雰囲気も明るいため、城戸はかなり気に入っていた。
「だから、俺としては、『花鶏』で軽く朝飯食べて、『AGITO』でしっかり昼食を取って、三時のおやつに『たちばな』で黍団子きびだんごとお茶をもらって、仕事帰りに『Milk Dipper』でまったりするって言うのがお勧め」
「……『Bistro la Salle』って店はどうなんだ?」
「もちろん、『Salle』も良い店だよ。ランチも美味いし。でも、休日に行く事の方が多いな。喫茶店系は『ポレポレ』、『JACARANDA』、『Café mal D'amour』のどこかでも良いなぁ」
 秋山に問われ、心底楽しそうに言う城戸。
 城戸の、そう言う開拓精神には感心する。その情熱を、何で仕事に向ける事が出来ないのか、秋山には不思議でならない。
 城戸とて、仕事が嫌いな訳ではないのだが……ついつい、喫茶店やレストランなどに足が向いてしまうのである。
 そんな会話に、花を咲かせている時だった。
「やあ。いい天気だねぇ」
 唐突に、にこやかな笑顔の男が、そう言いながら城戸達の前に立ち塞がる。
 黒いタートルネックに、黒いジーンズ。その上から、街中だと言うのに白衣を羽織っていると言う、奇妙な格好。年は、二十代前半だろうか。真面目な顔をしていれば、割とハンサムな部類に入る。
 しかし、彼の浮かべているその笑顔が、どことなく嘘くさい。
 悪意はないが、善意もなさそうな印象を受ける。
「誰だ?」
「んー……君達に対しては、『オーナー』って言っても通じなさそうだから……『玄金武土』って事で」
 秋山の冷ややかな視線を意に介さない様子で、男は笑顔のままそう名乗った。
 しかしその物言いからすると、名乗った「玄金武土」と言う名も本名とは考えにくい。
「……何か、用ですか?」
 お人好しと評されている城戸すらも不審に思ったのか、怪訝そうに相手を見つつ、そう声をかける。
 医者にしろ、科学者にしろ、白衣姿で街に出る人間はあまりいない。少なくとも、城戸も秋山も手塚も、街中で白衣姿の人間を見た事はなかったし、こんな青年に会った覚えも、まして親しげに話しかけられる覚えもない。
「押し売りの類なら断る。他を当たれ」
「いやいや。ちょっと確認に来ただけさ」
 秋山の言葉を即否定しつつ、玄金は笑みをより一層深め、一歩前に踏み出す。
 玄金はただ、笑顔で近付いてきただけ。それだけなのに、城戸は……そして秋山と手塚も、気圧されたように一歩後ろへと下がってしまう。
「ふぅん……やっぱり、君達も持ってるんだね、ソレ」
「……『それ』……?」
「コレだよ、ライダーのデッキ。君達が鏡の戦士である証……ってあれ? 言ってなかったっけ?」
 いつの間に掏ったのか、そう言った玄金の手に城戸達のカードデッキがおさまっていた。
 一瞬、良く似た別物かと思った。しかし、ポケットを、懐を、鞄の中を。およそ心当たりの場所を探しても、自分のデッキは存在しない。
 それに……何故か、相手の持っているデッキが、自分達から掏られた物だと理解していた。
「なっ……いつの間に!?」
「返して欲しい?」
「当たり前だろ!?」
「……何で?」
「何でって……それ、俺のだし」
「ふぅん。ねぇ、それだけ? 本当に?」
 相手は笑顔のまま。
 それなのに、圧倒的な威圧感で、玄金は答える城戸にそう迫る。
 自分が、蛇に睨まれた蛙になったかのような錯覚を覚える程に、玄金の笑顔はどことなく人間離れしていた。
「……あんた、何が言いたいんだよ!? 第一、『鏡の戦士』って何の事なんだ!?」
「…………その物言いだと、本当に何も知らないって気がするなぁ」
「……そのデッキは、戦う運命に導く物。俺の占いではそう出た」
 玄金の問いに答えたのは、勿論手塚。しかし、それ以上の事は知らないし、知る気もない。目の前にいる笑顔の男の物言いからすれば、あのデッキを使えば「戦士」として戦う事ができるのだろう。
 ……だが、何と?
