過去の希望、未来の遺産

【その4:望む平和】

 ヒトはこの仕組みから抜け出せるか。
 ヒトでない者は、どこから来るのか。
 ヒトの行き着く先は、滅びか。それとも……

 キンタロスとリュウタロスが、橘朔也と会う少し前。ハナとウラタロスは凄まじい速さで走る男と、それをバイクで追いかける青年を見かけた。
「……バイクと同じ速さで走る人間なんて、いないよねえ」
「怪しいわね。追いかけなきゃ」
「ホント、真面目だよねぇ、ハナさんは」
 気合充分なハナを見つめ、呆れたように呟きつつも、彼らの向かった方向にウラタロスは歩き出す。
 そんな彼の様子に、ハナはムッとしたように顔を顰め、隣に立つ黒縁眼鏡の青年をきつく睨み上げる。
「ちょっと! 走るぐらいしたらどうなの!?」
「イマジンだからって、脳みそまで筋肉でできてるキンちゃんならともかく、僕はバイクと併走できる自信はないよ。それに、この先一本道だから真っ直ぐ行けばいつかは釣れる訳だし。何より、汗かきたくないんだよねぇ」
 歩きながらもハナの抗議の声に、しゃあしゃあと言い放ち、ウラタロスは軽く肩を竦める。
 かつて、キンタロスは良太郎に憑いた状態でバスと併走すると言う芸当をやり遂げた事があるが、それはひとえに体力に自信のある彼だからできる事だ。主に頭脳プレーを得意とするウラタロスには出来ないし、ガラではない。
「けど、何かあってからじゃ遅いの……よ!」
 言って、ハナはぎゅりっとウラタロスの足を踏み躙る。外見年齢が一桁程度の少女とは言え、慈悲も躊躇もない一撃に、ウラタロスの顔が苦痛に歪む。
「ちょっ、ハナさん!? 今のは真剣に痛いんだけど!?」
「どーせ何言っても急ぐつもりないんでしょ、あんたは。だったら、ここに好きなだけいられるようにしてあげようと思ったんだけど……」
 足りなかったかしら? と、にっこりと笑いながら言われ、ウラタロスはブンブンと首を横に振る。恐らく抵抗した場合もっと手酷い扱いを受けると悟ったのか、彼は大人しく痛む足を引き摺りながら、バイクの後を追った。
 そして行き着いた先は、人気ひとけのない、廃港のような場所。そこでは既に、真剣な顔をして話し込む二人がいた。
 いや……真剣な顔をしているのはバイクに乗っていた青年の方だけで、走っていた男の方は明らかに彼を小ばかにした態度を見せている。
 その態度は、どことなく嘘を吐いて人を煙に巻く時の自分ウラタロスに似ていると思う。
「何か深刻な話みたいね。ここからじゃよく聞こえないけど……」
 彼らに見つからぬよう、少し離れたコンテナの影から様子を窺う二人にとって、この距離は声を聞くにはあまり適していない。
「まあ、友達同士の会話って訳じゃあ、ないだろうね」
 眼鏡の奥で、彼の青い瞳が二人の顔を見据えていた。

「もう戦うのは止めないか?」
 バイクの青年……上城 睦月は、ここまで自分が追ってきた男にそう声をかけた。
 廃港なのか、うまい具合に人の気配はない。ひょっとすると男に誘い込まれたのかもしれないが、彼に話したい事があった身としては、むしろこの静かな場所は好都合だった。
「俺は最近、封印したアンデッド達の声が聞こえて来るんです。戦いをやめろ……アンデッドもジョーカーも封印される事がなければもう何も起こらないって」
 睦月が、誰もいない海を見つめながらそう言った。
 アンデッドは、その名の通り不死の存在。死なない代わりに、トランプに似たカードに封印され、深い眠りに就くだけである。
 彼には本当に聞こえているのかもしれない。かつて彼自身が封印したしま のぼると呼ばれていた男と、彼自身を取り戻すきっかけを作ったじょう ひかると名乗った女の声が。そして、他の封印されし者達の声も。
 しかしそんな真剣な彼とは対照的に、相手は軽く鼻で笑うと、小ばかにしたような態度のまま言葉を紡ぐ。
「戦いを止めて……それでどうする? 仲間のクワガタムシ達と、森に暮らせって言うのかい?」
 眼鏡を軽く上げながら言った彼はダイヤのスートのカテゴリーキング。ヒトの姿をしているが、ギラファアンデッドと呼ばれるれっきとしたアンデッドである。
 普段は金居と名乗っているようだが、その名はあまり使ってはいないらしい。少なくとも、睦月は彼を「カテゴリーキング」としか呼んだ事がないし、彼もそれをわざわざ訂正するような事もない。
