過去の希望、未来の遺産
【その6:君なら、何を望みますか?】
これは真なる歴史なのか。
それとも新なる歴史なのか。
どちらにしても、まだ未来は決まっていない。
「いくら収穫なしだからって、チーム編成変えてまで調査を続ける必要あんのかよ?」
はあと盛大な溜息を吐きながら、モモタロスは誰にと言う訳でもなく呟いた。
トライアルとか何とか言う異形を倒し、烏丸と別れた後、何とか他のメンバーと合流したのだが……誰もトンネルに関する情報は得られなかったと分かったため、ハナの号令の下 もう一度調査をしなおす事になったのだ。
「デンライナーから放り出されたいって言うなら、別に良いわよ?」
「しかもハナクソ女と一緒……」
それを言い終わるかどうかのうちに、ハナの鉄拳がドゴッと言う音を立ててモモタロスの鳩尾に入る。
「ぐふぉっ!」
「……ハナちゃんってイマジンに容赦ないよね」
「…………俺には特に容赦ねえだろ……良太郎に憑いてた時でさえ、良太郎ごと殴られてんだからよ」
蹲りながら痛みで痙攣している自分を、人指し指で突 くリュウタロスに、モモタロスは涙目で相手を見上げながら答える。余程ハナの拳が堪えたらしい。
……なお、今回のチーム編成は「モモタロス、リュウタロス、ハナ」と「ウラタロス、キンタロス、ジーク」の三人一組の二チーム。
ハナとしては、正直このチーム分けで問題が起きないはずもないとは思ったが、情報の共有化という観点から、ウラタロスがこれを提案してきたのだ。
……まあウラタロスの本心は大方、ハナがいてはナンパができぬ、と言う事なのだろうが。
そしてそれが「昨日」の事。結局彼らはこの時間の中で夜を明かし、今日は朝から行動開始である。
「……そう言えば、何でモモは変身した訳? それを昨日聞きそびれたんだけど」
「う。それはまあ、人助けって言うかよぉ……」
もごもごと口ごもるモモタロスに、ハナがきゅっと眉間に皺を寄せ、更には視線を合わせるように爪先立ちになってずずいと詰め寄る。
「あんたねえ! オーナーからも時間に干渉するなって言われてたでしょ!?」
「しょうがねえだろ!? あのままじゃあのおっさん、死んじまうところだったんだからよ。……見捨てる訳にもいかねぇだろうが」
「でもさぁ、事故とかなら変身しなくても助けられるよね?」
「そうよ、その人がイマジンみたいなものに襲われてたって言うならともかく……」
「……襲われてたんだよ、妙なバケモンに」
低く返されたその答えが予想外だったのか、モモタロスに詰め寄っていた二人の動きがぴたりと止まる。
「イマジンじゃねーけど、それに似た奴だな。確か……トライアル、とか言ってやがったぜ」
一瞬の間隙を好機と取ったのか、モモタロスは真剣な声のまま、自分の記憶を辿って更に言葉を放つ。
トライアル……その単語に、ハナは聞き覚えがあったのか、彼女は爪先立ちを止めると、モモタロス同様自身の記憶を辿るように瞑目した。
思い出すのは、愉快そうに怪物を眺める男。そしてその時口にしていた言葉。
――全ては計画通りだよ。トライアルシリーズも、ティターンも、ケルベロスを生み出すための実験――
「トライアルって……あの男が言ってた?」
「ハナちゃん、あの男って誰?」
「そうか、あんた達は知らないのよね。昨日、ウラと一緒にいた時見た男よ。天王路って言ってたっけ」
きょとんとした表情でかけられたリュウタロスの問いに、ハナが心底嫌そうに答えを返す。特に、天王路の名を出した時の顔はイマジンを憎んでいた時の表情を彷彿とさせるものだった。
それ程までにハナにとっては嫌な相手と言う訳か。
「そう言や烏丸のおっさん、その天王路とかって奴に狙われてる、とかも言ってやがったな。……偶然か?」
彼なりに、何かキナ臭いものを感じたのだろう。いつもは大きく見開き気味の目を僅かに細め、彼を取り巻く空気が剣呑な物に変わる。
