過去の希望、未来の遺産

【その16:瓦解するキモチ】

 「月の子」は、この世界の事を気付くだろうか。
 「愚か者の欠片」は、この世界を見限ったのだろうか。
 「皇帝の愛娘」は、この世界の真実を知るのだろうか。

 天音が捕まった理由は窃盗罪。とある百貨店で、万引きを働いたと言う。
 初犯と言う事もあり、今回は説諭のみであっさりと釈放されたが、警察署から出てきた天音に反省の色はない。
 それどころか、迎えに来た遥香達に対してすら刺々しい態度をとっていた。
 帰ろうとする虎太郎に車を止めさせ、まるでその場から逃げるかのようにしながら近くにあった小さなゲームセンターに入り、クレーンゲームで仔猫のぬいぐるみを半ば睨みつけるように見つめながら狙うのだが……
 彼女の後をついてきたらしい剣崎が、不意に声をかけてきた。
「大きくなったなぁ、天音ちゃん。でも、どうしちゃったのかなぁ?」
「もう! ウザいんだよ! 放っといて! ……ホント、ウザい……」
 猫撫で声を出す剣崎とは対照的に、天音は今にも泣きそうな声でキツい言葉を返す。その理由はクレーンゲームに失敗したからなのか、それとも子供扱いされたからか。あるいはもっと別の……
 考えたところで、その理由は天音にしか分からないのだが。
「……そんな訳には行かないよ。心配なんだよ、天音ちゃんの事……」
「もう、嘘! どうでもいいと思ってるのに? あんたも虎太郎もお母さんも! ……始さんだって……」
「っ……始……?」
 畳み掛けるように放たれる名前の羅列の中に、自分がかつて封印した存在が出た瞬間、剣崎の声が意図せず下がる。
 だが、天音はそんな事に気付いた様子もなく、言葉を吐き続けた。
「始さん、私の事守るとか言っといて、突然いなくなって……!」
 そこまで言って感情が抑えきれなかったらしい。天音は剣崎から……そして自分の言葉から逃げるようにその場を後にする。
「天音ちゃん!」
 何を言えば良いか分からない。それでも、何かを言おうと剣崎が彼女を追いかけ、その名を呼んだ刹那。二人の目の前に、複数の異形が姿を現した。
 基本色は白に限りなく近い灰色。どことなくゴキブリを想像させるフォルム。
 それを見た瞬間、天音は嫌悪からか思い切り悲鳴を上げた。
「こっち! 早く!」
 慄き、竦む天音に言いながら、剣崎は彼女の肩を抱き、異形のいない方向へと駆け出す。
 流石にかつてはライダーであっただけあって、異形を眼前にしても冷静な判断を下せる辺りは、少なからず天音にとって心強く感じられる。
 とは言え、異形はわらわらと自分達を追ってきている事に変わりはない。人気の少ない方へと逃げながら、二人はとにかく相手を撒こうと必死に駆けた。
「天音ちゃん早く!」
 突き当たった行き止まり……のようになっているフェンスの上に彼女を押し上げながらも、剣崎が声をかける。相手の動きは見た目程すばしこくはない。むしろ緩慢だ。走っている間にかなりの距離を広げたが、フェンスを越えると言うタイムロスの間に異形達は距離を確実に縮めてきている。
 先に天音がフェンスを越え、そして追いつかれる本当に直前で剣崎もフェンスを乗り越えて再び駆け出す物の、異形達はその数の圧力に物を言わせてそれを倒し、更に彼らを追い詰める。
 そして……どれだけ走っただろうか。逃げる彼らのすぐ目の前に、まるでこちらを待っていたかのように多数のアンデッドが姿を見せた。互いに、古代の言葉で何かを言いながら。
 その会話で剣崎が聞き取れたのは、「ジョーカー」と言う単語だけ。しかし戦う術のない彼にとって、今最も重要な事は天音を安全な場所へ逃がす事。悠長にアンデッド同士の会話を聞いている余裕はない。
