過去の希望、未来の遺産
【その12:失って、たまるか】
事は「彼の者」の思惑通りに運んでいる。
少なくとも「彼の者」自身は、そう思っている。
だが……残念ながら、そうではない事を……すぐに、思い知る事になる。
余計な時間を食ったと、イマジンは思いながら盛大に溜息を吐き出した。
これは一度、契約者の所へ向かった方が良いかもしれない。
下手に動かれると、探すのが面倒だ。
自分の足元で倒れている橘朔也を眺め、彼は再び、今度は小さな溜息を吐く。
「……敵に気付かれずに契約を完了するのは、骨が折れる」
モモタロス達が「その人物」……ギャレンに変身した橘朔也を見つけた時、彼は丁度その近くにある岩に座り込む所だった。
最初、オーナーからその名を言われた時は、助ける必要はないのでは、と思った。
何故なら橘朔也は変身できるし、見た限りそれ程弱いようにも思えなかったからだ。
だが彼は今、肩で息をし、目の前で何かを構えるカテゴリーキングに抵抗する様子もない。かろうじて右手に銃を持ってはいるが、それを持ち上げるだけの気力もないように見えた。
「っ!? おい! ありゃピンチなんじゃねーか!?」
何かに気付いたらしいモモタロスに言われ、ウラタロスとリュウタロスも目を凝らしてよく見れば、カテゴリーキングがかざしているのは、彼が天王路を殺した時に奪ったカード。それを、ゆっくりとした動作で橘に当てようとする。
その行為が危険な物だと、三人のイマジンは本能で感じていた。
だが、今から向かっても間に合わない。自分達の行動の遅さに苛立ちながら、それでも一縷の望みを賭けてウラタロスはパスケースを取り出した……その時だった。
「この距離なら、バリアは張れないな!」
橘の叫び声が聞こえ、その直後に銃声が響く。
遠目からで良くは見えないが、どうやら左手でカテゴリーキングの動きを封じ、右手で銃撃を放っているらしい。だが……相手も、剣を携えた右手を幾度となく赤い戦士の面に振り下ろしている。
「……あっ!」
何らかの異変に気付いたらしいリュウタロスが声をあげる。それにつられるようにして見れば、赤い戦士の仮面の左半分が、カテゴリーキングの与える衝撃に耐え切れなくなったのか、大きく破壊されていた。
そこから覗くのは、額から血を流す橘の顔。その顔は与えられる痛みからなのか、どこか辛そうに歪んでいた。
「これって、ちょっとまずいかも……!」
決して軽傷とは呼べない状態である事に慌てたのか、ウラタロスはベルトを装着し、先程取り出していたパスケースをセタッチする。
「助ける事」が目的なのだから、多少の干渉は許容範囲……そう考えたのだろう。
『ROD FORM』
ベルトから電子音が響くと同時に、ウラタロスのチャクラが青いオーラアーマーとなって彼の体を包む。電王、ロッドフォーム。その名の通り、ロッド……即ち、杖を武器とするフォームである。
……もっとも、ウラタロスは「杖」ではなく「竿」と呼んでいるようだが。
「……亀ちゃんずるいー。僕が行きたかったのにー」
出遅れてふてくされるリュウタロス。だが、彼も事の重大さはわかっているのだろう。変身するような気配はない。
そんな彼に、軽く笑い声を返しつつ、ウラタロスは視線を橘に向け直し、歩みを進める。
慎重に……だが、確実に橘朔也を助けられる範囲にいられるように。その刹那。
「俺は全てを失った。信じるべき正義も、組織も、愛する者も、何もかもを。……だから最後に残ったものだけは、失いたくない。……信じられる、仲間だけは!」
その宣言と共に、橘は掴んでいたカテゴリーキングの左腕を離し、両手で銃を構えて撃ち抜く。バリアを張れず、まともに喰らうその連射の反動で、相手は後ろへと下がっていき……
唐突に橘は銃撃をやめると、一枚のカードを構えた。
ウラタロスは以前、ケルベロスがカードに封印される瞬間を見た事がある。きっと、カテゴリーキングもそのカードに封印されるのだろうと思ったその瞬間。
生への執着からか、カテゴリーキングはそれを払いのけ、崖の下……ウラタロス達の目の前へと落とした。
「何だ、これ?」
「カード?」
自身の足元に落ちてきたそれを拾い、しげしげと眺める二人。
何も書かれていない……強いて言うなら限りなく黒に近い灰色の闇が描かれたカード。
「先輩、それ貸して!」
唯一その正体を知るウラタロスが、何かを察したのか、モモタロスの手からそれをひったくるように奪い……
