過去の希望、未来の遺産

【その7:カテゴリー、不明】

 誰かが教えなければ、知り得ようのない事実がある。
 例えばそれは、時を支配する列車の存在。
 例えばそれは、バトルファイトの勝利者への祝福……

「ほう? トライアルAがな」
 電話越しに行われる部下の報告に、思わず天王路は目を細めた。
 昨日、烏丸を襲わせていたトライアルAが、何者かに倒されたと言う報告。トライアルシリーズを倒せるのは仮面ライダー位だろうが、彼らが烏丸を助ける事ができたとは、時間的にも考えにくい。
 では、何者が? そんな疑問が浮かぶが、恐らく答えは出ないだろう。
 トライアルAを倒した者が何者であるにせよ、今この時点で烏丸とBOARDのライダー達が接触するのは不都合が生じる。
 今は部下達が烏丸を妨害しているが、部下とて所詮は人間。烏丸に確実に死んでもらいたい身としては、人間がそれを行うのは心許ない。
 ならば……
「確かまだ、トライアルCが残っていたな。それで何とかしたまえ」
 それだけ言うと、彼は煩わしそうに電話を切って懐にしまう。それと同時に天王路は先程までの会話を頭の隅へと追いやった。
 一方で、今度は電話と入れ違うように取り出したカードに向けて、陶酔した声で語りかける。そこに描かれたケルベロスに。
「ケルベロスよ、お前の本当の力を見せる時が来た。ライダー達を超える、真の力を!」
 ここは昨日、ケルベロスが破壊した部屋。だが、かの存在が破壊した痕跡は少ない。瓦礫は綺麗に撤去され、屠られた死体は血の跡も残さず処理されている。唯一天王路の背後の壁に開いた大穴だけが、昨日の惨劇を証明するように残っているだけ。
 その穴の向こうから一つの影がするりと伸び……カツンと小さな音を立てて、天王路の背後にその影の主が立った。
「……私の周りをこそこそ嗅ぎ回っていた様だな、カテゴリーキング」
 入ってきた存在……金居に、天王路は座ったまま首だけをそちらに向けて声をかける。そんな不遜な態度に気を悪くした様子も見せず、金居はひょいと肩を竦め、口の端に皮肉気な笑みを浮かせた。
「このバトルファイトを始めた者に、興味があったのさ」
 ……それは、彼が随分と以前から天王路を調べていた事を意味している。
 愚かしくも賢しい「ヒト」であれば、ジョーカーを……アンデッドにとって最大の脅威を封印する手段を開発する。そう見込んでいたのかもしれない。
 そして事実、彼ら「ヒト」は開発した。ケルベロスと言う、彼が求めていた「手段」を。
「これが欲しいのか」
「そのカードを使えば、アンデッドを封印できるんだろ?」
 天王路の見せたケルベロスのカードに視線をやりつつ、金居は自分の推測を述べる。
 推測……にしては、声に確信めいた物があるのは、先の戦いにおいて仮面ライダー達がカードを奪われ、苦戦していたのを見ていたためだろうか。
「その通りだ。お前とジョーカーを封印するその時、地上に残るアンデッドはケルベロス一体のみ」
 金居の言葉を肯定すると同時に、天王路はゆっくりと席を立ち目の前にあるあの漆黒の石の前で歩みを止める。
 石に対して抱く感情は愛だろうか。触れる手つき、送る視線、そして吐き出す吐息。その全てが、天王路が石に抱く「愛」を示しているようにしか見えない。
「そして神が現れて、ケルベロスに祝福を与える。バトルファイトの、勝利者に……!」
「ジョーカーを封印するのは俺だ。そのカードさえあれば」
 天王路の愛に興味はないのだろう。ゆらりと金居の周囲の空気が歪み、同時に彼の姿が「金居」から「ギラファアンデッド」へと変貌した。
 ……元の姿に戻った、と言った方が正しいのかもしれないが。
 純金に近い色の体。その両手にはそれぞれヘルター、スケルターと名付けられた大剣が握られている。