 そして……彼は、ジョーカー以外に残った「最後のアンデッド」でもある。
 バトルファイトのルール通りならば、彼が最後の一体として残れば、この世界は彼の眷属……ノコギリクワガタの支配する世界となる。しかしジョーカー……相川始が残れば、この世界はリセットされ、全ての生物が存在しなくなる。
 どちらが勝っても、人間の世界は終わる。
 だが、決着がつかなければ、何も起こらない。人々は何も知らずに、今まで通りに生活していける。
 ……何より……睦月は信じている。人間とアンデッドは分かり合うことが出来ると。闘争本能のみに忠実なジョーカーであるはずの始ですら、人の中で暮らしていこうとしているのだから。
「人間と共存すれば……」
「俺は、俺達の世界を作る。人間など一人もいない素晴しい世界だ」
 一縷の希望を乗せた睦月の言葉を遮って、金居は自分の理想とする世界を告げる。
 ……金居にとって見れば、人間など自分の種にとって害悪でしかない。
 同種間でも考えの違いで争いあう愚かな生物……金居は、人間の事をそう捕らえていたのかもしれない。
 それは本来なら地上の覇権を賭けて、自然発生的に行われるはずのバトルファイトが、今回に限っては、故意に引き起こされたものだと知っていたのも大きな要因だろう。
「……クッ。共存だと?」
 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに睦月の言葉を一蹴し、金居はくるりと睦月に背を向ける。共存など、出来る訳がない。愚かで哀れで、どの種よりも戦いに貪欲な生命。それが人間と言う生き物だ。
 彼らが地上の覇者となった事で、どれだけ多くの種が絶滅に追いやられたかを思えば、なおの事。話し合う余地などない。
 思いながら足を進める彼だったが……その足は、突如として己の行く手に現れた異形の姿を見止めた事でひたりと止まった。
 腰にベルトのような物がある事から、かろうじてそいつがアンデッドだと分かる。
 両肩に獣の顔のような物が生えていて「三つ首の獣」のようにも見える。更に左肩の顔の後ろからはなにやらホースのような物も伸びているが、それが何を意味するのかは分からない。
「こいつは!」
 見た事があるのだろうか、金居は舌打ちせんばかりに異形を見てそう吐き捨てた。
 その言葉を理解しているのかどうかは定かではないが、そいつは金居に掌をかざすと、そこからビームのようなものを発射する。が、睦月が金居を庇いその攻撃は難なくかわされた。
「お前が最後のアンデッドじゃなかったのか!?」
「人造アンデッドだ」
「そんな……馬鹿な……」
「こいつも説得してみるか?」
 信じられないと言わんばかりの睦月に対し、皮肉気に金居は返しつつも、異形……ケルベロスとの距離を置くべくゆっくりと後退る。
 だが、それを許すケルベロスではない。金居に向かい再び掌をかざして攻撃を仕掛ける。
 しかしその攻撃が当たるより先に、睦月が再び金居を庇うように前に踊り出る。アンデッドと人間、共存できる未来を作る為に。
「変身!」
『OPEN UP』
 睦月が腰のベルトをスライドさせると同時に、電子音が響く。そこから蜘蛛の模様をした紫色のエネルギーの壁が展開。それにケルベロスの攻撃は弾かれ、ケルベロス自身に跳ね返る。
 その一方で、エネルギーの壁は睦月の体を包み、彼を緑色の仮面ライダー……レンゲルへと強化した。その姿は、トランプのクローバーと、蜘蛛の両方を連想させる。
 そこでようやくレンゲルを敵と認識したのか、彼の姿を見止めるとケルベロスは攻撃の標的を逃げ腰の金居から敵意を向けてくるレンゲルへと変更。振り回されるレンゲルの杖の攻撃を最小限の動きでかわし、絶妙のタイミングでレンゲルに対して攻撃を仕掛け、当てる。
 金居はその戦い……と言うよりケルベロスの様子をじっと見つめていた。まるで何かを観察し、理解せんとばかりに。
――複数のアンデッドの細胞を合成している――
「逃げた方が良さそうだぜ、坊や」
 ケルベロスを危険な存在と認識したのか、彼らしからぬ気遣いの見える言葉を睦月に投げかけ、その場から離れようとする。が、奮闘するレンゲルを見てもう少し留まっても平気と判断したのか、少し離れた場所に身を潜めてレンゲルとケルベロスの戦いを再びじっと観察する。