ハナとモモタロスが纏う空気が悪くなっていく中、リュウタロスだけは話しについていけていない事もあるせいなのか、きょとんとした表情を浮かべ、モモタロスの袖を引いた。
「ねえモモタロス、そのトライアルって何?」
「あ? ああ、烏丸 が言うには、『アンデッド』とか言う奴と人間のデータを融合させて作った物らしいぜ。よくわかんねーけどな」
三人の中で唯一トライアルという単語を知らないリュウタロスの問いかけに、昨日聞いた言葉をそのまま返す。
自分自身でさえ意味が分からないのに、初めて聞くリュウタロスに意味が通じるとは思えないが、これ以上の説明のしようがないのだから仕方ない。
「そう言えばその『アンデッド』って単語、私も昨日聞いたけど何なのかしら。……モモは知らないのよね」
「知らねーな。俺もそう言うもんだって事しか聞かなかったし……」
「僕、知ってるよ~」
首を傾げる二人に対し、今まで質問しかしていなかったリュウタロスが、えっへんと言わんばかりに胸を張って言い放つ。
その様子に、二人はぎょっと目を見開き、声の主をまじまじと見つめた。それに気を良くしたのか、リュウタロスはにこにことその顔に無邪気な笑顔を浮かべ、更に言葉を続けた。
「んっとねぇ、色んな生き物のご先祖様の事なんだって、アンデッドって。全部で五十三体いるんだって言ってたよ」
「……言ってたって……誰が?」
「昨日、熊ちゃんと一緒に会った……橘って奴」
――本当に、これは偶然なのかしら――
リュウタロスの言葉を聞いた瞬間、ふとハナの脳裏をそんな考えがよぎった。
全く違う場所にいた自分達が、揃いも揃って「アンデッド」と呼ばれる存在と、何らかの形で接触している。
しかもリュウタロスの出会った橘と言う人物が、自分とウラタロスが見たあの赤い戦士と同一人物だとしたら、これ程「出来すぎた偶然」もない。
「でも……トンネルの事とは関係ないよね?」
そう、いくら自分達がアンデッドに関する情報を持っていたとしても、それはトンネルに関係する事ではない。
ならば優先させるべきは……
「アンデッドの事は一旦忘れましょ。今はトンネルの情報を集めるのが先決。……モモ、サボるんじゃないわよ?」
「ちょっと待て! 俺限定か!?」
「やーい、怒られてやんのー」
いつもの調子を取り戻し、ハナと二人のイマジン達は当てのない情報収集を再開した。
ケルベロスからカードを取り戻した物の、「ハートの2」……「スピリットヒューマン」のカードを用いて「ジョーカー」から「相川始」の姿に戻しても、彼は目を覚まさなかった。
仕方なく剣崎達は彼を虎太郎の家に運び、夜通しで様子を見ていたが……それでも、目覚める様子はない。
疲れていたのか、いつの間にか剣崎を除く全員がリビングで眠ってしまっていた。寝息と鳥の囀り以外は聞こえない。時折剣崎が始の額に置いた布を冷やす為、桶に張った水がぴしゃりと跳ねる音が小さく響くだけだ。
だが、その静寂はけたたましいまでの電子音によって打ち破られた。
始を除く、眠っていた全員がその音で跳ね起き音源を探す。そしてその音源がアンデッドサーチャーの物である事に最初に気がついたのは、広瀬 栞だった。
覗き込んだパソコンのモニターには、カテゴリーキングを指し示すマーカーと、彼の現在位置が示されている。
「アンデッド、カテゴリーキングよ!」
「カテゴリーキング……!」
彼女の言葉を聞くと同時に、橘がレンゲルのバックルを持って部屋の出入り口へと足を踏み出す。睦月も険しい顔でそれの後に続く。
だが……剣崎だけは、外へ出るのを躊躇っているようだった。目を伏せ、苦しそうに始と橘を交互に見つめる。
「橘さん……俺は……」
「お前そいつを見張っていろ。カテゴリーキングを封印した時、そいつに何が起こるかわからない」
