過去の希望、未来の遺産
【その23:失う物を選べ】
上城睦月。
クラブのエースに選ばれた者。
「睦月」とは一月、年の最初。
オーナーに急かされるように、二〇〇五年一月十六日に降り立った物の、ハナ達はどこに向かえば良いのかまるで見当も付かない状態。
なので、とりあえず近くのビルに入ろうと言う話になり……しかし足を踏み出した途端、先頭に立っていたハナを、モモタロスが腕を引いて半ば強引に引き止める。
「ちょっ……何よ?」
「おい、変だと思わねえか?」
「何が?」
「……静か過ぎるだろ、いくら何でも」
低く静かな声で、モモタロスはそうハナに囁く。
言われて見れば、確かに静か過ぎる。
休日とは言え、ビルには多少の人間はいるはずだ。ならばある程度の話し声や足音と言ったざわめきが聞こえてもおかしくない。
ここが廃墟だと言うなら話は分かるが、見たところ真新しい感じの建物で、廃墟と呼ぶには無理がある。
他のイマジン達も気付いていたのか、いつの間にかハナを囲むようにして、厳しい表情で周囲を見渡していた。
「……あんた達も、気付いてたの?」
「先輩がハナさんを止めるまでは気付かなかったけどね」
「桃の字の野性の本能を信じて注意したら、確かに敵がぎょうさん居 る」
「姫、危ないから私の後ろに隠れると良い。家臣一同、姫をきちんと守るのだぞ?」
イマジン達の口調は軽いが、声に含まれる緊張感から、今の状況が危険な物だと分かる。
仮に今襲われたとしたら……変身できるのはキンタロスとリュウタロスの二人。出来る事なら変身するような事態は避けたいが……
そう思った時、一台のパトカーが、そのビルの地下駐車場に向かって行くのが見えた。
「おいおいおい。警察の手に追える相手じゃねえぞ、この感じは!」
過去に関わる事が良くないのは分かっている。しかしこの場が危険な事も分かっている。分かっている上で見過ごすなど……今の彼らには、出来ない話だった。
こっそりと、パトカーに気付かれないように、物陰に隠れながらその後をつける。
駐車場の真ん中辺りでパトカーは停車し、その窓を開けて、ほんの僅かな警戒を見せながら警官は周囲を見回した。
「本当にいるんですかね? 人間を襲うような大きな生き物が」
そうパトカーの中で言った若い警官の姿を見て……思わずハナははっと息を呑む。
それは、トンネルの向こう側ではアルビノジョーカーだった人物……志村純一だったからだ。
――まさか、この世界にもアルビノジョーカーがいるって言うの!?――
思うと同時に、ハナの脳裏にあの時の……アルビノジョーカーの最期の姿が蘇る。
何故か剣崎一真の姿になり、そして「ありがとう」と呟いて散っていった、あの姿が。
「あいつ、人間だ……」
そう小さく呟いたのは、リュウタロスだった。
その言葉に同意するように、イマジン達も小さく頷く。
「何で分かるのよ?」
「似てるんだよ、アンデッドの臭いとイマジンの臭いが。アンデッドの臭いの方が、どっちかってーと弱いけどな」
それ以上適切な表現が見つからなかったらしく、モモタロスは困ったような表情でそう答える。
「臭い」と言われてもハナには感知出来ないのだが、彼らの……特にモモタロスが持つイマジンの「臭い」を感知する鼻は信頼できる。そしてその鼻には、アンデッドの「臭い」も、同じように感じ取れているらしい。
しかし「アンデッドとイマジンの臭いが似ている」とは、一体どういう意味なのか。問い質したいが、時間もないし、何よりモモタロス自身もその事を不思議に思っているらしい。
聞くだけ無駄と判断したのか、ハナも黙って警官達に視線を向けた。
「気をつけろ。正体不明だが、既に何人も襲われたと通達があった」
もう一人の警官に言われ、彼らは腰に下げていた拳銃の弾丸を確認すると、ゆっくりと車を降りる。
「おーい。誰かいるか?」
そう言って周囲を見回すが、特に人影はない。
ハナ達も物陰に隠れているので、彼らには見えないだろう。
「やっぱり悪戯ですかね?」
「ああ」
返事がない事で「何もない」と判断したのか、彼らが踵を返したその瞬間。その頭上から、ぼとりと音を立てて何かが落ちた。
「何、あれ……?」
目を凝らしてよく見れば……それは白い靴。
――何で靴が上から?――
警官達もそう思ったのか、彼らは己の頭上を見上げ……天井にひしめくように存在する、無数の黒い異形の姿を見つけてしまった。
……いや、見つかったのは、彼らの方だったのかもしれない。
黒い異形……ダークローチ達は彼らと目が合ったのをきっかけに、一斉に二人に向かってその圧倒的な数を以って襲い掛かる。
「あかん!」
二人を助けようと、キンタロスがパスケースを構えた……その瞬間。
「変身!」
キンタロスが変身するよりも僅かに早く。この場にバイクで駆けつけた剣崎一真の声が、周囲に響く。そして彼は青い戦士に変身すると、警官に襲い掛かっていたダークローチのうちの数体を斬り伏せた。
「お前達が何匹いようと、すべて倒す!」
そう宣言し、今度は自身に向かってくる異形を倒す。
「逃げろ!」
自分が守った警官達にそう言うと、剣崎はその群れに向かって突っ込んでいった。恐らく自分が突っ込む事で、警官とダークローチの間にある距離を稼ぎ、巻き込まないようにと言う考えなのだろう。
「仮面、ライダー……」
剣崎の勇姿に心打たれたかのような声で、志村がそう呟いたのを……リュウタロスは聞きつける。
向こうの志村……実際はアルビノジョーカーだった訳だが……は、あまり剣崎を尊敬していなかった。だが、今の彼の呟きには、尊敬と憧れが含まれているように、リュウタロスには感じる事が出来た。
……たったそれだけの事だが、今のリュウタロスには何故か嬉しかった。
一方の剣崎は、警官達が逃げるのを確かめて、残ったダークローチを一掃すると、疲れたようにその場に倒れこみながら変身を解除する。
額に浮かぶ汗と、荒い呼吸が彼の疲労を物語っている。
