過去の希望、未来の遺産

【その5:悪巧みを叩き】

 世界は円環する。
 だが、何度も同じ歴史を紡ぐ訳ではない。
 歴史は、緩やかな螺旋を描くものだ。

「……情報つってもなあ。トンネルの正体がわからねー以上、どんな情報集めろって言うんだよ……」
「集める必要などあるまい。世界は、私を中心として回っているのだ。勝手に私の方へやってくる」
 ウラタロスとハナが剣崎達に見つかった頃、モモタロスとジークの二人は芝の綺麗な公園の中にいた。
 住宅地から離れているせいか人影は少ない。そもそも、ここにいる理由はジークが「何となくこっちに行きたい」などと言う、訳のわからない理由からだった。
――何で俺がこの鳥野郎の面倒見なきゃなんねーんだ? つーか、ごちゃごちゃ考えるのも面倒だよなぁ……――
 ポケットの中に入れていたパスケース。そこに入ったチケットを見つめつつ、ぼんやりとそんな事を考える。
 このチケットは、この時間に滞在するために発行された仮のもの。描かれているのが「かつての自分の姿」ではなく「電王ソードフォーム」であるため、その気になれば変身もすることができるのだが、今までのように何度も使える訳ではないらしい。
 ゼロノスのカードのように、一度使えば変身はできなくなる、とオーナーからは聞いている。
「何をしている? お供その一。コーヒーはまだか?」
「だぁぁぁぁぁっ! 俺が知るか! って言うかお供その一って呼ぶなっつってんだろうがっ!」
「ふむ。まあ、お前のように粗野な者に、期待するだけ無駄と言う事か」
「……だったら最初から言うなよ」
「何か言ったか?」
「…………別に」
 ジークの相手は疲れる、と言う事を今更のように悟り、パスケースをしまって芝生の上にごろりと寝転ぶモモタロス。
 真冬とは言えそれほど寒くはない。キンタロスではないが、このまま昼寝をしても良いかもしれない。
 そもそも本来、頭脳労働者ではないモモタロスに、情報収集など向いているはずもないのだから、こんな風にだらけてしまうのは、当然と言えば当然である。
 ハナがいれば怒られそうだが、運よく今は口うるさい暴力娘はいない。いるのはマイペース王子のみ。これと言って面白い事もなく、そしてだらけていても怒る人間もいない。
――よし、寝よう。不貞寝しちまおう――
 思い、陽気に任せてゆっくりと瞼を下ろそうとした瞬間。
「ところで、お供その一」
「……その呼び方はやめろって言ってるだろ鳥野郎! 三歩歩いて忘れたか? ああ?」
 軽口を叩きながら、モモタロスは倒していた体を起こしてジークに向かってその赤い瞳を向ける。寝ようと思ったところを邪魔され、少々苛立ったのもあるのだろう。
 しかし見られている方は、そんな若干殺意の篭った視線をスルーし、ただ一点を不思議そうに見つめて問いを漏らす。
「あれは、何だ?」
「あれ……?」
 ジークの視線の先にある「あれ」を確認すべく、モモタロスもそちらの方を見る。
 そこには。
 やや白髪の混じった中年の男の姿と。
 それに、今まさに襲い掛からんとする異形の姿があった。
「っ! 危ねぇおっさん!」
 条件反射的にそう叫びつつ、男を突き飛ばして襲い掛かってきた異形を蹴る。
 蹴られた方は二、三歩よろめきはしたものの、大したダメージでもなかったらしく再び男の方に向き直った。
「何なんだあいつ! イマジンじゃねぇぞ……!」
 相手がイマジンならば、自分が気付かない筈がない。人の姿をしていても、イマジン特有の臭い……「存在」を感知する事は得意だからだ。
 だが、近くにジークがいる事を差し引いても、今自分の目の前にいる相手からはその臭いがない。
 全くないとは言い切れないが、少なくともイマジン程強い物ではない。
「おいジーク! そのおっさん連れて逃げろ!」
「私に命令するな。不愉快だ。……しかし、それでお前はどうする気だ?」
