過去の希望、未来の遺産

【その25:いろいろ悩んで、そして選んで】

 剣崎一真。
 スペードのエースに選ばれた者。
 「一」とは数の頭、全ての最初。

 西暦二〇〇五年一月二十二日。
 ハナ達がその時間に到着した時、少し離れた場所から怒鳴るような声がした。同時に、何かを斬り伏せるような音も響いている。
 不審に思いそろりと顔を覗かせたこそには、まるで何かに取り憑かれたかの様に金色の戦士の姿でダークローチ達をなぎ倒す剣崎の姿があった。
「戦え。俺と……戦え!」
 鬼気迫るその迫力に圧され、ハナは思わず後退あとずさる。
 ダークローチよりも、今は剣崎の方が怖い。
「剣崎君!」
 この場にいた全てのダークローチが倒されたのを確認して、剣崎に駆け寄ってきたのは、トンネルの向こうでも剣崎と仲良くしていた男……確か、虎太郎と呼ばれていた……だった。
「そいつ等を倒すより、早くジョーカーを見つけて……!」
 彼の言葉には何も返さず、剣崎はただ変身を解除するだけ。
 その顔には疲れからか、びっしりと脂汗が浮いている。目もどこか虚ろで、口から漏れる息はぜぇぜぇと荒い。足に力が入らないのだろう、その場に半ば倒れるように座り込んでしまう。
「始を封印する、覚悟がつかないのかい? でも!」
「虎太郎! 俺を殴ってくれ!」
「剣崎君?」
 虎太郎の言葉の先を聞きたくないとでも言うかのように、剣崎は厳しい声で遮ると、真剣な……しかしどこか眠たげな表情で、怒鳴るように言葉を放つ。
「眠くてしょうがないんだ。今眠る訳にはいかない」
 剣崎の言葉に、出来ないと言わんばかりに虎太郎は彼から視線を反らす。
 その意思が伝わったのか、剣崎は軽く眉を顰めると半ば無理矢理立ち上がり、フラフラとした足取りでその場を後にする。
 次の獲物を探す……そんな雰囲気を漂わせて。
「キングフォームのせいだよ! こんな事してたらまたおかしくなって、今度こそジョーカーになってしまうかも!」
 虎太郎のもたらした情報は、ハナ達にとって初耳だった。
 以前、ハナとウラタロスが最初にこの時間にやってきた時に、それっぽい事を聞いたような気もしたが、ここまではっきりとした情報は初めてだった。
 また?
 おかしくなる?
 ジョーカーになる?
「どういう事……?」
「ふむ。あの金色の姿は、ジョーカーの力に近い」
 小声で、誰にと言う訳でもなく問うハナに、やはり小声で返したのはジーク。
 こちらを見つめる三人の目など気にしない様子で、ジークは更に言葉を続けた。
「恐らくはヒューマンアンデッドの血を色濃く受け継いだのであろう。他の人間より、アンデッドと融合しやすい体質なのだ」
「……それが、何でジョーカーに近いんだよ?」
「今のあの姿は、十三体のアンデッドと融合している。『何にでもなれる』ジョーカーに、近しい力だと思うが?」
 言われても、今一つ納得できないのか、モモタロスもリュウタロスも首を傾げている。
 良太郎は四人のイマジンをいっぺんに受け入れ、戦う事が出来る。だが、だからと言ってイマジンに近い存在と言う訳ではない。
 金色の鎧も、それと同じような物ではないのだろうか。
 そんな考えを抱いているのに気付いたのか、ジークはふぅ、と深い……それはもう、この上なく深ーい溜息を一つ吐き出し……
「……教養の無さが、悲しい程に溢れているな、お供その一」
「うるせえ。とにかく、あの姿で戦い続けてたら、奴が二体目のジョーカーになっちまうって事だけ分かってりゃ良いんだろうが」
 考える事を放棄し、モモタロスは頭をかきながらぼやく。
――ちょっと待って。二体目のジョーカーに、なる?――
 モモタロスのぼやきを聞いたハナの脳裏に、トンネルの向こうで、最後に見た光景が蘇った。
 ……アルビノジョーカーが剣崎の姿となって散っていった、あの光景を。
――じゃあまさか、あのジョーカーって……それに、あの世界ってひょっとして……!!――
 そこまで考えた時、剣崎が辛そうな声で答えたのが聞こえ、ハナの思考は中断された。
