過去の希望、未来の遺産

【その17:力、集え】

 剣崎一真は、何を望む?
 相川始は、何を願う?
 そして私は、何を求む?

 次いでデンライナーが停車したのは、先程までいた時間ばしょから一日程度経ったところ。
 窓から見える細い並木道は、青々と緑が茂って美しい。
 普段は木漏れ日の射す静かで穏やかな公園なのだろうが……死屍累々と横たわる人の姿と、それの元凶であろう甲虫のような姿の異形、アンデッドの姿のせいで、今はこの場をただの地獄と変えていた。
「カテゴリーエース!」
 いつかの機械が、その出現を告げていたらしい。剣崎と睦月がその前に立ち塞がると、睦月はそのまま飛び込むように変身する。
 武器であるロッドを使わずに素手で殴りつけているその様は、どことなくキンタロスの戦いに似ているように感じられた。
「雰囲気が、キンタロちゃんみたいですね!」
「うーん、僕は体型のせいだと思うんだけど……」
 外の戦いでテンションがいつも以上に上がったのか、拳を突き上げて応援するナオミに、ウラタロスは苦笑で返す。どちらもやや言いたい放題気味ではあるが、当の本人……睦月には聞こえていないので何とも言い難い。
 比較されているキンタロスに至っては、あまり興味がないらしい。いつの間にか、ちゃっかりと眠っていた。しかもいびきまでかいて。
 戦いは、完全に睦月が押している。
 武器はロッドと言う中距離格闘型の物だが、どうやら彼はそれだけでなく拳を主体とした近距離戦も得意としているらしい。
 完全に戦いが睦月のペースになり始めたそこに、三台のバイク……志村達も到着し、そのまま自分達も戦いに興じようとした、その瞬間。
 禍木は睦月に弾き飛ばされ、その場にぺたりと尻餅をついた。
「……ンの野郎……!」
 余程悔しかったのか、怒りに満ちた声で禍木は呟くと、睦月を絞め殺さんばかりの目で睨みつけてベルトを構える。恐らく、睦月諸共アンデッドを葬ろうと画策でもしているのだろう。だが、睦月も軽く首を禍木に向けるとそんな彼らの動きに鋭い声を飛ばした。
「来るな! そこで見てろ!」
「……今まで表に出さなかったけど、彼もあまりあっちの三人の事が好きじゃないみたいね」
「僕も嫌い! あっち行けー!」
 窓の外に向かって、追い払うように手を振るリュウタロス。そんな事をしても、相手には見えもしないと分かってはいるが、やらずにはいられないらしい。
 一方で外の睦月は、殴りつけるのを止めてロッドを使い始めていた。恐らく、素手で殴りつけると言う単純な攻撃だけでは、相手を封印するまでには到らないのだろう。
 素手とは違い、ロッドを使う分相手との距離が必要になる。その距離を取るべく、アンデッドをそのロッドで突き飛ばし……
『BLIZZARD』
 手元のカードを読み込ませ、突き飛ばしたまま冷気を吹き付ける。その冷たさにアンデッドは一瞬怯み……その隙に放たれた睦月のキックをまともに喰らって、後方へ大きく吹き飛び、転がる。
 そしてそれが起き上がるよりも先に、睦月は別のカードを投げ……あっさりと、相手はその中へと封印されたのである。
 遠くてカードの絵柄はよく分らないが、敵の姿から考えて甲虫の絵が描かれているのだろう。ちらりと赤い模様のような物が見えるが、トランプで言う所のマークだろうか。
「剣崎さん、貴方のカードだ」
 そう言うと、彼は剣崎に向かってそのカードを投げ渡す。それを使うべき存在は、封印した睦月自身ではなく、側で歯がゆそうに見つめていた剣崎だと態度にも示しながら。
「……何でわざわざカードを投げるんですかね? 普通に渡せば良いのに」
 純粋な疑問からナオミが言ったその時。今まで眠っていたキンタロスが小さく動いた。
 ……「投げる」。
 その単語が、彼のスイッチを入れたらしい。
「投げる、なげる、なける……泣けるでぇっ!」
