過去の希望、未来の遺産

【その18:遠雷、願いをも流して】

 そろそろ、始めなければならない。
 私がこの世界に来た目的を果たすために。
 そのために、この列車に……「この車両」に乗ったのだから。

 元の世界、西暦二〇〇七年一月三十日。
 剣崎一真は、バイクを走らせていた。
 ……かつて選んだ「結末」を、後悔した事がないと言えば嘘になる。だが、少なくとも今は悔いていない。あの時は、あの方法しか思いつかなかった。
 あの結末を迎えた事で、人類は平和を勝ち取った……と、最初のうちは信じていた。だがそれは違うのだと、すぐに思い知らされた。
 全てが終わった後に出た旅の最中に、アンデッドとは異なる異形と幾度となく遭遇してしまったから。
 ある者は巨大な妖怪のような、ある者は昆虫に良く似た、ある者はステンドグラスの模様のような体をした異形。
 それらと出会う度、「人類の敵」であるらしい彼らと戦い、排除してきた。
 そして、今も……
 アンデッドに良く似た、しかしそれでいてアンデッドではないと分かる異形の姿が、彼の目の前にあった。
「ようやく見つけたぞ」
「俺に、何か用なのか?」
 口の端を歪め、凄絶とも取れる笑みを浮かべる異形……イマジンに言われ、剣崎は冷静に返す。
 相手の醸し出す邪気に反応してなのか、反射的に戦闘体勢を取り、ゆっくりと相手との距離をとりながら。
「お前と戦うつもりはない」
 こちらの警戒に気付いてなのか、そう言うとイマジンは静かに腕に抱えていたモノを放り投げた。
「……!」
 それを見た瞬間、剣崎の表情が凍りつき、取っていたはずの警戒態勢もするりと解ける。……それ程の衝撃が剣崎を襲ったと言う事実に、剣崎自身は気付いているだろうか。
 放り投げられたのは人。それも、見覚えのある顔。
「……あ……!」
「必要な者は揃った。あとは、繋がるのを待つだけだ」
 驚愕の声を上げる剣崎とは対照的に、心底愉快そうに小さな笑い声を漏らし……イマジンは彼の顔を見ながらそう言った……

「……ふぅむ。それにしてもこの現象……異なる世界に干渉してはならないと言う警告か? それとも、副作用として手が出せないだけなのか?」
「…………あん? どう言う意味だ、鳥野郎」
 意味深長なジークの小さな呟きを聞き止め、それまで自身を押さえ込んでいたハナの足から逃れると、モモタロスはこの日何度目かの問いを放つ。
 背中にくっきりと小さな足跡が付いてさえいなければ、その表情だけで竦みそうになる程の険しい顔つきで。しかしジークの方は、その表情に怯むどころか呆れと哀れみの混じった視線を返すと、深い溜息を一つ吐き出し……
「気付いていないのか? お供その一」
「何をだよ?」
「この列車を包む『風』が、我らを守るために張られた物だと言う事を、だ」
「それ……どう言う意味?」
 言われた意味を理解しきれないのか、軽く眉を顰めてきょとんとするモモタロスに代わり、不思議そうにハナが問う。そんな彼女に、ジークは恭しくその手を取ると当然と言わんばかりの表情を作り……
「ここに来る前に、お供その一が懸念していただろう? 『異世界に行ったら自分は変わるのではないか』と」
「まぁ、実際は先輩の杞憂に終わった訳だけどね」
「残念だが、お供その二。この風の結界が無ければ、本当に変わってしまうのだよ。それも恐らく……『野上良太郎という存在を忘れる』と言う形に」
 さらりと放たれた言葉に、放った本人以外の表情がぴたりと凍りつく。
 言い放たれた「それ」は想定しうる事態の中でも、最悪の形。
「……嘘……何、で……? 何で僕達が良太郎の事、忘れるのさ! 僕、絶対に忘れないよっ!」
「この世界には、『野上良太郎』なる人物が存在しないからだ。存在しない者を『覚えて』いられるはず無かろう?」
 今にも泣き出しそうな声で問うたリュウタロスに、ジークはまるでそれが当たり前の事であるかのように答える。
 先程も言ったが、「野上良太郎が最初から存在していない世界」の事は、確かに最悪の形として懸念していた。
 しかし、それがこの世界だとは思っていなかったし、心のどこかではそんな世界があるはずがないと思っていた。それだけに、ジークの言葉は衝撃を通り越して現実味のない……どこか遠い出来事のようにしか思えなかった。
 それが分っているのだろう。ジークはするりとハナを抱えて席に着くと、硬直している面々を見回しながら言葉を続けた。
「風の結界のお陰で、この列車の中は『元の世界』と同じ状況を保っていられるのだ。それが無ければ、この場で『野上良太郎』の事を覚えているのは、特異点である姫だけになるだろうな」
「……ちょぉ待て。何でそんな事、お前が知ってるんや?」
「『そんな事』とはどんな事だ?」
 いち早く硬直から抜け出したらしいキンタロスの問いに、いい加減ぬるくなったコーヒーを口に含みつつも、小首を傾げながら彼に問い返す。
 「そんな事」と言われるような心当たりはいくつかある。いくつかあるが、それをわざわざ挙げて質問攻めにされるのは面倒臭い。
 そんな彼の態度に気付いていないのか、キンタロスはむうと小さく唸ると、一瞬だけ顔を歪め、心底言い難そうに声を絞り出した。
「その…………この世界に、良太郎がおらんっちゅう事や」
「簡単な事だ。私は、元はこの世界の住人。そしてそれを覚えている。それだけだ」
 苦しそうなキンタロスとは対照的に。あまりにも衝撃的な事実をジークは事も無げに口にした。
 あまりにあっさりとしたその物言いに、一瞬全員の表情が固まったが……同時に、様々な事に納得も出来た。
 他のイマジンとは、どこかかけ離れた存在である事や、この世界に来てからの態度などを考えればそれもわかる。
 ……イマジンには過去がない。それ故に、自分に関する過去は覚えていない。
 しかしジークは違う。つながった路線ではないとは言え、ここにこうして「この世界」が存在している以上、ジークの過去はきちんと存在している。だから彼は、初めて出会った時に自分の名前を「ジーク」だと言えたのではなかろうか。
「じゃあ……あんたは何らかの理由があって、元の世界に来ちゃって、イマジンになったって事なの?」
「そう思ってくれても構わないよ、姫」
 穏やかな笑みを浮かべ、ジークはハナに一礼すると……何かに気付いたように窓の外に視線を向けた。
「ふむ。どうやら、物語の節目を迎えるようだな……」
 ジークに言われ、他の面々も窓の外に目を向ける。
 そこにいたのは、新世代ライダーの一人……禍木慎が、なにやらぶつぶつ言いながら崖の方へ歩いていくところであった……

