過去の希望、未来の遺産

【その30:希望と言う名の光の中】

 契約は、過去の希望。
 望みは、悲しみの終わる場所。
 代償は、約束の場所。

 音のした方を振り返ると、そこには一台の列車が止まっていた。
 黒い、猛牛を思わせる汽車のようなそれは、どこにも線路など敷設されていないのに、当然のように悠然とそこに存在している。
 ……時の列車、ゼロライナー。
 ハナ達にとっては心強い仲間であり、イマジンにとっては厄介な敵。
 そして始達にとっては……奇妙この上ない存在であった。
「え……? 何でこんな所に電車が!?」
 汽笛の音で意識を取り戻したらしい。睦月が、それを視界に入れるや、ぎょっと目を見開いて心底不思議そうな声をあげた。
 彼にしてみれば、いきなり列車とスパイダーアンデッドに似た異形の両方が視界に入ったのだから、混乱するのは当たり前だが。
「悪いが、説明してる時間はない」
 睦月の問いに冷たく返したのは……いつの間にかゼロライナーから降り立った茶髪の青年、桜井侑斗。
 だがその声には、どこか切羽詰ったような感じを受ける。
「侑斗……」
「俺だけじゃない」
 どこか嬉しそうに行ったハナに返した侑斗の後から、二つの人影が滑り出るようにして降り立った。

 ハナ達の視界に最初に入ったのは、既にベルトを装着済みの良太郎。
「良太郎!」
「……リュウタロス、大丈夫?」
 打身や切傷で満身創痍のリュウタロスに目を向け、心配そうに眦を下げて問う良太郎。
 ……良太郎が来た。たったそれだけなのに、リュウタロスの顔から先程まで感じられた絶望の色は消え失せ、変わって希望に満ちた表情に変わる。
 それは、リュウタロスだけでなくハナも、そしてモモタロスにも言えた事だったが。
「おめぇ……ようやく参上! ってか?」
「ごめん、遅くなって」
 くしゃくしゃと良太郎の頭を乱暴に撫でながら言うモモタロスに、良太郎は苦笑いで言葉を返す。
「……待ち侘びたぞ、野上良太郎」
「久し振り、ジーク。また……助けてくれたんだね」
「無論だ。ほんの僅かなつながりで、私をつなぎ止めたお前への恩は、まだ返しきっていないのでな」
 高圧的だが、不快を感じさせないジークの言葉に、言われた方は優しい笑顔で頷く。
 だが、すぐに良太郎は視線をイマジンに向け直すと、それまでの優しい顔から一転して厳しい物へと表情を変化させた。
 それに気付き、リュウタロスは申し訳なさそうに俯いて……
「良太郎、僕……あいつをやっつけられなかった」
「……大丈夫。あのイマジンは、僕と……あの人とで倒すから」
 うなだれるように言ったリュウタロスの頭を、今度は良太郎が優しく撫でながら、降り立った「もう一人」に目を向ける。
 それにつられるようにして、モモタロス達もそちらを向けば……
「……えっ!?」
「ホントに……?」
「マジかよ」
「ほう」
 小さな驚愕の声が、それぞれの口から盛れたのであった。

 降り立った人影に目をやった時、始は自分の目を疑った。いや、始だけではない。橘も睦月も、彼の存在に驚き、そしてまじまじと見つめた。
「剣崎……?」
 そこにいたのは間違いなく、剣崎一真。
 今さっき始に別れを告げ、海に身を投げたはずの彼が、先程とは違う服装でそこに立っていた。
「少しだけ未来さきの、だけどな」
 そう言って苦笑すると、未だ呆然としている睦月と橘に顔を向ける。
「睦月、無事か?」
「大丈夫……です」
 睦月の言葉に、ほっとしたような表情を見せる剣崎。
 いなくなったと思った剣崎が今、目の前にいる。それは、剣崎を知る者にとって非常に大きな衝撃だった。
 自らの体をアンデッドと化し、始の前から去る決断を下したはずの彼。その顔には、先程始が見た微かな悲壮感はない。純然たる決意と信念、そして守りたいと言う思いが見て取れた。
 ……それは、人間だった頃となんら変わらない……いや、あの頃よりもより強さが増したような表情。
「剣崎、お前……」
「すみません、橘さん。侑斗が言った通り、時間がないんです」
 真剣な表情でそう言うと、剣崎はこちらを見つめる異形の方に目を向け……
「あいつを倒す事が先決です。……彼らと共に」
 剣崎が視線を、異形からもう一人の青年に向けた時。青年も、こちらに視線を向けるのだった。