「俺には新しいフォームはない。けど……強い仲間がいる!」
 金居が見つめる一方で、レンゲルはそう言うと一枚のカードを宙に投げた。同時に自分の持つロッドに、何らかのカードを読み込ませる。
 ……投げられたカードは「クラブのJ」。描かれた動物は象。
 読み込んだカードは「クラブの10」。描かれた動物は獏。そしてその能力は……
『REMOTE』
 リモート。封印したアンデッドを解放、自分の意のままに操る事のできる特殊なカード。
 その力によって、今まで封印されていた象の始祖……エレファントアンデッドが封印から解放された。
「一緒に戦ってくれ」
 レンゲルの言葉に、エレファントアンデッドが力強く頷きを返す。それは、リモートの効果で操られているからなのか。それとも、彼もまた睦月に対し、「戦いをやめろ」と囁くアンデッドの一人なのか。
 真偽の程は定かではないが、「一緒に戦う」と言う願いを聞き入れたエレファントアンデッドは、レンゲルと共にケルベロスへ同時攻撃を仕掛ける。
 しかしケルベロスはその攻撃をかわしつつ、確実な攻撃でレンゲルとエレファントアンデッドにダメージを与える。
 ……いつの間にかダメージが蓄積されてしまったのだろう。エレファントアンデッドの体は実体を保てなくなり、再びラウズカードの中へと封印されてしまった。
 本来なら、リモートで解放されたカードはもう一度封印されれば解放した者……レンゲルの手元へ戻るはずだった。だが、カードはケルベロスの肩から生えるホースのようなものが「吸い込んで」しまった。
「あいつ……アンデッドを取り込んでしまえるのか!」
 その様子を影で見ていた金居が驚いたように……だが、どこか楽しそうに呟く。
 一方でケルベロスは、驚愕と疲労で動きの止まったレンゲルの首を締め上げ、再び肩のホースでレンゲルからカードを吸い取る。今度は、彼の持つカード全てを。
 それは即ち、「レンゲル」としての力を与えていた「チェンジスパイダー」のカードすらも失い、「レンゲル」と言う仮面ライダーから「上城睦月」と言う一介の人間に戻る事を示している。
 睦月へとその姿を戻した事で、目の前の相手に興味を失ったのか、ケルベロスは彼の体を放り投げ、どすりと壁に叩き付けた。生身でその衝撃を受けたせいだろうか、睦月はただ苦しそうに呻くだけ。
 ゆっくりと自分に近付いてくるケルベロスにさえ気付いていないようだ。彼の体に、再びケルベロスの手が伸びる。だが。
「睦月!」
 ケルベロスが睦月の元に着くより先に、橘の声が響いた。彼のすぐ後ろには剣崎もいる。
 一瞬ケルベロスの動きが止まったのは、単純に大きな声に反応しただけなのか、それとも二人を新たな獲物と認識したためなのか。とにかく、ケルベロスは視線を睦月から橘と剣崎へと変えた。
 一方で、剣崎は睦月を襲っていたアンデッドを見る。
 始が戦っていた時、アンデッドサーチャーはジョーカーともう一体、正体不明のアンデッドの存在を示していた。それと同じ反応が、睦月の前に立っている。
 剣崎はかつて、最後のアンデッド……ギラファアンデッドに出会った事がある。しかし、今近付いている敵はそれとは全く違う。本当に……「正体不明のアンデッド」。
「やはりあいつはカテゴリーキングじゃありません!」
「何だと!? じゃあ一体……」
 「正体不明のアンデッド」が、てっきりカテゴリーキングだと思っていただけに、目の前の存在の正体が気にかかる。
 しかし、相手がアンデッドである以上……そして睦月に危険が及んでいる以上、考えている時間はないと判断したのか。橘は思考を中断させ、ベルトのバックルを構えた。
「行くぞ!」
「はい!」
 変身していない今の睦月は、ただの十七歳の少年である。それがケルベロスに襲われればひとたまりもないだろう。
 それを阻止するため、睦月のいる場所に向かうべく二人が駆け出す。
 音もなくやってきた黒塗りの車から降りた男が、彼らに声をかけたのはその時だった。
「無駄な事はやめた方が良い」
「天王路理事長……なぜ貴方が!」
 男……天王路の登場が意外だったのか、その場で足を止め不思議そうに橘が問う。剣崎は天王路を見た事がないのか、不思議そうな表情で相手を見上げている。
