過去の希望、未来の遺産

【その20:贄の少女を】

 一人でる事は、あまりにも寂しく。
 一人でる事は、あまりにも悲しく。
 一人でる事は、あまりにも虚しい。

 橘朔也が戦線を離脱してほんの少し後。
 禍木と夏美の残したカードの事を広瀬栞に伝えに行ったはずの虎太郎が、車の助手席にその広瀬本人を乗せて現れた。
 今日が、結婚式の当日であったにも関わらず。
 そして、「普通の女の子」に戻ったと宣言したにも関わらず。
 広瀬は、かつての仲間を見捨てる事が出来なかった。
 ……禍木と夏美が残したカードの意味に、気付いてしまったから。
 望んで手にした「普通」を、放り投げてまで。
「分かったんだ剣崎君! ジョーカーの正体が!」
「なんだって!?」
 アンデッドのうちの一体と切り結びながら、虎太郎の方に顔を向けブレイドは叫ぶようにそう返す。
 そのまま近くにいるアンデッドを斬り捨てると、ブレイドは虎太郎達の方に駆け寄った。
「広瀬さんが気付いたんだ、二人が持っていたカードの意味!」
「多分、間違いないと思う」
 自信に満ちた表情で、広瀬ははっきりと言い切る。
 それはかつて、剣崎と共にアンデッドを追っていたあの時の表情。
「……ありがとうございます、広瀬さん」
「……そんな事言ってる暇があったら、早くジョーカーを見つけて。アンデッドサーチャーに引っかからないんだから」
 剣崎の知る、気の強そうな口調で……でもどこか照れくさそうに、広瀬はそう言った。
 二体目のジョーカーを、見つけるために。

 元の世界、一月三十日。
「始……!?」
 剣崎は、自分に向かって放り投げられた人物の名を呼んだ。
 見間違うはずがない。
 それは、かつての自分の友。
 ……相川始であった。
 イマジンがそうしたのか、始の体は完全に拘束されており、身動きが取れないらしい。目隠しもされているから、自分がここにいる事は始には分かっていないだろう。
 意識はあるらしく、しきりに拘束を解こうともがいているが、解けるどころか緩む気配すらない。むしろかえって締まっていくようにも見える。
 思わず始に触れそうになったが、剣崎はそれを寸前で止めた。
 ……触れてはいけないと、自分の本能が告げているから。
「……何で、始が……?」
「それが、望みだったからだ」
 イマジンが、薄く笑いながら告げる。
「何?」
「契約者が、会いたいと願った。だからここまで連れてきた」
 言うが早いか、イマジンは素早い動きで剣崎の眼前に迫る。
 イマジンの顔が、自分の耳元に近付いていた。
「こいつに聞いた。二年も会ってなかったのだろう? それなら、お前も会いたかったよなぁ?」
 まるで、誘惑するかのように。
 イマジンはねっとりとした口調で囁きかける。
 その瞬間。
 腹部に感じた鈍い痛みと共に、剣崎一真の意識は闇へと堕ちていった……

「天音ちゃん!」
「天音!」
「大丈夫、気を失っているだけだ!」
 剣崎が虎太郎と広瀬を連れて天音のいる廃墟に踏み込んだ時、既にそこにはぐったりした天音とそれを抱きかかえている志村の姿があった。
 気を失っているとは言っても、完全に意識を手放していた訳ではないらしい。彼女の意識はあるようだが、声が出ないほど衰弱しているようにも見えた。
「天音ちゃん!」
「一体何があったんだよ!」
「わからない。悲鳴を聞いて駆けつけた時にはもう……!」
 虎太郎の問いに志村が答える。
 自分の大切な姪なだけに、虎太郎の声に焦りや怒気のようなものが含まれていても、おかしくはないだろう。いつものひょうきんそうな彼からは予想できない程、虎太郎の顔は真剣その物だった。