「別れの挨拶は済んだか?」
 声に余裕を滲ませて、アンデッドイマジンが良太郎達に声をかける。
 それと同時に、剣崎と良太郎が半歩だけ相手に向かって歩を進めた。
「……待たせたな」
然程さほど待ってはいない」
 剣崎の言葉に対してすらも、肩を竦めて返すだけ。
 だが、そのやり取りが戦闘開始の合図となった。
 二人はもう半歩だけ前に進むと、それぞれ変身に必要な物をポケットから取り出した。
 剣崎が取り出したのはスペードのエースのラウズカード。それを腰にあるリーダーに通した。
 彼の腰にあるのは、見慣れたブレイバックルではない。始と……ジョーカーと同じ、ジョーカーラウザーと呼ばれる物。機械ではなく、自分の持つ「能力」の一部。
『CHANGE』
 カードが読み込まれた瞬間、電子音に似た声と共に、剣崎の姿が揺らぎ、変わる。
 本来なら、ジョーカーラウザーによる変身は通したアンデッドの姿をとるのだが……剣崎のそれは始の物とは違うらしい。恐らくは彼の抱くイメージが形に変ずるのだろう。
 剣崎が変わった姿はビートルアンデッドではなく、青い仮面ライダー……ブレイド。しかしその目は赤ではなく、アンデッドの血を連想させる鮮やかな緑。それだけが、彼らの知る「ブレイド」との差異だ。
「変身」
『LINER FORM』
 一方の良太郎は、厳しい表情でケータロスとデンカメンソードをセットし、ライナーフォームに変身する。
 電子音と共に変わったその姿は、モモタロス達の知るそれと寸分の違いもない。だが、良太郎の構えに隙はなく、以前の彼に比べて非常に戦い慣れているように感じ取れた。
「野上、剣崎。俺は今回、変身しないからな。カードも、残り少ないし」
「うん」
「ああ」
 ゼロライナーにもたれかかるようにして立つ侑斗に、良太郎と剣崎は頷きながら返すと、今度はイマジンの方へ顔を向けた。
 仮面で表情はわからないが、恐らくはイマジンを睨みつけているのだろう。
 一方でイマジンはやれやれと言わんばかりの溜息を吐き出すと、心底呆れたように剣崎へ言葉を放つ。
「……成程。時の守護者と結託し、あの時間から俺を追ってきたのか、青き甲虫カブトよ」
「ああ」
 短く答えると同時に、剣崎はイマジンに向けてブレイラウザーを横に一閃する。だが、イマジンはそれを自らの体を上へ引き上げる事で軽々とかわした。
 引き上げた木の上で仁王立ちになりながら、イマジンは彼らを見下ろすと、心底煩わしそうに溜息を吐く。
「この時代では、銃撃の鍬形クウガと、赤き鬼をこの世から消せば良かったはずなのだがな」
「赤き鬼……モモタロスの事だね」
「なら『銃撃の鍬形』は……橘さんか!」
「そうだ」
 確かに、橘は……と言うよりギャレンは、スタッグビートルアンデッド、つまりクワガタムシの始祖の力を借りて変身する。攻撃も銃撃が主体だ。だが、イマジンの物言いの意味が、始達は勿論の事、ハナ達にもわからなかった。
 「鍬形」や「甲虫」と言うのがただの訛りや、特有の言語なのだとしても、剣崎や良太郎には通じていたようだし、その様子を油断なく眺めている侑斗にもわかったらしい。
 先の時間から来たと言っていた事を考えると、ひょっとしたら未来で「何か」を知ったのかもしれない。
 自分達の知らぬ、何か……大きな事を。
「まあ良い。お喋りはこれくらいにしよう」
 そう言うとイマジンは木の上に立ったまま再度手を横に振った。
 それはリュウタロスに向かってやった攻撃と同じものである事を、始とリュウタロスは本能的に察知したらしい。
「避けろ、剣崎!」
「逃げて、良太郎!」
 二人同時に声を上げ、それぞれに警告をする。
 しかし……その声が届くよりも先に、二人の仮面ライダーは手に持つ剣でその攻撃を切り伏せ、半歩だけ前に進む。まるでどのような攻撃が来る事が分かっているかのように。
「……馬鹿な!? 何故、今の攻撃が防げた? 知らない者なら誰でも確実に喰らう攻撃だぞ!?」
「『知らない者』なら、な」
「でも僕達は、君がそう言う攻撃をする事が出来るって知っていた」
 うっすら、仮面の下で笑みさえも浮かべているような二人の仮面ライダーの言葉に、イマジンはあからさまに狼狽し、その反動で無様に枝から滑り落ちた。
 地面に叩きつけられる直前で体勢を立て直した物の、無茶な体勢で着地したせいで捻りでもしたのか、軽く腰をさすっている。