「さあ、カードをよこせ!」
「フフフフフフ。君はまだ、ケルベロスの本質を理解していないようだねぇ」
「何……?」
 剣を喉元に突きつけられているにも関わらず、何の動揺も見せない。それどころか余裕すら感じられる天王路の態度に、ほんの少しだけギラファアンデッドは不信感と不安を抱く。
 自分の知らない何かを、まだ天王路は隠しているのかも知れない。
 そう思った刹那、やおら天王路が左袖を捲り上げ、己の腕を見せた。そこにあったのは、彼の腕に融合している、銅色の「何か」。
「変身」
 呟くように天王路がそう言うと、持っていたケルベロスのカードをその「何か」に差し込む。
 すると……カードは吸い込まれるように「何か」の中に入っていき、天王路の姿をケルベロスその物へと変えていった。
 いや。先日見た姿とは、ほんの少しだが異なっている。左肩にあった顔が一回り大きくなり、胸の辺りからは白く濁った天王路の顔の上半分が覗いていた。
 ……Aのカードの特徴は「チェンジ」。即ち変身。
 天王路がケルベロスのカテゴリーをAとした理由を、今になってようやくギラファアンデッドは理解した。
「アンデッドと……融合しただと!?」
「いや。私はアンデッドになったのだ!」
 ギラファアンデッドの言葉を否定し、心底嬉しそうに響く天王路の声。
 同時にギラファアンデッドは「それ」を危険な存在だと判断したのだろう。持っている大剣で斬りつけようと襲い掛かるが、その攻撃はあっさりとかわされカウンターを喰らう。
 反動でギラファアンデッドは建物の外に飛ばされ、それでも追撃に備えて体勢を立て直そうとする。しかし相手も考えているのか、彼が体勢を完全に立て直すよりも先に散弾の様な攻撃を放って吹き飛ばした。
 飛んでいく相手を、悠然とした足取りで追うケルベロス。それからは、天王路の高らかな笑い声が響いている。
 その声が癇に障ったのか、それともアンデッドとしての本能なのか。ギラファアンデッドは今度こそ体勢を立て直すと、再び大剣を振りかざしてケルベロスに挑む。
 ケルベロスと融合しているとは言え、相手は実戦経験のない一介の人間である。ギラファアンデッドの敵ではない……はずだった。
 だが、ケルベロスは素早い動きで攻撃をかわし、逆にギラファアンデッドにダメージを与えている。そして大きく彼を突き飛ばすと、両肩から高エネルギーを発射。命中させた後、爆煙で濁った視界をものともせずギラファアンデッドを捕らえ、壁に叩きつけた。
「君を封印すれば、残るはジョーカーのみ!」
「封印する……?」
 訝しげな声をギラファアンデッドはあげ……天王路の目的に思い当たったのだろう。普段は冷静な彼が、声を荒げた。
「それがお前の目的か!」
 相手の「目的」を遂げさせる訳には行かない。
 そんな考えからか、ギラファアンデッドは必死にもがいて何とかケルベロスの手から逃れた。だが、ケルベロスはそれを許さぬと言いたげに、再び散弾型のエネルギーを放って命中させる。いや、させたつもりだった。
 だが煙が引いたあとには、寸前で逃げたのかギラファアンデッドの姿はない。点々と、彼の物と思しき緑白色の液体が続いているだけ。
「逃がしはせんよ……カテゴリーキング。神の祝福を得るのは、私なのだから」

 モモタロス達が白井邸に迷い込んでいた頃、一方のウラタロス達もあてもなく彷徨っていた。
 彼らの行き先は、やはりジークの気の向くままではあったが、何も指標がないよりはマシと言った所か。
「……やっぱり、アンデッドって言う存在が今回の件の鍵かもね」
「なんやいきなりやな。せやけど何でそう思うんや、亀の字?」
「何となく、ね。僕らしくないけど、勘って奴?」
 自分達の前を歩くジークの背を見つつ、ウラタロスはキンタロスの問いへ苦笑混じりに答える。