しかし……彼に休息など与えんとばかりに彼の携帯電話が鳴り響き、辛そうに何かを呟くと……フラフラと、どこかへ向かっていってしまった。
日常の風景を、山中望美は眺めていた。
どこの部活だろう、ジャージ姿の女子達が一生懸命に走り込みをしているのとすれ違った。
――きっともうすぐ、睦月のランニングに付き合うようになる。以前と同じ生活が来る――
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
だがその矢先。先程すれ違った少女達の悲鳴が響く。思わず振り返り……そして、彼女は見た。
見た事のない、黒い異形達を。そして、それに襲われている少女達を。
そこに、レンゲルに変身していた睦月が現れる。
「またお前等か!」
忌々しげにそう言うと、レンゲルは杖を構えてその異形達に立ち向かう。
数は多いが、それ程強くはないらしい。レンゲルはあっさりとそれらを撃退する。全てが終わったらしいのを見計らい、思わず望美は彼に声をかけた。
「今の奴等は何なの!?」
その問いには答えず、睦月は変身を解いて彼女の顔を見遣る。
その表情に、どこか疲れの色が見えたのを、望美は見逃さなかった。それは恐らく、この前にも戦っていたからなのだと理解出来る。
「……睦月、もう戦いは終わりって言ってなかった?」
「……危ないから家に戻ってた方が良い。学校も駄目だ。奴等はヒトの集まる所を狙ってくる」
「何故あんなのがまだいるの?」
その問いをかけた時、睦月の携帯電話が鳴る。
それは、広瀬からの支援要請。剣崎が一人で苦戦を強いられているらしい。
――倒しても、倒しても……いつまで続くんだ!――
心の内でのみ舌打ちをしつつ、彼は呼吸を整えてバイクへ向かう。一瞬だけ、心配そうに望美に向かって視線を送って。
「……もう行かなきゃ」
「行かないで!」
それは、望美の本心。
今まで押さえていた、彼女の切なる願いだった。
これからはずっと一緒にいられる。
睦月が危険な目にあわなくて済む。
そう思っていたのに、まだ彼は戦わなくてはいけないのか。
自分でも、言うつもりはなかったのだろう。はっとした表情で、望美は自分の口元を押さえた。
……望美が自分を案じてくれているのは、睦月にもよくわかっている。
だけど……だからこそ、自分は行かなければならない。
自分は、仮面ライダーなのだから。
そして何より……彼自身、望美がとても大切だから。それを、守るためにも。
「あいつ等は……一匹二匹じゃない。何千もいるかもしれないんだ。俺達が戦わなきゃ」
「わかってる。でも……一緒に居て欲しいの」
睦月の立場や決意は、望美も理解している。だが、納得しているかどうかは別の問題だった。
「必ず……帰ってくる」
彼女を安心させるようにそう言って、バイクを走らせる睦月。
その姿を……望美は寂しそうな、不安そうな表情で見つめていた……
西暦二〇〇七年一月三十日。
「どういう事だ!? 何故剣崎がここにいる!?」
「言っただろう? 契約者の望みだからだ」
始の怒号に、平然と答えるイマジン。
その背から生える複数の脚のようなものが、かさかさと蠢く。紫色の、光のような三つの目が真っ直ぐに彼の契約者を捕らえた。
「お前が願っただろう? 『また四人で過ごしたい』と」
……彼の元になったモノ……スパイダーアンデッドにはなかった口元が、笑みの形を作る。
契約者……上城睦月に、言い聞かせるようにしながら。
「良かったなあ。これなら四人ずぅっと一緒だ。誰もここからいなくならない。誰もここから消える事はない。……身動きが出来ないんだから」
「違う! 俺が望んだのは、こんな事じゃない!」
確かに彼は、イマジンに望んだ。
また、仮面ライダーだった四人で過ごしたい、と。
叶わぬ願いと分かっていても、それでも願わずにはいられなかった。
だがそれは、少なくともこんな強制された状態ではなかった。
身動きを一切とれず、ただ「同じ部屋にいるだけ」の状態を望んでなどいなかったのに。
「だが、これも『一緒にいる事』だろう? 契約違反ではない」
「屁理屈を……!」
「何とでも言え」
橘の言葉を一蹴し、アンデッドイマジンはゆっくりと睦月に近付く。
そして……
「契約、完了」
呟くと同時に、睦月の「扉」を開き、彼のもっとも強く想う「過去」へと向かった。
西暦二〇〇五年一月十六日の夜。虎太郎の家で、剣崎と睦月は疲れきった表情でソファーに腰掛けていた。
「この一週間で、俺と剣崎さんが倒した黒い奴は……」
「百体をとっくに超えてるわ。だけど……倒せば倒す程、どこからか現れる」
「もう限界です。いつか俺も剣崎さんも、力尽きる。そうなったら……。その前に手を打たないと!」
「黒い奴を見つけ次第倒す。それしか手はないだろう」
「……剣崎さんだってわかってるはずです!あいつ等が発生している原因は……ジョーカー。相川始だ」
ダークローチと呼ばれた、その黒い奴らは、どこからか現れ、圧倒的な数で人類を襲い始めていた。
一週間前、剣崎達はついに、五十二体全てのアンデッドを封印した。
しかし、その代償に仮面ライダーギャレン、橘朔也を失った。
だがそれだけではなかった。
同じ頃、ジョーカー、相川始もまた、姿を消した。
橘が命を懸け、守り抜いたはずの始までも。
……その日から、大量のダークローチが街に出現した。
倒しても倒しても、数を増やす敵を相手に、剣崎と睦月はいつ終わるとも知れぬ戦いを続けるしかなかった。
「ジョーカーが最後に残った時、世界が滅ぶ。それって、あの黒い奴が現れるって事だったんですね」
「そうね。あれが世界中に溢れたら……人間の世界は終わる。これが、ジョーカーの役割……」
「まだそうと決まった訳じゃない。始は人間を滅ぼす事など、望んじゃいなかった」
「気持ちはわかるけど!」
そうとしか、考えられなかった。
剣崎の気持ちは分からなくもない。
親友とも言える相川始を、信じたいと言う気持ちは。
だが間違いなく、事の大元はジョーカーである。