「黙ってなさい!」
 俯き、舟を漕いでいたキンタロスが勢い良く顔をあげ、そのままの勢いで立ち上がり、暴走する……その寸前、ゴッと言う鈍い音と共にハナの踵落としがキンタロスの脳天に極まる。
「ハナさん、机の上に乗るのははしたないですよ?」
「突っ込むトコはそこか、ナオミ……」
「ハナちゃん、怖い……」
「スカートで足を振り上げるのは、いかがなものかと思うぞ、姫?」
 机に突っ伏し、眠っているのか気絶しているのか、それとも永眠しているのかよく分らない状態のキンタロスを横目に見ながら、他のイマジン達は各々、とばっちりを食わないようそそくさと窓の外に目を向ける。
 その時見たのは、戦いが終わったのを見計らった禍木と夏美が、睦月に向かって駆け出すところだった。
 怒りに満ちた表情で、変身までして。
 そして……禍木が睦月に一撃を加えると、心底怒った声で怒鳴りつけた。
「俺達の邪魔すんなって言っただろうが!」
「そうそう。大人しく引退してれば良いのよ」
 いつの間にか夏美も変身している。どうやら二人は、ここで剣崎達を潰す気らしい。
「何考えてるんだお前等!」
 剣崎がぎょっとしたように声をあげる。
 気に食わないからと言う理由だけで、仮面ライダー同士が潰しあうのは馬鹿げている。彼らの敵はあくまでアンデッドであり、ライダーではないはずだ。
 しかしそんな剣崎など眼中にないかのように禍木と夏美は睦月に向かって攻撃を再開する。
 二対一。いつか、リュウタロスがアントホッパーイマジンに襲われた時と同じ構図。
「……あ……」
 その時の事を思い出したのか、彼は小さく声をあげると一歩だけ窓から離れ……一瞬後、瞳に怒りの色を宿し、睦月を襲う二人を睨みつけた。
 睨み付けても何も変わらない。分かってはいるが、睨まずにはいられなかった。
 流石にライダー二人の相手は辛いのか、アンデッドに対しては圧倒的優位に立っていた睦月が、徐々に圧されはじめる。反撃の暇を与えられず、ロッドで相手の攻撃を防ぐので精一杯と言った所か。
「やめろ!」
 その様子を見かね、苦しそうな顔で剣崎が叫ぶ。
 変身して睦月を助けるべきか否かを迷っているのが見て取れる。だがその逡巡も、直後に見た睦月の姿で吹き飛んだらしい。
「……変身!」
 意を決したように剣崎が変身し、なおも睦月へ攻撃を続ける二人の間に割って入る。
「やめろ! どう言うつもりだ!?」
 剣崎が入った事で、実質的には二対二。数の上では対等になった。
 それをどう思ったかは分からない。少なくとも禍木は、間に入った剣崎も敵とみなしたらしく、彼に攻撃を仕掛けたが……その刹那だった。
「禍木!」
 今まで変身もせずに傍観しているだけだった志村が、禍木を制止する。
 だが……それが戦いを止めるための制止でない事は、デンライナーの乗客にも伝わった。
「……見せてもらいますよ剣崎さん。貴方の力を」
 言うが早いか、志村もまた、変身をして剣崎に向かって剣先を向け振りぬく。しかし向けられた方も反射的に自身の武器を振ってその剣を止める。
 ギン、と金属同士のぶつかる嫌な音が響く。しかし互いの体にその切っ先が当たる事はない。寸前で互いの刃を止め、弾く。その繰り返しだ。
「流石ですねぇ、ブレイド!」
 鍔迫り合いながらも、志村が剣崎に向かって感嘆の声を上げた。
 彼らの実力は五分……少なくとも、ハナの目にはそう映るが、話をする余裕がある分、ひょっとしたら志村の方が上かもしれない。
 そう思った時、ライダー達に向かって、どこからか散弾の様な攻撃が放たれた。
 攻撃してきた方に視線を向け、その相手を確認した時……ハナははっと息を呑み、目を見開いた。
 金色を基調とした体色、両手には大振りの二本の剣、クワガタムシを連想させるフォルム。元の世界でも見た、その異形の姿は……