剣崎に皆まで言わせず、未(いま)だ眠り続ける始をちらりと見ながら、橘はそう言葉を放つ。
今の剣崎がアンデッドと戦ったとしても、恐らくは相川始の事を気にかけてしまう。戦いにおいて他の事を考える事ほど危険な事はない。
しかも相手は上級アンデッド……カテゴリーキングなのだ。下手をすれば死に繋がりかねない。
「橘さん、俺も行きます」
「頼む」
睦月の言葉に短く……だがそれ故に急を要すると分かる返事をすると、橘と睦月はこの邸を出て、サーチャーの示した場所へと赴いた。
「始……起きてくれよ……」
出て行った二人を見送った後、剣崎は祈るようにそう呟く。その声に含まれるのは、眠り続ける彼への心配。そして、ほんの僅かな不安。
そんな剣崎の声が届いたのか。始の瞼が、ゆっくりと……そしてうっすらと開いた。
「やっと気がついたのか?」
剣崎の声が弾む。表情もほっとしたように緩んだ。
いくら何でも寝すぎだろう、どれだけ寝てたと思ってるんだよ。
そう言葉を続けようとする剣崎を、始の黒い瞳が映す。その刹那、彼は弾かれたようにその身を起こすと、無表情に一同を見渡し……
――皆さん、はじめまして――
「頭の中に声が……!」
響いた声に、広瀬が驚きの声を上げる。どうやら彼女の言う通り、「彼」はテレパシーのような物で自分達に語りかけているらしい。
頭に響くのは、確かに始の声。しかし始であればこんな話し方はしないし、何より「はじめまして」などと言うはずがない。
「違う! 始じゃない! ……誰だ、お前は」
訝り、敵意すら感じられる剣崎の問いかけに、相川始の姿をしたその存在は、相変わらず無表情のままテレパシーでこう答えた。
――私は、相川始でも、ジョーカーでもありません。貴方達の言う、カテゴリーツー――
「ヒューマン、アンデッド……」
呆然としたような剣崎の呟きが落ちる。
ヒューマンアンデッド。即ち人間の始祖。
ジョーカーを「相川始」の姿に変える存在であり、今は既にラウズカードに封印された身。
その彼が、なぜ今この場に現れ、剣崎達に語りかけているのか……何よりも、始はどうなったのか。
剣崎の頭の中には、無数の疑問が浮かんでいたが、それを声に出す事はなかった。……できなかった、と言った方が正しいのかもしれないが。
そんな彼の考えの一部を読み取りでもしたのだろうか。彼は真っ直ぐに前を見据えたまま、剣崎の疑問の一つに答えを返す。
――ジョーカーは、自分が獣に戻る事を恐れました。そのため、自分が目覚めぬように、深く深く、自己催眠をかけました――
「始は、大丈夫なんですね?」
ほっとしたように剣崎が言う。今の彼にとって、始は大切な友人なのだから、当然ではあるのだが。
ケルベロスに吸収されていたはずのヒューマンアンデッドが、何故その事を知っているのかは定かではないが……始が無事であった事に比べれば、些細な事だ。
――私は、彼の内部から働きかけてきました――
ジョーカーの闘争本能を抑えるためには、外部からと内部から、両方から働きかける必要があった。そのために、ヒューマンアンデッドはあえてジョーカーの前に身を晒し、無抵抗のまま封印されたのかもしれない。
「相川始」が、いつか本当に大切だと思える人間に出会えるかもと言う、ほんの僅かな可能性に賭けて。
――そして今では彼は、人間になりたいと願っています。他の生物を滅ぼすのではなく、人間の中で、生きていこうと――
結果、彼はその賭けに見事に勝ったのである。栗原親子と言う「守るべき者」と……剣崎一真と言う「親友」と出会った事で、人であり続けようとしているのだから。
「それで、ご先祖様」
「ご先祖ぉ!?」
「そうでしょ? あたし達人類の始祖なんだから」
虎太郎のあげた頓狂な声に、広瀬は冷たい視線と声を浴びせる。