ダークローチの存在が、始の意志による物かは別として。
「何、あれ……」
二〇〇五年一月のトンネルの近くに来た時、良太郎が不思議そうな……それでいて緊張感に満ちた声でそう言った。
そのトンネルの巨大さも然る事ながら、そこから出てきているモノに対しての問いらしい。
人間より少し大きいくらいの、どこかゴキブリに似た異形が、大量にトンネルから湧き出し、現実世界へと向かっていたのである。
「まずいな、あれだけの数がいたら、人間の歴史はマジで終わるぞ」
「侑斗、あの怪物の事知ってるの?」
「俺も詳しく知ってる訳じゃない。あいつらがダークローチって名前で、見ての通りトンネルの向こうからこっちの世界を侵略するために来ている存在だって事くらいだ」
緊張した面持ちでそう言い放ち、侑斗はゼロノスのベルトとカードを構える。
それを見て、ぎょっと良太郎は目を見開き……
「侑斗、それ……」
ゼロノスのカードは、人の中にある自分に関する記憶と引き換えに力を与えるもの。使えば使うほど、他人の中から「自分」が消えていくものである。
しかしゼロノスのカードは、カイとの最終決戦の時に全て使い切ったはず。
ネガタロスと戦った時も思ったのだが、一体何故、侑斗がそのカードをまだ持っているのか。
良太郎の聞きたい事がわかったのか、侑斗は小さく笑い……
「安心しろ、こいつは俺に関する記憶じゃない」
「じゃあ……誰の?」
「……ゼロライナーのオーナーに関する記憶らしい」
問いには、デネブが答える。
赤の他人の記憶を犠牲にするのが心苦しいのか、二人ともどこか辛そうな表情で。
「良く分からないが……彼は、『ヒトから忘れられた方が良い』と言って、侑斗にカードを渡した」
「お陰で変身出来るって訳だ。……あまり良い気分じゃないけどな」
侑斗も、本当はあまり使いたくないのだろう。だが、使わなければまともに戦えない。だから、使う。
例えどんなに嫌だと思っても、それしか方法がないのなら。
「とにかく、俺と野上はあの連中を止める。デネブはゼロライナーでトンネルを破壊だ」
「了解!」
「うん」
侑斗の言葉に力強く頷き、良太郎もパスとベルトをセットし……
『変身!』
『LINER FORM』
『ALTAIR FORM』
良太郎と侑斗の掛け声が重なり、各々のベルトが電子音でそのフォーム名を告げる。
良太郎の、デンライナーを模した、憑かず離れずの電王・ライナーフォームと。
侑斗の、機動力を重視した緑のフォーム、ゼロノス・アルタイルフォーム。
「行くよ、侑斗」
「ああ。しくじるなよ、野上」
軽口を叩きあいながらも、良太郎と侑斗はゼロライナーから時の中へと降り立った。
……この世界の過去を、守るために……
ジョーカー、お前の望みを言え。どんな望みも叶えてやる。
お前の払う代償はたった一つ。
……お前の、「未来」……
……声が、聞こえる。統制者の声が。
望みを叶えると言いながら、自分の未来を代償に差し出せと。……自分の望みは、「平穏な未来」だと言うのに。
――俺の未来を差し出せと言うのなら――
絶え間なく聞こえる「声」に絶望し、彼は己の喉を持っていた刃で思い切り突く。普通の生物なら、喉を突けば死ぬ。これで死ねば、彼は未来を差し出した事になるのではないか。自分のこれからの生と引き換えに、望みは叶う。大切な者を守りたいと言う望みは。
そう思っていたのに……「声」が聞こえなくなったのは一瞬だけ。すぐさま再開される「声」を聞くと、彼は己の血が付いた刃を見下ろして自嘲気味に呟く。
「アンデッドが……死ねるものか……」
それと同時に、視界の端に剣崎と睦月が映る。
自分が自殺を図った事に驚いたのか、その目は驚きに見開かれた後、すぐに悲しそうに歪められる。
「始……またその姿に……」
「……剣崎……」
剣崎の声に、苦しそうに呟くジョーカー。
だが、その言葉は「破壊の獣」ではなく、剣崎一真の親友……「相川始」の物であるを指していた。
「始……お前なんだな!? 一体どうして!?」
「剣崎さん!」
ジョーカーに……始に近付こうとした剣崎を、睦月が止める。
彼が……いや、彼らが見たのは、ジョーカーの影から生み出される無数のダークローチ。
しかも、それらはまるでジョーカーを守るかのように彼らの前に立ちはだかった。
「その黒い奴は何だ!? お前が生み出してるのか!?」
「ジョーカーが勝ち残った時、ダークローチが生まれる。……全ての命を滅ぼすために」
「始……嘘だろ?」
投げやりに……そしてどこか他人事のように呟く始に、それでもまだ希望を捨てきれない剣崎が何かを言おうとした時。
彼の迷いを感じたのだろう。睦月が剣崎よりも半歩だけ前に出る。
「剣崎さん。俺がやります」
そう言うと、睦月は迷いなくレンゲルに変身し、襲い来るダークローチ達を薙ぎ倒して、ジョーカーに近付いていく。
しかしダークローチの数は、一向に減る様子がない。倒しても倒しても、まるでジョーカーを守るのが使命であるかのように、彼をジョーカーに近付かせない。
「待て睦月! まだ手はある! 『REMOTE』だ! アンデッドを解放するんだ!」
その言葉に、はっとしたように顔を上げるレンゲルとジョーカー。今までその可能性を考えていなかったのだろう。変わらぬはずのその目には、微かにではあるが希望の光のような物が見え隠れしていた。
「他にもアンデッドがいれば、ジョーカーが勝ち残った事にはならない。世界が滅びる事もないはずだ!」
剣崎の言う通りかもしれない。
アンデッドが二体以上いれば、決着した事にはならないはず。
その可能性に賭け、レンゲルはクラブスートのカテゴリーキングを……かつて、嶋昇と名乗った、数少ない人間との共存を望んだアンデッドを解放すべくリモートのカードを使う。
だが……アンデッドは解放される事なく、カードはただ虚しく地に落ちるだけ。
「何故だ? 解放されない……」
「……無駄だ。五十二体が封印された時点で、バトルファイトは決した。もう彼等を解放する事はできない」