「カテゴリーキングか!」
 剣崎が、誰にと言う訳でもなく叫んだ。
 ……そう。元の世界では、最後の最後まで残ったアンデッド。
 天王路を殺し、彼の作ったケルベロスのカードを奪ってジョーカーを追い詰めた存在であった。
「そう言えば彼、ダイヤのキングだったっけ。解放されていてもおかしくはないよねぇ」
 唯一、彼が封印されたカードを見たことのあるウラタロスが呟く。
 とは言え、今の今までそんな事実は忘れていたし、そのカードを見たのもほんの一瞬。この可能性に思い当たれ、と言う方が無理な話だろう。
 そんな風に思っている間に、カテゴリーキングは素早い動きで剣崎と志村の二人を他の三人から引き離す。
 だが、その行動に出た異形の姿に、ハナは微かな違和感を覚えた。
「何か変じゃない? 私達の知っているアイツの性格からすると、勝ち目が無きゃ姿を現すとは思えないんだけど……」
「確かに、ハナさんの言う通りかも。ひょっとすると、何かこの状況をひっくり返す策でもあるのかもね」
「それとも、『異世界だから』ってか?」
 だとしても、様子がおかしい。可能性を挙げはしたが、言ったウラタロスとモモタロスも自分の言葉に納得しかねているように見える。
 彼らの知るカテゴリーキングは、いつもシニカルな笑みを浮かべ、夏美以上に他人を……否、人間を馬鹿にした態度をとっていた物の、どこかその馬鹿にしている人間に近い、打算的な部分があった。
 だが、今目の前にいるギラファアンデッドは違う。
 人間性の欠片もない、ただの獣。
 他のアンデッド同様、低い唸り声を上げて闇雲にライダー達に……剣崎と志村の方へ攻撃を仕掛ける。その動きに計画性の欠片もない。
――この性格の違いも、『異世界だから』の一言で済まされるのかしら?――
 不審に思いながらも、ハナはカテゴリーキング達の様子を窺う。
「本当に、何を見せたいのよ……?」

 突っ込んできたギラファアンデッドに押される様に、ブレイドとグレイブの二人は他のライダー達から引き離されてしまった。
 しかし、アンデッドの方からこちらにやって来たのは、ブレイド……剣崎としては好都合だった。
 ライダー同士で争う事は、あまり良いとは思えない。
 仮面ライダーが戦う目的は、あくまで「アンデッドの封印」……いや「人類の平和」の為だと、彼は思っているからだ。
「はぁっ!」
 ギラファアンデッドに斬りつけながらも、剣崎の口からは、思わず気合が漏れる。
 戦ってみて、わかった。
 グレイブ……志村は、強い。
 普段はチームで戦っていたから分からなかったが、彼は……いや、彼らは単身でも充分に強い。剣崎達を馬鹿にしていたのも、あながち慢心からではなかったのだろう。
――一緒に力を合わせて戦う事が出来たら、きっと――
 それに、志村は順応力も高い。即席とは言え、今も自分と絶妙なタイミングでギラファアンデッドに剣戟を繰り出している。
 そう、思った時だった。
 その場から逃げ出そうとするギラファアンデッドを追おうとして、別のアンデッドに行く手を遮られたのは。
 その間に、ギラファアンデッドは、それを追ったグレイブと共にどこかへ消えてしまう。
 グレイブ一人でも封印する事は出来るだろうが、相手が相手なだけに、やはり心配である。しかし、そう簡単に彼らを追わせてくれる程、目の前にいるアンデッド……蜥蜴の始祖、リザードアンデッドとて甘くはない。
――やはり、こいつを封印してから追うしかないか!――
 無論、剣崎にアンデッドを野放しにする気はない。
 即座にギラファアンデッドを追う事を止め、剣崎は目の前に立つリザードアンデッドに集中する。
 そして集中した時の剣崎は、強い。何合か打ち合いながらも、彼の剣技の方がリザードアンデッドの動きより数段早く、既に相手の体には幾筋かの切り傷が体にうっすらと浮かんでいる。