「ったく。何で俺達があんな奴等と手を組まなくちゃなんねぇんだよ」
 俺って信頼されてねぇのかなぁ……
 チーフはしょうがねーよ、あいつ等と昔、つるんで戦ってたんだから。
 でも、志村まであいつ等と手を組みそうな感じなのがなぁ。
 俺等、仲間じゃん?
 今までだって三人で上手くやってきたって言うのによぉ。
 あんな連中いなくたって、俺と夏美でサポートできんのに。
 って、こんな夜の丘の上で一人愚痴ってるのも情けねえ……
「はぁ……」
 なんて思ってる矢先だった。
 不意に後ろから足音が聞こえたのは。
 音の感じからすると夏美や志村じゃあ無え。それに、殺気なんてあいつ等が出すはずが無え。
 それなら、ブレイドとかレンゲルとか、あの辺の連中か?
 いや、それならもっとけたたましい。馬鹿みたいな声で声をかけてくるはずだ。
 だとすると……
 ひょいと、俺は後ろの奴の攻撃をかわし、その姿を確認する。
 青い色をした、蜘蛛を髣髴ほうふつとさせるフォルム。蜘蛛と言えばレンゲルになる為のクラブのエースと、クラブの最上位であるクラブのキングの二体。けど、カテゴリーエースであるスパイダーアンデッドはチーフが封印して、今はレンゲルの野郎が持っているはずだ。
 ……って事はこいつ……
「カテゴリーキングか!」
 俺が言うと、そいつは正解だと言いたげに俺との距離を詰めるべく走って来る。が、それを許す俺じゃねえんだよ!
『OPEN UP』
 変身すると同時にエネルギーが展開。
 俺をケルベロスの力の仮面ライダー……ランスに強化する。
 ランスとは槍の事。その名の通り、俺の武器は槍だ。
「最後のキング! 俺が封印してやる!」
 そう宣言すると、俺はその槍を構えてキングに何発か攻撃をぶち込む。しかし流石はキング。普通ならよろめき位はする俺の攻撃を受けても、あまり堪えた様子がない。
 ブレイド達なら、封印したアンデッドの力を使って相手を弱らせるとか言う手段に出れンだろうが、俺達が扱うマイティのカードは切り札だ。使うタイミングは今じゃない。
 もう少し、もう少し。キングの動きを止めてから……
 なんて思った時。キングが槍の穂先を掴み、俺に攻撃……っつか、打撃を加えてきた。殴ってきた、と言っても良いと思う。
 槍を掴んだと言う事は、自分から動くつもりはないって事だ。つまり今が、マイティを使うタイミング!
 俺が一人でもキングを封印できるって事……あんな奴等よりも頼りになるって事、見せてやる!
『MIGHTY』
 カードを読み込ませ、俺は押さえられていた槍先をキングに向けて突き出す。
 槍は本来、「薙ぐ」、「殴る」為の武器じゃぁない。「突く」為の武器だ。それを失念して穂先を掴んだのがこいつの敗因。
 エネルギーチャージがされてんだ、喰らって無事であるはずがない!
 案の定、キングは草の上に倒れて……
 封印するなら、今しかねぇっ!
「おおおおおおっ」
 口から勝手に雄叫びが洩れるが気にしない。俺はカードを投げて……最後のキングを、封印した。
「やったぁ……やったぜ!」
 俺が封印したんだ!
 誰の力も借りず、俺だけの力で。
 これで、志村だって気付くはずだ。
 一番信頼できる仲間は、誰かって事にさ。
 俺と、夏美と、志村。仮面ライダーはこの三人で充分だろう?
 チーフも、ブレイドも、レンゲルもいらない。
 ……なんて、思っている間に。
 不自然なまでに濃い霧が、俺の周りを取り巻いていた。
 ……何か、ヤバイ。
 そう思い、俺は周囲を見渡す。
 霧のせいで視界が狭い。おまけにいきなりの雷雨と来たもんだ。
 だけど……その雷のお陰で、俺は相手を見つける事が出来た。
 白い影に、胸元の赤い宝玉。頭から伸びた、長い二本の触角のせいなのか、どことなくカミキリムシのようなフォルム。
 チーフから聞いていた姿と一致する。間違い無ぇ……今、俺の目の前にいるのは……
「貴様は……ジョーカー!」
 鎧を纏っているんだから、雨が当たってる訳でもない。なのに……妙に冷たい空気が肌を直接撫で回しているような錯覚。
 咄嗟に俺は武器を構えて……
       負けた。
最後の最後、ソイツは俺のよく知る人物に姿を変えて。
「嘘……だろ? なん、で……」
 聞いても、ジョーカーは答えてくれない。
いや、聞こえない、だけか。
  相手の唇が何か言葉を紡いでいるのが見える。
 けど、その視界もちょっとぼやけてきた、かも。
    俺は、きっと死ぬ。
  でも、知らせねぇと。
託さねぇと。
 何とか逃げ切って、建物の中に戻る。
    アイツ以外なら誰でも良い。早く来てくれよ。
 思ってたら、倒れた俺の後ろに、誰かの気配を感じた。
       うん。こいつは、ジョーカーじゃねえよな……?
「ジョーカーが、現れた。これ……これを…………」
 俺の後ろから現れたそいつ……夏美にそう言うと、俺は手に持っていたキングのカードを彼女に渡す。
良かったな、夏美。これで強くなれるんじゃねーの?
 強くなりたいって言ってたもんな。
  でも……
「逃げろ……。奴の狙いは……これだ」
 俺さ、お前の事、本当に好きだったんだ。だから頼む。逃げてくれ。
   ……生きてくれ……
 無表情な夏美が去っていくのを感じて、俺は最後の賭けに出た。
ブレイド、レンゲル。俺、お前等の事、嫌いだけど……
 教えてやらねぇと……
  俺を殺した、ジョーカーの正体。
   最後に見た、「あいつ」の名前。
…………悪いなぁレンゲル。
    アンタのカード、借りっ放しだったわ。
  ……ああ、死にたくねぇ……
死にたくなんか、ねぇよ…………