 一方で問われた側は、薄ら笑いを浮かべ彼らに衝撃的な事実を言の葉に乗せて放った。
「全ては計画通りだよ。トライアルシリーズも、ティターンも。ケルベロスを生み出すための実験に過ぎなかったのだ」
「何……?」
「貴方があのアンデッドを作った……!?」
 人とアンデッドのデータを融合させた存在、トライアルシリーズも。
 二体のアンデッドを強制的に融合させた人工アンデッドのティターンも。
 全てはこの男の実験だった。
 しかも今また、目の前にいるカテゴリー不明のアンデッド……彼曰く、ケルベロスと言うらしいそれを使って何かをしようとしている。
 そこまで考えが及んだ時、睦月とケルベロスの事を再認識した。
 案の定そこには、ゆっくりとした足取りで睦月に向かうケルベロスの姿があった。……彼に止めを刺すべく。
「奴を止めろ! やめさせろ!」
「ケルベロスは、誰にも止められない」
 楽しそうに言い切る天王路の言葉を理解しているのかいないのか。ケルベロスは未だに呻く睦月の首を締め上げ、近くの壁に幾度となく叩きつける。
 抵抗もできず、ただ叩きつけられるままの睦月を見て、橘と剣崎の二人が同時に睦月の……ケルベロスの方へと駆け出す。
『TURN UP』
 ベルトのバックルを回転させると同時に、睦月のそれとは異なる電子音が響く。
 それぞれの持つカードの力によって橘は赤い仮面ライダー、ギャレンへ、剣崎は青い仮面ライダー、ブレイドへとそれぞれ変身した。

 変身した男達の攻撃を軽々とかわす異形……彼らはケルベロスと呼んでいた……の様子を、ウラタロスは静かに見つめていた。
「ウラ、助けなくていいの?」
「……それじゃ、この時間に干渉する事になるんじゃないかな?」
 ハナの言葉に、爪をいじりながら返す。
 確かに、この時間の戦士達は苦戦している。しかしこの戦いは過去に「あった」事なのだ。
 下手に手を出して時間に干渉するような事は避けたいし、あった事ならばなるようにしかならない。
「……! 強い!」
 そう呟くと同時に、赤い戦士はカードを取り出し、持っていた銃のリーダー部分にに読み込ませようと構える。だが、彼が読み込むよりも先にケルベロスの肩口から伸びるホースへと吸い込まれていった。
 先程見た杖使いの緑の戦士が、そうされたように。
「橘さんのカードが!」
 その様子を見て、青い戦士が驚きの声を上げる。
「そっか、あの人達は初めて見るんだもんね」
 見慣れた側としては今更だが、青と赤の戦士にとっては初めての経験。驚くのも無理はない。
 その隙を突くかのように、ケルベロスは赤い戦士を集中的に攻撃する。
 赤い戦士を助けようと、青い戦士は持っている剣で斬りかかるが、ケルベロスは鬱陶しそうにその剣を振り払う。その衝撃で持っていた剣が遠くへと弾かれ、彼の援護はかなわない。
 その間に受けたケルベロスからのダメージが大きすぎたのか、赤い戦士……橘と呼ばれていた男の変身が解ける。その場に膝をつき、肩で息をしているところを見ると、見た目以上に疲労しているらしい。
 それを見て、心底愉快そうに笑う黒服の男……天王路と呼ばれていたか。
「やはり貴様が……始のカードも!」
 散らばった橘のカードが、再びケルベロスへと吸い込まれたのを見て、青い戦士は怒ったように言葉を放つ。
 同時に、一枚のカードを腕に付けている装置に読み込ませ、もう一枚のカードもセットしようと……した時だった。戦士の後ろで苦しそうに呻いていた橘が声をかけたのは。
「待て剣崎!」
 その声に本気の静止が含まれているのを、ウラタロスもハナも感じ取る事が出来る。
 その声は、かつて桜井侑斗がカードを使う事を憂いていた、デネブの物と同じような。
「今、お前はジョーカーの影響を受けている。ここでキングフォームになれば、また……あの時のように……!」
――あの時?――
 彼の言う「あの時」が何なのかはわからない。いや「ジョーカー」や「キングフォーム」など、ほとんどの事が理解不能だ。しかし、嫌な予感めいたものがある。
 侑斗が変身する度に、他人の記憶から消えていくのと同じように、もしかすると青い戦士が抱えている問題も、同じように何らかの代償を必要とする物なのではないのか。
 ……それでも止める事はできない。時間に干渉する事ができない以上、彼らは見ているしかないのだ。