それは、剣崎にとっても……そして始自身にとっても絶望の宣告。
この一週間で、彼は嫌と言う程、神の無情さを思い知った。
自分をジョーカーとしてしか見ていない神。
望みを叶えるために、未来を代償に差し出せと言い続ける神。
ヒトと共にある事も、死ぬ事も許されず……そして、希望を持つ事すらも許されない。
「じゃあ……どうすれば良い? 始、どうやったらこいつらを止められるんだ!?」
「答えは一つです! ジョーカーを封印する!」
「俺がやる! 俺の責任だ!」
そう言うと、剣崎はブレイドに変身し、一気にジョーカーへ肉薄する。
ジョーカーも……始もそれが最善だと思っているのか、そこから動く気配がない。ジョーカーを封印する、最大のチャンス。
ブレイドはブレイラウザーを構え、ジョーカーにそれを突き立て……られなかった。
彼の存在は、栗原親子にとって大きいものだと知っていたから。
そして何より……相川始は、剣崎一真にとって、最も大切な親友であったから。
大切だからこそ、失いたくない。
大切に思われているからこそ、消えてはいけない。
その想いが、彼の動きを止め、さらにはブレイドと言う鎧を脱がせてしまった。
「剣崎……」
変身を解いた剣崎に触れるように、ジョーカーはゆっくりと手を伸ばし……そして、思い切り殴りつける。
彼の爪にでも引っかかったのか、剣崎の頬には一筋の赤い線が走った。
始にとっても、剣崎の優しさは嬉しい。
だが同時に、自分の苦しみを長引かせるだけの行為でもある。
……真に自分の事を案じているなら、封印するべきだったのに……それをしなかった事が、始には腹立たしかった。
迷っていては駄目なのだ。迷っていては、「ジョーカーと言う名の獣」を倒す事は出来ない。
くるりと踵を返すと、レンゲルと剣崎を置いてその場を去る。
「待て……待てェっ!」
レンゲルは叫びながら、ジョーカーを追いかける。
それを、ただ見るしかない剣崎。
殴られた時にできた頬の傷から流れる血を拭い……そして気付いた。
たった一つだけの、彼の望む「結末」を迎えるための方法に。
海辺の近くで、ハナ達は足を止めた。
そこに、相川始の姿を見て取ったから。そしてその目の前に、上城睦月が厳しい表情で対峙している。
「ハナさん、隠れて」
近くの草むらに身を隠し、彼らの様子を見る。
「何故来た?」
「貴方はもう相川始じゃない。完全にジョーカーに戻ってしまったんだ」
「あっはっはっはっは…………だったらどうする?」
「貴方を、封印する」
場にそぐわぬ朗らかな笑い声を上げる始とは反対に、睦月のその言葉には、揺ぎない決意と厳しさが感じ取れた。
「この世界じゃ、ジョーカーを封印したのは彼って事……?」
「分からないよ、ハナさん。最後まで見ないと」
「……そうね」
ウラタロスの言葉にこくりと頷き、ハナは黙って彼らの様子を窺う。
「お前には無理だ」
「アンデッドを封印する。それが『仮面ライダー』だ!」
「一旦戦いを始めれば、俺はお前を倒すしかない。俺の体は、意思とは関係なく動く」
「剣崎さんに代わって……俺が戦う!」
睦月のこの口調からすると、剣崎には彼を封印できなかったのかも知れない。
少なくともこの世界の剣崎は、トンネルの向こうの剣崎よりも、相川始と仲が良いように見える。
中途半端に仲が良ければ、向こうの剣崎のように始を封印したのかも知れない。だが、真に仲が良ければ、それすらも出来ない。
そう思っているうちに、変身した睦月が「相川始」の姿をしたそれに殴りかかり、体勢を崩したところにブリザードクラッシュを喰らわせようとする。
だが、一瞬だけ彼がジョーカーの姿に戻る方が早かった。
そのジョーカーの影からは、再び無数のダークローチが現れる。それこそきっと、ジョーカーの意思とは無関係に。
「こいつ等は全ての人類を滅ぼす。あんたが守ろうとしていた、あの親子も! それでも良いのか!?」
「俺には……止められない!」
それが、最後の大技への合図。
ジョーカーの放った光弾が、睦月に直撃し、彼の姿が緑の戦士から上城睦月へと戻る。
「止められない」と言ったその言葉通り。己が身の内から迸る力を、自身の意思では止められないように見えた。
「……う、あ…………望美……」
どさりと倒れこむ睦月の腹からは多量の出血。離れた場所にいるハナ達にすら、潮風に乗って血の臭いが届いていた。
ジョーカーも、それ以上は興味がないのか、倒れた睦月を一瞥するとどこかへ去ってしまう。
「病院に連れて行かないと……!」
そう言って、立ち上がりかけ……ハナはすぐに、そこに向かう人影に気付いた。
……剣崎一真が、やってきたのである。
「……始か」
「あいつは……完全に、ジョーカーです」
「喋るな! すぐに病院に連れて行く!」
「すいません、俺……」
「喋るな!」
「もう、貴方しか、いない……。あいつを倒せるのは……」
まるで遺言か何かのようにそう呟く睦月を抱え、剣崎はハナ達に気付いた様子もなくその場を去る。
……一刻を争う事態なのだから、ハナ達に気付かないのも道理ではあるのだが。
「……まさか、これであの世界の景色に繋がるんじゃないでしょうね……?」
思い出せるのは、雨の中で対峙する剣崎と始。
――全てのアンデッドは封印した! 残っているのはジョーカー、君一人だ! 出来れば君とは戦いたくない!――
――戦う事でしか、俺とお前は分かり合えない――
少なくとも、人間の生き残る未来になるには、それしかないのではないか。
ジョーカーが、封印されるという結末しか。
しかしその結末は、栗原天音の心に大きな傷を残す事も知っている。
「例えアルビノジョーカーがいないとしても……あの子が傷つく事には変わらないの……?」
大切な人を失う悲しみは、ハナも知っている。
そしてその悲しみがいつか、怒りへと変わっていく事も。
トンネルの向こうにいた栗原天音は実際にそうだった。
今の彼女達に何が出来るのか。
この世界は、どの様な結末を迎えるのか。