「へっ。決まってんだろ?」
 ジークの問いに、モモタロスは肩をピクリと震わせて笑い……どこからか、銀色のベルトを取り出した。
「丁度、暇で暴れたいと思ってた所だ。相手してもらうぜ」
 カチャリとベルトを巻きつけ、再びパスケースを取り出し……
「変身!」
 声をあげると同時に、ベルトの一番上の赤いボタンを押し、ベルトにセタッチする。
『SWORD FORM』
 電子音が響き、ベルトはモモタロスのチャクラを物質化、赤い電王……剣撃主体の姿であるソードフォームへと変身した。
「俺、参上!」
 言うが早いか、モモタロスは腰についていたデンガッシャーをソードモードに組み上げる。
 それを見た異形が、不思議そうに首を傾げ、虚ろな瞳がようやく男性から反れ、モモタロスだけを映した。
 骸骨を連想させる白い顔以外は、全身が漆黒。背中から生えている触手めいた物が、どことなく蜘蛛や百足と言った多足類を連想させる。そして手には大振りの剣を携え、ゆらゆらと体を左右に揺らしながら歩いてきた。
「最近体が鈍ってきたと思ってた所だ。相手してもらうぜ」
 嬉しそうに言い、剣の腹をするりと撫で上げながら、モモタロスは異形に容赦なく切りかかる。が、相手はその攻撃を背中の触手で受け止め、先程のお返しと言わんばかりにモモタロスの腹を思い切り蹴り飛ばす。
「ぅっぐっ!」
「確実に倒さんと次はないぞ、赤いお供」
「分かってんだよそんな事は! ちょっと油断しただけだ! それと、色で呼ぶな、色で!」
「色も駄目、数字も駄目。我儘が過ぎるのではないか、お供よ」
「だからっ! 誰が! いつ! お前のお供になったんだよ、鳥野郎!?」
 襲われていた男を隠すようにして立つジークの声に、見向きもせずモモタロスは体勢を立て直しながら答える。
 何度か斬りかかるが、そのことごとくを怪物は受け止め、逆に手に持った大太刀でモモタロスを斬りつける。
「何だ何だぁ……やってくれるじゃねーか。楽しくなってきたぜ……! っつっても、俺は最初から最後まで、徹底的にクライマックスだけどなぁ!」
 自分に劣勢……にもかかわらず、モモタロスの声は心底楽しそうだった。
 彼は基本、戦いを楽しむ癖がある。いかに格好良く戦うかに重きを置いていると言っても良い。歯応えのある相手と戦えるのは嬉しいし、楽しいのだ。
 ……もっとも、今は楽しんでいる場合ではないのだが。
 そしてジークの後ろでは、男が険しい顔をしてモモタロスの……電王の方を見つめていた。
「んん? どうした? 何か言いたい事でもあるのか? あるなら聞いてやるぞ」
 男の様子に気付いたジークが声をかける。
 ジーク独特の、上から物を見るかのような言葉遣いに気を悪くした風もなく、男は真剣な表情を作ると、ジークではなく電王の方へ声をかけた。
「……腹部のベルト。その中央部分を破壊しろ。それでそいつを……トライアルAを倒す事ができる」
「あぁん?」
 男の言葉に、モモタロスの口からは思わず不審かつ不満そうな声があがる。
 怪物の弱点と思しき物を知っている事も不審ながら、何より命令口調なのが癇に障る。そう言う口調で話すのは、今のところジークだけで沢山だ。
 だが、ジークが先程言った通り、一回のフルチャージで雌雄を決しなければならない。しかも下手にダメージを喰らい過ぎれば、それもまた変身解除につながってしまう。
 もう少し楽しんでいたい所だが、これ以上は時間への過度な干渉へとなりかねない。
「チッ! 考えても仕方ねえっ! ベルトのど真ん中をぶち壊せば良いんだな、おっさん!」
 舌打ちと共に言うが早いか、異形の懐に潜り込みその腰の辺りを横に薙ぐ。斬れはしないがダメージには繋がったらしく、異形……男はトライアルAと呼んでいた……は目に見えて後退した。
