過去の希望、未来の遺産

【その15:つまらない、全てが】

 この歴史では、世界はもう一度アンデッドの脅威にさらされる。
 それは、ある一人の存在のエゴのために。
 ……何度歴史を繰り返しても、結局はこの終焉に行き着くのか。

 何とも言えぬ空気が満ち始めた刹那。唐突にデンライナーが動き出した。
 全員が食堂車にいる以上、運転席には誰もいないはず。だから、動くはずなどないと言うのに。
「まさか……また暴走ですか!?」
 デンライナーが暴走した時の事を思い出したのか、ナオミが悲鳴にも似た声をあげる。
「いや。次のシーンに移るのだろう。我らに見せるべきと判断したシーンに」
「判断したって……誰がや?」
「決まっているだろう? チケットの渡し主だ」
 さも当然と言わんばかりに、ジークはキンタロスの問いに対して楽しそうに返した。
「前から聞こうと思ってたんだがな……お前、何を知ってやがる?」
 ようやく復活したのか、ハナに殴られた顔面をさすりながら起き上がるモモタロスが、ドスのきいた声で問う。が、そんな脅しにも似た彼の声など歯牙にもかけぬ様子で、ジークは楽しそうな笑みを浮かべるだけ。
 そんな態度のジークに何を聞いても無駄であると分かっているのか、問うた方はちぃと小さく舌打ちをすると、近くの席にどすんと腰を下ろした。
 デンライナーが勝手に動いている以上、マシンデンバードのコントロールも利かないだろう。
 それは、この世界に最初に入った時……トンネルの中で、風がデンライナーを覆った時に、嫌と言うほど実感した。
「一体何考えてるんだろうね、そのオーナーだった人って」
 画用紙に絵を描きながら、リュウタロスが不思議そうに呟く。
「僕達をデンライナーに閉じ込めて、自分の都合で電車を動かして、よく分かんない物見せてさ。アンデッドが解放されたからって、僕達が何かできる訳じゃないのにね」
 言いながら、描き終わったらしい絵を周囲に見せる。
 そこに描かれているのは、多数のアンデッドと思しき異形達と、それと戦うブレイド。そしてそれを電車の中から眺める自分達の姿。
 そこに先程の「仮面ライダー」がいないのは、やはり彼らに嫌悪感を抱いているからか……
「今度の舞台はここ、なんか?」
 ゆっくりと止まったデンライナーの外にあったのは……「JACARANDA」と書かれた看板を掲げる、ログハウス風の店だった。

