過去の希望、未来の遺産

【その19:敵はこの中に】

 もう一人のジョーカー。
 それは悲しみの産物。
 終焉を望む者。

「盗まれた?」
「はい。消えてるんです。キングのカードが三枚とも」
 低い声で……しかし視線は窓の外に向けたままで放たれた橘の問いを、志村は緊張の面持ちで肯定した。
「可能性は二つ。カードを盗んだ誰かを追いかけて夏美は殺されたか、あるいはカードを盗んだ夏美を、誰かが殺したか……」
 志村のその言葉……正確には「カードを盗んだ夏美」と言う一言を聞いた時。
 橘を見ていたリュウタロスが、彼のほんの僅かな変化に気付いた。
 それまで何を言われても窓の外を眺めていた橘が、無表情のまま志村の方に顔を向けたのだ。しかしそれは一瞬の事。なおも続けられる志村の推論を聞きながら、橘は何かを思うように窓の外に再び目を向ける。
「何れにせよ、その誰かがジョーカーである可能性は強いと思います」
 志村のその言葉に、返って来たのはただの沈黙だけ。
 剣崎達も……そしてデンライナーにいる者達も、それに返す言葉が見つからなかった。
「クソ! 一体誰がジョーカーなんだよ……!」
 沈黙に耐えかね、苛立ったように壁を殴りつけながら、モモタロスは悔しそうに咆える。
 それは禍木と夏美の二人の死を、指をくわえて見ているしか出来なかったと言う無力感と、見ていながらもジョーカーの正体を暴けなかった事に対する苛立ちか。
「……やっぱり、ナオミちゃんの言った通り……橘がジョーカーなのかな……?」
「何でそない思うんや?」
「だって……禍木って奴が殺された時、何か凄く濡れてたし。それに……自分の部下が二人も死んじゃったのに、無反応だし」
「そうとは限らないよリュウタ。……僕は、どちらかと言うとあの志村って人の方が、よっぽど疑わしいと思うけどね」
 沈んだ声で言ったリュウタロスに、ウラタロスはいつも通りの口調で返す。
「だって、あの夏美ちゃんがカードを盗んだって言う選択肢が挙がる事自体、おかしいじゃない?」
「でも実際、盗んだのはあの人よ。あんただって見てたじゃない」
「まあね。でもハナさん、僕達は見ていたから知っているんだよ? 普通思わないよ、見てもいないのに、仲間がカードを盗んだなんて。普段から彼女に盗み癖があるって言うならともかく」
 確かに、ウラタロス達は夏美が志村からキングのカードを盗んでいた事を見ている。
 だがそれはデンライナーの中で見ていたから知っているのであって、あの時志村は盗まれた事に気付いていなかったはずだ。
 あくまで志村としては可能性の一つなのだろうが、死者を……まして仲間だった者を貶めるような可能性を口にするだろうか?