 ウラタロスもハナと同じように、アンデッドに関する情報の多さに不自然さを感じていた。
――時間と空間を分け隔てる壁に開いた穴、か……――
 ふとオーナーの言っていた「トンネル」の定義思い出し、もう一度その意味を考える。
「ねえキンちゃん、トンネルの向こう側はどうなってるんだろうね?」
「そんなん、普段と変わらんやろ。ずぅっと時間の中のままや。例え降りても何も変わらん」
「線路があるトンネルの場合は、ね。でも線路のつながっていないトンネルはどうかな」
 デンライナーの中で何度か見かけた「山に開いた穴」を思い出し、ウラタロスはキンタロスに再び問う。
 山が「時間と空間を分け隔てる壁」だと言うのなら、その向こうにある物は何なのかと。
「簡単な事だ。異なる時間、異なる空間とつながっている」
 しかし問いに答えたのは、キンタロスではなくジーク。おまけにその物言いは、その向こう側を見てきた事があるかのようで……流石に一瞬、ウラタロスの思考が止まった。
「確かにオーナーが、時間の中の山は時間と空間の『壁』や言うとったけど……」
「そうだ。姫の時間に続く路線も、壁の向こうから続いていただろう。あれは姫の生まれた日付がずれた時間……異なる時間とつながった証拠だ」
 ジークに言われ、二人はああ、と小さく声を上げる。
 確かに、ハナが小さくなった時に現れた路線は、山……即ちオーナーの言う「壁」の向こうから続いていた。そしてその向こうには、二〇〇七年八月以降にハナが生まれた時間が存在している。
 ではもし、ハナが予定通り二〇〇七年八月に生まれたとしたら……?
 答えは簡単。壁の向こうにあった時間はつながる事なく、今も壁の向こう側にあったに違いない。そんな時間がある事など、自分達は知らぬまま。
「線路のつながっていない壁の向こう側は……分岐の時に、選ばれなかった時間があるって事かな?」
「そうだろうな。それがどうかしたのか、お供その二」
 ジークの言葉に返す事なく、ウラタロスはそのまま黙り込んでしまった。
 彼が口元を弄る仕草をして考え込んでいる時は、相当真剣な証拠だ。まあ、大体は嘘を考えている時の方が多いが、今回はどうも違うように思う。
 付き合いがそれなりに長い分、流石にキンタロスもその差異に気付いたらしい。すっと眉を寄せ、視線をウラタロスに送って問いをかける。
「なんや、気になる事でもあるんか?」
「まあ、ね」
 壁の向こうにあるのが、分岐の時に選ばれなかった時間ならば、当然その向こうには……
 ぼんやりと考えが纏まりかけたその時だった。……キンタロスが不審そうな声を上げたのは。
「緑色の血ィ流す人間なんて……おるか?」
「え?」
 言われて二人はキンタロスの視線の先にあるものを見る。
 そこには満身創痍の男が、キンタロスの言う通り、緑色の血を流しながら近くのトンネルに逃げ込む所だった。
「ふむ。あれを追うぞ」
「ええ? マジで?」
「下手に関わらん方がええんとちゃうか……?」
 二人の言葉を無視し、少し離れた所からその男を観察し始めるジーク。
 そして結局は、キンタロス達もそれに付き合う事になったのである。
 まさか追っている男が、アンデッドだとも知らずに。

 橘と睦月があるトンネルへ差し掛かった時。彼らの前に、一人の男がよろよろとした足取りで現れた。
 服はボロボロ、顔も煤けている。至る所に傷が浮いており、見た目に痛々しい。……その身から流れる血の色が、緑白色でなければの話だが。
 今、睦月と橘が知る者の中で、緑色の血を流す者は二人しかいない。
 一人はジョーカーである相川始。
 そしてもう一人は……
「カテゴリーキング!」
 そう。目の前でふらついている存在こそ、ギラファアンデッドの姿からヒトへ擬態しているカテゴリーキング……金居であった。