 だが……妙な感じがした。違和感、と言っても良い。今までのアンデッドとは何かが違う。普段なら無差別な攻撃を仕掛けるはずの彼らが、今はまるでこちらを……天音だけを狙っているかのような動きを見せている。
 とは言え、考え事をしている余裕はない。一刻も早く天音を安全な場所へ逃がし、この状況を打破しなければ……
 そう思った時だった。
 背後から迫ってくる白い異形達を、三台のバイクが跳ね飛ばしたのは。
 バイクから降り立ったのは、志村達三人。
「変身」
 ライダーに変身し、三人はそれぞれアンデッド達に向かって攻撃を仕掛ける。
――もう、大丈夫か?――
 剣崎が訝りながらも安堵の表情を見せかけた刹那。彼らの後ろから、ライダーの攻撃をすり抜けたのであろう、無数の白い異形達が襲ってきた。
「いやぁぁぁっ!」
 己の見込みの甘さを呪いつつ、剣崎は悲鳴を上げる天音を連れ、近くにあった廃工場に逃げ込む。
 その理由は、障害物が多いため。相手の足止め程度になると思ったからなのだが……その考えはやはり甘かったらしい。相手の内の数体が、ブンと羽音を響かせて空中からこちらを追い詰めにかかる。
 それを見て取ったのか、志村……グレイブ達が、彼らを守るかのように白い異形を慌てて薙ぎ払う。
「逃げろ!」
 剣崎にそう言うと、グレイブは再びアンデッド達に向き直って攻撃を再開する。
 ……剣崎も、その場にいる事で足手纏いになる事が分かっているらしく、小さく肯くと天音を連れてその場を後にする。
 悔しいが、彼らの実力なら、任せても平気だろう……そう思った矢先だった。
 彼らの攻撃を逃れた白い異形達が、二人に襲い掛かってきたのは。
――まずい……!――
 剣崎の眼前にまで、異形が肉薄したその時。それを排したのは自分達の後を追ってきたらしい睦月だった。
「剣崎さん!」
「睦月!」
 睦月も、かつては戦士として戦ってきた存在。
 それ故、この状況は見過ごす事はできないし、無力な人間を見捨てるなどと言う事もしたくない。
 こちらに向かってくる三人のライダー……黄色のグレイブ、緑のランス、赤いラルクも、異形達を攻撃しているのが見える。
 それを見て、理解する。……異形達は、明らかにアンデッドとは異なっている事を。
 倒しても死なない……封印するしか手立てのないアンデッドとは異なり、そのゴキブリのような異形達はライダー達の攻撃を喰らうと、緑の炎のような物に包まれた後、骨格を残して消滅したのである。
――何なんだあれは。アンデッドと何か関係があるのか!?――
 答えの出ない疑問を心の中でのみ浮かべつつ、剣崎、睦月、そして天音の三人は何とか工場の外に出る。だが、当然のように異形達もライダーには目もくれずこちらの後を追ってきている。
――こいつらの目的は何だ!?――
 これまた答えの出ない疑問を浮かべた瞬間。一体のアンデッドが三人の眼前に立ち塞がった。
「……お前は……!」
 声を上げたのは睦月。それは見覚えのある……いや、忘れられるはずがない存在。
 ……クラブスートのカテゴリーエース。蜘蛛の始祖、スパイダーアンデッド。
 忘れられなくて当然だ。かつてはその存在の力を使って変身し、そしてその存在に……闇に操られたと言う忌まわしい記憶があるのだから。
 だが、そいつの方は睦月には何の興味も示さず、ゆっくりと天音と剣崎の方に向き直り……
「きゃああああっ」
「天音ちゃん!」
 庇うように、天音に覆いかぶさる剣崎。
――これで終わるのか!?――
 剣崎が自分の死をも覚悟した、その時。
 一台のバイクが、スパイダーアンデッドを跳ね飛ばした。
「……橘さん!」
 バイクのドライバー……橘は、無表情に剣崎を一瞥すると、すぐに視線をスパイダーアンデッドに戻し……
「変身」
 抑揚のない声で宣言。ゆっくりとスパイダーアンデッドに近付くと、キックを主体とした攻撃を繰り出した。
『FUSION JACK』