 何度斬りつけた後だったか、剣崎は大きく揺らいだリザードアンデッドの体に向け、ここぞとばかりに渾身の一突きを繰り出す。それによって弾き飛ばされ、倒れこむリザードアンデッドに向かって三枚のカードを取り出した。
『KICK』
『THUNDER』
『MACH』
 スペードスートの四、六、九のカード。その組み合わせで繰り出される技は、ブレイドの持つ蹴り技の中でも最強の部類に属す攻撃。
『LIGHTNING SONIC』
 電子音が技名を告げると共に、ブレイドは大きく上へと飛び上がると、ふらつきながらも何とか体を起こしたリザードアンデッドに向かって、速度と電撃を纏った蹴りを叩き込んだ。
 それにより、リザードアンデッドの敗北及び封印が確定したのである。

 睦月……レンゲルは、ギラファアンデッドを追っていた。
 突き飛ばされはしたものの、それ程大きなダメージはないし、何より彼もまた、アンデッドを見過ごす訳にはいかないと思っていたから。
 途中、ブレイドがリザードアンデッドによってギラファアンデッド達と引き離されたのを見かけたが、あの程度の相手なら剣崎一人で何とかなる。むしろ、カテゴリーキングと一対一になった志村の方が危険であると判断したのだ。
 正直、新世代ライダーである志村がどうなろうと睦月の知った事ではないが、見殺しにするような真似もしたくない。
 息を切らしながらも、ようやく見つけたその時。
 彼の目に飛び込んできたのは、何故か恐れ慄いている様に見えるギラファアンデッドと、それを追い詰め、プロパーブランクを構えるグレイブの姿だった。
――妙だ――
 その様子にどこか奇妙な気配を感じ、思わず相手の死角へ身を隠すレンゲル。
 追い詰められながらも、必死に古代語でグレイブに何かを訴えるギラファアンデッド。
 人間に、古代語など分かるはずがない。
 しかし、そんなレンゲルの思いとは裏腹に、グレイブは感情を感じさせないような声で……こう、返した。
「ダン・ピラ・ファリキ」
 現代人の耳には、そう聞こえる言葉。
 それは紛れもなく古代の……アンデッド達の言語。
 現代人では到底扱えぬであろうその言語を発すると同時に、グレイブはカードを投げ、ギラファアンデッドを封印すると……そのまま、レンゲルのいる方向とは逆の方へと去っていってしまった。
 ……残るキングは…………あと一枚。

「さっきは済みませんでした。やっぱり僕達は思い上がっていたのかも知れない。剣崎さんがいなかったら、今頃僕はどうなっていたか分からない」
 戦いが終わり、橘がいる研究所へ戻ってきた志村は、ついて来た剣崎に対し、うなだれる様にそう言った。
 今、この場には志村と剣崎しかいない。
 橘は相変わらず地下に篭もりきりだし、禍木や夏美はやはり剣崎達と共闘する事に抵抗があるのか、どこかへ行ってしまった。
「……橘さんが言ってたように、力をあわせて……」
 この研究所に戻ってきてすぐ、橘は志村達に対し「五人で力を合わせれば、仕事も早く片付く」と言った。
 その言葉を受けてだろう。剣崎が、どこか嬉しそうに言いかけたその時……
「駄目だ剣崎さん! そいつはアンデッド! もしかしたらジョーカーかもしれない!」
「え?」
 睦月が、彼等の側に駆け寄りながら、剣崎の言葉を遮った。その表情は真剣そのものだ。
 言われた方……剣崎は、意味の把握が出来ていないらしく、睦月の方を見ながら不審そうな声を上げるのが精一杯だった。
「見たんです、さっき。そいつはアンデッドと話していた。キングのカードを集めるために、人間の姿を借りて、仮面ライダーになったのかもしれない」
 睨み付けてくる睦月の言葉を聞きながら、志村はどこか悲しそうな表情で俯く。
 一方、アンデッドと話していたと言う事実と、睦月の述べる可能性を聞いていた剣崎の顔は、志村とは逆に徐々に険しくなっていく。