 そのやり取りの間にも、天音は呼吸を荒げながら剣崎に手を伸ばす。……まるで、彼に救いを求めているかのように。
 それに気付いたのか、剣崎はそっと彼女の手をとり、握り締めた。
「橘さんは!?」
「さっきまで一緒だったんだけど……急に居なくなって!」
 思い出したように言った広瀬に問われ、小さく首を横に振りながら志村は答える。
「まさか……まさか、橘さん……」
「探すんだ! 天音ちゃんを頼む!」
 志村の肩を叩き、剣崎達はその場を後にする。
 それが不安なのか、天音は剣崎達に手を伸ばすが……そこが精神的にも肉体的にも限界だったらしい。今度こそ本当に、彼女は気を失った。
 それを見て……志村がゆっくりと立ち上がる。
 遠ざかっていく足音と影。
 それが完全に消えるのを確認すると、彼は無表情に天音を見下ろし……
 …………「志村純一」の姿が揺らいだのは、その時だった。
 今まで「志村純一」が立っていたその場所には。
 白い体に赤い爪。同じように赤い胸の宝玉。そしてどこかカミキリムシを連想させるフォルムの異形……相川始とは異なる、もう一体のジョーカーが立っていた。
「……貰うぞ。貴様の命」
 低く、「志村純一」と同じ声でそう呟くと、そいつはゆっくりと天音に近付き……その指先が彼女に触れようとした瞬間。
 廃墟の奥……出入り口とは逆方向から、何者かのキックを喰らい、その体は結局天音に触れる事なく大きく吹き飛ばされた。予想だにしていなかった出来事に驚いたのか、そいつは天井にべたりと張り付くと、自身の体を蹴った存在に視線を向ける。
 こそに居るのは、先程橘を探しに行ったはずの剣崎一真。彼の後から虎太郎と広瀬も姿を現し、天音の方へと駆け寄ってきた。
「やっぱり……お前がジョーカーだったのか!」
 剣崎の表情には憤怒の色が濃く表れていた。一方のジョーカーは、再び姿を「志村純一」に戻し……しかし天井に張り付いたまま、心底不思議そうな表情で三人を見つめる。
「何故分かった?」
「殺された二人が握っていたカードよ。『4』と『J』。あれはイニシャルだったのよ。『志村純一』を表すね」
 「志村」の問いに答えたのは広瀬。
 「4」を「し」と解釈するのに関しては若干無理があるような気もするが、それ以外に考えようがなかったし、そう考えれば納得が行った。
「貴様ぁっ!」
 橘と睦月も、奥から姿を見せる。どうやら広瀬の推理を聞いた睦月が、橘を探し出して伝えたらしい。
 ……橘は今までの無表情から一転して、怒りを露にしていた。
 騙されていた事や、烏丸を殺された怒りと言うのもある。だが、橘が怒っている理由はそれだけではない。
 今までは、新世代ライダー達のチーフという立場があったから、感情を殺してきた。
 上に立つ者は、常に冷静でなければならないと思っていたから。
 しかしそれもここまでの話。もはや感情を殺すべき理由もなくなった。
 それに何より。こいつは、自分を仲間だと信じていた禍木と夏美を殺したのだ。
 ……それだけは、どうしても許せなかった。
「全員集合と言う訳か。……だが!」
 「志村」はそう言うと同時に、ストンと地面に降り立つと、持っていたバックルをスライドさせてグレイブに変身する。
 あえてジョーカーではなく、仮面ライダーとして。お前達の……「ヒト」と言う種の時代は終わるのだと、引導を渡すかのごとく。
「既に四枚のキングは俺の手の中にある」
 その言葉と同時に、部屋の奥の方から無数……と言う言葉では生温いくらいの数のアンデッドが、彼らを挟むように出現した。

 バーディーミサイル格納庫にいた元・オーナーはぼんやりと窓の外を眺めていた。