「そうか、こいつが……!」
「待って下さい! ……何があったんだ?」
 バックルを取り出し、臨戦態勢に入る入る橘を睦月は静止し、心配そうに金居に近付く。その顔に浮かぶのは困惑と心配。
 しかし、金居にはそう見えないのか、ギロリと睨みつけるような視線を返し……
「来るな! ……封印などされてたまるか!」
「その傷はどうした?」
「少し油断しただけだ。まさか天王路が!」
 目の前の男達が本気で変身するつもりがないと気付いたのか、それとも単純に体力がつきかけているのか。その場に座り込みながらも、金居吐き捨てるように言葉を放つ。
「天王路にやられた?」
 軽く眉を顰め、訝しげに橘は声を上げる。
 天王路の野望は、ケルベロスを封印した時点で潰えたはず。それなのに、カテゴリーキングである彼が、一介のヒトである天王路によってここまでのダメージを受けている事が不思議だったのだろう。
 だが、どこか不貞腐れたようにそっぽを向く金居が、これ以上何かを語ってくれるとは思えない。
「とにかく話を聞いてみましょう。……来るんだ」
 睦月が金居に向かって言ったその瞬間。彼らが来たのとは逆方向から、高らかな笑い声と共に怪物が姿を現す。
 そのシルエットは二人にも見覚えがある。昨日、自分達が苦戦を強いられた相手……
「ケルベロス……! 解放されたのか!」
「そんな馬鹿な……」
 金居に注いでいた警戒心を、今度はケルベロスに向けなおす。
 昨日、確かに封印されたはずのケルベロスが、再度解放されている事は気になる。だが、先程金居が言った「天王路の奴が」と言う言葉から、何となくだが推測は出来る。
 ……彼が、まだケルベロスを使って何かをしようとしているらしい事。そしてその為にケルベロスを「解放」したのだろうと言う事は。
『変身!』
 瞬時にその考えに達したのか、二人は同時に変身してケルベロスへと攻撃を仕掛ける。
 だが、相手は昨日よりも格段に早い動きでギャレンとレンゲルの攻撃をかわし、逆に確実な反撃を加えてくる。
 半ば吹き飛ばされるように、二人はケルベロスと距離を取り、何とか隙をうかがおうと武器を構え直した時……
「アンデッドを渡せ」
 ケルベロスが、喋った。
 そしてそれは、聞き覚えのある声。
「その声は……」
「まさか!」
「天王路……!?」
「何故です? 何故天王路がアンデッドに……!?」
 二人の間に動揺が走る。ヒトが、アンデッドになる。有り得ないとは言い切れないのは知っているが、どうして天王路がアンデッドと同化しているのかは疑問だ。
 それも、人工アンデッドであるケルベロスと。
 しかし、じっとしている訳にも行かないと思ったのか。レンゲルは近付いてきたケルベロスに殴りかかる。
 それがきっかけと言わんばかりに、一時的に中断されていた戦闘が再開される。だが先程同様、ケルベロスの圧倒的なパワーにレンゲルの体は派手に吹き飛ばされる。
「一旦退くぞ! 奴を連れて行く」
 不利と判断したのか、ちらりと金居の方を見てギャレンが言った。
 レンゲルは了解と言わんばかりに小さく頷くと、金居の腕を取ってその場に立たせる。
 それを確認するや否や、ギャレンはカードを一枚持っている銃に読み込ませ……
『FIRE』
 読み込ませたカードは「ダイヤの6」。その効果である火力強化を施した銃撃は、ケルベロスに命中したものの、効いてはいないらしい。ケルベロスの……否、天王路の笑い声がトンネルの中で高らかに響く。無駄だ、と言いたげに。
 だが、爆煙が引いた後には……既にギャレン達の姿はない。先の銃弾は自分へのダメージを重視したのではなく、それによって発生する煙幕を使った目くらまし目的だったのだと気付くと、ケルベロスはふぅと小さく溜息を吐き出し……