「そ、そんなはずはない。いかにお前達がこの先の時間から来た存在であろうと、そいつらが覚えていなければ知る由もない!」
「ああ。実際、橘さん達は知らなかった。お前の存在も、お前の攻撃も」
「でもね、この事を覚えていた人がいるんだ」
 そう言って、良太郎はゆっくりと……しかし真っ直ぐにハナに視線を向ける。
 だが、向けられた方には心当たりなどないのだろう。軽く驚いたように目を開き、首を傾げる。
「私……?」
「そう、ハナさん」
「確かに剣崎は西暦二〇〇七年一月の剣崎だ。けどな、今ここにいる俺と野上は、もっと先の時間から来た」
「ここにいるモモタロス達より、ほんの少し、先の時間からね」
 侑斗と良太郎が順に口を開く。
 目の前にいる良太郎は、自分達よりほんの少しだけ未来から来た。それなら、ハナも納得できる。彼らと一緒にいるであろう、「少しだけ未来の自分」が、その情報を与えているのだろうから。
 そして彼らと共に「自分」がいると言う事は。
 恐らく……イマジンの敗北が、確定した未来があると言う事。
「……認めん。それは認めない!」
 二人に気圧され、そしてその「確定した未来」に思い当たったのか。無意識の内に後退るアンデッドイマジン。
 だが、その後ろにはもはや崖しかない。
 ……「この時間の剣崎一真」が、始達の前から姿を消すために飛び込んだ崖しか。
「これで、終わらせる」
『EVOLUTION』
 剣崎がキングのカードを通すと同時に、ブレイドとしての姿が揺らぎ、今度は金色のキングフォームの姿へと変化する。
 だがやはり、その面の瞳の色は赤ではなく緑のまま。二度と赤には戻れぬと、皆に知らしめるかのように。
「う……おおおおああああああああっ!」
 それに気圧されたのか、叫び声……いや咆哮を上げ、イマジンはその右手から網状の蜘蛛の糸を投げる。だが、二人は素早い動きでそれをかわすと、良太郎はイマジンの左側に、剣崎は右側に、それぞれ回りこんでその背を蹴り飛ばす。
 その勢いで前に向かって数歩たたらを踏み、崖から離れたイマジンが慌てて体勢を整え直したその瞬間。
 自分の眼前に、いつの間にか剣崎が悠然と立ち塞がり、その金色の剣を構え直すのが見えた。
 そして自分の背後では、電王が体勢を立て直し、その四つの力を纏う剣を構える音が聞こえた。
『SPADE TEN、JACK、QUEEN、KING、ACE』
 キングラウザーが読み込ませたカードの名を告げ、イマジンと彼の間に黄金色のカードを模したエネルギーの幕が下りる。
『MOMO SWORD、URA ROD、KIN AX、RYU GUN』
 デンカメンソードが、ダイアルを回す度にその武器の名を告げ、場に似つかわしくない軽快な音が流れ、イマジンの鼓膜を震わせる。
 イマジンの知らぬ電王の、そしてブレイドの最強技が、まさに今、イマジンに向けられていた。
「例え我らが『神』の侵攻を退けたとしても……他の干渉者達がこの世界を、『始まりの地』を奪いに来る! なのに、何故戦う!? 終わり無き戦いだぞ!?」
 追い詰められ、半狂乱にイマジンは喚く。
 その姿にもはや、リュウタロスと戦っていた時の余裕は感じられない。
 相手を失望させようとするその言葉にさえ、全く覇気が感じられなくなっていた。
 イマジン以上の覇気の持ち主がこの場に存在しているからなのか。今この場には、「絶望」や「失望」と言った負の概念が入り込む余地がどこにもない。
「それが俺の運命なら、俺はその運命とも戦う。そして勝ってみせる! 俺がアンデッドになっても、守りたいと思った物だから」
 それは運命を切り開く決意。
 ジョーカーとなった今でも、心は人のままである事、人間を……大切な者を守る事を決めた剣崎の芯は、揺るがない。
「例え終わらない戦いだとしても、それは諦める事の理由にはならない。それに……終わりがないとは限らない。僕が……僕達が、絶対に終わらせる」
 それは運命を守り抜く決意。
 イマジンとの戦いが終わった今でも、自分に出来る事、自分にしか出来ない事を行うと決めている良太郎の芯は、揺らぐはずもない。
 二人の仮面ライダーが動いたのは……同時。
『ROYAL STRAIGHT FLASH』
「電車斬り!」
 キングラウザーと電王の宣言が重なり、アンデッドイマジンは前と後ろからの斬撃により悲鳴を上げる暇も与えられぬまま、爆発、四散した。
31/33ページ
スキ