 一瞬の事で相手の反応は遅れていたが、それを見逃すモモタロスではない。少しでも遠ざけようとする異形の反撃をかわし、もう一度パスをベルトにセタッチする。
『FULL CHARGE』
 電子音と共にデンガッシャーにエネルギーが送られ、バチリと赤いプラズマが走る。そして普段なら剣先を飛ばす「操り糸」となるはずのそれは、使い手の意思故にそこに留まり、デンガッシャーの刃先を取り巻く。
「俺の必殺技、パートワン!」
 エネルギーがチャージされたデンガッシャーを、すれ違いざまに振り……モモタロスはそのまま、異形の体をベルトごと断ち斬る。
 デンガッシャーを通じて伝わる、イマジンを斬る時とは異なった確かな手応え。そして嫌な音と共に上がる相手の血。それに顔を顰める間もなく、異形は爆発、四散し、大きな爆音だけ残してこの世から姿を消した。
「……もう少し歯応えがあるかと思ったが、大した事ねぇじゃねえか」
「その割には、手間取っていたようだが?」
「うるせー。俺は格好良く戦えればそれで良いんだよ。時間や相手は関係ねえ」
 先程感じた「嫌な手応え」を振り払うかのようにジークの言葉に軽口で返しつつ、自分のベルトを外す。同時に今回使ったチケットの絵柄が、ソードフォームからかつての自分の姿……イマジンとしての、あの赤鬼の姿に変化した。
――ちっ。やっぱ無制限に変身って訳にはいかねーか――
 眉をしかめ、そのままパスケースをズボンのポケットにしまう。
「助かった。だが、その力は俺が知るライダーシステムではないな。……どこで作られた物だ?」
 ジークの後ろから、助けた男がそう問いかける。
 眼光は鋭く、だからと言って悪人と言う風にも見えない。服装はくたびれてはいるが、それは先程の異形に襲われていたせいだろう。
 ……自分が突き飛ばした事による怪我、と言う可能性も否定しきれないが。
 その辺りを差し引いても、どこかの「偉い人」らしい事はわかる。男が纏っているのは、責任ある者のみが持つ事の出来る空気だ。
「作られた所なんざ知らねーよ。ところでおっさん、怪我とかねぇか?」
「ない。それから、おっさんと呼ぶのはやめろ。俺はまだ四十八歳だ」
 余程嫌だったのか、険しい顔で男はモモタロスに言う。……相変わらず命令口調ではあったが。
「じゃあ、何て呼べばいいんだよ」
「……烏丸。烏丸 啓だ。BOARDの所長……だった」
 男は、どこか遠くを見るような目でそう己の名を告げる。
 BOARDと言うのが何なのかよく分からないが、とにかく偉い人物らしいと言う事は分かった。「だった」と言う過去形なのは、今はその職を解かれでもしたのだろうか。
 だからと言って、烏丸に対する態度を変える気は、二人にはさらさらないのだが。
「烏丸、か。私は……野上 軸。そしてこの粗野な男は私のお供その一だ」
「だからお供その一って呼ぶなって言ってるだろうがっ! 俺にはなあ、野上 桃って名前があるんだよ!」
 あまりセンスが良いとは言えないが、呼ばれなれた「モモ」を捨てる事はできなかった。
 本当はもっと格好良い名前を考えたかったが、どうにも思いつかなかったので、今のこの「野上桃」を名乗る事にしたのである。
 一方のジーク。「軸」とは、意外にも彼自身がつけた名だ。
 常に世界の中心である事……そして自分の本来の名であるジーク。この二つの意味を繋げる字がこの「軸」だったのである。
 本来は自分の母……最初の契約者の苗字である「鷹山」を名乗ろうとも思っていたようだが、今の自分の姿を考えて、「野上」の方を名乗ることにしたようである。
「お前達はよく似ているが……双子か?」
「まあ、そのような物だ」
 頷きつつ、ジークは優雅な動作で近くのベンチに腰をかけた。
「……随分と曖昧な表現だな」
「双子って訳じゃねえし。こんな鳥野郎と血のつながりとか……ないないない」
 ジークの隣に座る烏丸を見やり、モモタロスはブンブンと首と手を振って心底嫌そうに返す。
