過去の希望、未来の遺産

【その2:理由探し】

 時空ときに、ひずみが生じている。
 全く、今度は何が起きると言うのか。
 厄介な事にならなければ良いが……

「折角体があるのに、外に行けないのはつまんない」
 「お絵かき」にも飽きたか、クレヨンを放り投げるようにして机の上に置いたリュウタロスが、心底不機嫌な声でそう言った。
 「時間の中」なので正確な「期間」は分らないが、少なくとも主観的にはかなり長期間、「時間の外」へ出ていない。デンライナーと言う閉鎖空間に飽きが来たと言う事なのだろう。
 椅子ではなく机の上に座り込み、バタバタと足をばたつかせながら、リュウタロスは食堂車の角に座る初老の紳士……いつの間にか定位置についているこの列車のオーナーへと視線を向けた。
「ねぇ、次の停車時間で外に遊びに行ってもいいよね? 答えは……」
「構いませんよ」
『……え?』
 「聞いてない」とリュウタロスが言うよりも先にオーナーが許可を出す。それがあまりに意外だったのか、他の面々はぎょっと目を見開いて驚愕の声を上げる。
 いつもは彼らの行動に厳しい制限を課すのに、今回は妙にあっさりと許可を出した。
――ひょっとすると、何か裏でもあるのかも――
 軽く苦笑を浮かべ、一人はしゃぐリュウタロスと、ステッキの持ち手を白い布で磨くオーナーを交互に見やりながら、ウラタロスは心の中でのみ呟きを落とす。
 往々にして彼がこちらに降車許可を出す時は、何かしらの思惑なり事件なりがあり、そしてその解決を自分達に任せようとする事が多い。
 しかしながら、下手にそれを口に出してはヤブヘビとなる。それは避けたい。
「うわーい、やったー! ねえねえねぇ、亀ちゃん達も一緒に行って良い?」
「ええ。構いません」
「オーナー!」
「勿論、タダで出かけて頂く訳ではありませんが」
 ハナの抗議の声を遮り、オーナーは普段と全く変わらぬ口調で言葉を続ける。
「最近トンネルの数が増えています。これは異常、と言っても過言ではありません」
「つまり、その理由を僕達に調べろって事?」
「そうです。……ああ、断って頂いても構いません。……ですが」
 それまでの穏やかさから一転、オーナーの逆接を示す短い単語に空気が変わる。イマジン達の間に走る緊張感、そしてピクリと肩眉を跳ね上げてびっすとステッキの先をウラタロス達の方に向けるオーナー。
 ……これで空気が変わらないはずもない。誰かの、ごくりと空気を飲み込む音が、やけに大きく響く。それが聞こえたのか、オーナーは軽く首を傾げると、ゆっくりとステッキの先を下ろし……
「皆さん、乗車賃を滞納していますからねぇ、金銭または労働力でのお支払いがない場合は……」
 皆まで言わず、彼は静かに懐の中から赤みがかったオレンジ色のカードを取り出す。それはあたかもサッカーのレッドカードのようにも見える。その正体は、「乗車拒否」。オーナー権限により発動し、これを渡された者はデンライナーに乗れなくなるどころか、下手をすればこの広大な時の砂漠の中に捨てられ、置き去りにされる可能性もあるカードだ。
「…………いやあ、久しぶりに外の空気を吸いたいなぁとおもとったトコやったんや」
「奇遇だなあ熊、俺もまさに同じ事を考えてたんだよ」
「ふむ、まあ仮の住まいの主の頼みだ。特別に聞いてやらんこともないぞ?」
「調べるくらいならそう時間もかからない、か。その他の時間は、何やっても良いんでしょ?」
 相変わらず「乗車拒否」は最強の切り札なのか。あまり乗り気でなかったイマジン達が、声を揃えて「やる」と言ったのだから。
 ……リュウタロスに関しては、面白そうだから、と言う理由なのかもしれない。最初から外に出たがっていたし、外に出られるのなら何でも良かったのだろう。
「時間に干渉しない範囲であれば、構いません。好きなように、過ごして頂いて結構です。何しろ次の停車は二〇〇四年十二月十九日ですからねえ。しつこいようですがくれぐれも、時間に干渉しないで下さい」
「そもそもぉ、何でトンネルが多い事が問題なんですか?」
 ここでようやく、オーナーに炒飯を持ってきた、客室乗務員のナオミが割り込んで来る。
 そんな彼女の言葉に、オーナーは深く一つ頷きを返すと、いつも通りの静かな口調で
「この時間の中に存在する『山』。これは時間と空間の『壁』、なんです。トンネルがあると言うことは、その『壁』に穴が開いていると言う事。そしてそれが何を意味するかというと……」
 そこまで言った瞬間。音もなく炒飯に立っていた旗が傾ぎ、倒れる。同時にそれは、オーナーの話の終了を意味し……彼はほんの僅かに残念そうな表情を浮かべると、そのまま食堂車から出て行ってしまった。
――時間と空間の壁、ねぇ……――
 外に出られるとはしゃぐイマジン達の中、ウラタロスだけは、オーナーの言葉の意味を考えていた。
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