 外は先程まで溢れかえっていたアルビローチの姿が煙のように消え、静かで穏やかな風景が広がっている。
「……また、来たのか?」
 背後に生まれた気配を察し、彼女は振り返りもせずに気配の主……ジークに声をかけた。
「うむ。ここは私の散歩コースなのだ。寝覚めの軽い運動にはちょうど良い」
「そうか」
「……何を見ている?」
「何も。強いて言うなら……悲劇の前兆、と言ったところか」
 その言葉に納得したのか、それとも単純な反射運動なのか。ジークはふむと頷いくと彼女の隣に立つ。
「この世界のアンデッドは……五十四体」
 唐突に彼女が漏らした言葉の意味を汲みきれず、ジークは不思議そうな表情で、視線を外の景色から彼女へと移す。
 確かに彼女の言う通り、この世界のアンデッドは五十二体の様々な種の始祖と二体のジョーカーの計五十四体。
 しかしそれが、どうしたと言うのだろう。
「では……元の世界のアンデッドは、何体だと思う?」
「それは謎かけか?」
 だが、薄く笑みを浮かべるだけで、彼女はジークが答えるのを待つ。どうやらジークの問いに答える気はないらしい。
 少なくとも、彼女が何かを口にする様子は全くなかった。
「……ふむ、この間の様子からして、ジョーカーは相川始だけのようだからな。『正式な』アンデッドの数は五十二体だろう」
 「正式な」の部分を強調し、ジークは彼女の問いに答える。しかし彼女は一瞬だけきょとんとした表情になり……小さく笑った。
「それもそうか。さすがに貴方でも、全てを知っているはずはないか」
「当然だ。何もかも知ってしまっていては、面白くない。しかし……そなたのその様子からすると、外れたようだな」
「貴方が私を、『皇帝の下僕』と呼ぶから、てっきり知っていると」
「私も一応、『イマジン』だ。落とした記憶の方が、多い」
 あまり威張れた事ではないのだが、堂々と胸を張ってジークはそう答える。
 モモタロス達のように、自分の過去の全てをなくした訳ではないが、ジークもイマジンである以上、いくらかの記憶の欠如は否めない。忘れてしまった事が、瑣末な事なのか重要な事なのかも忘れてしまっている程度に。
 それに納得したのだろうか。彼女は無表情のまま恭しくジークに向かって一礼を返すと、そのまま言葉を吐き出した。
「では……改めて自己紹介をさせて頂こう。この列車の製作者にして、全てのライダーシステムに関わりし者。スペードスートのカテゴリーページ……」
 言葉と同時に、彼女の目の色が変わっていく。
 ……比喩ではなく、本当に。
 ネコ科の生物のような縦に長い瞳へ、そして黒目部分は金色に。
 いや。変化していたのは、瞳だけではなかった。彼女の首から下もまた、変化していたのである。
 人型のままではあるが、変化した体はどことなく獅子を思わせ、背には鷲の翼のような物が生えている。白銀の体色が純白の翼に映えて、荘厳さすら感じられた。
「スフィンクスアンデッド。それが私の正式な名だ」
 あっさりと、彼女……スフィンクスアンデッドは自らの本性をジークに曝け出した。
 だが……何故だろうか。彼女もアンデッドであるはずなのに、敵意や闘争心と言った物は一切感じられない。彼女を獣と呼ぶには、どこか遠慮したくなる雰囲気がある。
「ほう? 『ページ』と言う物ははじめて聞くな。何なのだ、それは?」
「そうだな。カードで言えば、『10』と『J』の間に位置する。カードには省かれているが、タロットの小アルカナと呼ばれる物には入っており、訳すと『小姓』になる。だから……我々アンデッドは各スート十四体、全部で五十六体だ」
「成程な。……では、そなた達『カテゴリーページ』とやらの役割はなんなのだ? 仮にもアンデッドなのだから、そなた達もバトルファイトの参加者ではないのか?」