 ラウズアブゾーバーにジャックのカードを読み込ませ、ギャレンはジャックフォームにチェンジすると、三枚のカードを取り出し……
『BULLET』
『RAPID』
『FIRE』
 ダイヤスートの「2」、「4」、「6」。そのカードの組み合わせにより、技の名前が告げられる。
『BURNING SHOT』
 ジャックの力も加わって、ギャレンはスパイダーアンデッドと共に上昇しながら、相手の腹部に銃弾を撃ち込む。
 そして……銃撃の反動によって相手が地面に叩きつけられ、ヒクヒクと痙攣しているのを見ると、悠然と着地しながらカードを投げ……事も無げにスパイダーアンデッドを、封印した。
「睦月!」
 そのカードを睦月に向かって投げるギャレン。
 チェンジスパイダーのカードは、睦月がレンゲルに変身する時に用いていた物。
「変身するんだ」
 さも当たり前のように、ギャレンはそう言い放ち……いつの間にか持っていたレンゲルバックルも、カード同様睦月に向かって投げ渡した。

 ……俺は、ライダーだった過去を忘れたかった。
 普通の生活に戻るために。
 だけど今、俺は襲い掛かってくる異形達と戦う力を渡された。
 ……今度は、自信がある。力の使い方を、間違えない自信。
 自分のために……最強であるために力を振るうのではない。
 守りたい者のために、力を振るう。
 ……忘れるという事は、ただ逃げているだけだ。
 だから……
 俺は、もう一度、運命と戦う!
「変身!」

 「元の世界」の西暦二〇〇七年一月三十日。
 上城睦月は、テスト終了の開放感に包まれていた。
 後は、単位が取れているかどうかだが、その辺りはもはや自分がどうこう出来る問題ではない。
――とりあえず、実質今日から春休みな訳だし、橘さんの手伝いでもして、あわよくばアルバイト料でも貰おうかな……――
 などと考えつつ、睦月は橘の家に向かう。
「お邪魔します、橘さ……ん…………?」
 しかし彼の目に飛び込んできたのは、意識を失っている橘と、左脇に誰かを抱えている、アンデッドに良く似た異形の姿。
 浮かれ気分の混じった表情が、一気に緊張感溢れる物へと変わり、反射的に拳を握って身構える。
「お前は!」
 睦月が声をあげると同時に、そいつは橘の時と同様に、右手を彼の方に向け……睦月を、攻撃した。
 突然の出来事に対応しきれず、睦月はそれをまともに喰らう。おまけに相手は狙っていたのか、睦月の体は近くの壁に激しくぶつかり、打ち所が悪かったのかそのまま意識を失ってしまう。
「騒がれると面倒だしな……」
 イマジンはそう呟くと、再び右手を睦月と橘に向かってかざした……

 トンネルの向こう、西暦二〇〇八年四月十八日。
 睦月が変身出来た事もあって、並居る敵を倒した物の、結局剣崎がブレイドになるためのカテゴリーエース……ビートルアンデッドには逃げられてしまった。
「さっきの白いゴキブリもどき……同じような黒い奴を見たなぁ」
「ふむ、ダークローチの事だな。モノリスが生み出していただろう」
 キンタロスの言葉に、ジークが答える。
 言われてハナも、元の世界の相川始がジョーカーへと変貌した瞬間に現れた存在の事を思い出した。
 確かその時も、ジークはあの異形の事を「ダークローチ」と呼んでいた。
「今度のアレは白いからな。アルビローチとでも言うか」
「あるび……?」
「白いジョーカーの事は、アルビノジョーカーと呼ばれているからな、それに合わせた」
「……ホント、何でも知ってるよねぇ、ジークは。ちょっと不自然なくらい」
 皮肉を込めてウラタロスが言うが、言われた方は小さく肩をすくめてコーヒーを一口啜るだけ。
 知っている理由を答える気など、毛頭ないらしい。
 ……もっとも、それは今に始まった事ではないのだが。
