過去の希望、未来の遺産

【その21:お前の仕事】

 元の世界とは始まりの地。
 異なる世界とはその写し身。
 数多の可能性が、事実として存在する場所……

「何だ、あれは!」
 アルビノジョーカーが消え、少ししてから現れ出でたのは、巨大な異形。
 それを見て、剣崎が声をあげた。無論……デンライナーの乗客達も。
 恐らく「それ」が、アルビノジョーカーが望んでいた物……「偉大なる力」とやらなのだろう。
「イメージが暴走したイマジンに似てるけど……」
「外見はね。でも、全然違う。大きさとか……」
「多分、強さもな」
 「それ」の胸の辺り……と表現するのが正しいのかどうかはわからないが、とにかく異形の中央近辺に、「それ」と融合したアルビノジョーカーがいる。
 「それ」は四本の腕を持ち、上の右腕には剣、下の右腕には盾、上の左腕には聖杯型の何か、下の左腕には棍棒をそれぞれ持っている。
 「それ」の危険性がわかっているのか、いつもなら間違いなく窓辺にくっついて外の様子を窺うであろうナオミでさえ、カウンターから窓の外を覗くだけに留まっている。
「……成程。古代の力とは14フォーティーンの事だったのだな」
 そんな緊張に満ちた空気の中、ようやく「お昼寝」から戻ってきたジークが入ってくるなり感慨深げにそう言った。
「『14』……それが、あの怪物の名前?」
「その通りだ、姫。アレはこの世界に存在する、破壊兵器だよ」
 ハナの問いに恭しい態度でそう答えると、彼は優雅な仕草で窓際の席に腰を下ろす。
 ……彼は、わかっているのだろうか。
 この戦いの、結末を。
「蘇ったんだ! 眠っていた古代の力が!」
 「何だ」と言う剣崎の問いに答えるように、橘が怒鳴るようにして返す。
 14が現れた瞬間から、周囲は暗雲が立ち込め、激しく雨が降り出している。声を張り上げなければ剣崎達に聞こえないと思ったのだろう。
 彼らとデンライナーの距離は十メートルと離れていないにもかかわらず、橘の声は轟々と吹く風の音に掻き消され、吹き散らされて聞き取り辛い。映し出された映像越しでも、何とか聞こえる程度だ。
「もはや誰も俺の力を封印する事はできない!」
 豪雨の中、アルビノジョーカーの高らかな笑い声だけが大気を震わせ、彼らの鼓膜を叩く。
 骨を連想させる白い色合いと、昆虫の殻のような物に覆われた細長い体。四本の腕は巨大な体躯に見合わぬくらい細い。巨体をくねらせ、向かい来る剣崎達を尾の部分で蹴散らすと、間髪入れずに右手の剣で薙ぎ払い、更には左手の聖杯型の「何か」……電撃発生装置を用いてダメージを与える。
 ……まるで、新しい玩具を得た小さな子供のように、アルビノジョーカーはその力を楽しんでいる。その一方で、攻撃された剣崎達は、与えられたダメージ故に変身解除に陥っていた。
 仮面ライダーとして力を強化した状態でも歯が立たないと言うのに、生身の状態で持ち堪えられる道理はない。
 だが、諦める訳には行かない。
 人類の未来のために。
「どうすれば良い!? 何かあいつに……弱点はないのか!?」
「……ついて来い! 最後の望みだ!」
 剣崎の問いに、始が叫ぶように答える。
 それを聞くと、橘と睦月にその場を任せ、二人はどこかへ向かって駆け出した。
「一体、どこへ? それに、最後の望みって……」
 軽く眉を寄せ、ハナが不思議そうに呟いた瞬間。ここから離れて行ったはずの剣崎と始の様子が、デンライナーの壁に映し出される。
 どうやら古代の遺跡から見つかったレリーフの元へ向かっていたらしい。映像の端に、半壊したレリーフが映っていた。しかし見た限りでは、天音の封じられたカードから下は特に損傷はない。それは不幸中の幸いと言うべきだろうか。
 淡いピンク色に光りながらも、天音の命を吸う事で力を発し続けるカードの様子に、ハナは悔しそうな表情を見せた。
 レリーフの前に立つや否や、始は単刀直入に話を切り出す。もはや一刻の猶予も許されぬ状況にある事を、アンデッドとしての本能で察しているのだろう。
「扉が開かれた今でも、奴の力はこのカードによって維持されている。カードに宿った命を殺せば、奴の力は弱まるはずだ!」
 ……一瞬、始が何を言っているのかデンライナーの乗客にはわからなかった。
 あれほどまでに大切にしていた少女を、あっさりと見捨てると言うのか?
 剣崎も同じ事を思ったのか、怒ったように始に喰いかかる。
「殺すって……! この中には天音ちゃんがいるんだぞ!?」
「お前が入れ替わるんだ!」
 だが、そう返される事は始にとって予想の範疇だったのだろう。間髪入れず、剣崎に言葉を返した。
「出来るのかよ!? そんな事が!」
「こいつは人間の命を求めるカード。お前が自分を投げ出せば、カードはお前を求める。その時、身代わりの命を差し出せば!」
 始の言葉の内には、確固たる自信があった。
 だがそれは、同時に剣崎に「死ね」と言っているのと同じ事。
 ……大切な少女と、大切な友を天秤にかけ、大切な少女を取ったのか。
「どっちも助かるって選択肢はねぇのかよ……!」
「ねえ、剣崎、死んじゃうの? あいつ、剣崎の事、殺しちゃうの!?」
 モモタロスとリュウタロスが、苦しそうに言葉を紡ぐ。
 だが……二人にもわかっている。
 栗原天音を助けるには、「人間」である剣崎が、己を投げ出すしか方法がない事は。
 そう。ジョーカー……「アンデッド」である始が命を投げ出したとしても、カードは反応しないのだ。
