過去の希望、未来の遺産

【その26:出来すぎたシナリオ】

 悠久の時は、感情を奪う。
 喜び、悲しみ、怒り、妬み…
 そしていつしか……「退屈」すらも感じなくなる。

 一夜明けた、西暦二〇〇五年一月二十三日。
 「トンネルの向こう」では、剣崎一真が相川始を封印したその日が来た。
 あの時は土砂降りの雨だったのに、こちらの世界では雲ひとつない青空が広がっているのを、ハナはぼんやりと見上げている。
 昨日の剣崎と虎太郎のやり取りを聞いて、ずっとハナは一人で考えていた。
 剣崎が戦うと決めた理由を。
 彼にとって、相川始は親友だ。それは見ていれば充分過ぎる程伝わってくる。だが同時に、人間を守る事も大切にしている節がある。
 人間を守る為に親友を犠牲にするか、親友を守る為に人類を犠牲にするか。
 これによく似た選択肢を、ハナは知っている。
 カイと戦う直前の良太郎が、まさにこれに当たった。
 イマジンを倒さなければ自分達の時間は崩壊する。だが、自分達の時間を守ればイマジンは全て消え去る。
 ……共に戦った、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、そしてデネブとジークすらも。
 その事実に悩み、そして守りたい人の存在に挟まれ。
 悩んで悩んで、悩みぬいた挙句、良太郎はイマジンと……カイと対決する事を選んだ。
 結果としてイマジン達は良太郎や侑斗とのつながりの強さ……「良太郎と一緒に過ごした時間」故に残る事が出来たが、それは奇跡的な出来事に過ぎない。
 だが、今回はイマジンではなくアンデッド。封印すれば、おそらく解放しない限り二度と会う事はない。良太郎の時とは、根本的に違う。
 剣崎もきっと、良太郎と同じくらい悩んだのだろう。その結果出した答えが「戦う事」。
 だがそれは……本当に先程挙がった二択の結果なのだろうか。ひょっとすると彼は、もっと別の可能性に賭けているのではないだろうか。
 剣崎が、もう一人のジョーカーになる可能性に。
 金色の戦士の姿で戦い続ければ、剣崎一真はアンデッドに……ジョーカーになる。そのリスクを負ってでも、彼は金色の戦士の姿でダークローチを倒していた。
 ……その行動の理由は、おそらく……
「ハナちゃん、アレ!」
 彼女の考えを中断させるように、リュウタロスが声をあげ、ある方向を指差す。
 その先にいたのは……山小屋に入ろうとする、相川始の姿。そして、彼が向かう山小屋に……リュウタロスはどことなく覚えがあった。
 そこが最初にこの時間に降りた時に、キンタロスと橘が彼を運び込んだ小屋だと気付くのにそう時間はかからなかった。恐らく彼に……否、彼らにとって、あの小屋は何らかの思い入れのある場所なのだろう。
「静かだな。……耳が痛ぇくらいに」
「……うん」
 そこに破滅の使徒ジョーカーなどいないかのように、周囲は静寂で満たされている。
 けれどそれが、嵐の前の静けさと言う物である事も、モモタロス達には充分すぎる程分かっていた。本当のクライマックスの直前と言う物は、これくらい静かで、妙に落ち着く空気を醸し出す。
 相川始は、待っているのだ。
 自分を封印できる、唯一の存在を。
 自分が封印されても良いと思える、たった一人を。
 例えそれが、彼が愛した人達との別れだとしても、自分のせいで死んでしまうよりは余程良い。
 栗原親子が……人間が消えるくらいなら、自分が封印される方が良い。
 ……その結末、残された者の心にどんな影響を与えるかも考えず。
 ただ、目の前にある平穏のためだけに。
「……来るぞ、隠れろ」
 何かに気付いたらしいモモタロスに言われ、全員が小屋から少し離れた木の影に身を潜める。
 ……誰が来たのかなど、考えるまでもない。この状況なら、来る人物はたった一人しかいない。
 小屋の中にいる者が待つ存在。
 この戦いに、決着をつけるための戦士。
 ……剣崎一真。この出来事の、最後の切り札……