「そもそも、お前達が『知らない』方がおかしいのだ」
「何で?」
「…………」
 リュウタロスの言葉に、ジークが返すのは意味深長な沈黙のみ。
 知っているのに、答えない。
 それはオーナーもそうだった。
 教える気がないのか、それとも、教える事のできない理由でもあるのか。
「……俺らには、良太郎に憑く前の記憶がない。……過去がないんや。仮に昔、ここの事を知ってたとしても、今の俺はここを知らん。忘れとる」
 恥じる様子もなく……むしろ、堂々とした態度で、キンタロスは言い放つ。
 他の三人も同様らしく、その言葉に小さく頷いた。
「そう、だったな。『お前達』と私は『違う』のだったな……」
 その様子を見て、ジークは寂しそうな……しかしどこか嬉しそうな声で、そう小さく漏らす。俯き、影になっていしまっているせいで、顔はよく見えないが。
「……とにかく、今は彼らの様子を窺うしかないわよ。何か、『元の世界』との違いが分かるかもしれないし……」
「でもハナさん、さっきの人達、建物の中に入っちゃいましたよ?」
 ナオミに言われ、ハナと五人のイマジンは我に返った様に窓の外を見る。だが彼女の言う通り、既に戦士達は建物の中に入ってしまっており、会話を聞くどころか様子を窺う事さえできない。
 外に出る事が出来ない以上、建物の中に入られてはこちらからは手の打ちようがない。
「こうなっちゃうと、どうしようもないよねえ?」
 ひょいと肩をすくめながらウラタロスが溜息混じりに言った瞬間。デンライナーを取り巻いていた風が、一瞬だけ妙な音を上げて揺らいだ。
 それとほぼ同時だっただろうか。建物の中と思しき風景が、デンライナーの壁に映し出されたのは。
「うおっ!?」
「ええっ!?」
「何や?」
「うわぁ……映画みたい! 面白ーい!」
「ほう?」
 まるでこの状況に合わせたかのように、剣崎達が映し出される。おまけに音声まで届いているのだから奇妙な話だ。
――一体、どうなってるの?――
 不審に思いながらも、他に情報を知る術はない。踊らされているような嫌な印象を受けた物の、ハナは映し出された彼らの様子を見つめる事にした。
 元の世界との相違点を、見極めるために。
「橘さん! 聞きたい事があります」
 映し出されると同時に響くのは、剣崎が橘に詰め寄る声。どこか切羽詰ったように感じるのは何故なのか。
「……俺が封印した、始は? ジョーカーはどうなったんです?」
「ジョーカーのカードなら僕が持ってるよ」
 答えたのは橘ではなく志村。
 確かに彼の手には、緑色のハートのような模様の描かれた、ジョーカーのカードがあった。
「何だよ、何、気にしてんだよ?」
「いや、別に……」
 訝しげな禍木の問いかけに、剣崎は目を伏せて答える。
 ……もしもジョーカーも……相川始も解放されていたなら、きっと彼を天音に会わせる事ができたのに。そうしたらきっと、彼女も昔のように、心を開いてくれるのに。
 そんな剣崎の考えが、デンライナーにいる全員に、伝わってくるようだった。
「しっかし驚いたよねぇ。まさかもう一人ジョーカーがいたなんて。でも、何なんだろう? もう一人のジョーカーの狙いって」
「一緒に来い」
 能天気にも聞こえる、虎太郎の素朴な疑問。
 それに答えるかのように、橘は建物の更に奥の方へと歩き出した。
 虎太郎の疑問は、ハナも思っていた事だった。もしも「元の世界」と同じならば、相川始……ジョーカーが封印された時点で、もう一人のジョーカー……アルビノジョーカーの勝利が確定し、万能の力を得る事が出来たはずである。
 それにもかかわらず、アルビノジョーカーは他のアンデッドを解放した。
――欲しいのは、世界を自分の思うように変えられる力じゃなかったって事?――
 そう思った時、巨大な石板……否、石碑と呼べる程の大きさを持つ「それ」が映し出された。