 ただ、頭では理解できても心は納得できていない以上、他の方法を模索したがるのは当然かもしれない。
「……どうした? 怖いのか?」
 しばし無言でいた剣崎に、始が静かに問う。
 だが、剣崎の沈黙の意味は「恐怖」ではなかったらしい。真剣な表情で、彼は始を見て……
「…………頼むぞ、始。後の事は」
「……ああ」
 それは、デンライナーの乗客が今まで見た事のない、相川始の笑顔だった。
 それでも、友が命を投げ出すのは見たくないのか、彼は石碑に向かって歩を進める剣崎に対し、きつく拳を握って背を向ける。
「あいつも、辛いんやな……」
「そうね……」
 キンタロスの言葉に、力なく同意するハナ。始の表情は影になってよく見えない。だが、微かに震える肩が、彼の苦悩を、そして嘆きを表しているように見えた。
「さあ! 俺の命を代わりに!」
 己の命を投げ打つかの如く、両のかいなを広げ、剣崎は「人の命を求めるカード」に向かって言い放つ。
 その声と本気に応えたのか、カードからは薄桃色の光の壁が彼の前に展開し、それに向かって一歩、また一歩と歩みを進める。
 そして……ゆっくりと目を閉じ、その光の壁に剣崎が取り込まれようとしたその刹那。
 今まで剣崎に背を向けていた始が、くるりと踵を返し、剣崎に……その光の壁に向かって駆け出す。
 そして彼を横へと突き飛ばし……光の壁の中へと吸い込まれていく。
 全ては一瞬の出来事のはずなのに……デンライナーの乗客達には、その一連の行動がスローモーションのように見えた。
「っ! 始ぇぇぇぇ!」
 そして剣崎もまた。始がとった行動をようやく理解したのか、吠えるように親友の名を叫ぶ。
 その声に応えるかのように、始と入れ替わりで今までカードに捕らえられていた「命」……栗原天音が解放される。
 用済みとばかりに放り出された彼女を抱きかかえ、剣崎は何度か彼女の名を呼ぶ。何度目の呼びかけだっただろうか……天音は、苦しそうに咳き込んだ。
 意識が戻った訳ではないが、命に別状はないようだ。
 それを確認すると、剣崎はほっとした様に彼女を抱きしめ、やがて光の壁……いや、始の方に目を向けた。
 そこに映っていたのは、「相川始」ではなくジョーカーであったが……その意識は、間違いなく始の物であると、剣崎は確信しているようだ。
「始! お前どう言うつもりだ!?」
「身代わりの命は……俺で良い」
 最初から、彼はそれを……剣崎に身を投げ出させ、カードが反応したら自分を取り込ませる事を狙っていたのだろう。
 その声はあまりにも穏やかだった。
「やれ、剣崎。……何を躊躇っている? 俺は一度、お前に封印された事がある。同じ事をすれば良いんだ」
「始……」
「早くしろ! 人間を守るのが、お前の仕事じゃなかったのか!?」
 剣崎の唇が、視線が。微かに震え、戦慄いた。始を封印した後の感情を思い出し、困惑しているのだろうか。
 だが、ここで何もしなかったら、全ては死に絶える。そしてそれは、彼が命を投げ打ってまでも助けようとした少女を死なせる事にもつながる。
 ……彼の意思を、無駄にしてしまう。
 一瞬だけ思考を巡らせ、そして剣崎が出した答えは……
「…………許せ、始……」
 そう言って……苦しそうな表情で、剣崎が光に向かって剣を突き出した。
 それは確かに「剣崎一真」のままで行っているはずなのに……青い戦士に変身していたように、ハナの目には映る。微かに震えた剣の切っ先は光の壁を捉え、ジョーカーの……始の命を断ち切った。
 その瞬間。
 デンライナーはその車体を地上から空中へと移す。同時に、車体が大きく揺れ、何かが爆発するような音が響いた。
「……え!?」
 慌てて窓の外に目を向ければ。
 デンライナーゴウカは、その巨大な異形……ジークが14と呼んだ物に対して、総攻撃を行っていた。
 ドギーランチャー、モンキーボマー、バーディーミサイル。その全てが発射され、14にダメージを与えている。
 その攻撃すらも風の結界とやらのお陰か、戦士達の目には映っていない様子だが。
「ちょっとモモ! あんた何やってるのよ!?」
「俺じゃねえだろ、どう考えても! デンバードの遠隔操作は出来ねーんだから!」
「じゃあ、一体誰が……」
 言って、ハナは周囲を見回す。
 イマジンは全員いる。
 ナオミもカウンターに捕まりながら、この激しい揺れに必死に耐えている。
 オーナーは確か一般車両に行ったから元の世界にいるはずだし、仮に彼がここにいたとしても、異世界に干渉するような事をするとは思えない。
 そう……誰も、運転席には行っていない。
 ならば、恐らくはあのチケットのせいだろう。だが、何故そんな事をする必要があるのか。
 いや、そもそも……
「ねえ、これって大丈夫なの? この時間に……異世界に干渉する事にならない!?」
「それはない。この世界の者達は、支えていた力を失ったせいで、力の暴走が起こっていると思い込んでいるようだからな。あの爆発は、その影響だ……と思わせておけば良い」
 一人優雅に窓の外を眺めながら、ジークは振り返りもせずにハナに答える。
 いつもの彼なら、ハナの目を見て答えそうなものだが、何か思う所があるのだろう。声にも、どこか張りがない。
「それにしても……そうか。だからあの者はあの車両にいたのだな」
 ……その時ジークの目に映っていたのは。
 バーディーミサイルの上に立ち、「この世界」のどこかへと向かうスフィンクスアンデッドの姿であった。