 その問いを聞いた時、彼女の瞳が一瞬だけ、遥か遠い所を見た。
 それに気付かぬジークではないが、今は彼の好奇心から来る疑問に答えてもらう方が先決らしく、何も口にはしない。
「まず、後半の質問の答えから言えば『我々はバトルファイトの参加者ではない』。我々カテゴリーページは他のアンデッドと異なり、バトルファイト開始時には封印され、バトルファイト終了と同時に解放される。その理由が前半の質問の答えになる。我々の役目は『バトルファイトの勝利者とその種の守護』だからだ」
「……バトルファイトの勝利者が、孤独にならんように、か」
「そうだ」
 心のある者は、孤独には耐えられない。まして……それが無限に続く時間ならば、なおの事。その「孤独」を癒すために存在するのが、彼女とその仲間……カテゴリーページと呼ばれる存在なのだろう。
 しかし、彼女達の存在理由を聞いて……疑問に思う事もある。
 「バトルファイトの勝利者とその種の守護」が彼女達の役目ならば、なぜ彼女はヒューマンアンデッドが封印される事を防ぐ事ができなかったのか。
 そう問おうとしたのを察したのか、ジークが言葉を発するよりも先に、スフィンクスアンデッドは口を開いた。
「確かに、ヒューマンを守る事ができなかったのは私の落ち度だ」
「ふむ。己の過ちを認めるのは良い事だ。だが……そうか、思い出した」
「……何を?」
 唐突なジークの言葉に、彼女は顔を訝しげに歪めて問う。
 彼の今の反応は、彼女にとってかなり予想外の物だったのかもしれない。しかしジークは、当然と言わんばかりの表情で先程思い出した事を口にした。
「『皇帝の下僕』とは、アンデッドの事を指し示す言葉だったと言う事実を。全てのアンデッドは、すべからくの世界を守るための存在だったのだな」
「そう。ジョーカーを除く、全てのアンデッドは、皆『皇帝の下僕』だ。しかしジョーカーは『皇帝の下僕』では違う。『皇帝』同様、世界を造り、統治する権限を持ちながらも未だ自らの世界を造らず、様々な世界を見聞きする者……『愚者』。その方が我々の世界に遣わした存在。それがジョーカー……『愚者の欠片』」
 まるで歌うように、スフィンクスアンデッド彼女は朗々とした声でジョーカーの真実を語った。

 ……こんな話がある。
 プレイング・カード……一般的に日本ではトランプと呼ばれるその札は、本来往々にして数字だけであった。
 春夏秋冬を示す四つの印を作り、そのそれぞれに十三枚を振り分けて一年間……五十二週と同じ数である五十二枚で遊んでいた。
 しかし、全ての数字を足し合わせて出来上がったのは、一年間……三百六十五日より一だけ少ない三百六十四と言う数字。ならば、「遊び」としての要素に「最強の札」を取り入れ、それで欠けた一を補おうと思った時……タロットカードの大アルカナと呼ばれる、世間で知られている、絵の描かれたカードを思い出した。
 その中でも別格扱い、虚無と循環の二つの相反する意味を持つ「〇」と言う番号を付けられた「愚者」。それを「最強」に宛がってはどうか、と。
 それが「ジョーカー」の由来であると言われている物の、歴史的に関連がないため間違いとされている。

 だが、アンデッド達においては、それは「間違い」ではなかったらしい。
 爪弾き者の「〇」番である「愚者」は、「皇帝」の統治する世界を知りたいがために、彼の存在が作った下僕……アンデッドに似せた己の分身を送り、その見聞を広めようとしたのである。
 その、「アンデッドに似せた存在」こそが、ジョーカーであると……そう、彼女達は言いたいらしい。