彼女の言葉に納得したのか、それともただ単に威圧されただけなのか、小さく体を震わせると、虎太郎は黙り込んでしまう。
そんな虎太郎を無視し、広瀬はヒューマンアンデッドの方に向き直って言葉を続けた。
「教えて欲しい事があるんです。アンデッドが最後の一体になった時、何が起こるんですか?」
アンデッドが最後の一体になった時、勝ち残った種が地上を制する。今まではそうだと思ってきた。
だがここに来て、天王路の行動やカテゴリーキングの「勝利」に対する執念は、それだけではない「何か」がある……そんな気がしていたのだ。
――バトルファイトに勝利した時、統制者の声が聞こえました。お前の望むままになる。人類も、人類以外の生物も。この地球さえも、と――
「……一体、どういう意味?」
――勝利者には、万能の力が与えられます。世界を自分の望むように変える事ができる力を――
「それじゃ、まるで神の力……アンデッドが欲しがる訳ね」
淡々と、まるで他人事のようにヒューマンアンデッドは語る。……かつてはその「世界を自分の望むように変えられる力」を手に入れたはずであるにもかかわらず。
「それで貴方は、何を望んだんです?」
それを察したのだろうか、剣崎が思わず問いかけた。
今の地上は、確かにヒトという種が支配している。しかし、他の生物もまた存在している。カテゴリーキングではないが、自分が勝利したのなら、自分以外の種を排除する方向に持っていくの一般的なアンデッドの考えではないのか。
……ならば、彼は何を望んだのか。
万能の力をもって、何を成したのか。
だが。そんな剣崎の問いに対して、彼は問いで返した。
――……君なら、何を望みますか?――
無表情だが、どこか笑っているようにも見える顔で、剣崎の瞳を見つめ……人類の始祖は、再びその意識を閉ざした。
――……君なら、何を望みますか?――
頭に響いた声は、最後にそんな事を言って途絶えた。
いつの間にか迷い込んでしまった誰かの家の前で、ハナ達はそこから聞こえる「頭の中に響く声」と家の中にいた人物達の会話に耳を傾けていた。
ハナにとっては、頭の中に声が響く事など初めての経験だったのだが、モモタロス達二人にとっては、声こそ違えど似た経験がある。
それを思い出したのか、二人共あからさまに不愉快そうにその顔を歪め、軽く頭を振って声の残滓を追い出そうとしていた。
「勝手に頭の中で喋るんだもん。……煩いから嫌いなのに」
心底嫌そうに言うリュウタロス。家人に見つからぬよう、小さな声ではあったが。
「ヒューマンアンデッドっつったか? あいつ、まるで俺らがここにいるのが分かってるみてーだったな」
「偶々じゃない? 中にいる人の質問に答えているだけみたいだったし」
「だったら僕達にまで聞かせる必要ないよ」
リュウタロスに言われ、ようやくハナも彼らの言いたい事を理解する。
確かにテレパシーの類ならば話す相手を限定できる。自分達がいる事に気付いていたとしても、聞かせなければ良い話だ。その場合、端から聞いた家人の声は「大きな独り言」に聞こえただろうが……
しかし先の「声」がハナ達にも聞こえたと言う事は、ヒューマンアンデッドが、彼女達も「事情を話すべき相手」と認識したからに他ならない。
では何故……偶々その場に居合わせてしまったはずの自分達にまで語ったのか。
「まさか、トンネルの事とアンデッド……関係あるって言うの?」
一度や二度ならばまだ「偶然」で片付けられる。
だが、こうも何度もアンデッドに関する情報を聞いてしまうのを「偶然」の一言で片付けるには、出来すぎている印象を受ける。
何かしらの力が働いているのか、それともオーナーの思惑通りなのか。その辺りは定かではないが、どうやらアンデッドの事に集中した方が良さそうである。
「……もうしばらく、ここにいる人達を見ていた方が良いかもしれないわね……」