 剣崎は当然のようにその小屋に足を向け、そしてこれまた当然のように始はそこにいた。
「懐かしいな」
「ああ。この場所から、俺とお前は始まったのかもしれない」
 こちらを見向きもせずに言う始に、剣崎はにこやかな笑顔で答える。
 この小屋は、今の剣崎と始の関係を築いた「始まりの地」。そして、様々な出来事を見てきた「思い出の地」でもある。
 ……だからこそ、始も剣崎もここに足を向けた。
 ここが始まりであり、そして……
「だから、ここで終わるんだ」
 まるで最初から決めていたかのように、始は何の感情も感じられない表情で言う。
「始、お前は本当に世界を……人類を滅ぼしたいのか?」
「……俺にはもうどうにもならない。俺はそうするように作られた」
 それは、間接的な否定。
 相川始は、世界を滅ぼす事を望んでいない。
 だが、自分の意志では、滅びを止める事は出来ない。何故なら……
「俺は……ジョーカーだ」
 そう、始が宣言した瞬間。唐突に彼は苦しみだし、その姿が歪む。
 ヒト……相川始の姿から、本来の姿であるジョーカーへと。
 そして……その口から漏れる咆哮と共に、衝撃波が放たれる。彼の意思とは関係なく、小屋を吹き飛ばすに足る威力の衝撃波を。
 剣崎も、そして……放った本人である始さえも、気を失う程の衝撃波。
 ……どの位の時間が経っただろうか。
 一瞬?
 数分?
 吹き飛ばされた側も、吹き飛ばした側も、目を覚ましたのは同時だった。
 鈍った感覚で空を見上げれば、小屋に来た時と日の高さが殆ど変わっていない。ならば、気絶していたのはそれ程長い時間ではないのだろう。
 視線を瞬時に空から相手……「剣崎一真」と「相川始」の存在を確認すると、何も言わず互いに距離を詰める。
 剣崎一真は、ブレイドに。
 相川始は、カリスに。
 変身し、攻撃の応酬が始まった。
 防御の様子など微塵もない。何合、打ち合ったのか定かではない。しかし、このままでは決着がつかないと思ったのか、カリスはハートのキング……「EVOLUTION」のカードを腰のベルトに通し、黒から赤……ワイルドカリスへと進化すると、ブレイドをその圧倒的なパワーで吹き飛ばす。
 そしてその勢いのまま、ハートスートの十三枚のカードを一枚の「WILD」と名付けられたカードにまとめあげた。
 それを確認すると、ブレイドはそれに対抗すべくブレイラウザーから三枚のカードを取り出し、読み込ませる。
『KICK』
『THUNDER』
『MACH』
 スペードスートの五、六、九。その組み合わせで出来る技は……
『LIGHTNING SONICK』
 電撃を纏った、ブレイドの高速の蹴り。
 それに対抗すべく、ワイルドカリスはワイルドのカードを読み込ませようとして……考え直したように、カードを放棄、ブレイドのキックを殴る事で弾き返した。