 ……それが、ハナにはもどかしかった。
『EVOLUTION KING』
 電子音が響くと同時に、青の戦士の姿が変化……いや、進化する。全身に様々な動物のレリーフが浮き上がり、青い戦士から金色の戦士へと。
 同時に虚空から現れた光が、弾かれた物よりも一回りほど大きな剣となって、彼の手に収まった。
「始の……睦月のカードを返してもらう!」
「剣崎!」
 橘の声には、やめろと言う響きが含まれていた。
 その姿には、やはり何らかの代償が必要なのかもしれない。
「君達では、ケルベロスに勝つ事はできない。全てのアンデッドのデータを融合させた、究極のアンデッドだ! その力はジョーカーさえもしのぐ」
 まるで自分の子供を自慢するかのように、天王路と呼ばれていた男は宣告する。
 しかしその声を無視し、金色の戦士はひたすらにケルベロスに向かってその剣を振るっていた。
「何なのよあの男!」
「しー。あんまり大声上げると見つかっちゃうよ、ハナさん」
 怒り心頭のハナの口元を押さえながら、困ったようにウラタロスは言う。
 別に見つかっても構わないが、ケルベロスに襲われるのは厄介だ。確実にこの時間への干渉行為に当たる。いくら何でも、まだ乗車拒否をされて、この時間に捨て置かれたくはない。
「すぐに封印してやる。ジョーカーもな!」
「そんな事は……させない!」
 天王路の声に、宣言するかのように金色の戦士が言う。
 その足元には、先程ケルベロスによって弾き飛ばされた彼の剣があった。
 それを素早く拾い上げると、二刀流の要領でケルベロスに斬りかかる。
「始を、睦月を、橘さんを! これ以上、誰も傷付けさせはしない!」
 宣言すると同時に、拾った方の……青を基調としている方の剣をケルベロスの胸部に向けて投げつけた。
 突然の出来事に対処し切れなかったのか、それとも連戦によるダメージが溜まっていたのか。ケルベロスはかわす事ができず、己の胸に突き立った剣の刃を握る。恐らくは、引き抜こうとしているのだろう。
 だが、刃に触れた事で手は斬れ、刃先はずるりと緑白色の血に濡れるのみ。ケルベロスの胸から生える長さは一向に変化しない。
 それを見やると、戦士は五枚のカードを取り出して腰についているリーダーに読み込ませる。
『SPADE TEN、JACK、QUEEN、KING、ACE』
 読み込まれたカードの名前が読み上げられる。
「ふうん……ポーカーだと、最強の技だねえ」
 ウラタロスの呟きに応えるように、電子音が宣告する。彼の言った通り、ポーカーでも……そして戦士自身においても、最強の技の名を。
『ROYAL STRATE FRUSH』
 同時に、持っていた剣から投げつけた剣へとエネルギーの奔流が伝えられ……ケルベロスの体内で爆発した。
 ……それをもって、ケルベロスは敗者となったのである。

「天王路さん、貴方の作ったケルベロスとやらは倒れた」
「そのようだな」
 もう少し悔しがるかと思いきや、思った以上にあっさりと橘の言葉にそう返すと、天王路はケルベロスをカードに封じた。
 封じられたカードは封じた者……天王路の手元に戻る。
 今までケルベロスのいた場所には、彼が吸収したカードだけが残っていた。
「カードが戻ってきました!」
 ようやく本調子に戻ったのか、睦月が嬉しそうな声を上げ、いそいそとカードを拾い集める。
 自分が奪われたカード、橘が奪われたカード、そして始が奪われたカード。これがなければ始まらなかったし、これがなければ戦えない。
「確かに、君らがこれ程強くなっていたとはなぁ」
 心底感心したように、天王路が言う。
「だが、君たちには失望しているんだ。アンデッド封印と言う職務を完遂できずいつまでも手間取っている。しかもそんな素人まで巻き込んでいる始末だ」
 天王路の視線の先には、まだ散らばったカードを集めている睦月がいる。
 確かに、睦月は戦闘のプロではない。一介の高校生だ。レンゲルになるためのカテゴリーエースとの融合係数が高かったが故にレンゲルとして変身、戦っているだけに過ぎない。巻き込んだ、と言われれば否定できないのは確かである。
「君達は……退職処分とさせてもらった」
「それって、クビって事ですか?」
「何故ですか!? 私達は今までアンデッドを封印してきた。それを今更……」