「……やはりライダー諸君から始末するしかないか……」
 仕方ない、と言わんばかりに小さく呟きを落とすと、今度はゆっくりと後ろを振り返った。
 そこに現れた、見知らぬ三人の青年を始末するべく。

 昨日ウラタロスが見た、赤い戦士と緑の戦士が男を連れて退却したのを見届け、これ以上男を追うのは無理だと判断した時。
 悠然とした足取りで、ジークがケルベロスに向かって歩く。
 それに気付いたのだろうか、ケルベロスもゆらりとこちらに向き直った。
「……何者かね?」
「ただの通りすがり。……でも、見逃してくれそうにないねぇ」
「こっちから出向いた、言うふしもあるけどな」
 ケルベロスの問いに曖昧に答えつつ、ジークに付き従うかのように彼の後ろを歩く二人。
 ジークが何を考えてケルベロスの方に歩を進めているのかは定かではないが、今の状況が非常に良くない物である事だけは確かだ。
 ウラタロスとしては、できればケルベロスに見つかる事なくやり過ごしたかった。無論、キンタロスとて同じである。
 何が時間に影響するか分からない以上、下手にこの時間の者と関わるのは得策ではない。
 だが、そんな二人の思惑とは裏腹に、ジークは更に歩を進める。
「私の通る道を塞ぐな。邪魔だ」
 目の前に立ち塞がるケルベロスに対し、ジークは心底不快そうに言い放つ。
 ジーク達を、ただの人間だと思っているのだろう。ケルベロスは小さく笑い、唐突にジークを裏拳で殴りつけた……はずだった。
 しかしジークはその攻撃をあっさりとかわすと、不愉快の極みと言わんばかりの表情でケルベロスを睨み返す。
「……不愉快だ…………実に不愉快だ」
「ならば、君はどうすると言うのかね?」
 軽く首を傾げ、挑発するようなケルベロスの言葉が耳に届く。
 そして視界にはいつの間に取り出したのか、ジークの手の中のパスケースに入ったチケットと、腰に巻きついたベルト。
「……これ、止めようがないよね、キンちゃん?」
「無理やろ。それに、そいつから無事に逃げるには誰か変身せなあかんかったやろしな」
 諦めたように言う彼らの言葉が終わるかどうかの内に。ジークはパスケースをベルトにセタッチしていた。
「変身」
『WING FORM』
 電子音と共にジークのチャクラが、金のオーラスキンの上から白を基調としたオーラアーマーに変化する。電王、ウィングフォームの降臨である。
 他の電王のオーラスキンが黒であるのに対し、彼のみ金色のオーラスキンを纏うのは、彼なりの「王子」としてのこだわりなのかもしれない。
「降臨。……満を、持して」
「ほう。BOARDのライダーシステムではないな。成程、トライアルAを倒したのも君か」
「昨日の野蛮な獣ならば、私が手を下すまでもない。我がお供一人で充分だったぞ」
 ケルベロスの納得の声に、ジークはフンと軽く鼻で笑いながら答えを返す。
「そのシステムがどこで作られた物かは知らんが、今の私には勝てんよ」
 ジークの言葉に気分を害した様子も見せず、むしろ嬉しげにそう言うと、ケルベロスは両肩から高エネルギー波をジークに発射する。
 だがジークはそれを軽やかにかわし、デンガッシャーをハンドアックスモードとブーメランモードの二種類に素早く組み上げ、ブーメランの方を投げつける。
 動きの中に優美さはあるものの、ジークが短期決戦に持ち込もうとしているのが、見ている二人には分かった。
 それはトンネルと言う狭い空間の中ではウィングフォームの機動性が生かしきれないと考えたためか、それとも単純に早く終わらせてしまいたいだけなのかは定かではないが。
「フフフ……無駄だよ。言っただろう? 私には勝てん、と」
 ブーメランをかわして、ケルベロスが小馬鹿にしたように言う。