 相川始がジョーカーに戻った時に見かけた、黒い石板ではない。
 薄茶色の石に、何かの文字らしき物が刻まれている。大きさは三メートル程だろうか。薄闇の中で微かな灯りに照らされているせいか、妙な存在感を醸し出している。
「これは……?」
「谷川連峰で発見された超古代のレリーフだ。これに刻まれている古代文字によると、『古代のバトルロワイアルに生き残った者に、偉大な力を与える』とある」
「偉大な力?」
「それが何かは分からない。古代の戦いにおいて勝利した人間は、その力を得る事を拒み、自らの力で進化する道を選んだ」
「じゃあ、ジョーカーの狙いは……!」
「そう。恐らく、眠り続ける古代世界の力を、自分の物にする事」
 流れるように交わされる言葉。
 だがここに来て、デンライナーの乗客達が知る情報とは異なる情報が現れた。
 元の世界では「古代世界」などと言う概念はなかったし、どうやらこの「偉大なる力」とヒューマンアンデッドが勝ち得たと言う「万能の力」は別物のようだ。
 それは単純にここが「違う世界」である事を示しているだけなのか、それとも何か別の意味があるのか……
「でも、その古代の力を得るためには、一体どうすれば……?」
「……四年前、五十三枚全てのカードが揃った時、不思議な現象が起こった。四枚のキングが新たなカードを生み出した。何も描かれていないバニティカードだ。だが、ジョーカーに襲われたあの日、アンデッドの復活と共にバニティカードは消滅した。恐らくはあのカードがキーになるのでは、と我々は考えている」
 橘が、淡々と説明する。
 アルビノジョーカーに襲われた時の事を説明した時もそうだったが、橘の様子は、やはりおかしい。
 以前の……元の世界の橘なら、もっと感情的に物を言っていただろう。リュウタロス達の知る橘は、冷静ではあったが冷淡ではなかった。
 ……そもそも、バニティカードとは何なのだろう。
 自分達をこの世界に連れてきたチケットのなれの果て……「Common Blank」と書かれたあのカードとは別物なのか。
 想像したくても、いかんせん情報が足りなさ過ぎる。だが、その一方で分かった事もある。
『じゃあ、もう一度四枚のキングを集めれば……!』
 デンライナーの中にいたナオミと、壁に映し出された虎太郎の台詞が寸分の狂いなく重なった。……どうやら、二人の思考回路は似通っているらしい。
「そう言う事だ。今の所、二枚のキングは志村が持っている」
「あとの二枚はアンデッドとして解放されたままですがね」
 ズボンのポケットの中から、志村が二枚のキングを取り出してそう言った。
 彼が持っているのはスペードとハートのキング。ダイヤとクローバーのキングは、解放されたままなのだろう。
「橘さん、俺も一緒に戦わせて下さい。俺、普通の生活に戻りたいと思ってました。でも、普通の生活に戻るためにも、今の世の中を守らなきゃって思うんです」
「俺も力を貸します。橘さん」
 睦月と剣崎がそう願い出る。
 彼らは、何が起こったかを知ってしまった。それ故に、今の状況を放っておく事が出来ないのだろう。
 ……その意思は、どこか良太郎を思い出させる物であった。
――僕に出来る事をやるだけなんだ――
 気弱そうで、だけど芯のある者にしか浮かべる事の出来ない笑顔で、かつて良太郎はそう言っていた。
 モモタロスも、ウラタロスも、キンタロスも、リュウタロスも……そしてハナも、その「芯」に心打たれ、協力していたのだから。
 それを今、彼らは思い出した。
 剣崎達の真剣な眼差しが、そのときの良太郎と重なったから。
「笑えるわよねぇ。変身もできないのに」
 そんな彼らの思いとは裏腹に、夏美が相変わらず馬鹿にしたように剣崎に向かって言葉を投げつける。口の端に冷たい笑みを浮かべながら、見下し気味に彼らの姿をねめつけている。