……ハナにはまだ、知る由もなかった。
上城睦月。
クラブのエースに選ばれた者。
「睦月」とは一月、年の最初。
オーナーに急かされるように、二〇〇五年一月十六日に降り立った物の、ハナ達はどこに向かえば良いのかまるで見当も付かない状態。
なので、とりあえず近くのビルに入ろうと言う話になり……しかし足を踏み出した途端、先頭に立っていたハナを、モモタロスが腕を引いて半ば強引に引き止める。
「ちょっ……何よ?」
「おい、変だと思わねえか?」
「何が?」
「……静か過ぎるだろ、いくら何でも」
低く静かな声で、モモタロスはそうハナに囁く。
言われて見れば、確かに静か過ぎる。
休日とは言え、ビルには多少の人間はいるはずだ。ならばある程度の話し声や足音と言ったざわめきが聞こえてもおかしくない。
ここが廃墟だと言うなら話は分かるが、見たところ真新しい感じの建物で、廃墟と呼ぶには無理がある。
他のイマジン達も気付いていたのか、いつの間にかハナを囲むようにして、厳しい表情で周囲を見渡していた。
「……あんた達も、気付いてたの?」
「先輩がハナさんを止めるまでは気付かなかったけどね」
「桃の字の野性の本能を信じて注意したら、確かに敵がぎょうさん
「姫、危ないから私の後ろに隠れると良い。家臣一同、姫をきちんと守るのだぞ?」
イマジン達の口調は軽いが、声に含まれる緊張感から、今の状況が危険な物だと分かる。
仮に今襲われたとしたら……変身できるのはキンタロスとリュウタロスの二人。出来る事なら変身するような事態は避けたいが……
そう思った時、一台のパトカーが、そのビルの地下駐車場に向かって行くのが見えた。
「おいおいおい。警察の手に追える相手じゃねえぞ、この感じは!」
過去に関わる事が良くないのは分かっている。しかしこの場が危険な事も分かっている。分かっている上で見過ごすなど……今の彼らには、出来ない話だった。
こっそりと、パトカーに気付かれないように、物陰に隠れながらその後をつける。
駐車場の真ん中辺りでパトカーは停車し、その窓を開けて、ほんの僅かな警戒を見せながら警官は周囲を見回した。
「本当にいるんですかね? 人間を襲うような大きな生き物が」
そうパトカーの中で言った若い警官の姿を見て……思わずハナははっと息を呑む。
それは、トンネルの向こう側ではアルビノジョーカーだった人物……志村純一だったからだ。
――まさか、この世界にもアルビノジョーカーがいるって言うの!?――
思うと同時に、ハナの脳裏にあの時の……アルビノジョーカーの最期の姿が蘇る。
何故か剣崎一真の姿になり、そして「ありがとう」と呟いて散っていった、あの姿が。
「あいつ、人間だ……」
そう小さく呟いたのは、リュウタロスだった。
その言葉に同意するように、イマジン達も小さく頷く。
「何で分かるのよ?」
「似てるんだよ、アンデッドの臭いとイマジンの臭いが。アンデッドの臭いの方が、どっちかってーと弱いけどな」
それ以上適切な表現が見つからなかったらしく、モモタロスは困ったような表情でそう答える。
「臭い」と言われてもハナには感知出来ないのだが、彼らの……特にモモタロスが持つイマジンの「臭い」を感知する鼻は信頼できる。そしてその鼻には、アンデッドの「臭い」も、同じように感じ取れているらしい。
しかし「アンデッドとイマジンの臭いが似ている」とは、一体どういう意味なのか。問い質したいが、時間もないし、何よりモモタロス自身もその事を不思議に思っているらしい。
聞くだけ無駄と判断したのか、ハナも黙って警官達に視線を向けた。
「気をつけろ。正体不明だが、既に何人も襲われたと通達があった」
もう一人の警官に言われ、彼らは腰に下げていた拳銃の弾丸を確認すると、ゆっくりと車を降りる。
「おーい。誰かいるか?」
そう言って周囲を見回すが、特に人影はない。
ハナ達も物陰に隠れているので、彼らには見えないだろう。
「やっぱり悪戯ですかね?」
「ああ」
返事がない事で「何もない」と判断したのか、彼らが踵を返したその瞬間。その頭上から、ぼとりと音を立てて何かが落ちた。
「何、あれ……?」
目を凝らしてよく見れば……それは白い靴。
――何で靴が上から?――
警官達もそう思ったのか、彼らは己の頭上を見上げ……天井にひしめくように存在する、無数の黒い異形の姿を見つけてしまった。
……いや、見つかったのは、彼らの方だったのかもしれない。
黒い異形……ダークローチ達は彼らと目が合ったのをきっかけに、一斉に二人に向かってその圧倒的な数を以って襲い掛かる。
「あかん!」
二人を助けようと、キンタロスがパスケースを構えた……その瞬間。
「変身!」
キンタロスが変身するよりも僅かに早く。この場にバイクで駆けつけた剣崎一真の声が、周囲に響く。そして彼は青い戦士に変身すると、警官に襲い掛かっていたダークローチのうちの数体を斬り伏せた。
「お前達が何匹いようと、すべて倒す!」
そう宣言し、今度は自身に向かってくる異形を倒す。
「逃げろ!」
自分が守った警官達にそう言うと、剣崎はその群れに向かって突っ込んでいった。恐らく自分が突っ込む事で、警官とダークローチの間にある距離を稼ぎ、巻き込まないようにと言う考えなのだろう。
「仮面、ライダー……」
剣崎の勇姿に心打たれたかのような声で、志村がそう呟いたのを……リュウタロスは聞きつける。
向こうの志村……実際はアルビノジョーカーだった訳だが……は、あまり剣崎を尊敬していなかった。だが、今の彼の呟きには、尊敬と憧れが含まれているように、リュウタロスには感じる事が出来た。
……たったそれだけの事だが、今のリュウタロスには何故か嬉しかった。
一方の剣崎は、警官達が逃げるのを確かめて、残ったダークローチを一掃すると、疲れたようにその場に倒れこみながら変身を解除する。
額に浮かぶ汗と、荒い呼吸が彼の疲労を物語っている。
しかし……彼に休息など与えんとばかりに彼の携帯電話が鳴り響き、辛そうに何かを呟くと……フラフラと、どこかへ向かっていってしまった。
