紅蓮の空、漆黒の戦士

【その1:紅蓮の空】

 西暦二〇〇八年一月二十日。
 鮮やかな朝焼けが、その美しさとは対照的に、その日の雨天を予告していた時。
 カイにも契約してもらえなかった、とあるイマジンが、消滅しかかりながらも一人の人間の前に辿り着いた。
 ……もはや今の彼には、人間にとり憑く気力もない。目の前にいる人間も、きっと自分の存在など無視して通り過ぎるに違いない……そう思っていた矢先。
「君、イマジン?」
 声を、かけられた。
 しかもイマジンという単語まで発していたではないか。
 声からすると十八、九くらいの男か。気力を振り絞ってその人間を認識する。
 穏やかな笑顔を浮かべた青年の顔が、こちらを覗いていた。
「ねえ、こんなトコで消えるのは嫌でしょう?」
 笑顔を向けられ、「彼」は一瞬だけ戸惑った。
 だが、周囲の風景を見回して、すぐに自分のいる場所を理解、同時に納得もした。
――こんな場所、都市伝説だと思っていたが、実在していたとはな――
 心の中で呟きを落としながら、「彼」は己の迂闊さに対して嘲笑を浮かべる。よりにもよって、おかしな場所に来てしまった。きっと、特異点に憑いてしまうよりも厄介な事だ。
――まあ、どうせ消えるのなら同じだろうが――
 再び心の中で呟いた時、青年はクスリと穏やかに笑うと、「彼」に向かって再び言葉を放つ。
「だから、僕と契約するのはどうかな? そうすれば、君も消えないで済むと思うし」
 消えるのは嫌かと聞かれれば、答えは応だ。誰だって消えるのは嫌だろう。まして、誰からも覚えていてもらえない……自分と言う存在を認知されぬまま消滅するなど、生まれて来なかったのと同じ事。消えない方法があるならば、それに縋る。
「……お前の望みは、何なんだ……?」
 イマジンの性とも言うべきか、反射的に問うた「彼」に、青年はより一層にこやかな笑顔を彼に向ける。
 その穏やかで……同時に恐怖を感じる笑顔に、「彼」は体もないのに寒気を感じた。聞くべきではない、この青年と関わるべきではない。そう思うのに、この青年の笑顔に惹かれて止まない自分に驚く。
「僕の望みは……ここから出る事。そのために、君には悪の軍団を作ってもらいたいって思ってるんだ」
「『ここから出る』、だと?」
「そう。僕はね、ここでも『外』でも自由に動ける体が欲しいんだ」
「何故だ?」
「そんなの、決まってるでしょ?」
 笑顔を崩さぬまま。
 青年はさらりと……まるで日常の挨拶を交わすかの様な声で、「彼」の問いに答える。
「外も、ここも……全部を破壊するためだよ。『彼』が守りたい物を、僕は全部壊したい。それが僕の本当の望みだけど……そっちは自分で叶えたいから」
「だから、俺に悪の軍団を作らせて、外に出るための下準備を進めようって言うのか?」
「そう。……ダメかな、ネガタロス?」
 いっそ穏やかにさえ見える笑顔で言われ、ネガタロス……そう呼ばれたイマジンは肩で小さく笑いを返し、そのまま見えぬ何者かに作り上げられていくかのようにするすると実体化した。
 目の前の青年の……己の契約者の願いを叶える為に。
「良いだろう。お前の望み、聞いてやる。それに、どうやらお前とは気が合いそうだ」
「ありがとう。僕もそう思うよ」
 クッと喉の奥で笑うネガタロスに、青年は笑みを崩さず言葉を返す。
 邪悪さなど微塵も感じさせない爽やかな笑顔が、逆に見ている者の恐怖を駆り立てる。爽やかさの奥に潜む暗い「闇」が滲み出ているからだろうか。
 それは、純粋な「悪」にしかできない笑顔である事を、ネガタロスは知っていた。そしてそれ故に、ネガタロスはこの青年に絶対の忠誠を誓える。
 ネガタロスもまた、青年ほど純粋ではないにしろ、「悪」なのだから。
「……しかし何だ、その『ネガタロス』って名前は? 随分と趣味が悪い気がするんだが?」
「君の名前の……ネガタロスの『ネガ』は『否定ネガティブ』のネガ、『願い』のネガ。それから……君の体のカラーリング、『彼』のイマジンの……モモタロスと逆で黒地に赤でしょ? だからだよ」
「クッ。『ポジ』に対する『反転』の『ネガ』か。成程、今の俺にぴったりだな」
「気に入ってくれたみたいで、僕も嬉しいよ」
 くすくすと笑いながら、青年は目を細めて心底嬉しそうにそう言う。
 ネガタロスもそれにつられたのか、クックと小さく笑った。
「じゃあ、まずはライダーパスを盗まなくっちゃね。話はそれからだよ」
「それと、計画を実行するのに必要な手駒……もとい、仲間って奴もな」
「……その辺は君に任せるよ。僕はネガデンライナーを確保しておくから」
「分かった」
 青年の言葉に頷くと、ネガタロスは彼に背を向けて歩き出そうとし……
「ああそうだ、言い忘れたが……」
「ん? 何、ネガタロス?」
 思い出したように、再び青年の方に向き直り、言葉を紡ぐ。
「破壊する時は、俺にも一声かけてくれ。……実に面白そうだ」
 ……それが。
 この物語の、始まりだった。
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