ハナの言葉に、モモタロスとリュウタロスは小さく溜息を吐いて……渋々と言った様子で首を縦に振る。
……「声」の問いに、出て来ない答えを探しながら。
これは真なる歴史なのか。
それとも新なる歴史なのか。
どちらにしても、まだ未来は決まっていない。
「いくら収穫なしだからって、チーム編成変えてまで調査を続ける必要あんのかよ?」
はあと盛大な溜息を吐きながら、モモタロスは誰にと言う訳でもなく呟いた。
トライアルとか何とか言う異形を倒し、烏丸と別れた後、何とか他のメンバーと合流したのだが……誰もトンネルに関する情報は得られなかったと分かったため、ハナの号令の
「デンライナーから放り出されたいって言うなら、別に良いわよ?」
「しかもハナクソ女と一緒……」
それを言い終わるかどうかのうちに、ハナの鉄拳がドゴッと言う音を立ててモモタロスの鳩尾に入る。
「ぐふぉっ!」
「……ハナちゃんってイマジンに容赦ないよね」
「…………俺には特に容赦ねえだろ……良太郎に憑いてた時でさえ、良太郎ごと殴られてんだからよ」
蹲りながら痛みで痙攣している自分を、人指し指で
……なお、今回のチーム編成は「モモタロス、リュウタロス、ハナ」と「ウラタロス、キンタロス、ジーク」の三人一組の二チーム。
ハナとしては、正直このチーム分けで問題が起きないはずもないとは思ったが、情報の共有化という観点から、ウラタロスがこれを提案してきたのだ。
……まあウラタロスの本心は大方、ハナがいてはナンパができぬ、と言う事なのだろうが。
そしてそれが「昨日」の事。結局彼らはこの時間の中で夜を明かし、今日は朝から行動開始である。
「……そう言えば、何でモモは変身した訳? それを昨日聞きそびれたんだけど」
「う。それはまあ、人助けって言うかよぉ……」
もごもごと口ごもるモモタロスに、ハナがきゅっと眉間に皺を寄せ、更には視線を合わせるように爪先立ちになってずずいと詰め寄る。
「あんたねえ! オーナーからも時間に干渉するなって言われてたでしょ!?」
「しょうがねえだろ!? あのままじゃあのおっさん、死んじまうところだったんだからよ。……見捨てる訳にもいかねぇだろうが」
「でもさぁ、事故とかなら変身しなくても助けられるよね?」
「そうよ、その人がイマジンみたいなものに襲われてたって言うならともかく……」
「……襲われてたんだよ、妙なバケモンに」
低く返されたその答えが予想外だったのか、モモタロスに詰め寄っていた二人の動きがぴたりと止まる。
「イマジンじゃねーけど、それに似た奴だな。確か……トライアル、とか言ってやがったぜ」
一瞬の間隙を好機と取ったのか、モモタロスは真剣な声のまま、自分の記憶を辿って更に言葉を放つ。
トライアル……その単語に、ハナは聞き覚えがあったのか、彼女は爪先立ちを止めると、モモタロス同様自身の記憶を辿るように瞑目した。
思い出すのは、愉快そうに怪物を眺める男。そしてその時口にしていた言葉。
――全ては計画通りだよ。トライアルシリーズも、ティターンも、ケルベロスを生み出すための実験――
「トライアルって……あの男が言ってた?」
「ハナちゃん、あの男って誰?」
「そうか、あんた達は知らないのよね。昨日、ウラと一緒にいた時見た男よ。天王路って言ってたっけ」
きょとんとした表情でかけられたリュウタロスの問いに、ハナが心底嫌そうに答えを返す。特に、天王路の名を出した時の顔はイマジンを憎んでいた時の表情を彷彿とさせるものだった。
それ程までにハナにとっては嫌な相手と言う訳か。
「そう言や烏丸のおっさん、その天王路とかって奴に狙われてる、とかも言ってやがったな。……偶然か?」
彼なりに、何かキナ臭いものを感じたのだろう。いつもは大きく見開き気味の目を僅かに細め、彼を取り巻く空気が剣呑な物に変わる。
