過去の希望、未来の遺産

【その27:俺が選んだ「結末」】

 また、間に合わない。
 それでも未来は決まっていない。
 彼が、世界に絶望するとは……限らない。

「所長、剣崎が何をするつもりなのか……教えて下さい」
 剣崎が白井邸を後にしてすぐ、橘が軽く顔を顰めて烏丸に問う。
――もしも、俺が失敗したら……その時は、お願いします――
 そう言った剣崎の表情が、妙に不安を掻き立てる。
 もう二度と会えなくなるような……そんな不安を。
「私が考えている通りなら、確かに人類は救われるだろう。だが……」
 烏丸が低く呻く。
 余程言い難い事なのか、眉根を寄せ、苦しそうな表情で……それでも、烏丸は自分の仮説を口にした。
「奴は、アンデッドになるつもりだろう」
「剣崎がアンデッドになる!?」
 予想もしていなかった事だったらしく、橘も広瀬も虎太郎も、驚愕の表情を浮かべた。
 だがその瞳の色にあるのは、「信じられない」ではなく「信じたくない」に近い。
「剣崎は自分から、ジョーカー……アンデッドになるつもりだ」
「だから……わざわざキングフォームでダークローチと戦っていたのか……アンデッドと融合するために」
「折角自分の意思でアンデッドになる事を阻止してきたのに、その逆を!?」
 剣崎はキングフォームの力を手に入れた当初、その力の大きさに取り込まれ、「二体目のジョーカー」へとなりかけた事があった。
 狂気に満ちた笑い声を上げ、近くにいる者全てを薙ぎ払おうとした事が。
 それを、剣崎は強い自制心で押し止めてきた。
 しかし今、彼は押しとどめる事を止め……逆に自分の「変化」を、積極的に受け入れたのである。
「もし彼がアンデッドになれば、この世に二体のアンデッドが存在する事になる。ジョーカーはバトルファイトの勝利者ではなくなり、世界の滅びが始まる事はない」
 今起きている状況を止める方法は二つ。
 ジョーカーを封印するか、アンデッドを二体以上存在させるか。
 しかし後者の場合、「アンデッドの解放」と言う手段は取れない事が証明されてしまっている上、ケルベロスのような人造アンデッドを生み出す時間的な余裕も……ない。
 だからなのだろうか。剣崎が、「自分がアンデッドになる」と言う道を選んだのは。
「剣崎が……人間でなくなる…………?」
 烏丸の言葉を聞き、橘が慌てたように……悔しそうにその場を離れる。
 恐らくは、剣崎の元へ向かい、彼のやろうとしている事を止めるために。
 剣崎の言う「失敗」とは、彼がジョーカーとしての意識に飲み込まれてしまった時の事。
 あの時のように、闘争本能のままに、戦う事を楽しむようになってしまう事。
 そうなった時、自分と相川始……二人を封印する事を、剣崎は自分に託したのだと、橘は気付いてしまったから。
 何故今までその可能性に気付かなかったのか。剣崎一真は、他人の為なら自分を犠牲にする事も厭わない男だと、橘もよく知っていたはずなのに。
――それだけ俺も、焦っていたと言う事か。ジョーカーと言う脅威に……!――
 ギリと奥歯を噛み締めつつ、橘は自身のバイクに跨り白井邸を後にする。アンデッドサーチャーは、既にジョーカー……否、カリスとブレイドが同位置にいる事を知らせている。
 一方で白井邸に残った広瀬と虎太郎は、何も出来ない自分に苛立ちながら、それでも祈らずにはいられなかった。
 剣崎の無事。ただそれだけを。
「神様……」
「神などいない」
 広瀬の呟きに、烏丸が短く返す。
「このバトルファイトも、元はと言えばこの地球に住む生物達が望んだ物だ。己が進化だけを望む闘争本能。それら全てが融合して、バトルファイトと言うシステムを生み出したのではないだろうか」
 それが、烏丸の立てた仮説だった。
 本当は、神の存在を認めたくないだけなのかもしれない。居たとしても、何もせずただ見ているだけの神など、「神」と呼べるのだろうか。
 見ているだけの存在ならば、それはいないのと同じではないか。
 もし本当に神がいるのなら、ジョーカーなど……世界を滅ぼす存在など、生み出さなったのではなかろうか。