日常の風景を、山中望美は眺めていた。
どこの部活だろう、ジャージ姿の女子達が一生懸命に走り込みをしているのとすれ違った。
――きっともうすぐ、睦月のランニングに付き合うようになる。以前と同じ生活が来る――
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
だがその矢先。先程すれ違った少女達の悲鳴が響く。思わず振り返り……そして、彼女は見た。
見た事のない、黒い異形達を。そして、それに襲われている少女達を。
そこに、レンゲルに変身していた睦月が現れる。
「またお前等か!」
忌々しげにそう言うと、レンゲルは杖を構えてその異形達に立ち向かう。
数は多いが、それ程強くはないらしい。レンゲルはあっさりとそれらを撃退する。全てが終わったらしいのを見計らい、思わず望美は彼に声をかけた。
「今の奴等は何なの!?」
その問いには答えず、睦月は変身を解いて彼女の顔を見遣る。
その表情に、どこか疲れの色が見えたのを、望美は見逃さなかった。それは恐らく、この前にも戦っていたからなのだと理解出来る。
「……睦月、もう戦いは終わりって言ってなかった?」
「……危ないから家に戻ってた方が良い。学校も駄目だ。奴等はヒトの集まる所を狙ってくる」
「何故あんなのがまだいるの?」
その問いをかけた時、睦月の携帯電話が鳴る。
それは、広瀬からの支援要請。剣崎が一人で苦戦を強いられているらしい。
――倒しても、倒しても……いつまで続くんだ!――
心の内でのみ舌打ちをしつつ、彼は呼吸を整えてバイクへ向かう。一瞬だけ、心配そうに望美に向かって視線を送って。
「……もう行かなきゃ」
「行かないで!」
それは、望美の本心。
今まで押さえていた、彼女の切なる願いだった。
これからはずっと一緒にいられる。
睦月が危険な目にあわなくて済む。
そう思っていたのに、まだ彼は戦わなくてはいけないのか。
自分でも、言うつもりはなかったのだろう。はっとした表情で、望美は自分の口元を押さえた。
……望美が自分を案じてくれているのは、睦月にもよくわかっている。
だけど……だからこそ、自分は行かなければならない。
自分は、仮面ライダーなのだから。
そして何より……彼自身、望美がとても大切だから。それを、守るためにも。
「あいつ等は……一匹二匹じゃない。何千もいるかもしれないんだ。俺達が戦わなきゃ」
「わかってる。でも……一緒に居て欲しいの」
睦月の立場や決意は、望美も理解している。だが、納得しているかどうかは別の問題だった。
「必ず……帰ってくる」
彼女を安心させるようにそう言って、バイクを走らせる睦月。
その姿を……望美は寂しそうな、不安そうな表情で見つめていた……
西暦二〇〇七年一月三十日。
「どういう事だ!? 何故剣崎がここにいる!?」
「言っただろう? 契約者の望みだからだ」
始の怒号に、平然と答えるイマジン。
その背から生える複数の脚のようなものが、かさかさと蠢く。紫色の、光のような三つの目が真っ直ぐに彼の契約者を捕らえた。
「お前が願っただろう? 『また四人で過ごしたい』と」
……彼の元になったモノ……スパイダーアンデッドにはなかった口元が、笑みの形を作る。
契約者……上城睦月に、言い聞かせるようにしながら。
「良かったなあ。これなら四人ずぅっと一緒だ。誰もここからいなくならない。誰もここから消える事はない。……身動きが出来ないんだから」
「違う! 俺が望んだのは、こんな事じゃない!」
確かに彼は、イマジンに望んだ。
また、仮面ライダーだった四人で過ごしたい、と。
叶わぬ願いと分かっていても、それでも願わずにはいられなかった。
だがそれは、少なくともこんな強制された状態ではなかった。
身動きを一切とれず、ただ「同じ部屋にいるだけ」の状態を望んでなどいなかったのに。
「だが、これも『一緒にいる事』だろう? 契約違反ではない」
「屁理屈を……!」
「何とでも言え」
橘の言葉を一蹴し、アンデッドイマジンはゆっくりと睦月に近付く。
そして……
「契約、完了」
呟くと同時に、睦月の「扉」を開き、彼のもっとも強く想う「過去」へと向かった。
西暦二〇〇五年一月十六日の夜。虎太郎の家で、剣崎と睦月は疲れきった表情でソファーに腰掛けていた。
「この一週間で、俺と剣崎さんが倒した黒い奴は……」
「百体をとっくに超えてるわ。だけど……倒せば倒す程、どこからか現れる」
「もう限界です。いつか俺も剣崎さんも、力尽きる。そうなったら……。その前に手を打たないと!」
「黒い奴を見つけ次第倒す。それしか手はないだろう」
「……剣崎さんだってわかってるはずです!あいつ等が発生している原因は……ジョーカー。相川始だ」
ダークローチと呼ばれた、その黒い奴らは、どこからか現れ、圧倒的な数で人類を襲い始めていた。
一週間前、剣崎達はついに、五十二体全てのアンデッドを封印した。
しかし、その代償に仮面ライダーギャレン、橘朔也を失った。
だがそれだけではなかった。
同じ頃、ジョーカー、相川始もまた、姿を消した。
橘が命を懸け、守り抜いたはずの始までも。
……その日から、大量のダークローチが街に出現した。
倒しても倒しても、数を増やす敵を相手に、剣崎と睦月はいつ終わるとも知れぬ戦いを続けるしかなかった。
「ジョーカーが最後に残った時、世界が滅ぶ。それって、あの黒い奴が現れるって事だったんですね」
「そうね。あれが世界中に溢れたら……人間の世界は終わる。これが、ジョーカーの役割……」
「まだそうと決まった訳じゃない。始は人間を滅ぼす事など、望んじゃいなかった」
「気持ちはわかるけど!」
そうとしか、考えられなかった。
剣崎の気持ちは分からなくもない。
親友とも言える相川始を、信じたいと言う気持ちは。
だが間違いなく、事の大元はジョーカーである。
ダークローチの存在が、始の意志による物かは別として。