 世界は概ね平和だし、今の所、戦わねばならないような出来事も起こっていない。
 ただ時々、鏡などの反射物の中に異形の姿を見かけたり、奇怪な音が聞こえたりはするようになったが、その程度だ。秋山ではないが、自分さえ気にしなければ「害はない」のである。
「まあ、間違ってはいないね。でも、放棄する事だって出来るはずだ」
 燃やすとかしてさ、などと呟きながら、目の前の男は器用な手つきで三つのデッキケースをくるくると弄ぶ。
 秋山には、その様子がどう言う訳か不快でならなかった。
 弄ばれている「物」が、まるで自分の人生や運命と言った物の様な気がして。
 そんな秋山の気持ちに気付いているのかいないのか、玄金は手をピタリと止め、再び言葉を紡ぎ出す。
「実際、大半の資格者がこのデッキを捨てたみたいだしね。残っているのは君達三人と、ゾルダと王蛇。契約済みなのは、リュウガとオーディン。ただしリュウガは敵」
「……何なんだよ、その『資格者』とかって?」
「そのままだよ、真司君。このデッキを持つ資格を持つ者の事さ。……まだ、思い出せない?」
 城戸の問いに答えつつ、その顔を覗き込むようにして距離を縮める玄金。
 その一瞬の動作と、覗き込んできた顔の近さに驚く。
 言葉も、行動も、そしてその正体も、何もかもが意味不明。そもそも、何を「思い出す」と言うのだろうか。
「おかしいなぁ。ファム、ベルデ、インペラーは、思い出した上で資格を放棄してたし、タイガ、ガイ、シザーズは思い出す様子もないまま資格を放棄したんだよねぇ」
「だから! 思い出すって何を!?」
「ん? 君達の魂の記憶。……あれ? 言ってなかったっけ?」
 「魂の記憶」。
 その単語を聞いた瞬間、いつか感じたのと同じ、激しい頭痛が城戸達を襲った。
 だが、その痛みは今までの比ではない。痛みで意識が飛んでしまうのではないかと思うほど、今回の頭痛は容赦がなかった。
 ハンマーか何かで絶え間なく殴打されているような痛みの中、城戸が見たのはいくつかの光景。
 ある時は少女を助けるために、自らの命を落とし、ある時は鏡から現れた無数の異形を、騎士に変身した秋山と共に立ち向かい、ある時は死に逝く秋山の遺志と鎧を継いで他の騎士達と戦い、またある時は元凶とも言える「コア」を破壊する事を選んだ自分。
「ああ……ようやく思い出した感じかな?」
 面白そうな玄金の声も遠い。
 経験した事のないはずの過去が見える。
 それは、秋山も手塚も同じらしい。視界の端に映る彼らもまた、頭を押さえ、痛みに耐えるように、低く唸っていた。
「あんた……何、しやがった……っ!?」
「別に何も。ただ、そうだなぁ……単純に、君達に『時』が来たってだけじゃない? 思い出す『時』が」
 心外と言わんばかりの表情で、呻く城戸に返す玄金。
 声だけ聞けば心配そうにしているが、その顔には心底楽しそうな笑みが張り付いている。
 感情と表情が一致しないのか、それとも本当に楽しいと思っているのか。
 城戸には分からないし、分かりたくもない。と言うか、それ所ではない。
「さて……その記憶を、納得して受け入れるかどうかは君達次第。でも、良く考えて欲しいなぁ。何で今回、あるはずのないデッキが、再び君達の手に渡ったのか……さ」
 玄金の言っている意味が、理解できてしまう。
 ついさっきまでの自分なら、「何言ってるんだ、あんた」とか何とか言って、詰め寄っただろう。だが……不思議と、今は分かる。
 自分の見た光景が、かつて実際に起こった事だと。
 自分が、辿ったかもしれない歴史のいくつかである事も、そして手元にあったデッキが、本来なら……今回の歴史なら、存在するはずのない物である事も。
「デッキもある。ミラーモンスターもいる。って事は……」
「仮面ライダーの戦いは……終わっていないと、そう言う事か!?」
 城戸と秋山の言葉に、玄金は「楽しそう」から「嬉しそう」な笑顔へと表情を変え、頷く。
「『仮面ライダーの戦いは終わっていない』。確かにその通りだよ。でも、勘違いしないでね? 『ライダー同士の戦い』は終わっているから……多分」
「……どう言う、意味だ」
 まだ少し痛むのか、手塚が軽く頭を押さえながら問いかける。
 ……かつての自分達は。
 たった一つの望みを叶えるために、他の十二人の仮面ライダーの命を犠牲にする必要があった。
 「戦いを終わらせる」事を望んだ城戸も。
 「眠り続ける恋人を助ける」事を望んだ秋山も。
 「戦いを止める」事を望んだ手塚も。
 それぞれの信念を賭け、迷い、戸惑いながらも戦った。
 ミラーモンスターだけでなく、お互いとも。時に協力し、時にその剣を交えた。