ハナとモモタロスが纏う空気が悪くなっていく中、リュウタロスだけは話しについていけていない事もあるせいなのか、きょとんとした表情を浮かべ、モモタロスの袖を引いた。
「ねえモモタロス、そのトライアルって何?」
「あ? ああ、
三人の中で唯一トライアルという単語を知らないリュウタロスの問いかけに、昨日聞いた言葉をそのまま返す。
自分自身でさえ意味が分からないのに、初めて聞くリュウタロスに意味が通じるとは思えないが、これ以上の説明のしようがないのだから仕方ない。
「そう言えばその『アンデッド』って単語、私も昨日聞いたけど何なのかしら。……モモは知らないのよね」
「知らねーな。俺もそう言うもんだって事しか聞かなかったし……」
「僕、知ってるよ~」
首を傾げる二人に対し、今まで質問しかしていなかったリュウタロスが、えっへんと言わんばかりに胸を張って言い放つ。
その様子に、二人はぎょっと目を見開き、声の主をまじまじと見つめた。それに気を良くしたのか、リュウタロスはにこにことその顔に無邪気な笑顔を浮かべ、更に言葉を続けた。
「んっとねぇ、色んな生き物のご先祖様の事なんだって、アンデッドって。全部で五十三体いるんだって言ってたよ」
「……言ってたって……誰が?」
「昨日、熊ちゃんと一緒に会った……橘って奴」
――本当に、これは偶然なのかしら――
リュウタロスの言葉を聞いた瞬間、ふとハナの脳裏をそんな考えがよぎった。
全く違う場所にいた自分達が、揃いも揃って「アンデッド」と呼ばれる存在と、何らかの形で接触している。
しかもリュウタロスの出会った橘と言う人物が、自分とウラタロスが見たあの赤い戦士と同一人物だとしたら、これ程「出来すぎた偶然」もない。
「でも……トンネルの事とは関係ないよね?」
そう、いくら自分達がアンデッドに関する情報を持っていたとしても、それはトンネルに関係する事ではない。
ならば優先させるべきは……
「アンデッドの事は一旦忘れましょ。今はトンネルの情報を集めるのが先決。……モモ、サボるんじゃないわよ?」
「ちょっと待て! 俺限定か!?」
「やーい、怒られてやんのー」
いつもの調子を取り戻し、ハナと二人のイマジン達は当てのない情報収集を再開した。
ケルベロスからカードを取り戻した物の、「ハートの2」……「スピリットヒューマン」のカードを用いて「ジョーカー」から「相川始」の姿に戻しても、彼は目を覚まさなかった。
仕方なく剣崎達は彼を虎太郎の家に運び、夜通しで様子を見ていたが……それでも、目覚める様子はない。
疲れていたのか、いつの間にか剣崎を除く全員がリビングで眠ってしまっていた。寝息と鳥の囀り以外は聞こえない。時折剣崎が始の額に置いた布を冷やす為、桶に張った水がぴしゃりと跳ねる音が小さく響くだけだ。
だが、その静寂はけたたましいまでの電子音によって打ち破られた。
始を除く、眠っていた全員がその音で跳ね起き音源を探す。そしてその音源がアンデッドサーチャーの物である事に最初に気がついたのは、広瀬 栞だった。
覗き込んだパソコンのモニターには、カテゴリーキングを指し示すマーカーと、彼の現在位置が示されている。
「アンデッド、カテゴリーキングよ!」
「カテゴリーキング……!」
彼女の言葉を聞くと同時に、橘がレンゲルのバックルを持って部屋の出入り口へと足を踏み出す。睦月も険しい顔でそれの後に続く。
だが……剣崎だけは、外へ出るのを躊躇っているようだった。目を伏せ、苦しそうに始と橘を交互に見つめる。
「橘さん……俺は……」
「お前そいつを見張っていろ。カテゴリーキングを封印した時、そいつに何が起こるかわからない」
剣崎に皆まで言わせず、未(いま)だ眠り続ける始をちらりと見ながら、橘はそう言葉を放つ。