「運悪く、バトルファイトの最中に来てしまったものだから、『アンデッドとして』封印されたがな。似せすぎるのも考え物と言う事だ」
「……だからこそ、モノリスを『月』に奪われた今、厄介な事になっておるのだろう?」
「仕方あるまい。『月』すらも、ジョーカーをアンデッドだと思い、そしてジョーカー自身も、己がアンデッドであると思い込んでしまっているのだから」
「その代わり、そなた達はアンデッドと思われていないようだな」
「……慣れている。むしろその方が好都合だ。動きやすくて良い」
 言葉の割には、どこか不快そうにそう言うスフィンクスアンデッド。
 言いながら、徐々に彼女の姿がアンデッドからヒトの物へと変わっていく。
 アンデッドとしての自分に誇りを持っているが、元の姿では行動し辛い事もまた、彼女は知っているのかもしれない。
「そろそろ戻られてはいかがかな? 未来の遺産の一つが、しばらくすればお目見えだ」
「……そなたはどうするつもりなのだ?」
「私は、モノリスを奪還する。そのために、ここにいる」
 意味深な笑顔をジークに向け、彼女は改めて深々と一礼をする。
 だがそれは、以前ジークが見た物とは違い、何かの決意を感じさせるものであった。
「……では、また会おう、『皇帝の下僕』よ」
「お会いする事が、出来る状態ならば」
 頭を下げたまま、彼女はジークに言葉を返す。
 それに満足したのか、ジークは小さく頷くと食堂車の方へと戻っていった。
「……また、お会い致しましょう。『この』世界に送られ、そして見限った……『愚者の欠片』様」
 見えなくなったジークの背中に向かって、「皇帝の下僕スフィンクス」は「愚者の欠片ジーク」に向かってそう呟いた。

『変身!』
 剣崎、橘、睦月の三人は、変身すると同時に何の打ち合わせもなく、自分達の後ろの壁を各々の武器で同時に攻撃、破壊して退路を作った。
 その目の前に広がるのは、やたらと障害物のある部屋。
 どうやら、剣崎達はそこでアルビローチを喰い止める気らしい。
「逃げろ!」
 言われ、非戦闘員である広瀬と虎太郎の二人は剣崎に向かって頷きを返し、未だふらついている天音を守るようにしてその建物から逃げ出す。
 そんな彼らを……否、天音を追うように後ろから迫ってくるアルビローチ達を薙ぎ払い、打ち倒し、叩きのめす仮面ライダー達。
 彼らの、ブランクを感じさせない戦いが繰り広げられる。
「橘がジョーカーじゃなくて良かった……」
 心底ほっとしたように、リュウタロスが呟きを落とす。
 だが同時に、ある疑問が彼の頭を過ぎった。
 ……オーナーは何故、橘を助けるように指示したのかを。
 橘朔也を助けなければ、「この世界」と「元の世界」がつながると言っていた。恐らく橘が「死ぬ」事で、アルビノジョーカーが成り代わりやすくなるからだと思っていたのだが……
 だが、悠長に考え事をしている状況ではない。
 志村が、一直線に剣崎めがけて斬りかかって来たのが見えたから。
「あいつ……何で剣崎さんばっかり狙うのかしら?」
 鍔競合う剣崎と志村を見て、ハナが誰にと言う訳でもなく問いかける。
 剣崎がブレイドに変身できるようになった時も、志村は睦月には目もくれず、剣崎にのみ戦いを仕掛けた。まるで彼の強さを確認するかのように。
 あの時は本当に確認の為に戦ったのだろうが、彼の強さを分かっている今、剣崎に構う必要はないのではなかろうか。
「確かに、ちょっと不自然だよねえ」
 ハナの疑問の意味を理解したのか、ウラタロスもそれに同意する。
「どう言う事や?」
「志村……いや、アルビノジョーカーは、彼と戦う必要がないって事だよ」
「何でだよ? 邪魔な奴はぶっ飛ばすのが基本だろ?」