 その言葉に、普段ならば怒りそうなジークだが……返した声は、ウラタロス達の予想を裏切るような、静かで冷静な物だった。
「別に、勝とうとは思っていない」
「何……?」
「要は、お前が退けば良いのだ。勝つ必要はない」
 そう宣言すると、ジークは瞬時にケルベロスの懐に飛び込み、胸の辺りにある白い顔をハンドアックスで斬りつける。直後、ケルベロスの口からくぐもった悲鳴が上がった。
 それ程重くはないはずのその攻撃に、数歩後退るケルベロス。それは、思っていた以上に今の攻撃がダメージとなった証。
「ふぅん。オデブちゃんと違って『胸の顔は飾り』じゃなかったって事かな?」
 仲間と言えなくもないイマジンの、「胸の顔は飾りだ」と言う言葉に引っ掛けているのだろうか。くすりと笑いながら、ウラタロスが言った。
 既に彼らにはわかっていたのだ。
 今回の勝負の行方が。
『FULL CHARGE』
 パスをセタッチした後、もう一度……今度はエネルギーのチャージされたハンドアックスをケルベロスの胸部の顔へ、半ば投げつけるように振り下ろす。
 だが、同じ攻撃が通用するはずもない。紙一重でケルベロスはその攻撃をかわした。
「残念だったな。そう何度も当たる私ではないのだよ」
 肩で息をしつつも、ケルベロスは不敵に宣言する。今の攻撃が、ジークの渾身の一撃であった事に気付いていたのだろう。
 しかし、ジークも、そしてその様子を見ているウラタロスとキンタロスも、かわされた事に焦った様子はない。むしろ余裕すら感じられる。
「残念だったのはお前の方だ」
「何……?」
 ケルベロスが訝るような声をあげたその時だった。
 その背に、鈍い音と激しい衝撃が走ったのは。
「こ、これは……!?」
 ケルベロスが、驚愕の声をあげ、首を捩って自身の背に刺さった物に視線を向ける。
 襲った物の正体……それは、最初にかわしたはずのブーメラン。それが今更のように返ってきたのだ。……フルチャージと言うおまけ付きで。
「世界は、私の為に回っているのだ。……分かったらそこを退け。頭が高い」
 腰の後ろに手を当て、がくりと膝を付いているケルベロスを見下ろしながら、ジークは悠然と言い放つ。
 予想外のダメージだったのか、ケルベロスは膝をついたまま肩で息をしている。そして、何度目かの深呼吸の後……その足元に一枚のカードが落ち、彼の姿がケルベロスから人間へと変わった。
 それに満足したのか、ジークはベルトを外すと、もはや興味も失せたと言わんばかりに男を見向きもせず、スタスタとその横を通り過ぎる。
「ねぇ、ちょっとジーク! こいつどうするのさ?」
「放っといたらまた襲ってくるかも知れんで?」
「世界が必要としていないなら、いずれ排除されるだろう。私が手を下すまでもない。襲って来たらお前達で何とかしろ」
 ウラタロス達の言葉に、彼独自の論理で返すジーク。
「……? 何をぼやっとしているのだ。行くぞ、お供その二、その三」
「……はいはい」
「しゃあないなぁ……」
 そう言って、彼ら三人はその場を後にした。
 後ろで悔しそうに何かを言っている男の言葉など、気にも留めずに。

 自分を見向きもせずに行ってしまった三人の後姿を悔しげに見つめつつ、天王路は上がっていた呼吸を整える。
――今のは、油断したからだ。相手を甘く見すぎていた。彼らは、自分が神になった時に消せばいい。当面の目的はアンデッドの封印。ほんの遊びに過ぎない――
 そう思う事で、自分の心の平静を取り戻そうとしていた。
 自分を迎えに来た黒い車に乗り込み、彼はもう一度ケルベロスのカードを見つめる。
 ……BOARDの作りし仮面ライダー達を、この世から葬り去るために。
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