「おい! しっかりしろ!」
 夏美に連れられ、倒れた禍木に駆け寄る志村。その後ろには剣崎と睦月がいる。
 志村に続き、剣崎も駆け寄り彼の名を呼ぶが……一切、反応がない。肌が冷たいのは雨に濡れているせいなのか、それとも……
 嫌な予感に押され、剣崎がゆっくりと首の脈を測る物の、本来あるはずの鼓動を感じ取る事は出来なかった。
「……そんな……」
 剣崎の呟きに、緊張の糸が切れたように、夏美は志村に抱きついて悲鳴を上げる。
 それは仲間を失った悲しみか、それとも人間の死体を目にしたが故の恐怖からか。
 そんな夏美とは逆に、剣崎は意外にも冷静だった。
 人の死を目の当たりにして、気持ち良い訳がない。しかし今は、取り乱すよりも先にするべき事がある事もまた、剣崎はわかっていた。
 禍木の手に握られていた一枚のカードを抜き出し、見る。
 抜き出されてはじめて、その存在に気付いたのか、志村も驚いたような表情でそのカードを見つめた。
 「クラブのJ」。封印されているのは、エレファントアンデッド。
 それが禍木の残したカード。
「一体、誰が!?」
 志村が、悲痛な叫びを上げる。
 だが、彼は気付いていなかった。
 彼に抱きついた女が、そのポケットからこっそりと三枚のキングを奪った事に。
 そしてその時、彼女が浮かべた表情が……満面の笑みであった事にさえも……