 確かに、睦月が言うような可能性はある。
 二体目のジョーカーの狙いは四枚のキングのカード。それを効率よく集めるためには、人間として……ひいては仮面ライダーとして戦っていった方が、カードを集めるのに都合が良いに違いない。
 ジョーカーやカテゴリージャック以上の上級アンデッドと呼ばれる存在ならば、ヒトの姿を取る事など造作もない。
 その上、そう言った事が出来るアンデッドは、ヒトの心理につけこみ、騙す事も厭わない。
 その事実を知っている以上、アンデッドと会話していたという志村は、限りなく怪しく見えてしまう。
「それは違うぞ睦月」
 ……しかし、否定の言葉は思いも寄らない所から上がった。
 睦月とは逆方向から現れた、橘の口から。
「志村が古代語を話せてもおかしくはない。元々大学で古代語を研究していたんだからな」
 考古学の一つと考えれば、古代語を研究する大学があってもおかしくはないが、それが事実であるとも限らない。
 しかし……橘にそう言われては、信じるしかない。いや、信じたい。
 かつては共に戦い、今もなおアンデッドと戦う橘の言葉を。
 しかし、一度撒かれた疑惑の種は、どんなに足掻いても刈り取る事はできないのも事実。
 それを分かっていてなのか……志村は、相変わらず悲しそうな表情のまま、剣崎達を見ながら口を開いた。
「…………『アンナサン・フワ・ウンムルハルグ』。『疑惑は争いの母』、と言う意味です」

「何か気にくわねぇよなあ。今更ブレイドだのレンゲルだの」
 志村達からは少し離れた場所で。禍木と夏美は不機嫌を隠そうともせずに佇んでいた。
 単純に、禍木は剣崎達が気に入らない。
 確かに禍木は、元は普通のウェイターだった。それが、アンデッドに襲われ、才能を見込まれ、今の力……ランスの力を得るに至った。
 自分がアンデッドに襲われた時、助けてくれたのは志村……グレイブであって、ブレイドやレンゲルではない。だからこそ、禍木は志村をそれなりに尊敬しているし、頼りにだってしている。
 しかし剣崎達は違う。
 自分達が戦っていたのに、後からやってきて、まるで自分の方が上だとでも言わんばかりに横柄な態度。
 確かに彼等もアンデッドと戦った経験があるのかもしれないが、自分達が襲われている時は何もしてくれなかった。
 それどころか、全てが終わったと勝手に思い込み、のうのうと平穏な日々を送って来たではないか。
 それなのに真実を知ったら、自分にも戦わせろと言う。
 「今の仮面ライダー」である自分達など不要と言わんばかりにチーフ……橘に取り入って。
 のほほんとしたあの表情も、正義感に満ちた言動も……何もかもが、気に入らない。
 そんな風に感情が表に出る禍木とは対照的に、夏美はじっと己の足元を暗い瞳で見つめ、呟きを落とす。
 禍木の言葉に返しているようにも、独り言のようにも聞こえる呟きを。
「……あんな奴等には負けたくない。もっともっと……強くなりたい。もっと、もっと……誰よりも……」
 夏美は、禍木とは違う。
 純粋に戦いを楽しんでいるふしのある彼とは違い、彼女の目的は「力」であった。
 OLをやっていた彼女が、志村に誘われて仮面ライダーになった……他人とは異なる「力」を得た時、彼女は「力」その物に魅せられた。
 力を得る事が目的であり、手段として「力」を使う剣崎達が疎ましかった。
 今、仮に彼女の望みを叶えてくれる存在があったとしたら、迷わずこう答えるだろう。……「誰にも負けない力が欲しい」と。
 だが、そんな……望みを叶えてくれるような存在はいない。
 ならば、自分で「力」を得るしかない。
 ……かつて、睦月がそうであったように……彼女もまた、急激に得た「力」の闇に、飲み込まれていた……

「何か、怪しい事ばかりですねぇ?」