 もやもやとした感情を抱いたまま、剣崎と虎太郎は「JACARANDA」で天音の誕生日パーティー用の飾り付けをしていた。
 正確には、飾り付けをしているのは虎太郎だけで、剣崎はぼんやりとドアの前で外を見ているだけだったが。
「それで、どう? 天音ちゃん。しばらく会ってないからなぁ……もうお年頃でしょ?」
「…………まあ」
「どうしたの?」
 何とも言えぬ表情で言葉を濁す姉に、不信感を抱いたのか、飾り付けていた手を止めると虎太郎は心配そうに振り返って問いかける。
「それがね……最近ちょっと、あの子おかしいの」
 目を伏せ、どこか寂しそうに……栗原遥香は弟の問いに短く返す。何がどうおかしいと、はっきりとは言えないらしい。ありがちな反抗期と言う可能性も考えられなくはないが、彼女の雰囲気から察するにそんな可愛いものではないのかもしれない。
 それに、何を返せば分からなかったのだろう。虎太郎は休めていた手を再び動かし始め……
 カラン、とドアベルが鳴る。そしてそこから入ってきたのは……スーツを着た、上城睦月だった。
「睦月……来てくれたのか」
「すみません、剣崎さん。この間はちょっと言い過ぎました」
 嬉しそうな剣崎に、心底すまなそうに睦月が返す。
 この間、とは誘われた時の事を言っているのだろう。
「俺、仮面ライダーだった頃の思い出が強すぎて、なかなか社会復帰できなくて……それで何とか忘れようとして……」
 「仮面ライダーである事」は、「尋常ならざる力を得る事」である。そしてその力は諸刃の剣。
 使えばどの様な敵も倒せるが、同時にその力に取り込まれ、溺れ、そして堕ちて行く。……気がついた時には、元に戻る事が難しい程に。
 睦月は戻る事が出来た。だがそれでも、四年経とうとしている今でもその記憶に苛まれ続けている。
 忘れたいと願うが故に、剣崎達が目の前に現れた時、また「かつての自分」に戻る事を恐れた。だから、やってきた時は突き放した。
 しかしもう、アンデッドはいない。自分があの力に……仮面ライダーの力に振り回される事はない。
 かつて共に戦った仲間と、昔を懐かしむのも良いかもしれない。そう、あれはもう「過去」の出来事……
 そう思っていた睦月に、剣崎は非情とも取れる言葉をかける。
「睦月。もし……まだ戦いが終わってなかったら……どうする? 俺達の他に、仮面ライダーが、いたら」
「どう言う意味ですか、それ?」
 きょとんと目を見開き、睦月はじっと剣崎を見つめる。彼の言った意味が、純粋に分からなかった。だが、おそらくは言葉通りの意味なのだろう。
 とは言え、アンデッドは剣崎が封印したジョーカーが最後のはず。それで戦いは終わったはずではなかったのか。
 瞬時に様々な思考が巡る。だが直後、剣崎の表情が険しい物へと変化した。
 不思議に思うと同時にドアベルが鳴り、睦月の後ろから三人の若者達が店内に入ってくるのが視界の端に映った。
「……どう言う事だ? 何でお前達が!?」
「僕が招待したんだ。昔のライダーと、今のライダー。やっぱり仲良くした方が良いじゃない? それに、皆で対談でもやってもらうと、新しい本のネタになるんだよねー」
「ちょっと待って下さいよ、今のライダーって……?」
 視線を剣崎と見知らぬ三人との間に動かしながら、虎太郎の放った言葉にオロオロする睦月。だが、剣崎と三人の間に流れるギスギスとした空気は感じ取れた。どう考えても、そしてどう見ても剣崎と目の前の三人は友好的とは言えない。
「白井さんから聞きましたよ。まさか貴方がブレイドだったなんて。お会いできて光栄です」
 たれ目気味の、誠実そうな青年が言う。だがその声音は、言葉をそのまま受け取れるような色合いが見えない。
 恐らくは皮肉交じりの言葉なのだろう。
「しっかし想像してたのとは全然違うよな」
「……なんだと!」
 生意気そうな青年の言葉に、剣崎が苛立った様に声をかける。こちらは明らかに剣崎に対して敵意を剥き出しにしている。
「ほーんと。なーんか頼りなーい」
 そして女は、あからさまに見下した風に言う。
 初めて出会った睦月でさえ、彼らが自分達に対して良い印象を抱いていない事が分かる。いや、もっと言えば、彼らは完全に「過去のライダー」である自分達を見下している。
「お前らいい加減にしろよ!? 俺達は先輩だぞ。もっと尊敬しろ、尊敬」
「はいはい」
 怒って隙が出来たのを見て、女が剣崎のズボンのポケットからライオンビートのカードを抜き取り、それをひらひらと剣崎の目の前で見せびらかす。
「残念ですが剣崎さん、我々は忙しいんだ。今日もこのカードを返しにもらいに来ただけで。尊敬はしてますけど、所詮、貴方方は過去の人だ」
「そう言う事。じゃあねぇ」
 本当にカードの回収だけが目的だったのだろう。彼らはあっさりと踵を返すと、時間の無駄と言わんばかりに店の外へと出て行く。
「ふざけんな! 色々と話したい事があるんだ!」
 苛々した声でそう言うと、剣崎はおろおろと見つめる虎太郎と、憮然とした表情で三人の後姿を見つめる睦月を引き連れ、彼らの後を追う。
 ……一人残された遥香だけが、娘の誕生日に起こった最初の波乱に、小さく溜息を吐いた。
 まさか、これが最大の波乱の幕開けになるなど……予想もせずに。