「始との決着はつける。……信じてくれ」
 背中にかけられた虎太郎の声に、弱々しい笑顔でそう答えると、今度こそ本当に剣崎はこの場を立ち去る。
 その様子を、虎太郎はしばらく呆然と眺めていたが、すぐに彼もその後を追った。
「……剣崎、あいつの事封印するのかな? トンネルの向こうみたいに」
「そりゃあ、そうなんじゃねえか? 決着をつけるって言ってんだからよ。それに、あいつにはアンデッドになる理由がねーだろ?」
 天王路と違って、と付け足し、モモタロスは近くの壁に寄りかかるようにして立つ。
「そう……よね。私の考えすぎよ、ね」
 浮かんだ考えを頭から追い払うように、ハナは自分に言い聞かせる。
 きっと、考えすぎなのだ。
 トンネルの向こうの世界が、遠い遠いこの世界の未来の姿であるなど。
 アルビノジョーカーが、この時代にジョーカーとなってしまった「剣崎一真」のなれの果てであるなど……

「始、お前に世界を滅ぼさせたりはしない。お前だって、そんな事望んでいないはずだ!」
 バイクに跨り、剣崎はそう呟く。
 剣崎は、今もなお信じていた。相川始は、世界の破滅を望んでいない事を。
 ……人間の中で、静かに、穏やかに生きていきたいと願っている事を。
 厳しい表情でバイクを走らせていたその時、夜の摩天楼に、再び多数のダークローチが舞い降りる。ヒトと言う種に、滅びと言う定めを与える使徒の如く。
 それを前にし、剣崎は再びブレイドへ変身。ブレイラウザーを振りかざし、その群れに向かって突き進む。
 何匹かをブレイラウザーで薙ぎ払い、それでもまだ残っているダークローチを斬りつけようとした刹那。その圧倒的な数量を持って、ダークローチ達はブレイドを取り囲み、襲い掛かる。
 しかしそれでもなお、剣崎はキングフォームにチェンジする事でその時に発生するエネルギーを利用して纏わりつく相手達を弾き飛ばす。
 飛んでいった相手を消滅させた時、ダークローチに襲われる男性の後姿が視界に入った。
「人が……!」
 慌てて助けに入り、その人物の無事を確認しようと顔を見て……それが、自分の知り合いである事に始めて気付いた。
「貴方は!」
「剣崎。それがお前のキングフォームか」
 どこかシニカルな笑みを浮かべてそう言ったその男は、かつての自分の上司。
 ……いや、今でも上司だと思い、尊敬して止まない人物。
 チベットへ向かったはずの元BOARD所長、烏丸啓だった。
「所長。良かった、無事で。いつチベットから?」
「遅くなってすまなかった。天王路に、命を狙われてな」
 それを聞き、何かを言おうとした矢先。
 まだ生き残っていたダークローチが、低い唸り声を上げながら二人めがけて襲い掛かってきた。
 慌てて烏丸を庇い、薙ぎ払おうとするが……相手もそれほど愚かではなかったらしい。
 ブレイドの手を払う事で、彼の持っていたキングラウザーを払い落とし、他所に控えていた二匹のダークローチ達と共にその動きを止め、襲う。
 取り落としたキングラウザーを拾おうと手を伸ばすが、距離が遠すぎて届かない。
 だが……誰かが、キングラウザーを拾い、ブレイドを襲っていたダークローチを薙ぎ払い、消滅させた。
 蓄積された疲労からなのか、剣崎の変身は解除され、鎧越しにだったアスファルトの感触が妙にはっきりと感じ取れた。だが、それよりも気になるのは自分を助けた者。
 荒くなる呼吸を無理矢理調えながら向けた視線の先に立っていたのは、行方がわからなくなっていた橘朔也だった。
「橘、さん……?」
「剣崎」
「本当に、橘さんなんですか? ……どうして……?」
「危ない所だったが、ギリギリの所で、烏丸所長に助けられた」
 「どうして」に続く言葉を、「崖から落ちて無事だったんですか」と取ったらしい。橘は苦笑を浮かべながらも、簡潔に自分が「ここにいられる理由」を説明する。
 嘘は吐いていない。実際に橘を病院に運んだのは烏丸だ。その前……崖から落ちた自分を救ったのは「青いライダー」だが、それは告げる必要のない事だろう。