今の剣崎がアンデッドと戦ったとしても、恐らくは相川始の事を気にかけてしまう。戦いにおいて他の事を考える事ほど危険な事はない。
しかも相手は上級アンデッド……カテゴリーキングなのだ。下手をすれば死に繋がりかねない。
「橘さん、俺も行きます」
「頼む」
睦月の言葉に短く……だがそれ故に急を要すると分かる返事をすると、橘と睦月はこの邸を出て、サーチャーの示した場所へと赴いた。
「始……起きてくれよ……」
出て行った二人を見送った後、剣崎は祈るようにそう呟く。その声に含まれるのは、眠り続ける彼への心配。そして、ほんの僅かな不安。
そんな剣崎の声が届いたのか。始の瞼が、ゆっくりと……そしてうっすらと開いた。
「やっと気がついたのか?」
剣崎の声が弾む。表情もほっとしたように緩んだ。
いくら何でも寝すぎだろう、どれだけ寝てたと思ってるんだよ。
そう言葉を続けようとする剣崎を、始の黒い瞳が映す。その刹那、彼は弾かれたようにその身を起こすと、無表情に一同を見渡し……
――皆さん、はじめまして――
「頭の中に声が……!」
響いた声に、広瀬が驚きの声を上げる。どうやら彼女の言う通り、「彼」はテレパシーのような物で自分達に語りかけているらしい。
頭に響くのは、確かに始の声。しかし始であればこんな話し方はしないし、何より「はじめまして」などと言うはずがない。
「違う! 始じゃない! ……誰だ、お前は」
訝り、敵意すら感じられる剣崎の問いかけに、相川始の姿をしたその存在は、相変わらず無表情のままテレパシーでこう答えた。
――私は、相川始でも、ジョーカーでもありません。貴方達の言う、カテゴリーツー――
「ヒューマン、アンデッド……」
呆然としたような剣崎の呟きが落ちる。
ヒューマンアンデッド。即ち人間の始祖。
ジョーカーを「相川始」の姿に変える存在であり、今は既にラウズカードに封印された身。
その彼が、なぜ今この場に現れ、剣崎達に語りかけているのか……何よりも、始はどうなったのか。
剣崎の頭の中には、無数の疑問が浮かんでいたが、それを声に出す事はなかった。……できなかった、と言った方が正しいのかもしれないが。
そんな彼の考えの一部を読み取りでもしたのだろうか。彼は真っ直ぐに前を見据えたまま、剣崎の疑問の一つに答えを返す。
――ジョーカーは、自分が獣に戻る事を恐れました。そのため、自分が目覚めぬように、深く深く、自己催眠をかけました――
「始は、大丈夫なんですね?」
ほっとしたように剣崎が言う。今の彼にとって、始は大切な友人なのだから、当然ではあるのだが。
ケルベロスに吸収されていたはずのヒューマンアンデッドが、何故その事を知っているのかは定かではないが……始が無事であった事に比べれば、些細な事だ。
――私は、彼の内部から働きかけてきました――
ジョーカーの闘争本能を抑えるためには、外部からと内部から、両方から働きかける必要があった。そのために、ヒューマンアンデッドはあえてジョーカーの前に身を晒し、無抵抗のまま封印されたのかもしれない。
「相川始」が、いつか本当に大切だと思える人間に出会えるかもと言う、ほんの僅かな可能性に賭けて。
――そして今では彼は、人間になりたいと願っています。他の生物を滅ぼすのではなく、人間の中で、生きていこうと――
結果、彼はその賭けに見事に勝ったのである。栗原親子と言う「守るべき者」と……剣崎一真と言う「親友」と出会った事で、人であり続けようとしているのだから。
「それで、ご先祖様」
「ご先祖ぉ!?」
「そうでしょ? あたし達人類の始祖なんだから」
虎太郎のあげた頓狂な声に、広瀬は冷たい視線と声を浴びせる。
彼女の言葉に納得したのか、それともただ単に威圧されただけなのか、小さく体を震わせると、虎太郎は黙り込んでしまう。
そんな虎太郎を無視し、広瀬はヒューマンアンデッドの方に向き直って言葉を続けた。