「ここが奴らの……」
 三人が入っていった建物を見上げつつ、剣崎が小さく呟きを落とす。
 建物の基本色は白。都会から少し離れた所に相応しく、高さはあまり高くない。採光の関係からか、ガラス張りの部分が多いが、それなりにおしゃれである。
「ようこそ先輩達。紹介しますよ。俺達のチーフを」
「チーフ……?」
 剣崎達が彼らの後を追ってきたのは分かっていたらしく、三人が横一列になって剣崎達と対峙した。口の端に、奇妙な笑みを浮かべながら。その三人の後を訝りながらもついて行く剣崎達。
 彼らのチーフが何者なのかは知らないが、おそらくはBOARDの関係者だった人物だろう。そうでなければライダーシステムを新規に作れるはずなどない。では、その人物は一体……?
 やがて、半ば緊張の面持ちで歩く剣崎達を出迎えるかのように、一人の男がこちらに向かって歩いてくる。黒いスーツに、表情を隠すかのような黒いサングラス。だが、そのシルエットは間違いなく……
「…………橘さん……」
 カテゴリーキング封印以降、行方不明になっていた橘朔也その人だった。
「一体どう言う事なんです!? 何で橘さんが……!?」
 信じられないと言いたげに問う剣崎には答えず、するりと建物の中へ入ると、橘は抑揚のない声で事の次第を説明し始める。
「五十三体全てのアンデッドを封印し、我々のライダーとしての仕事は終わった。いや、終わったはずだった」
「『はずだった』……?」
「アンデッドが一体残っていたんだ。もう一体のジョーカーがな」
「始の他に、ジョーカーがもう一体!?」
 睦月の問いに間髪入れず、橘は事も無げにそう答える。
 予想していなかった事実を突きつけられ、剣崎はうろたえ、思わず声が上がってしまう。声だけではない。視線も同じようにうろうろと周囲を彷徨い、続けたい言葉を探している。
「そして、私と烏丸所長が全てのカードを永遠に封印しようとした、あの日」
 橘の話によると、その日、彼と烏丸は襲撃を受けたと言う。
 ……まるで、彼らが来る事が分かっていたかのように待ち構えていた、「白いジョーカー」に。
 「全てのアンデッドを封印した」と思い込んでいた二人にとって、それは予想外の事で……全ては、その「白いジョーカー」の思惑通りに事が運んでしまった。
「烏丸所長が命を落とし、五十三枚のカードの内、半数以上が再び解放されてしまった」
「そんな……そんな、何で言ってくれなかったんですか、橘さん!?」
「無駄だ。ブレイドとレンゲルに変身するために必要なカテゴリーエースも解き放たれてしまったんだ。君達はもう、変身する事はできない」
 淡々と突きつけられる事実。
 確かに、剣崎はビートルアンデッドが解放された事をその目で確認している。その力を使って変身していたのだから、変身する事が適わない事も分かっている。だが、いくら変身できないとは言え、サポートに回る事くらいはできた。かつての仲間なのだから、言って貰えれば、いくらでも力を貸した。
 それなのに……言ってくれなかった事が、剣崎には寂しかった。
「って事で、今は私達が仮面ライダーって訳」
「改めて紹介しよう。志村純一」
 誠実そうな青年が、小さく会釈。
「禍木慎」
 生意気そうな方の青年が、半歩前に出る。
「三輪夏美君だ」
 女が、皮肉気な笑みを浮かべ……
「よろしく。そしてサヨナラ」
「よせよ。お年寄りは労わるもんだろ?」
 それが却って剣崎の神経を逆なですると分かっているのか……高慢に言い放つ夏美に対し、志村は真面目な顔で彼女を諌める。
「……誰が年寄りだ。いい加減にしろよ」
「いい加減にするのはそっちだろうが。いつまで先輩面してんだ、お前」
 剣崎の怒りの言葉に、彼らの存在自体が気に喰わないらしい禍木が突っかかる。
「……図に乗るなよ?」
「大変だ剣崎君!」
 少し前にかかってきた電話に出ていた虎太郎が、慌てたように声をかけた。
 今のライダー達との間にある、ぎすぎすした空気を感じてはいるが、彼にとってはそれ以上に大変な事が起きたらしい。
「今忙しいんだ、邪魔すんな!」
「天音ちゃんが警察に捕まったって!」
「そんな事…………」
 今はどうだって良い、そう言おうとしてもう一度虎太郎の言葉を考えた時……剣崎は、その意味をようやく理解した。
「……何だって……!?」

「天音ちゃんって……あの店の娘さん、よね?」
 「JACARANDA」の店主が、先程それらしい事を言っていた。
 元の世界の西暦二〇〇五年一月では、今のハナと同い年くらいだったから……この時間では中学二年生と言ったところだろうか。
 あの時見た感じでは、素直な、感じの良い女の子だと思ったのだが……
「そうみたいだねぇ。僕達は会った事がないから良く分からないけど」
 元の世界で出会った事のあるハナ達にすれば意外なのかも知れないが、面識のないウラタロス達からすれば、「天音」と言う少女が警察に捕まった事など良く分からないし、極端に言えばどうでも良い。
「……この世界こっちじゃあ、烏丸のおっさんは死んじまったんだな……」
「橘も、何か変わっちゃったし。……違う世界だからかな」
 どことなく寂しそうに呟くモモタロスとリュウタロス。
 救いがあるとするならば、今、自分達がいるこの場所は、異世界であると言う事。元の世界とは何かが異なっていると言う可能性は非常に大きい。
 そこに思い当たった時、ふとある疑問がウラタロスの脳裏をかすめた。
 ……何故、元のオーナーとやらは最初から「この時間」……この世界の二〇〇八年四月十八日に自分達を連れてこなかったのだろうか。
 何も、剣崎がジョーカーを封印する瞬間……二〇〇五年一月二十五日を見せなくても良かったのではないか。
 勿論、それを見たが故に、一度は「全てのアンデッドが封印された」と言うことを知る事が出来たのだが……
 だが、それを知らせるためだけにチケットを用意するとは思えない。
 相手の意図が読めない、分からない。そう言う、ウラタロスにもある程度の答えが出せない事が起きている場合、往々にして厄介事に発展する。
「……ちょっと、嫌な予感」
 苦笑気味に小さく呟き……再び彼は視線を窓の外に向ける。
 ……動き出したデンライナーの向かう先を……ひいては、自分達をこのような状況に置いた人物の意図を見極めるために。
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