「何なんだよ、この戦い……」
 赤い戦士となった始に弾かれ、変身解除された剣崎を見つめつつ、モモタロスは小さく呟きを落とす。
 先程、始が……いや、ジョーカーが放った衝撃波に巻き込まれたせいで、彼らも吹き飛ばされたが、打ち身程度で大した怪我はない。
 ハナも、ジークがとっさに庇ったお陰でこちらはかすり傷もついていない。
 イマジンであるモモタロス達だから打ち身で済んだようなものの、ハナは人間。まともに喰らえば、恐らく大怪我をしていただろう。
 それはともかく。
 二人の戦いを、少し離れた所からこっそりと見ていたのだが……
 鬼気迫るその戦いに、モモタロスすらも絶句していた。
 だが……どこかまだ、全力で戦っているようには見えない。特に、始の方は。
「……本気で戦うつもりはないのか、始」
 攻撃を弾き返され、変身解除状態となった剣崎が、始を睨みつけながら言う。
 彼もまた、始が全力で来ていない事に気付いていたのだろう。
 ……傍で見ているモモタロス達ですら気付いたのだ。戦っていた剣崎が気付かないはずもないのだが。
「何だと?」
「何故、ワイルドのカードを使わなかった?」
 剣崎に言われ、始は赤い戦士の姿から、ヒトの姿になり……
「……気付いていたのか」
「ああ。お前はわざと、俺に封印されるつもりだったんだな」
「それ以外に、方法はあるか?」
 薄々、ハナ達も感付いてはいた。始が本気で戦わないのは、自分が封印される事で、世界を守る事が出来るからだと。
 そしてきっと……それしか方法がない事も。
「俺の体は、もう俺の意思ではどうにもならない。攻撃を受ける程俺は、一匹の獣に戻り、戦いの事しか考えられなくなる」
 それは、ジョーカーの……アンデッドの本能だから。
 だから……
「そんな俺を倒せるのは……お前だけだ」
「……始……」
 辛そうに、それでも何かを決意したように。
 剣崎は小さく親友の名を呼び……そして、宣言した。
「……アンデッドは全て封印した。お前が最後だ。……ジョーカー!」
「俺とお前は、戦う事でしか分かり合えない!」
 それは、トンネルの向こうの世界で最初に見た物と、よく似た会話。
 場所や天候、剣崎の口調こそ違うものの、あの時の再現を見ているような気がした。
「始……それで良い。本気で来い! ジョーカーの力を全て……俺にぶつけろ!」
 ジョーカーと化し、その影から複数のダークローチを生み出すのを見て。
 戦士へと変身した剣崎が、満足そうに言葉を放つ。
 だが……ハナ達は知っている。ダークローチは、トンネルの向こうからやってきている「侵略者」である事を。
「あいつら……ひょっとして、世界を滅ぼすのを、ジョーカーのせいにしてるんじゃ……」
 誰にでもなく、リュウタロスが呟く。
 ……「ジョーカーが残れば世界が滅びる」と言う伝承にかこつけて、異世界の侵略者が送り込んでいるのだとしたら?
 そして、その事実を知らないジョーカー……相川始が、「ダークローチを生み出しているのは自分」だと思い込んでしまったとしたら?
 自己暗示……思い込みとも呼べるそれは、時として恐ろしく効く。
 事実、かつてジョーカーに戻る事を恐れた始は、自己暗示をかけて深く眠りについた事があるではないか。
 思い込み故に、ジョーカー自身もダークローチとこの世界をつなげる「扉」と化してしまっていたら?
 何の事はない。全ての元凶は、「トンネルの向こう」にいる、「誰か」。
 それこそが、倒すべき敵であり、トンネルを増やしている張本人ではないのか。
「だとしたら……僕、許さないよ。あいつらも、あいつらを送り込んでる『誰か』も」
「……それ以上に許せねーのがいるだろーが」
 暗い声で呟いたリュウタロスに対しモモタロスが、彼らしからぬ静かな怒りを湛えて言う。
「この世界の『神』って奴だ。何でアイツの望みを叶えてやらねーんだよ!」
 本来なら、カテゴリーキングが封印された時点で、相川始の願いを聞き届ける「神」がいたはずである。
 そして、それが始の願いを聞き入れたならば、こんな事にはならなかったはずなのに……
 それを思うと、モモタロスは悔しくて仕方がなかった。
「無駄だ。聞いた話では、世界に干渉するための道具すらも、向こうの『神』に押さえられているからな」
「え?」
 その言葉は、リュウタロスの仮説を肯定するものであり、そして、今起きている事を把握している事も指していた。
 ジークがいつ、どこで、誰からその話を聞いたのかは分からない。
 だが、それを問うたところで彼は答えてくれるだろうか。
 ……多分、答えないだろう。それが例え、ハナからの問いかけだったとしても。
「『神』は有能だが万能ではない。強すぎる力が世界に干渉すれば、世界はその力に耐え切れずに崩壊する。そのためのワンクッションが必要なのだが……」
「それを、トンネルの向こうの『誰か』……『神』が奪った」
「そう。そして逆に、それを使ってあのダークローチを送り込んでいるのだ」
 ハナの言葉に満足気に頷き、ジークは憐れむ様に視線を向ける。
 その存在故に、運命に……神々に振り回される者達に……
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