「今回、君達は悲劇を背負っていない。蓮君の恋人さんは元気だし、海之君の友人もピアニストとして健在だ。真司君にいたっては、今日まで平穏そのものだっただろう? 神崎士郎と優衣ちゃん兄妹は、ミラーワールドで仲良くやっているし」
「……命を懸けてまで、叶えたい望みが、ない」
「そう言う事。だから、今回は本当にただ働き。得られる物は何ひとつとして、ない。今日から先の平穏を捨てる事になるし、下手すりゃ命だって失う。それが嫌なら、そしてそれを理解しているなら、今すぐデッキを捨てるべきだ」
 ひょいと肩をすくめつつ、白衣の男は言い放つ。
 その声に、誘惑や強制の色はない。かと言って、期待や意見を述べているでもないように、城戸達には感じ取れた。
 ……あえて言うなら、その言葉には感情がない。全くの虚無であるようにすら感じられる。
 棒読みしている訳ではない。むしろ、心から自分達を心配しているようにすら聞こえる。……聞こえるだけで、実際はそうでない事は、すぐに分かるのだが。
「何もしなかったら……俺達も放棄したら、どうなる?」
「多分、この世界は終わるだろうね。漆黒の戦士……リュウガによって」
 リュウガ。
 それは、先程この男が、「敵だ」と断言した存在。そして仮面ライダーの一人だろう。
 だが、その存在の事だけを、城戸は思い出す事が出来ないでいる。
 まるで霞がかかったように、薄ぼんやりとしかその輪郭を思い出す事が出来ない。
 変身前の姿も、そして変身した姿さえも、おぼろげで良く分からない。思い出そうとすればする程、どんどんその輪郭が薄れていってしまう。
 だが、たった一つだけ思い出せる事がある。それは、リュウガの持つ、圧倒的な悪意。
 戦いを終わらせない事を望んでいた王蛇……浅倉威など、比にならない程の悪意が、自分に……そして、世界に向けられていた事だけは、何とか思い出せた。
「ま、別にどっちでも良いよ。僕は、君達リント……じゃなかった、人間に期待してないから。滅びるなら、それはそれでアリかなって気がするし」
「……本気、なのか!?」
「むしろ、その方が僕達もお役目から解放されて良いかもって気がする。僕、今そういう顔、してるでしょ?」
 三人に向けられた笑顔は、嬉しそうな……それでいて、どこか悲しそうなものだった。
 それを見ると同時に、手塚は以前、同じ表情をどこかで見たような気がする。どこで、誰が浮かべた表情かは思い出せないが、少なくとも今回の歴史……仮面ライダーの戦いがなかった時に見たはずだ。
――いつ見た? 何故俺は忘れている?――
 嫌な予感がする。占いで凶事が出てくる時の様な、そんな予感が。
 もやもやと心の内に降りるしこりを感じるのだが、その正体が掴めない。そんな手塚に気付いていないのか、秋山は半歩だけ前に出ると、言葉を紡いだ。
「お前の役目って物が何なのかは知らん。だがな、俺は恵里を守る。そのために、以前も……そして今回も、ナイトになる」
 言って、彼は玄金から奪うかのように、自らのデッキを手にする。
 ……全ては、愛する者のために。
「……『戦いに導くのはカードではなく自らの意思』か。師匠の言った通りだな。俺は、他人を犠牲にしてまで平穏無事に過ごしたいとは思わない。この戦い……止めてみせる」
 苦笑しつつ呟くと同時に、手塚もまたデッキを掴む。
 何故かは分らない。だが、戦わなければならないと……そうしなければ、この胸の内にある靄を晴らす事は出来ないと悟って。
「……俺だって、人を守りたい。蓮みたいに大切な人がいる訳じゃないし、手塚みたいに達観してる訳じゃないけど……それでも、さ」
 最後に残った城戸が、残った黒いデッキを受け取る。
 ……改めてそれが、「自分のデッキ」であると認識しながら。
「俺は、守るよ。何が相手なのか、まだ良く分かんないけど、それでも、この世界を守る。……俺、この世界、好きだからさ」
 にこりと、人の良さそうな笑顔を玄金に向け……城戸は、自分の後ろにあったショウウィンドウに顔を向ける。
 その目に、決意の炎を宿して。
「……ふうん、戦うんだ。……じゃ、いってらっしゃい」
「は?」
 間の抜けた声を挙げる暇も有らばこそ。
 城戸達三人は、玄金に軽くその体を押され……ショウウィンドウの中へと、吸い込まれていった。
「いってらっしゃい、鏡の戦士達。君達の本当の戦いの、始まりだよ」
 ミラーワールドへと突き飛ばされた三人を見送って。
 玄金武土と名乗ったバジリスクアンデッドは、とても楽しそうに呟き……その場を後にした。
 残った二人……北岡秀一と、浅倉威の選ぶ道を、見届けるために。
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