 それがウラタロスには引っかかっていた。
「嘘吐き亀がよく言うぜ」
「嫌だなぁ先輩。僕は人を騙す事はしても、盗みはしないよ」
「えー? でも亀ちゃん、良太郎に最初に憑いた時に尾崎って人から財布貰ってたじゃん」
「…………何でリュウタがその事知ってるの!?」
「良太郎の中から見てたから」
 心当たりがあるのか、驚いたように言ったウラタロスに、リュウタロスは当然と言わんばかりの表情でそう答える。
 しかし他の面子はその意味を理解しきれなかったのか、不思議そうな顔をするだけ。
「僕が良太郎に憑いたのは、亀ちゃんが憑く直前だったもん。……忘れてたの?」
「……そう言えば、そうやったな」
「ごめん、最後に出てきたから、てっきり最後に憑いたと思い込んでた」
「って言うか、ガキ丸出しだからな。あまり最初の方から良太郎の中に居たって感じがしねーんだよ」
 普段から末っ子気質全開でいるせいか、二番目に憑いたと言う事実を忘れられていたらしい。それぞれの言葉を聞きながら、リュウタロスはふてくされた様にそっぽを向いた。
 ……その方が彼らしくはあるのだが。
「それにしても、何で二人はあのカードを残したんでしょうね?」
「ダイイングメッセージという奴だな。誰がジョーカーか、教えたかったのだろう」
 相変わらず能天気な声で問うナオミに、ジークは小首を傾げながら答える。
「ジークはジョーカーが誰か、知ってるの?」
「残念ながら。そこまでは知らないし、知ろうとも思わない」
 聞いてきたハナに、苦笑気味に言葉を返すと、彼は小さく欠伸をして……
「悪いが姫、そしてお供達よ。私はそろそろ、お昼寝の時間だ。休ませて貰う」
 そう宣言し、深々と一礼すると……彼は当たり前のように別の車両に移ってしまった。
「……ちょっと待て、この鳥野郎! お昼寝って時間じゃねえだろ!?」
「ええ? 突っ込むところはそこなの、先輩?」
「わーい、お昼寝ー!」
「ぐおー……」
「って熊公! テメーも何寝てんだよっ!」
 ……いつの間にか、重苦しい空気はなくなって。
 デンライナーの中は、いつもの賑やかな雰囲気に戻っていた。

 晴天のもと、天音はぼんやりと噴水を眺めていた。
 春先だというのに、日差しは暖かいを通り越して暑いくらいで、まるで初夏のような気温。
 今まで、こんな暑い自分の誕生日があっただろうか。
「天音ちゃん」
「……ホントしつこいよね。放っといてって言ってんのに」
 ふらりと現れた剣崎に声をかけられ、天音は不快な表情をはっきりと浮かび上がらせる。
 一人になりたいのに、どうしてこの男はこうも自分に構うのか。自分には何か、発信機のような物でも付けられているのかと疑いたくなる。
「いや、実はさ」
 天音の様子を気にも留めないかのように、剣崎は嬉しそうな表情で、持っていた布の鞄の中から何やら取り出す。
 かさかさとビニールの擦れ合う音がしたかと思うと、出てきたのは先日ゲームセンターで天音が取ろうとしていた仔猫のぬいぐるみ。
 ご丁寧にも透明なビニール袋と水色のリボンで愛らしくラッピングされている。
「にゃーお。誕生日プレゼント」
「…………馬鹿じゃないの? いつまでも子供扱いしないで!」
「天音ちゃんごめん!」
 不快感を露にし、その場を早足で去ろうとする天音を慌てて追いかけながら、剣崎は謝罪の言葉を口にする。
「でも天音ちゃん、本当に大人なのかな? 他人ひとの気持ちがわかるのが、大人だと思うけど。例えば、お母さんの気持ちとか」
 お母さんは心配してるんだよ、と言外に言いたかったし、察して欲しかった。自分を詰るのは構わない。男だし、年頃の女の子の気持ちなど理解できないのも分る。
 だが、彼女には家族が……母親がいる。それは剣崎にとって、求めても手に入らない物。だからこそ、天音には大事にして欲しいと願う。それ故の言葉だったのだが……
 心は、声にしなければ届かない。剣崎の言葉に何を思ったのか、天音はぴたりと足を止めて振り返る。
 そこに浮かぶ表情は、不快を通り越して怒りの色さえ見えた。