 橘の無事に安心したのか、剣崎はほっとしたような笑みを浮かべ……そのまま、崩れ落ちるようにして眠りに落ちてしまう。
「剣崎!? おい!」
「剣崎、剣崎! しっかりしろ!」
 橘と烏丸が呼びかけるが、剣崎の眠りは深く、目覚める様子がない。
 それは……剣崎のジョーカー化が、深刻なまでに進んでいる兆候である事を、橘は知っている。
――これ以上、剣崎に負担をかけるべきではない
 そう思いながら、橘は烏丸と共に、剣崎を白井邸に運んでいった……

 ダークローチ達と戦い始めてから、どれ程経っただろうか。
 良太郎の体力は、既に底をつきかけていた。
 イマジン達と共に戦うようになって以降、それなりに体力作りをしていたとは言え、彼の基礎体力は良くて人並み。下手をすると平均以下かもしれない彼がここまで保った事の方が奇跡に近い。
「野上……無事か!?」
「だ、大丈夫、だけど……そろそろキツイかも……」
「息、あがってるぞ」
「そう言う侑斗だって……足、ふらついてるよ」
 肩で息をしている侑斗を見ながら、良太郎も軽口で返す。
 良太郎に指摘された通り、侑斗の足も今は覚束ない。膝が笑い、気を抜くとその場に崩れ落ちそうになる。
 軽口を叩く余裕など本当はない。実際、時の中から逃がしてしまうダークローチの数も増えてきてしまっている。
 時々、デネブがゼロライナーでダークローチ達を跳ね飛ばし、蹴散らしてくれるが、それでも数が減った様子は見えない。
「野上、前!」
「へ……?」
 疲れのせいか、ぼんやりしていた良太郎の前に。
 いつの間にかダークローチが肉薄していた。
――避けられない!――
 思い、襲い来るであろう衝撃を覚悟したその瞬間。
 がぎんと、金属同士がぶつかるような、奇妙な音が良太郎の頭上で響く。
――え……?――
 いつまでも襲ってこない衝撃と、聞こえてきた音に違和感を覚え、恐る恐る視線を上げた先にあったは、ダークローチの爪を止める、大型の斧。
 その斧の先を辿るように、良太郎はゆっくりと視線を向ける。
 そこにあったのは、自分と同じ顔。
 だけど髪は長くて、一房だけ金髪があって。
 瞳の色も、自分とは違う……黄に近い金色で。
「キンタロス……」
「良太郎、しっかりせぇ! 相手はまだまだ居る!」
「そうそう。限界が近いんだったら、僕と代わらない? 良太郎」
 キンタロスの叱咤とはまた別の方から聞こえた声。
 そこにいるのは、やはり自分と同じ顔で。
 だけど七三分けられた前髪に、一房だけ青い髪があって。
 黒縁眼鏡の奥で、青い瞳が光っている。
「ウラタロスも……どうして……」
「ま、成り行き、かな」
 ひょいと肩をすくめ、いつも通り本心を覗かせぬ様な物言いをするウラタロス。
 だがその言葉に悪意がない事は、すぐに分かる。
「亀の字! のんびりしとる場合とちゃうで!」
「分かってるって。キンちゃんはホント、真面目だねぇ」
 やれやれと言わんばかりにウラタロスは肩を竦めると、フフ、と軽く笑い……
「良太郎、体借りるよ?」
「へ?」
 良太郎が気の抜けた返事をしたのと、ウラタロスが彼に憑依したのとはほぼ同時。その一瞬後には、良太郎の意思が退いた為なのか、ベルトに着いていたはずの赤い携帯電話……ケータロスがするりと虚空へ溶け込んだ。
 そして良太郎は小さく体を震わすと、ベルトにある青いボタンを押してライナーからロッドへと姿を変える。
 一方のキンタロスは、自分のパスとベルトを出し、黄色のボタンを押してからパスをベルトにセタッチし……
「変身」
 キンタロスの声にあわせるように、ミュージックホーンが鳴り響き、金色のオーラアーマーが展開、彼の体を包む。
 デンガッシャーをアックスモードに組み立て、金色の鎧を纏った近距離戦闘型形態、アックスフォームとしてダークローチ達と対峙する。
「俺の強さは……泣けるでぇ!」
 首を鳴らしつつ、そう宣言すると、並み居るダークローチの群れを叩き伏せる。
「いつにも増してやる気だねぇ、キンちゃんは」
――ウラタロス、僕達も……――
「……あんまり動きたくないんだけど……」