「結局……剣崎がアイツを封印して、それで終わるのかな。トンネルの向こうで見た時みたいに」
 剣崎と始。その二人の戦いを見つめながら、悔しそうにリュウタロスが呟く。
 その先に起こるであろう悲劇を、彼らは見てしまったから。
 少なくとも、取り残された天音に深い悲しみを背負わせる事になるのは間違いない。
 しかし……
「あの世界と同じ事になるとは……限らないんじゃない?」
 その戦いは、トンネルの向こうで見たものとはまるで違っていた。
 天候や場所もそうだが、何より戦っている本人達の「想い」が、異なるように見える。
 向こうでは「戦いたくない」とすら言っていた剣崎が、こちらでは「本気で来い」と言っている。
 向こうでは「容赦しない」と言っていた始が、こちらでは「封印されたい」と願っている。
「例えば……例えばだけど、剣崎さんがジョーカーになったら、この戦いはどうなるの?」
「何でそんな事聞くんだよ?」
「だって……剣崎さんが今の時点でジョーカーになったら、アンデッドは二体になるのよね?」
 ジョーカーの猛攻に弾き飛ばされ、剣崎が青い戦士から金色の戦士に変化するのを見ながら、ハナは不安そうな、しかしどこか確信めいた声で言葉を紡ぐ。
「ふむ。封印されたアンデッドを解放できないのなら、新しくアンデッドを作って二体に増やせば良い」
「だから……剣崎が二体目のアンデッドになって戦いを続けさせる。でも、決着はつけない……そう言う事、ハナちゃん?」
 リュウタロスの言葉にこくりと頷き、ハナは再度剣崎達に視線を向ける。
 金色の……ジョーカーに近い力を持つ戦士となった事で、また一歩ジョーカーその物に近付いた剣崎と……それに気付いていないジョーカーを。

「行くぞ、ジョーカー!」
 カードを通した気配はなかった。
 だが、鎧のレリーフからカード状のエネルギーが展開され……
『ROYAL STRAIGHT FLASH』
 電子音が、キングフォームの最強技の名を告げ、ブレイドは躊躇なくジョーカーに向かって突き進む。
 ジョーカーはそれをかわす事なく……むしろそれを受け止めると、今度はそれと同等のエネルギー衝撃波を放った。
 ぶつかり合い、「相殺」ではなく「相乗」されたその衝撃に吹き飛ばされ、二人の手からは武器が離れ、消える。それでも彼等は戦う事を止めなかった。
 殴られたら殴り返し、殴り返されれば更にこちらも殴り返す。そんな、戦いと呼ぶ事もおこがましいような、ただの殴り合いが続いた。
 互いの力をその身に受け、受けた分だけ相手に返す。そんな喰い合いにも似た熾烈な拳の応酬。
「うあああああああっ」
「おおおおおおっ」
 獣のような二人の咆哮が重なり合い、クロスカウンターの要領で互いの拳が互いの体に炸裂する。ブレイドの拳はジョーカーの顔に、ジョーカーの拳はブレイドの胸に。
 それぞれが纏う力が、それぞれの拳を通じて体内で炸裂する。
 その刹那。
「うっ……うう、うううう……」
 苦しげに呻いたのは、ブレイドの方であった。
 よろよろと後ろに後退り、声同様、苦しげに自分の胸元を押さえる。それと同時だっただろうか。
 ドクン、と、キングフォームのレリーフが脈打った。
 まるで鎧そのものが、生きているかのように。
 それが自身の鼓動と同調し、鼓動の度に心臓から押し出される血液の流れを感じる。
 だが、そこに微かな違和感を覚え……その正体に思い当たった時、ブレイドは……否、剣崎一真は、悟った。
「……俺は…………」