「教えて欲しい事があるんです。アンデッドが最後の一体になった時、何が起こるんですか?」
アンデッドが最後の一体になった時、勝ち残った種が地上を制する。今まではそうだと思ってきた。
だがここに来て、天王路の行動やカテゴリーキングの「勝利」に対する執念は、それだけではない「何か」がある……そんな気がしていたのだ。
――バトルファイトに勝利した時、統制者の声が聞こえました。お前の望むままになる。人類も、人類以外の生物も。この地球さえも、と――
「……一体、どういう意味?」
――勝利者には、万能の力が与えられます。世界を自分の望むように変える事ができる力を――
「それじゃ、まるで神の力……アンデッドが欲しがる訳ね」
淡々と、まるで他人事のようにヒューマンアンデッドは語る。……かつてはその「世界を自分の望むように変えられる力」を手に入れたはずであるにもかかわらず。
「それで貴方は、何を望んだんです?」
それを察したのだろうか、剣崎が思わず問いかけた。
今の地上は、確かにヒトという種が支配している。しかし、他の生物もまた存在している。カテゴリーキングではないが、自分が勝利したのなら、自分以外の種を排除する方向に持っていくの一般的なアンデッドの考えではないのか。
……ならば、彼は何を望んだのか。
万能の力をもって、何を成したのか。
だが。そんな剣崎の問いに対して、彼は問いで返した。
――……君なら、何を望みますか?――
無表情だが、どこか笑っているようにも見える顔で、剣崎の瞳を見つめ……人類の始祖は、再びその意識を閉ざした。
――……君なら、何を望みますか?――
頭に響いた声は、最後にそんな事を言って途絶えた。
いつの間にか迷い込んでしまった誰かの家の前で、ハナ達はそこから聞こえる「頭の中に響く声」と家の中にいた人物達の会話に耳を傾けていた。
ハナにとっては、頭の中に声が響く事など初めての経験だったのだが、モモタロス達二人にとっては、声こそ違えど似た経験がある。
それを思い出したのか、二人共あからさまに不愉快そうにその顔を歪め、軽く頭を振って声の残滓を追い出そうとしていた。
「勝手に頭の中で喋るんだもん。……煩いから嫌いなのに」
心底嫌そうに言うリュウタロス。家人に見つからぬよう、小さな声ではあったが。
「ヒューマンアンデッドっつったか? あいつ、まるで俺らがここにいるのが分かってるみてーだったな」
「偶々じゃない? 中にいる人の質問に答えているだけみたいだったし」
「だったら僕達にまで聞かせる必要ないよ」
リュウタロスに言われ、ようやくハナも彼らの言いたい事を理解する。
確かにテレパシーの類ならば話す相手を限定できる。自分達がいる事に気付いていたとしても、聞かせなければ良い話だ。その場合、端から聞いた家人の声は「大きな独り言」に聞こえただろうが……
しかし先の「声」がハナ達にも聞こえたと言う事は、ヒューマンアンデッドが、彼女達も「事情を話すべき相手」と認識したからに他ならない。
では何故……偶々その場に居合わせてしまったはずの自分達にまで語ったのか。
「まさか、トンネルの事とアンデッド……関係あるって言うの?」
一度や二度ならばまだ「偶然」で片付けられる。
だが、こうも何度もアンデッドに関する情報を聞いてしまうのを「偶然」の一言で片付けるには、出来すぎている印象を受ける。
何かしらの力が働いているのか、それともオーナーの思惑通りなのか。その辺りは定かではないが、どうやらアンデッドの事に集中した方が良さそうである。
「……もうしばらく、ここにいる人達を見ていた方が良いかもしれないわね……」
ハナの言葉に、モモタロスとリュウタロスは小さく溜息を吐いて……渋々と言った様子で首を縦に振る。
……「声」の問いに、出て来ない答えを探しながら。