「…………うおおおおおおおおおおっ!」
咆哮が聞こえると同時にカテゴリーキングに体当たりを食らわせ、自分ごと崖下に相手を落とす橘の姿が視界の端に映った。
「えぇっ!? ちょっと……!」
――ここで死なれたら困るんだって!――
橘の思いがけない行動に、慌てて自分の車両……デンライナー・イスルギを呼び、その一部である亀型の飛行艇、レドームに飛び乗る。
「間に合ってよ……!」
そして橘の体が崖から落ちきる前……つまり海面に叩きつけられる直前で、ウラタロスの竿が彼の体をギリギリで捕らえた。
彼が押さえ込んでいた、カテゴリーキングと共に。
がくんと二人の体が揺れ、一瞬ウラタロスの体勢も崩れる。その瞬間、ロッドがベルトに触れたのか、それともそのときの衝撃が共用範囲を超えたのか。橘の変身が解除され、彼の持っていたカードがばらばらと海の中へ落ちていく。
しかし今はそれを気にしている場合ではない。一刻も早く橘を引き上げなければ。
「ちょっ……流石に二人は重いかもっ」
力仕事は僕の担当じゃないんだけど、などと誰にと言う訳でもなく文句を垂れつつ、ウラタロスは何とか二人をレドームにまで引き上げ、ほっと一つ息を吐き出す。
「お前、は……!?」
「僕の事は良いから、早く彼を封印した方が良いんじゃない?」
そう言って、先程モモタロスからひったくったカードを橘に渡す。
一瞬、何故それを持っているのかと言う戸惑いを見せたが……黙ってそれを受け取ると、橘はそれをカテゴリーキングに投げた。
瞬間、眩い光がカードから放たれ……カテゴリーキングは、カードの中へと吸い込まれる。
しかし、もはや自分の手元に戻って来るカードを受け取る力もないらしい。そのカードは、誰にも受け取られぬままひらひらと海中へ落ちた。
「すまない、助かった」
「……これって、助けた事になるのかなあ?」
ようやく安堵したのか、レドームの上に座り込み、吐き出す様にして言った橘に、ウラタロスはうーんと唸りながら、壊れたベルトを指差す。
緑地にダイヤのマークが描かれていたはずのバックル部分は、右上からやや灰色がかった煙を上げた配線が顔を覗かせている。
「カードも海の中だし。まあ、潮の流れから考えると、少し待てば海岸に運ばれるんじゃないかな?」
苦しそうな表情を浮かべる橘を見ながら、できるだけゆっくりとしたスピードで岸に向かう。
見たところ、かなり傷が深い。目立つのは額の傷だが、それ以外にも先程付けられた傷が痛々しいまでに残っている。血塗れと言うには語弊があるが、このまま街中を歩けば確実に通行人の手で救急車、もしくはパトロールカーを呼ばれるであろう事が容易に予測出来る程度には血がついている。
――さて、このまま病院に連れて行くべきか、あるいは誰かに押し付けるか――
「……! あれは!」
「え?」
橘の驚いたような声に思考を中断され、ウラタロスは彼の視線の先に目を向ける。直後、リュウタロスの悲鳴が聞こえた。
「ちょっと飛ばすよ……!」
レドームのスピードを上げ、急いで悲鳴の上がった先へと向かう。
慌てて向かったそこには、一人の中年男性とそれを庇う様に立っているモモタロス、そして異形の怪物に羽交い絞めにされているリュウタロスの姿。
「リュウタ!」
レドームに橘を乗せたまま、ウラタロスはそちらに向かって走り出す。
「遅ぇぞ亀公!」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ先輩! リュウタを助けないと!」
異形を睨みつけたまま抗議の声を上げるモモタロスに声を返すものの、相手には一切の隙がない。苦しそうにもがくリュウタロスの姿に歯噛みしながらも、ウラタロスは必死に策を練り始める。
リュウタロスが捕まっていると言うのも問題だが、相手が何者なのかその予測も付かないのも問題だ。相手の雰囲気は、どことなくケルベロスに似ている。となると普通に攻撃して倒せるかどうか……
「トライアルAと同じだ。基本的にはあのベルトの中央部分を破壊すれば良い」
モモタロスの後ろにいた男が、ウラタロスの耳に届く程度の声で言った。
「それが出来れば良いんだけど……リュウタが捕まってる今の状態じゃあ、ちょっと難しいんじゃない?」
何とかしてリュウタロスをあの怪物から引き剥がさなければならないが……殴る、突くが主体となる自身の武器では、無傷でリュウタロスを助けるのは難しそうである。