「何よそれ? 説教臭い事言わないでよ! ムカつくなあ!」
 そう、半ば怒鳴るように言い放つと、天音は視界から剣崎を消す為に走り出す。これ以上剣崎と一緒に居ても、不快感が増すばかりだ。
 ……他人の気持ちがわかるのが、本当の大人だと言うのであれば。
 今の自分の気持ちをわからない剣崎も、大人ではないと言う事にならないのか。
 いや……本当の大人など、この世にはいないのではないのか。
 なおも何か言おうと、走って追いかけてくる剣崎が、鬱陶しい。
 そう思った瞬間だった。
 いつか見た白い異形……アンデッドによく似た「何か」が、無数に襲い掛かってきたのは。しかもその殆どが、自分に……天音に向かっている。
「きゃあああぁぁぁっ!」
 逃げなければ、と言う本能が、彼女の足を動かす。
 何故、自分ばかり狙われるのか。
 何故、自分の方にしか来ないのか。
 そんな疑問が脳裏に浮かぶが、それ以上に異形に対する恐怖心の方が大きかった。
「変身!」
 後方で剣崎の声がする。同時に自分を追いかけていた異形達が弾き飛ばされ、変身した剣崎が自分の肩を抱いて守るようにしながら走る。
 この時ばかりは、剣崎がいてくれた事に感謝した。剣崎には、彼等と戦う力がある。
 ……仮面ライダーと言う名の力が。
 だけど……本当に大丈夫なのだろうか。
 いくら剣崎が強いとは言え、数があまりにも違いすぎる。彼の死角から襲われたら自分は……
 そして……天音のその懸念は当たってしまった。
 数に物を言わせ、アンデッドが四方から自分めがけて襲い掛かってきたのだ。
「きゃぁっ!」
 口から、悲鳴が洩れる。
 恐怖のあまり、堅く目を閉じたその瞬間。
 数発の発砲音と共に、自分の眼前に迫っていたアンデッドが弾かれたように倒れた。その直線上にいるのは、ギャレンに変身していた橘。
 いや……彼だけではない。レンゲルとグレイブもまた彼らの存在を察知し、天音達を助けるために、無数に存在する異形と交戦していた。
 それでも、アンデッド達は天音を執拗に狙っていた。それに気付いたのか、ギャレンは天音の側へ寄ると……
「天音ちゃん、こっちだ」
 冷静な声でそう言うと、彼女を守るようにして戦線を離脱した。
 ……まるで、人目につかない場所へと彼女を連れ去るかのように。

「何や、もう次に着いたんか?」
「とっくに到着してるよキンちゃん。今、橘って人が天音って女の子を連れて戦線離脱したトコ」
 剣崎達の戦いの側で停車したデンライナー。
 その戦いの気配に目を覚ましたのか、大きな欠伸をしながら問うキンタロスに、ウラタロスが呆れたように答えた。
 そして、当たり前のように壁に映し出されたのは、変身を解き、アルビローチ達の手を逃れ……廃墟に天音を連れ、壁際に彼女を立たせた橘の姿。
「やけに、霧が深いねぇ……」
 ウラタロスの呟きは、その場にいた全員を代表するもの。
 まるで禍木が殺される直前のような、霧の深さ。
 建物の中のライトだろうか。どこからか差し込む緑色の光のせいで、どことなく橘の表情が不気味なものに見える。
――まさか本当に、橘がジョーカーなの?――
 誰もいないかを確かめるかのように周囲を見渡す橘を見つつ、リュウタロスが心の中で呟く。
 そうであって欲しくない。だが、そうかもしれない。
 少なくとも、今の橘からは、冷たい雰囲気しか感じられない。
「橘さん……?」
 天音も彼の異様な雰囲気に気がついたのか、やや怯えた様な表情で声をかける。
「君は不思議に思うだろうな。何故君が何度もアンデッドに狙われるのか」
 天音に背を向けたまま発せられたその声は、思った以上に低かった。
「キングのカードが四枚揃ったんだ」
 この世界に来て、初めて。
 橘が嬉しそうな笑顔を見せた。
 だけどそれは……この場には不釣合いすぎた。
 思わず、背筋が凍りつきそうな程に。
「……何で……?」
「あん?」
「何で橘がその事知ってんの……?」
 泣きそうな声で、リュウタロスが呟く。