 心底不思議そうなモモタロスの問いに、ウラタロスは溜息と共に呆れたような表情を浮かべ、哀れみの視線を送りつつも、彼にも理解できるようにと自身の考えを口に出す。
「あいつの目的は、『古代の力』でしょ? 僕なら剣崎じゃまものに構わず、天音ちゃんのところへ直接向かうよ」
 言われ、モモタロス達は納得したようにぽんと手を打つ。
 確かに、アルビノジョーカーの狙いは天音であって、剣崎ではない。
 邪魔ではあるが、それはアルビローチ達に任せればいくらでも足止めは出来る。その間に天音を狙い、彼女の命を捧げれば良い。
 その事に気付かぬ志村ではないはずなのに……何故、わざわざ剣崎と剣を交えているのだろうか。
 そんな事を考えている最中。
「志村ぁっ!」
剣崎と斬りあっていた志村に、少しだけ余裕の生まれた橘が叫びながら連射。その衝撃で志村の持っていたカードの内の何枚かが床にばら撒かれた。
 流石に、キングのカードはなかったが……
 それでも、剣崎は気が付いたようだ。
 そのカードの中に、かつて自分が封印した、「最後のアンデッド」のカードがあった事に。
「これは……!」
 慌ててそのカードを拾うと、すぐに体勢を立て直して志村の剣を受ける。そして、ほんの少し後に。
「きゃあああああ」
「天音ちゃん!」
 天音の悲鳴が響いた。
 だが、剣崎や橘、睦月では彼女を救うのに到底間に合わないし、何より今は手を放せない。
「おい! ヤベエんじゃねえのか!?」
「成程ね。アルビノジョーカー自身が行かなくても、彼女を捕まえる事が出来たって訳、か」
 窓の外の光景と、壁に映された映像を交互に見ながら、苦々しい表情でウラタロスは呟く。
 窓の外にいるのは、アルビローチに囲まれて気絶している天音。
 彼女を守っていたはずの虎太郎と広瀬は、アルビローチに吹き飛ばされたらしく、苦悶の表情を浮かべながら少し離れた所に倒れている。
「ねえ、このままじゃ、あの子死んじゃうよ!」
「わかってる! けど、仕方ねぇだろ! 俺達はデンライナーの外には出られねえんだぞ!?」
「でも! こんな目の前にいるのに!? 僕だってモモタロスだって亀ちゃんだって熊ちゃんだっているのに!? 何もしないで見てるだけなんて……それでまた、人が死んじゃうなんて、もう嫌だ!」
「馬鹿野郎! そんなのはなぁ、俺達だって同じなんだよ!」
 この世界に来て何度、自分達の目の前で人が死んだ?
 禍木や夏美だけではない。
 アンデッドに襲われて死んだ人間が、大勢いる。
 人の死は、人の死。そこに異世界も元の世界も関係ない。
 手を伸ばせばきっと届くのに、それが出来ない今の状況が、どうしようもなく歯痒くて……悔しかった。
 そんなモモタロスの気持ちが伝わったのか、リュウタロスははっとした表情になって……小さく、ごめんと呟いた。
 だが。そんなデンライナーの乗客達とは対照的に、剣崎の方は諦めていなかった。
「睦月、睦月!」
 何かを思い立ったかのように、剣崎は睦月に呼びかける。そして……彼は、何の躊躇もなく、言葉を放った。
「始を……カリスを復活させろ!」
 そう叫ぶと、先程拾ったカード……『JORKER』と書かれたそれを、剣崎は睦月に向かって放り投げる。
 そして、そんな剣崎の言葉に迷う事なく。
『REMOTE』
 睦月は、剣崎の投げたカードを解放した。
 解放されたその存在は、一瞬だけ周囲を見渡すと……すぐに状況を理解したらしい。
 自分を見つめている剣崎に向かって小さく頷くと、自分の持っていたカードをバックルに通し、窓の外へと消えていった。

 一陣の黒い風が、天音に群がっていたアンデッドを薙ぎ払う。