 その回答に満足できなかったのか、烏丸は更に何かを問おうとしたが……先に放たれたジークの問いによって遮られてしまった。
「それよりも烏丸、先程の怪物は何だ? 随分とアレに詳しかったが」
「おう、そう言えば俺もそれが聞きたかったんだよ」
「簡単な事だ。あれを……トライアルAを作った者を知っていたからだ」
「作ったぁ?」
 不審そうに、モモタロスが返す。
 今まで戦ってきた者の中に「何者かに作られた者」と言うのはなかったからだ。
 自分達をこの時間に連れてきたカイですらも、イマジンを統べるだけであって、ゼロから作る事はしなかった。
「そうだ。あれはBOARDの……天王路の企みによって作り出されたものだ。アンデッドと人間のデータを融合させたもの。それがトライアルシリーズだ」
 「アンデッド」や、「BOARD」と言う物は、二人にはよく分からない。だが、烏丸がトライアル「シリーズ」と言った事を考えると、彼を狙っている怪物は今の一体きりとは到底考えられなかった。まして、先程の怪物は間違いなく烏丸を殺そうとしていた。つまりこれからも彼を狙う怪物が現れるかも知れないと言う事になる。
 とは言え、既にモモタロスは一度変身してしまっている。今、襲われたらまともに戦えるのはジークだけだが、それも本人のやる気次第だろうし、彼の表情を見る限りその気は全くなさそうだ。
「でもよ……あんた、そのボードとかって所の所長だったんだろ? 何でそこで作った奴に命狙われるんだよ」
「天王路にとって、俺はもう用済みらしい。自分の欲望のためなら邪魔な者は消す……そう言う男だ」
 烏丸が自嘲気味に呟いた言葉はとても小さなものだったが、二人の耳にははっきりと届いていた。
 その声には、憤りと絶望……そしてほんの少しの悲哀が混ざっていた。
「何だかよくわからねーが、要はお前、その天王路って奴に狙われてるって事だろ」
「そうなるな」
「だったら、そいつをブッ倒したら良いだけだろ」
「それができたら苦労はしない。今の俺には、奴の居場所は分からん」
 そう言うと、烏丸はゆっくりと立ち上がった。
「巻き込んですまなかったな」
「どこへ行くのだ?」
 ジークが座ったまま、どこかへ歩き出そうとした烏丸に声をかける。
 烏丸の表情に、迷いや絶望はない。
 むしろ何かを決意したような光が、その瞳には宿っていた。
「アンデッドを封印している部下達がいる。そいつらを頼ろうと思ってな」
 頼る、とは言っているが、恐らくは自分も力になる気なのだろう。先程までは感じられなかった威厳のような物が、今の烏丸にはあるような気がした。
「そうだ、桃」
「何だよ?」
「お前の戦い方は、少しだけ剣崎に似ているな」
「はあ?」
 不敵な笑みを浮かべる烏丸に、モモタロスは素っ頓狂な声を上げた。
 剣崎と言うのが誰だかわからない。知らない人間と比較されても嬉しくもなんともないし、そもそもイマジンである自分と比較される人間とは如何な物か。
 ……少し興味が湧いたが、今はその人間よりもオーナーに言われていた「元凶」とやらを探る事が先である。
 その人間とは、機会があれば会えば良い。
 去り行く烏丸の背を見つめながら、モモタロスはそんな事を考えていた。
「……さて、我々も行くぞ、お供その一」
「行くって……どこへだよ?」
「決まっているだろう? 姫達と合流するのだ。これ以上ここにいても、何の収穫もあるまい」
「……それもそうだな。カメ公達が、何か掴んでるかも知れねーし。……って、だから! 俺をお供その一って呼ぶんじゃねェよ! この鳥野郎ォ!!」
 すたすたと、烏丸とは逆方向に向かって歩くジークに、モモタロスはこの日何度目かのツッコミを入れた。
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