 知っているはずがない。
 最後のキングを封印した禍木は死んだのだし、それを託された夏美もまた、何者かに殺された。唯一四枚のキングが揃った事を知っているのは彼女を殺した存在だけのはず。
 そしてそれはきっと、アルビノジョーカー。
――嫌だ、そんなの……絶対に嫌だ!――
 元の世界の橘を知っている上、リュウタロスにとって橘は恩人である。
それが殺され、ジョーカーに成り代わられているなどと言う事は、彼には良太郎が存在しないと言う事実の次に認めたくない事であった。
 それでも、橘の宣告は続く。
 まるで、天音に……そして自分自身に言い聞かせるように。
「後は君の命が必要なんだよ。古代の偉大な力を解放するためには」
「何を言っているんですか? 橘さん……?」
 淡々と述べられたその言葉の意味を、天音は理解できなかったらしい。口の中が渇いているのか、彼女の声も乾いている。
 そしてそれはデンライナーの乗客とて同じ。彼の言葉の意味を理解できず、ただ押し寄せる「嫌な予感」のせいで口内が、そして喉が妙に渇いていく
 天音も……そしてハナ達も、不審そうな表情で橘の様子を窺った。
「古代のバトルロワイアルにおいて、勝利したのは人間だった。人間の命を捧げなければ、偉大な力は解放されない!」
 興奮した口調で、橘は天音にそう語りかけた。
 イマジンとの契約の代償は自分の時間だったように、古代の力を得る事にも、代償は必要だったのだ。
 ……「ヒト」の命と言う、人間にとっては大きな代償が。
 だが、天音には何の事か分かるはずがない。
 にもかかわらず、橘は言葉を続ける。
「だが、誰でも良いと言う訳ではない」
 話が、核心に迫っているような気がした。
 異様な空気が漂う中、全員が黙って橘の言葉を待つ。
「君のお父さんは、谷川連峰で死んだんだよな?」
「何の関係があるんです?」
「同じ山で古代のレリーフが発見された。レリーフを封印していた扉は壊されていた。……それと知らず、君のお父さんが扉を開いてしまったんだよ」
 ……何となく、ぼんやりとだが、話が見えてきたような気がした。
「偉大な力を得るためには、封印を解いた者の命を捧げなければならない」
 そこまで言われて……デンライナーの乗客全員が、天音が狙われる理由を理解する。
「それって、身代わり……って事、ですよね?」
「ああ、多分な」
 いつになく悲しそうな声で落とされるナオミの言葉に、モモタロスも低く暗い声で返す。
 捧げなければならない命は、とうに失われていた。
 ならば、どうすれば良いのか。
 ……最も近い存在を、代わりにすれば良い。
 そう。本来の贄の、たった一人の血族……娘である、栗原天音を。
「君はお父さんの代わりなんだ」
「……わからない。何でそんな……」
 淡々と告げられた橘の言葉に、天音は首を横に振りながら問いかける。
 何でそんな事を告げるのか。
 何でそんな事になるのか。
 そして、橘は自分をどうする気なのか。
 半ば彼女がパニックになりかけているのが、乗客には分かったが……手を出す事は、出来なかった。
 悔しさで、ハナが叫びそうになったその瞬間。
「チーフ! 僕達だけじゃとても無理です! 来て下さい!」
 変身を解いていた志村が、必死な形相でその場に現れ、橘を呼ぶ。
 その表情に危機感を感じたのか、橘は天音の方をチラチラと振り返りつつも、志村の後を追って建物から出て行く。
 霧の深い、建物の外へと。

 橘達が天音の前から立ち去ってから、そう時間を置かず。
 天音は自分に向かって近付く足音を聞いた。
「どうしたんですか……? あの……?」
 近付いてくる人影。
 だけどそれは徐々に「人影」ではなくなって……
「きゃああああああああっ!」
 今日、何度目の悲鳴になるだろう。
 栗原天音は、ライダー達より一足早く、アルビノジョーカーの正体を知った。
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