「何、あれ……」
二〇〇五年一月のトンネルの近くに来た時、良太郎が不思議そうな……それでいて緊張感に満ちた声でそう言った。
そのトンネルの巨大さも然る事ながら、そこから出てきているモノに対しての問いらしい。
人間より少し大きいくらいの、どこかゴキブリに似た異形が、大量にトンネルから湧き出し、現実世界へと向かっていたのである。
「まずいな、あれだけの数がいたら、人間の歴史はマジで終わるぞ」
「侑斗、あの怪物の事知ってるの?」
「俺も詳しく知ってる訳じゃない。あいつらがダークローチって名前で、見ての通りトンネルの向こうからこっちの世界を侵略するために来ている存在だって事くらいだ」
緊張した面持ちでそう言い放ち、侑斗はゼロノスのベルトとカードを構える。
それを見て、ぎょっと良太郎は目を見開き……
「侑斗、それ……」
ゼロノスのカードは、人の中にある自分に関する記憶と引き換えに力を与えるもの。使えば使うほど、他人の中から「自分」が消えていくものである。
しかしゼロノスのカードは、カイとの最終決戦の時に全て使い切ったはず。
ネガタロスと戦った時も思ったのだが、一体何故、侑斗がそのカードをまだ持っているのか。
良太郎の聞きたい事がわかったのか、侑斗は小さく笑い……
「安心しろ、こいつは俺に関する記憶じゃない」
「じゃあ……誰の?」
「……ゼロライナーのオーナーに関する記憶らしい」
問いには、デネブが答える。
赤の他人の記憶を犠牲にするのが心苦しいのか、二人ともどこか辛そうな表情で。
「良く分からないが……彼は、『ヒトから忘れられた方が良い』と言って、侑斗にカードを渡した」
「お陰で変身出来るって訳だ。……あまり良い気分じゃないけどな」
侑斗も、本当はあまり使いたくないのだろう。だが、使わなければまともに戦えない。だから、使う。
例えどんなに嫌だと思っても、それしか方法がないのなら。
「とにかく、俺と野上はあの連中を止める。デネブはゼロライナーでトンネルを破壊だ」
「了解!」
「うん」
侑斗の言葉に力強く頷き、良太郎もパスとベルトをセットし……
『変身!』
『LINER FORM』
『ALTAIR FORM』
良太郎と侑斗の掛け声が重なり、各々のベルトが電子音でそのフォーム名を告げる。
良太郎の、デンライナーを模した、憑かず離れずの電王・ライナーフォームと。
侑斗の、機動力を重視した緑のフォーム、ゼロノス・アルタイルフォーム。
「行くよ、侑斗」
「ああ。しくじるなよ、野上」
軽口を叩きあいながらも、良太郎と侑斗はゼロライナーから時の中へと降り立った。
……この世界の過去を、守るために……
ジョーカー、お前の望みを言え。どんな望みも叶えてやる。
お前の払う代償はたった一つ。
……お前の、「未来」……
……声が、聞こえる。統制者の声が。
望みを叶えると言いながら、自分の未来を代償に差し出せと。……自分の望みは、「平穏な未来」だと言うのに。
――俺の未来を差し出せと言うのなら――
絶え間なく聞こえる「声」に絶望し、彼は己の喉を持っていた刃で思い切り突く。普通の生物なら、喉を突けば死ぬ。これで死ねば、彼は未来を差し出した事になるのではないか。自分のこれからの生と引き換えに、望みは叶う。大切な者を守りたいと言う望みは。
そう思っていたのに……「声」が聞こえなくなったのは一瞬だけ。すぐさま再開される「声」を聞くと、彼は己の血が付いた刃を見下ろして自嘲気味に呟く。
「アンデッドが……死ねるものか……」
それと同時に、視界の端に剣崎と睦月が映る。
自分が自殺を図った事に驚いたのか、その目は驚きに見開かれた後、すぐに悲しそうに歪められる。
「始……またその姿に……」
「……剣崎……」
剣崎の声に、苦しそうに呟くジョーカー。
だが、その言葉は「破壊の獣」ではなく、剣崎一真の親友……「相川始」の物であるを指していた。
「始……お前なんだな!? 一体どうして!?」
「剣崎さん!」
ジョーカーに……始に近付こうとした剣崎を、睦月が止める。
彼が……いや、彼らが見たのは、ジョーカーの影から生み出される無数のダークローチ。
しかも、それらはまるでジョーカーを守るかのように彼らの前に立ちはだかった。
「その黒い奴は何だ!? お前が生み出してるのか!?」
「ジョーカーが勝ち残った時、ダークローチが生まれる。……全ての命を滅ぼすために」
「始……嘘だろ?」
投げやりに……そしてどこか他人事のように呟く始に、それでもまだ希望を捨てきれない剣崎が何かを言おうとした時。
彼の迷いを感じたのだろう。睦月が剣崎よりも半歩だけ前に出る。
「剣崎さん。俺がやります」
そう言うと、睦月は迷いなくレンゲルに変身し、襲い来るダークローチ達を薙ぎ倒して、ジョーカーに近付いていく。
しかしダークローチの数は、一向に減る様子がない。倒しても倒しても、まるでジョーカーを守るのが使命であるかのように、彼をジョーカーに近付かせない。
「待て睦月! まだ手はある! 『REMOTE』だ! アンデッドを解放するんだ!」
その言葉に、はっとしたように顔を上げるレンゲルとジョーカー。今までその可能性を考えていなかったのだろう。変わらぬはずのその目には、微かにではあるが希望の光のような物が見え隠れしていた。
「他にもアンデッドがいれば、ジョーカーが勝ち残った事にはならない。世界が滅びる事もないはずだ!」
剣崎の言う通りかもしれない。
アンデッドが二体以上いれば、決着した事にはならないはず。
その可能性に賭け、レンゲルはクラブスートのカテゴリーキングを……かつて、嶋昇と名乗った、数少ない人間との共存を望んだアンデッドを解放すべくリモートのカードを使う。
だが……アンデッドは解放される事なく、カードはただ虚しく地に落ちるだけ。
「何故だ? 解放されない……」
「……無駄だ。五十二体が封印された時点で、バトルファイトは決した。もう彼等を解放する事はできない」