「例え変身できたってお断りだぜ。後からしゃしゃり出てきて先輩面されちゃたまんねぇからな」
 夏美に同調するように、禍木も言う。見下している夏美とは異なり、禍木のそれは嫌いだから、という感情がはっきりと分かる。今にもその場で唾棄しそうに眉を顰めている。
「よさないか」
「でもチーフ。見ての通り先輩たちと一緒じゃチームワークが乱れる可能性があります。……僕達は、僕達だけで今まで上手くやってきたんだよ」
「そうよ。足引っ張られちゃ困るし」
 志村の言葉を継いで、再び夏美が口を開く。
 その言葉にまた、怒り狂うかと思いきや……剣崎の反応は意外と冷静だった。
「……勝手にしろよ。アンデッドと戦っていくのに、何もお前等と手を組む必要はないんだ。俺達は、俺達だけでやっていける」
 流石に、この状況でいがみ合う程愚かではないらしい。剣崎は睦月と虎太郎を引き連れてその場を後にした。
 その瞬間にデンライナーに映し出された映像が消え、自分達のすぐ横を建物から出てきた剣崎達が通り抜けた。
「……先輩だったら、完全に掴みかかってるよねぇ、あの物言い」
「その前に僕がやっつけてるよ。やっぱりあいつら、嫌い!」
 剣崎の姿が、どことなく良太郎と重なって見えていたせいか、剣崎が馬鹿にされた事が心底気に入らなかったらしい。リュウタロスがふいとそっぽを向き、窓の外の建物に向かってイーッと歯を見せている。
「……こう言う事になるのを予想して、私達を閉じ込めてるのかしら……?」
 見たこともない元オーナーとやらに、初めて感謝しつつ、ハナは小さく溜息を吐いた。
 またしても勝手に動き出したデンライナーに、ちょっとした諦めを感じながら……

「始さん……」
 家に帰ってくるなり、天音はかつて始が使っていた地下の部屋に閉じ篭り、四年前に始と共に撮ったアルバムを眺めていた。
 あの頃は、本当に楽しかった。
 優しくて強い始が、本当に大好きだった。思えば、あれが初恋だったのかもしれないくらいに。
 だからこそ、ある日突然いなくなってしまったのが悲しかった。
 悲しくて、悲しくて……そして、その悲しみはいつの間にか、怒りに変わってしまっていた。
 突然いなくなった始へ。
 始がいなくなっても、平然と日常を送っている母や剣崎達へ。
 そして何より……彼を引き止められなかった自分自身への怒りが、彼女の心を満たしていた。
 自分がどうでも良い存在だから、始は唐突に姿を消したのだ。
 自分など、始にとって守る価値のない人間だったのだ。
 ……そう、思うしか出来なかった。今でも彼が姿を消した理由はわからない。剣崎の様子を見ると、彼は知っているらしいが……四年前も、そして今も、彼はその理由を明かそうとはしてくれない。ただ、辛そうに俯いて黙り込んでしまうだけだった。
「天音ちゃん、開けてくれないかな?」
 突然、ノックと共に剣崎の声がした。
 部屋の外に、剣崎が立っているらしい。きっと、母に頼まれたのだろう。
「嫌! 誰とも話したくない! もう放っといて!」
 彼女の気持ちは、その一言に集約されている。
 この部屋の中なら、始がいた頃に戻った気がする。
 優しい記憶に浸っていられる。
 ……アンデッドに襲われた時、恐怖した。何故、自分が襲われるのかと言う疑問もあった。
 だが、それと同時に期待もしていた。
 ……始が助けに来てくれる、と。彼はかつて、自分を守ると約束してくれたのだから。
 だが……来ては、くれなかった。それが、天音を絶望させた。
――昔に、戻りたい――
 素直に笑う事の出来た、あの頃に。
 ……大切にされているんだと実感できた、あの日々に……
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