 橘は、最深部にあるレリーフを見上げていた。
 上での騒ぎ……禍木慎の死など、気にも留めぬ様子で。
 まるで豪雨にでも打たれたかのように、ずぶ濡れになった体から、ぽたぽたと水滴を落として。
 そして……くるりと踵を返すと、無表情のまま彼はどこかへと歩き始めた。

 馬鹿な禍木。
 キングを封印しても、死んじゃったら意味ないじゃない?
 純粋な純一。
 でもポケットにキングのカードを入れておくのは無用心よ?
 二人のお陰で四枚のキングが揃っちゃった。
 これで私は強くなれる。
 あんな奴等よりも。
 そして、純一よりも。
 私は、純一の事が好きよ。
 でもね、私より強いって言うのは許せないの。
 私が一番強くなきゃダメ。
 超古代の力にも興味あるけど、この四枚だけでも充分に強くなれる。
 仮面ライダーに選ばれたときから、私の中に響く声。
    強くなりたい。
 私、こんなに上昇志向強かったっけ?
    一番でいたい。
 これってライダーシステムの副作用?
 でも良いの。私が一番である事で、誰にも迷惑なんてかけてないんだから。
 そう思った時。見覚えのある人影が私に近付いてきた。
「あら……?」
 ゆっくりとした足取りで、こっちに近付いてくる。
 でも、様子がおかしい。何だか分らないけど、怖い……
    怖い?
    強くなったのに、怖い?
 どんなに振り払おうとしても、私の中から恐怖は消えない。
    まさか、ジョーカー……?
 禍木はジョーカーが現れたって言っていた。ジョーカーの狙いが、四枚のキングだとも。どうしよう。私、今四枚とも持ってる……
 ……そうよ、怖いなら、捨てれば良いじゃない。
    嫌よ、せっかく手に入れた「力」なのに。
 ……でも、死んじゃったら終わりよ?
    死ぬはずないじゃない。
    私は強くなったのよ。
 それじゃあ、何で私は「彼」から逃げてるの?
「あ、あ……」
 ほら、恐怖で声も出ないじゃない。
    禍木は、こいつに、殺された。
  逃げなきゃ。
     逃げなきゃ。
 雨の中、私は逃げた。でも、相手に威圧されて、足が竦んで上手く動けない。
 ゆっくりとした動作で、「彼」の手が私に伸びてくる。
      こ ろ さ れ る
「……きゃあああああああっ!」
 そうね、こんな悲鳴を上げるのが精一杯。
    だからキングのカードを奪われて、首まで絞められているのよ。
 すぅっと、満面の笑みを浮かべている「彼」の顔が、一瞬だけ白いジョーカーへと変わる。
……ああ。
    禍木の残したカードの意味、そう言う事、だったのね。
  なら、私が残すカードは……
……スペードスート……ブレイドのカードじゃないの。
    お願い、気付いて。
  このカードで。
手遅れに、なる前に……
     私は
   強くなりたかった
 ただ、それだけ……

「夏美まで……そんなぁっ!」
 呆然と、豪雨の中で倒れている夏美の亡骸を眺めて、志村が眉根を寄せて嘆き悲しむ。慟哭にも似た嗚咽が、一瞬だけエントランスに響く。
 今度は橘も傍らに立っていた。だが、その顔は他の面々とは異なり、無感情に近い。
 ……夏美も、禍木の時と同様に、その手にカードを握っている事に気付き……剣崎はそのカードをそっと彼女のてからそれを抜き取る。
 「スペードの4」。封印されているのはボアアンデッド。
 それが、三輪夏美が最後の力を振り絞って残したカードだった。
 誰も何も言わない。
 誰も何も言えない。
 激しく窓を叩く雨音と、周囲に轟く雷鳴だけが、その場に響く……
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