 そう言いながらも、ウラタロスもロッドをふるい、周囲のダークローチを蹴散らす。
 少し離れた所では、侑斗もゼロフォームで戦っていた。その動きにいつものキレがないのは、やはり相当体力を消耗しているからだろう。
 いつもならデネブ辺りがサポートに入るのだろうが、今の彼はゼロライナーでトンネルを破壊すると言う仕事に従事している。恐らく、侑斗の体力面のサポートは、彼には期待できないだろう。
――良太郎も僕ちゃんも限界超えちゃってるみたいだし、長期戦はやっぱり不利、か。これは「あっち」が決まらないとキツイかな――
 剣崎とジョーカーの決着がつかない限り、恐らくダークローチ達の襲来は止められないだろう。
 だから……
「早く決着してよ……」
 祈るようにそう呟き、気を取り直したようにダークローチ達の殲滅を再開した。

「もう剣崎一人の力で、どうにかなる数じゃない」
 白井邸にて、橘が落胆したように呟いた。
 ダークローチとの戦闘が何とか終了し、眠ってしまった剣崎を運んだ後、橘と烏丸はリビングに入って現状を伝えるニュースを見ていた。
 無数、という単語では生温い数のダークローチが人々を襲う姿が、画面に映し出されている。
 その現場で必死に惨状を報道していたクルー達も襲われ、彼らはカメラを置いてそこから命からがら逃げだしている有様。
 いや、今まで報道していただけ賞賛に値する。
「これ程の大群では、警察も軍隊も無力だ。もはや時間はない。阻止するにはやはりジョーカーを……」
 封印するしかない。烏丸が言い切るその前に、橘が机の上にあるブレイバックルに手を伸ばす。
 ギャレンバックルが壊れている上に、剣崎があの状態である以上、もはや自分がブレイドとなって戦い、ジョーカーを封じるしかない……そう考えたのだ。
「今なら間に合う!」
 ヒトと言う種が絶滅していない今なら、まだ世界が滅びずに済む。犠牲は、ジョーカーだけで終わる。
 そう思い、橘がリビングを出ようとした矢先。
 別の部屋に寝かせていたはずの剣崎が橘の前に立ち塞がり、彼の手にあるブレイバックルを掴んだ。
 ……まだ、ブレイドとして戦えると、言わんばかりに。
 だが、その目はやはりどこか虚ろ。恐らく今の剣崎は、襲い来る眠気と必死に戦っているのだろう。その状況でダークローチやジョーカーと戦おうなど、無謀としか言いようがない。自身の内と外に敵がいるような物だ。
「……俺が奴を封印する。これは俺達の責任だ!」
 ジョーカーを封印できずに放置していたのは、剣崎の責任と言っても良いだろう。彼の迷いが、今の惨状を生んでいる。
 だが、そうなった直接の原因を……カテゴリーキングを封印し、ジョーカーを最後の一体として残してしまったのは橘だ。
 あの時、睦月に言ったように、先にヒューマンアンデッドを解放し、その上でカテゴリーキングを封印していれば、こんな事にはならなかった。命に別状がないとは言え、睦月もジョーカーに怪我を負わされずに済んだはずだ。
 ……その事に、橘は少なからず責任を感じていたのである。
「俺は、考えもなしにダークローチと戦っていたんじゃありません!」
 そう言うと剣崎は、橘からブレイバックルをひったくる。
 虚ろだったその瞳の奥に、確固たる信念と……同時に、狂気にも似た何かを宿して。
「戦って……戦って! 待っていたんです」
「待っていた? 何をだ?」
「…………もしも、俺が失敗したら……その時は、お願いします」
 橘の問いに答えず、ただ自分の願いを橘に伝える。
 信頼する先輩だからこそ、自分が「失敗」した時のフォローを任せられる。
 そう信じ、剣崎がそこから立ち去ろうとした瞬間。
 何かの可能性を思い当たったらしく、烏丸が真剣な表情で彼に問う。
「剣崎! 君は本当に、ジョーカーを封印するつもりなのか? それとも……」
 だけど……やはりその問いには答えず、曖昧な笑みを浮かべて……剣崎は黙って、白井邸を後にした。
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