 それは、漆黒の体に金の模様。手には弓のような鎌のような、何とも言い難い武器。見た目は蟷螂を思わせるフォルム。
 それは……ようやく現れた、ハートスートの戦士、カリス。
「この子に……近付くなぁっ!」
 咆えるようにそう叫ぶと、カリスは圧倒的な強さでアンデッドの群れを瞬殺し、気を失っている天音を抱えてその場から離れる。
 まるで、彼女を慈しむかのように。
 そして……どれだけ離れただろう。近くの川を上り、かなりの上流にまで来た時点で、カリスは川原に天音をそっと寝かせる。
 服が汚れるかもしれないが、もう一体のジョーカーから守り、隠す事を考えれば、いつまでも自分が抱えている訳にはいかない。
 気を失った天音の頬を撫でるその姿は、いつの間にかカリスから人間……相川始へと変化していた。
――……天音ちゃん。綺麗になった……――
 久し振りに見た天音は、かつての面影を残しながらも、「可愛い少女」から「綺麗なお嬢さん」へと変わっていた。
 ……剣崎に封印されてからも、天音の事は忘れなかった。封印と言う深い眠りの中で見たのは、栗原母娘と過ごした、短くも優しい時間。彼女達の存在があったから、今の自分がいる。
 そんな風に、心に暖かい物を感じたその瞬間。
 背中に襲い掛かる衝撃と痛み。それを感じ取り、反射的に振り返ると……剣崎達が取り逃がしてしまったのだろうか。白いジョーカーが、川の中で悠然と立っていた。
「油断したな」
「貴様……!」
 栗原天音の命を、奪いに来た。
 それが分かっているのだろう。始はゆっくりと立ち上がると……その姿を、ジョーカーへと変貌させる。
 ……カリスとして戦っても敵わないと思ったのか、それとも単純に自分に似た姿のその存在が、自分と真逆の考えを天音に抱いている事が気に入らないからか。
 咆哮に似た声をあげ、白いジョーカーに襲い掛かる。だが、白いジョーカーはそれを軽くかわすと、逆にその勢いを利用してカウンターキックをジョーカーに見舞う。
 川に突っ伏しながらも、それでもよろよろと立ち上がろうとするジョーカーを……白いジョーカーは無慈悲にも自らの放つ何発もの衝撃波で、完膚なきまでに叩きのめした。

 俺は、「栗原天音」を犠牲にする。
 …………全ての終焉の為に。
 その為に俺は、禍木と夏美すらも、この手にかけたのだから。
 四枚のキングをかざし、彼女をカードに封じ込める。
「天音ちゃん!」
 後ろで、「相川始」の声がする。苦しそうな、悔しそうな、悲しそうな……切なそうな声が。
 ジョーカーの姿から、人の姿に「戻った」らしいな。
 今なら、ジョーカーを封印できる。
 だけど……封印しない。
 お前を封印したら、誰も俺を止められなくなるだろう?
 それと、キングのカードは置いていってやる。俺にとってはもう必要ないし……人間にも、可能性を与えておかないとフェアじゃない。
 バシャバシャと水音を立てながら、ライダー達もやってくる。
 だけど……もう遅い。俺は彼女を封じ込めた。後は偉大なる力を手に入れるだけだ。
「……早く……終わってしまえば良いんだ」
 ライダー達には目もくれず、その場を後にしつつ俺は小さく呟く。
 自分でも驚く程、低い声で、だったけど。
「さあ、俺のモノとなれ、偉大なる力よ。お前の復活の為に、『人間』の命を捧げよう」
 カードをレリーフに嵌め込み、俺は誰にと言う訳でもなく宣言する。
 同時に、強大な力が俺の中に流れ込んできたのがわかった。
 俺は、アルビノジョーカー……世界を破滅に導く者。
 それで、良いじゃないか。
 徹底的に悪役になれば……良い。
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