思考をフル回転させていた、その時だった。
……一発の銃声が、その場に響いたのは……
橘が見たのは、見た事のないアンデッドのようなもの……恐らくは自分達が見過ごしてしまっていたトライアルシリーズ……が、かつて出会った青年、龍太を人質に取る瞬間だった。
「ちょっと飛ばすよ……!」
助けてくれた青いライダーが言うと同時に、乗り物が速度を上げる。
――今まで俺の体調に合わせていたのか?――
陸地が近付くと同時に、そのライダーは身軽な動きで彼らの元に駆け出す。
よく見れば、トライアルの視線の先に龍太と同じ顔をした赤目の青年と、彼に庇われるようにして立っている中年男性……烏丸啓の姿があった。
「烏丸所長……!」
彼らの元に向かおうとして……鈍い痛みが全身を襲う。
先程カテゴリーキングにやられた傷が、今になって痛みを呼んでいるらしい。
青いライダーも、龍太を人質にとられているせいか身動きが取れないように見える。
「どうすれば良い……どうすれば……!」
悩んでいる間にも、トライアルは彼らとの距離をじりじりと詰めている。このままでは、間違いなく烏丸が……そして龍太や赤い瞳の青年、更には青い仮面ライダーがやられる。
……そう思った時だった。
自分の手に、何かが当たったのは。
「これは……」
そこにあったのは、奇跡的に無傷の状態で残っていた、醒銃ギャレンラウザー。
……本来なら、変身していなければこの場にあるはずのないそれが、自分の手元にあるのは偶然か、それとも神の悪戯か。
だが、今はどちらでも構わない。
体の痛みを堪えながら、橘はトライアルのこめかみの部分に照準を合わせる。
少しでもずれれば、龍太に当たる。それだけは避けねばならない。
今の自分の体調を考えると、一発が限界。その一発を、外す訳には行かない。
「……当たれ!」
祈るように呟き、その引鉄を引く。刹那、体を襲う鈍い振動。
……ギャレンラウザーの反動は、こんなに大きいものだっただろうか。
ぼんやりと思いながらも、弾丸の行き着く先を見届ける。
そして見事に、彼の狙った場所へと着弾した。
……橘朔也が覚えているのは、そこまでだった。
銃声の一瞬後、怪物の頭が何かに殴られたように傾いた。同時に、リュウタロスを掴んでいた腕の力も緩む。
「小僧! こっち来い!」
モモタロスに言われ、彼は大きく頷くとお返しとばかりに怪物を一発殴り飛ばしてから、ウラタロスの後ろに隠れるように立った。
「亀ちゃん、やっちゃえ!」
「ベルトの中央部分、ね……」
見たところ、頭を撃ち抜かれたにも拘らず平然と立っている様子。と言う事は後ろの男の言う通りにしてみる価値はあると言う事か。
「……お前、僕に釣られてみる?」
ウラタロスのその言葉に、ほんの僅かに怒気が含まれているのは、大事な弟分であるリュウタロスを人質に取られたからか。
容赦ない杖捌きで、幾度となく相手の弱点……腰のベルト近辺を攻撃する。
「それじゃ、佃煮にでもしますか」
『FULL CHARGE』
パスがベルトにセタッチされ、エネルギーがデンガッシャー・ロッドモードにチャージされる。
「はぁっ!」
ウラタロスがそれを怪物に向かって投げると同時に、エネルギーの網が展開、怪物の動きを拘束する。
そしてそのまま……ウラタロスのキックが、デンガッシャーを怪物のベルトの中央部分に蹴り込む。同時に、怪物は爆発、四散した。
ジリジリと音を立てながら、怪物がこの世から完全に消え去ったのを確認した後、ベルトを外したウラタロスはレドームの上で気絶している橘を担ぎ上げた。
「おい亀! そいつ大丈夫か!?」
「大丈夫。気絶してるだけだよ先輩。あの状態で銃を撃った反動だろうね」
「でも……そのお陰で僕、助かったんだよね。…………ありがとう、橘」
ウラタロスに担がれている男に、聞こえていないとは理解しつつも、リュウタロスは本当に小さな声で呟く。
「さてと。それじゃあこの人、近くの病院に運ばないとね。流石にこの怪我は放っとくのはまずいでしょう」
「それなら、俺の車を使え。近くに止めてある」
それまでモモタロスの後ろにいた男が、服についた埃を叩 きながらそう言った。
「本当かおっさん!」
「……おっさんと呼ぶなと、前に言ったはずだがな」
「悪い」
「あれ? 先輩、知り合い?」