それは、剣崎にとっても……そして始自身にとっても絶望の宣告。
この一週間で、彼は嫌と言う程、神の無情さを思い知った。
自分をジョーカーとしてしか見ていない神。
望みを叶えるために、未来を代償に差し出せと言い続ける神。
ヒトと共にある事も、死ぬ事も許されず……そして、希望を持つ事すらも許されない。
「じゃあ……どうすれば良い? 始、どうやったらこいつらを止められるんだ!?」
「答えは一つです! ジョーカーを封印する!」
「俺がやる! 俺の責任だ!」
そう言うと、剣崎はブレイドに変身し、一気にジョーカーへ肉薄する。
ジョーカーも……始もそれが最善だと思っているのか、そこから動く気配がない。ジョーカーを封印する、最大のチャンス。
ブレイドはブレイラウザーを構え、ジョーカーにそれを突き立て……られなかった。
彼の存在は、栗原親子にとって大きいものだと知っていたから。
そして何より……相川始は、剣崎一真にとって、最も大切な親友であったから。
大切だからこそ、失いたくない。
大切に思われているからこそ、消えてはいけない。
その想いが、彼の動きを止め、さらにはブレイドと言う鎧を脱がせてしまった。
「剣崎……」
変身を解いた剣崎に触れるように、ジョーカーはゆっくりと手を伸ばし……そして、思い切り殴りつける。
彼の爪にでも引っかかったのか、剣崎の頬には一筋の赤い線が走った。
始にとっても、剣崎の優しさは嬉しい。
だが同時に、自分の苦しみを長引かせるだけの行為でもある。
……真に自分の事を案じているなら、封印するべきだったのに……それをしなかった事が、始には腹立たしかった。
迷っていては駄目なのだ。迷っていては、「ジョーカーと言う名の獣」を倒す事は出来ない。
くるりと踵を返すと、レンゲルと剣崎を置いてその場を去る。
「待て……待てェっ!」
レンゲルは叫びながら、ジョーカーを追いかける。
それを、ただ見るしかない剣崎。
殴られた時にできた頬の傷から流れる血を拭い……そして気付いた。
たった一つだけの、彼の望む「結末」を迎えるための方法に。
海辺の近くで、ハナ達は足を止めた。
そこに、相川始の姿を見て取ったから。そしてその目の前に、上城睦月が厳しい表情で対峙している。
「ハナさん、隠れて」
近くの草むらに身を隠し、彼らの様子を見る。
「何故来た?」
「貴方はもう相川始じゃない。完全にジョーカーに戻ってしまったんだ」
「あっはっはっはっは…………だったらどうする?」
「貴方を、封印する」
場にそぐわぬ朗らかな笑い声を上げる始とは反対に、睦月のその言葉には、揺ぎない決意と厳しさが感じ取れた。
「この世界じゃ、ジョーカーを封印したのは彼って事……?」
「分からないよ、ハナさん。最後まで見ないと」
「……そうね」
ウラタロスの言葉にこくりと頷き、ハナは黙って彼らの様子を窺う。
「お前には無理だ」
「アンデッドを封印する。それが『仮面ライダー』だ!」
「一旦戦いを始めれば、俺はお前を倒すしかない。俺の体は、意思とは関係なく動く」
「剣崎さんに代わって……俺が戦う!」
睦月のこの口調からすると、剣崎には彼を封印できなかったのかも知れない。
少なくともこの世界の剣崎は、トンネルの向こうの剣崎よりも、相川始と仲が良いように見える。
中途半端に仲が良ければ、向こうの剣崎のように始を封印したのかも知れない。だが、真に仲が良ければ、それすらも出来ない。
そう思っているうちに、変身した睦月が「相川始」の姿をしたそれに殴りかかり、体勢を崩したところにブリザードクラッシュを喰らわせようとする。
だが、一瞬だけ彼がジョーカーの姿に戻る方が早かった。
そのジョーカーの影からは、再び無数のダークローチが現れる。それこそきっと、ジョーカーの意思とは無関係に。
「こいつ等は全ての人類を滅ぼす。あんたが守ろうとしていた、あの親子も! それでも良いのか!?」
「俺には……止められない!」
それが、最後の大技への合図。
ジョーカーの放った光弾が、睦月に直撃し、彼の姿が緑の戦士から上城睦月へと戻る。
「止められない」と言ったその言葉通り。己が身の内から迸る力を、自身の意思では止められないように見えた。
「……う、あ…………望美……」
どさりと倒れこむ睦月の腹からは多量の出血。離れた場所にいるハナ達にすら、潮風に乗って血の臭いが届いていた。
ジョーカーも、それ以上は興味がないのか、倒れた睦月を一瞥するとどこかへ去ってしまう。
「病院に連れて行かないと……!」
そう言って、立ち上がりかけ……ハナはすぐに、そこに向かう人影に気付いた。
……剣崎一真が、やってきたのである。
「……始か」
「あいつは……完全に、ジョーカーです」
「喋るな! すぐに病院に連れて行く!」
「すいません、俺……」
「喋るな!」
「もう、貴方しか、いない……。あいつを倒せるのは……」
まるで遺言か何かのようにそう呟く睦月を抱え、剣崎はハナ達に気付いた様子もなくその場を去る。
……一刻を争う事態なのだから、ハナ達に気付かないのも道理ではあるのだが。
「……まさか、これであの世界の景色に繋がるんじゃないでしょうね……?」
思い出せるのは、雨の中で対峙する剣崎と始。
――全てのアンデッドは封印した! 残っているのはジョーカー、君一人だ! 出来れば君とは戦いたくない!――
――戦う事でしか、俺とお前は分かり合えない――
少なくとも、人間の生き残る未来になるには、それしかないのではないか。
ジョーカーが、封印されるという結末しか。
しかしその結末は、栗原天音の心に大きな傷を残す事も知っている。
「例えアルビノジョーカーがいないとしても……あの子が傷つく事には変わらないの……?」
大切な人を失う悲しみは、ハナも知っている。
そしてその悲しみがいつか、怒りへと変わっていく事も。
トンネルの向こうにいた栗原天音は実際にそうだった。
今の彼女達に何が出来るのか。
この世界は、どの様な結末を迎えるのか。
……ハナにはまだ、知る由もなかった。