「橘さん! 睦月!」
「剣崎!」
「剣崎さん……」
 天音を安全な場所に移し、剣崎は橘と睦月の元へと戻ってきた。
 始の遺志を、無駄にしないためにも。
 大切な友人を、本当に失った事への悲しみは消せないのだろうけれども。少なくとも今は、悲しんでいる場合ではないと分っているから。
 だから……
「戦うんだ、もう一度! 俺達の力で! 俺達と……始の力で!」
 もがき苦しむ白いジョーカーを見上げながら、剣崎がキッパリと言い放つ。声を張り上げていた訳ではないのに、その声だけが何故か妙にクリアに聞こえたのは、豪雨の音を掻き消すように吹いた一陣の風のお陰か。
 剣崎の言葉で……そして一緒にいたはずの始がいない事で、何があったのかある程度察したらしい。橘と睦月は、小さく頷きを返し……
『変身!』
 三人の声が重なる。そして、変身もほぼ同時。
『FUSION JACK』
『FLOAT』
 ブレイドとギャレンは飛翔能力のあるジャックフォームへ、飛翔能力のないレンゲルは、ハートの「4」……「FLOAT」のカードを使って、空中から異形を攻撃する。
 だが、最後の抵抗とばかりに相手もその巨大な体をくねらせて三人のライダーを叩き落とす。
 大地に叩きつけられたブレイドは、それでもよろよろと立ち上がると……カードを一枚取り出した。
『EVOLUTION KING』
 電子音が告げると共に、ブレイドの周囲をスペードスートの十三枚のカードが取り囲んで……それらが金色に光りながら、ブレイドの鎧に取り込まれていく。
 ……それは、アンデッド十三体の力を取り込んだ、ブレイドのみに許された進化。
 限りなくジョーカーの力に近い、諸刃の剣。
 そして、最後に残された切り札。
 金色の剣であるキングフォームとなったブレイドは、当然のように高く飛び上がり……五枚のカードを、リーダーに読み込ませる。
『SPADE TEN、JACK、QUEEN、KING、ACE』
 電子音がカード名を告げる度、相手とブレイドの間に、そのカードを模したエネルギーの幕が降りる。
 その幕を纏い、ブレイドは半ば落下するようにその距離を詰め……
『ROYAL STRAIGHT FLASH』
 五体のアンデッドの力によって強化された攻撃が、巨大な異形を上から二つに切り裂いていく。
「うあああああああああああっ」
 ジョーカーの断末魔が聞こえる。
 それと同時に雲が切れて晴れ間が覗き、大地に降り立ったブレイドを照らす。
 ……まるで、この世界の未来が明るい物であると、暗示しているかのように。

――ああ、これでやっと……――
「え?」
――やっと、死ねるんだな――
 巨大な異形の声が、デンライナーの乗客全員に、届いたような気がした。
 耳に届く断末魔とは逆に、とても落ち着いた……心の底から嬉しそうな、「彼」の声が。
――退屈な日々の終焉が、俺の死……か。悪くないなぁ。結局は人間が守られたんだから――
 古代の力……14と呼ばれるそれが、爆発する直前。ハナとアルビノジョーカーの目が合った。
 こちらに気付くはずはないのに、彼は一瞬だけアルビノジョーカーの姿から「人間」の姿に変わり……にっこりと、微笑むと、何事かを呟いた。
 それが……「この世界」で、ハナが最後に見た光景。
 信じられないような……信じたくないような、「彼」の最期。
「嘘……何で……?」
 ハナには分からない。
 何故、アルビノジョーカーが最期にとった姿が「志村純一」ではなく……「剣崎一真」であったのか。
 そして、どうして彼が最期に「ありがとう」と呟いたのか。
 ……だけど少なくともそれは。
 儚くて悲しい、たった一人のエゴの終焉……
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