 剣崎と橘がそれぞれに問う。
 だがそんな問いに答える気もないと言わんばかりに、天王路は自分の言葉を続ける。
「君らの持つライダーシステム。封印したプライムベスタ。その全ては、BOARDの所有物だ。返還したまえ」
 それは即ち「仮面ライダー」である事をやめろと言う事。
 彼らはBOARDに雇われた「仮面ライダー」だ。だから、天王路の言葉は正しい。BOARDを解雇されたと言うのなら、ライダーシステムやラウズカードは本来の所持者であるBOARDに返還するのが筋と言う物。
 しかし……
「それは……できません」
 橘が、静かな怒りをたたえて言葉を紡いだ。その目は、彼の存在の真意を探るべく真っ直ぐに天王路に向けられている。
 しかし、天王路の瞳は暗い。何を思い、何を考えているのか、全く読めない。
「……貴方はトライアルシリーズやティターンを作り、今また睦月を冷酷に処分させようとした。俺の知っているBOARDは、人類の平和のために作られた組織だ。貴方のやっている事は、まるでその逆だ!」
「お前がケルベロスで何を企んでいたかは知らない。だがそれは葬られた。お前の負けだ!」
「俺達はこれからもアンデッドを封印する。それが、俺達の使命だ!」
 やれやれと呆れた様子で車に乗りこみ、去って行く天王路を見つめながら、橘はそう宣言する。
 冷酷な理事長に、その声が聞こえているとは思っていない。だが、彼の……彼らの信じる正義は、人間を守る事。例え相手が元は自分の雇い主であったとしても、人間の敵になるのであれば敵対する。
 ……もはや、アンデッドの封印は彼らにとって「職業」ではなく「使命」となっていたのだ。
 車を見送り、改めて己の「使命」を認識したその刹那。
「……何なのよあの男! 頭にくる! 自分で仕掛けておきながらあの言い草はないんじゃない?」
「え?」
 自分達以外に誰もいないと思っていた所に、幼くも甲高い声が響く。
 その声に、思わず警戒しながら声の方向を振り返る三人。するとコンテナの陰に、憤懣やるかたないと言わんばかりの表情の十歳前後の女の子と、やれやれと言いたげに眉根を寄せている黒縁眼鏡の青年が立っていた。
「ああ、ほらもう……ハナさんが大きな声出すから、見つかっちゃったよ」
 少女をたしなめる青年の方に、橘は見覚えがあるような気分に駆られる。それもつい最近……と言うか、先程。
 そこまで思考を巡らせた時、思い浮かんだのは始を山小屋に運ぶ際に現れた二人の青年。その姿によく似ている。
 ただ、ここにいる青年の瞳は青。先程会った二人は金と紫の瞳だったので、その二人ではない事は明らかだが……無関係、と言う訳ではないと思う。
「何者だ? いつからそこにいた!?」
「いつからって……君が眼鏡をかけた男と話している時からよ」
 睦月の問いかけに、少女が腰に手を当てて答える。
 明らかに睦月よりも年下なのに、自分を「きみ」と呼んでくる事には驚いたが。
「そしたらさっきの怪物が現れて……僕達、怖くて出るに出られなくなってしまったんです。そのまま先程の方と深刻そうな会話をされていたし、部外者の僕達が出て行くと空気を壊してしまいそうで……盗み聞きする気は全くなかったんですけど、つい……聞こえてしまって。うるさくしてしまったみたいで、どうもすみません」
 少女の言葉を継ぐように、青年はすらすらと謝罪する。
 だがその言い分はつい数時間前、橘が聞いたものによく似ていた。
――こちらが話し込んでいたから、出るに出られなくなった、だと?――
「そんな前から……気がつかなかった」
 僅かに眉をしかめた橘に気付かなかったのか、睦月が心底驚いたように言う。
 剣崎も、よく無事だったな、と二人に声をかけている。
「それじゃ、僕達はこの辺で失礼しますね」
「ちょっと、ウラ!?」
「さっきのゴタゴタで魚も逃げちゃったし、これ以上ここにいても釣れないみたいだから」
 これ以上係わり合いになりたくないのか、それだけ言うと、ウラと呼ばれた青年と、ハナと呼ばれた少女はその場を後にする。
 橘だけが、彼らの存在に疑問を抱いていたが……問いかける事はできなかった。
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