「ぅおおりゃああぁぁぁぁっ」
 気合を入れ、わらわらと群がるダークローチを薙ぎ払うキンタロス。
 いつもならダイナミックチョップで決める所だが、今回それが使えるのはたったの一度。いつ果てるとも分からぬダークローチ相手に、使う訳には行かない。
「やっぱり……数が多いね」
 キンタロスの背中を守るように戦っていたウラタロスが、そうぼやいた瞬間。
 トンネルの向こうから、怪獣の鳴き声に似た声が響いた。
「ちょっと! 今の音って……!」
「嘘やろ!?」
 思わず声をあげる二人。侑斗も、声こそ出さなかったもののその音の方に向き直り、動きを止める。
 聞き覚えのある……いや、忘れたくても忘れられない部類に入るその「音」。
 音がした一瞬後くらいだろうか。トンネルの中から、橙と茶の中間色の様な色をした、鰐の顔のような列車が顔を覗かせ、ダークローチを蹴散らしつつ、こちら側に出てきた。
――あれは!――
「『神の列車』!?」
 そう。それはかつて、牙王と名乗った時の列車専門のトレインジャック犯が奪い、そして良太郎達が破壊したはずの「神の列車」……ガオウライナー。
 現実を喰らい、全てを「時間」へと変えてしまう凶悪無比の、時の列車の一つ。
 しかし今はそのキバアギトをもって、並み居るダークローチを喰らい、消滅させていく。既に残っているのは自分達の周囲に群がる数体だけ。
「よっしゃ。これだけの数なら……」
『FULL CHARGE』
 ベルトにパスをセタッチすると同時に、エネルギーがキンタロスの持つアックスへと集約されていく。そしてエネルギーが完全に集約されたのを感じ取ると、キンタロスは高く飛び上がってアックスを振りかざす。
 普段から豪腕の彼が振り下ろすアックスは充分な凶器だが、そこに集約されたエネルギーの奔流と、落下による速度も加わる。
 ダークローチの脳天めがけて振り下ろされたアックスは、勢い余って時の砂地へと突き刺さり、その周囲に衝撃の波紋を広げた。
 刹那、その衝撃を直に受けたダークローチの群れが大きな爆音と共にこの世から消滅していく。
「ダイナミック・チョップ」
 満足気に技名を言い放ち、こきりと自身の首を鳴らすキンタロス。
 その一方で、ガオウライナーがトンネルから完全に姿を現したその刹那。
 今まで何をしても閉まる気配のなかったトンネルが、急速に閉じていくのが見て取れた。
――トンネルが……――
「閉じたね、完全に」
「それにしてもあの電車、一体誰が乗ってるんや……?」
 しかし、そんなキンタロスの問いに答える事なく、ガオウライナーはそのままどこかへ走り去ってしまう。
 まるで、自分の仕事は終わったと言わんばかりに。
 気が付いた時には、既に元からそこには山しかなかったかのような静寂が周囲を包み、電王ロッドフォームとアックスフォーム、そしてゼロノスの三人だけが、取り残されたようにぽつんと立ち尽くしている。
 宙では運転席でデネブがおろおろしているのか、妙にその車体をくねらせて走るゼロライナーもいる。
――ひょっとして、助けてくれたのかな?――
「さあな」
 良太郎の声に短くそう答えると、侑斗はベルトを外す。
 それにならうように、ウラタロスもキンタロスもベルトを外し、変身を解除した。ウラタロスに到っては、ひょいと良太郎から離れる。
「何であのトンネルが閉じたのか、それとガオウライナーに乗ってるのは誰なのか、俺にも分からない。けど、これで『次』に移る事が出来る」
「次?」
「ああ」
 停車したゼロライナーに乗り込みながら言う侑斗に、その後を追いつつ良太郎が問う。
 その後ろを、ちゃっかりとウラタロスとキンタロスがついて来ているが、侑斗は特に気にした様子もなく頷いた。
「剣崎一真って男を、ゼロライナーで拾う。指定された時間は西暦二〇〇五年一月二十三日」
 懐中から侑斗が取り出したのは、彼が言った日付と、剣崎が変身した姿の描かれているチケット。
「何でそいつのチケットがあるんや!?」
「まさか……彼が、時の住人になるって事!?」
「え……二人とも、その人の事、知ってるの?」
 信じられない、という表情で叫んだキンタロスとウラタロスに、ちょっとだけ驚きつつも良太郎が不思議そうに問うた。
 良太郎同様、侑斗も不思議そう……を通り越して怪訝そうな顔で、二人を見ている。
「まあ、こっちが一方的に知ってるだけ」
 眼鏡をかけなおしながら、ウラタロスは曖昧に答える。彼自身も、何と説明したらベストなのか分っていないようだ。
「……まあ良い。とにかく、行くぞ。……何か、踊らされてる感じだけどな」
 不快そうに侑斗は言い……ゼロライナーを、出発させた。

 剣崎一真が、何かを悟った瞬間。
 そして、時間の中ではトンネルが完全に閉じた瞬間。
 ダークローチの群れが、一瞬にして……消えた。
 病院に入り込み、意識を取り戻した睦月と、彼についていた望美を襲っていた群れも。
 剣崎の元に向かおうとしていた橘を襲っていた群れも。
 白井邸に入り込み、虎太郎達を襲っていた群れも。
 街中で人々を蹂躙していた群れすらも。
 その全てが、同時刻に……幻のごとくかき消えたのである。

「今だ剣崎。俺を封印しろ」
 闘争本能が和らいだのか、ジョーカーが懇願するように言う。
 世界を滅ぼすくらいなら、自分が封印された方がマシだ。そして今、自分は封印される程に弱っている。封印出来るのは、今しかない。
 だがその言葉に対して剣崎は……封印するどころか、変身を解除し、ベルトを外した。
 変身解除したその顔には、自分が殴ったが故にできたのであろう赤い痣と、切れた口の端から流れたらしい赤い血。
 それを不審な表情でジョーカーは見つめ……そして、見てしまった。
 腕から新たに滴り落ちる彼の血を。
 本来ならば赤いはずのその血の色が、アンデッドの血と同じ、濁った緑色をしているのを。
「……剣崎……!!」
 投げ捨てられたブレイバックルの下に現れた、自分と同じジョーカーラウザー。
 口の端から流れていた血も、今や腕から滴り落ちる物と同じ……緑。
 それは即ち、剣崎一真という「人間」が消え、新たなジョーカーが誕生した証であった。
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