 禍木と夏美の呟きを聞いて、ナオミが首を傾げながらそう言った。
 無論、志村にかけられた疑惑も彼らは把握済みである。
「そうだね。あの志村って人、アンデッドと話してた辺り、いくら何でも怪しすぎだよねぇ」
 顎をさすりながら、ウラタロスが目を細めて言う。
「夏美って女も、どうかと思うで? 『強さ』は、あんな顔して求めるもんとちゃう。きちんと修行するべきや。与えられた力に頼るようではまだあかん!」
 キンタロスは夏美の抱いている闇に気付いているのか、唸るように言う。
「禍木って野郎は単純でわかりやすいんだけどよぉ……あとの二人は何を考えてるか、わかったもんじゃねぇな」
 好きにはなれそうにないが、禍木に関しては胡散臭さを感じていない様子のモモタロス。それは、自分もまた単純にできているがためにわかる事なのかも知れないが……
「モモタロスも単純じゃん」
「リュウタ、先輩は単純なんじゃなくて単細胞なだけだよ」
「桃の字に単純て言われたら、お終いやで……」
「うるせぇっ。俺のどこが単純なんだよ!?」
 他の面々に言われ、ドスの聞いた声で脅しつけながらも、手近にいたウラタロスに掴みかかろうとした瞬間、スパァンっと言う軽やかな音と共に、モモタロスは後頭部をハリセンで叩かれた。
「全部よぜ・ん・ぶ」
 殴られた勢いでうつ伏せに倒れてピクピク痙攣しているモモタロスを踏みつけ……と言うよりは踏み躙りつつ、ハナはトントンと持っている武器ハリセンで肩を叩きながらそう答えを返す。
 ……答えられた方に、その声が届いているかは甚だ疑問ではあるが。
「でもぉ、一番怪しいのはあの橘って人ですよねぇ」
『……え?』
 元の世界の橘を知らないナオミの一言に、全員が……ジークすらも……間の抜けた声を返した。浮かんでいる表情も、声と同じ間の抜けたもの。しかしそれを気にせず、ナオミは己の考えを口に出す。
「だってそうじゃないですか? 何かずっと無表情だし、いつも絶妙なタイミングで現れるし、何考えてるかわからないし。それに、そもそもジョーカーって言うのに襲われた事があるんですよねぇ?」
「うん。確か……そう言ってたわね」
「だったらぁ、その時に本物は殺されちゃって、ジョーカーって言うのがその人に成りすましてるのかも!」
 カウンターに腰掛け、足をぶらつかせながら、いつも通り何の危機感も感じさせない口調で言い切る。それは、元の世界の「橘朔也」を知らないからこそ辿り着いた考えなのかもしれない。
 実際、ナオミにそう言われるまではその可能性を誰も考えてなどいなかった。
 元の世界に存在しているのだから、この世界にいる「橘朔也」も、元の世界の「橘朔也」と同じだと……無条件に思い込んでいた。
 だが、言われてみれば納得できる部分は多々ある。
 仲間であったのならば、アンデッドが解放された時、真っ先に知らせるべき剣崎達には何も言わず、自分の事をよく知りもしない別の人間達にアンデッドを封印させていた事、今になって剣崎や睦月をアンデッド封印に関わらせている事などを考えると、ナオミの指摘した「可能性」が現実味を帯びていく。
「じゃあ……本当に『変わっちゃった』のかな?」
 この世界に来てからすぐ、リュウタロスは確かに呟いていた。「橘も、何か変わっちゃった」と。
 その時は「異世界だから、元の世界と少し変わっていて当然」という理由で納得したのだが……
 もし、本当に「違う存在」に成り代わっていたら……?
「くそっ! 何で俺達は見てるだけなんだよ……!」
 干渉が出来ないと言うのなら、何故こんな物を見せるのか。
 この世界に来てから、何度も思った疑問。
 答えてくれる者の存在は……期待できない。
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