二人の会話で、ようやくモモタロスとこの男が知り合いだと気付いたのか、ウラタロスが不思議そうに声をかける。
それもそのはず、ここは西暦二〇〇五年。つまるところ、自分達イマジンが現れるよりも更に「過去」。顔見知りがいる事自体、おかしいのだ。
「……おう。この間、俺が変身した時に助けた」
「烏丸啓だ。橘の上司に当たる」
「ふぅん。それじゃあ、後は任せて……僕達はそろそろ行こうか」
烏丸の車に橘を乗せ、ウラタロスは自分の後ろにいる二人にそう言った。
橘を助けた以上、ここにいる必要はもうないし、烏丸に追及されるのは非常に面倒な事になりそうである。
「え~? もうちょっとここにいても良いじゃん」
「そうも行かないんだよリュウタ。オーナーに言われたでしょ、『事が済んだら戻って来い』って」
「ちぇ。つまんないの」
心底つまらなさそうに、リュウタロスは足元の小石を蹴飛ばしながら言う。
だがそれ以上駄々をこねる様子もない所を見ると、彼もそれなりに長居をしてはいけないと理解しているのだろう。
モモタロスも特に異議はないらしく、むしろ積極的に烏丸達から離れようと既にくるりと背を向けている。
「桃」
「あん?」
「お前は……いや、お前達は、何者だ?」
「別に。単なる通りすがりだ。じゃあな、おっさん!」
首だけを烏丸に向けて答えると、ひらひらと手を振ってモモタロスはスタスタとその場から立ち去る。それに続くように、ウラタロスとリュウタロスも車から離れた。
これ以上、この時間の人間と関わる事のない様に……
海岸沿いの廃墟とも廃墟ともつかぬ「どこか」の中を、ジークはただ無言で歩を進めていた。
後ろで、ハナが怒った様な顔をしているがそんな事を気にかけている様子はない。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
唐突に響き渡ったその声に、ハナ達は聞き覚えがあった。
確か、先程の店にいた……始、という名の青年の声。
慌ててその声のした方に向かい……そして、見てしまった。
相川始が、ジョーカーへと変貌する瞬間を。同時に、奇妙な形をした黒い石板から、ゴキブリに似た人間大の黒い怪物が無数に現れるところも。
「何や、あれ……!」
思わずあげたキンタロスの声に気付いたらしく、その異形達は一斉にこちらを見る。
その光景に生理的な嫌悪感と生命の危機を覚え、ハナは思わず数歩後ずさる。
……しかし、それらが襲ってくる事はなく、ただ彼女達を見ているだけにとどまっている。
「これが、お前の望みか?」
ゆっくりとその異形達を見回しながら、ジークが静かな声でジョーカーに問いかけた。
まるで、何が起こったのかを知っているかのように。
「……違う。俺は…………こんな事を望んだんじゃない」
「だが、ダークローチはこの通り存在しているぞ?」
いつもと同じ高圧的な、それでいてどこか憐れんでいるかのような表情で、ジョーカーから視線を離さない。
仕草は優雅だが、どこかいつもの独裁的な雰囲気に欠ける。
「……統制者が叶えるのは『アンデッドの望み』。『俺』の……『相川始』の望みじゃない」
「…………お前は……忘れているのだな。自分が何者なのかを」
ジョーカーの言葉を聞いて、どこか悲しそうに呟くジーク。その言葉は、まるで他に……ジョーカー以外の何か別の正体があるかの様にも聞こえる。
その事に気付かないのか、ジョーカーは一瞬だけ視線を床に落とし……しかしすぐに顔を上げると、真っ直ぐにジークを見つめ、苦しげに声を吐き出した。
「俺は……ジョーカーだ」
「ふむ。お前がそう思うならばそれでも構わん」
「俺は、世界を滅ぼしたくない」
「……この世界を愛し、それ故に『奴』に縛られたか、アンデッドとして」
会話がかみ合っていない。だが、お互いにそんな事はどうでも良いのかもしれない。
それだけ言うと、ジークはくるりと踵を返す。それを好機と取ったのか、今まで黙って見ていた異形……ジークはダークローチと呼んでいた……が彼らに襲い掛からんとする。だが。
「頭が高い!」
ジークが怒鳴ると同時に、それらが途端に小さくなる。
「……戻るぞ、姫、お供その三。これ以上ここにいる事は好ましくない」
「あんた……」
何のつもりか、と聞こうとして、ハナは思わず言葉に詰まった。
……ジークが、今にも泣きそうに見えたから……
事は「彼の者」の思惑通りに運んでいる。
少なくとも「彼の者」自身は、そう思っている。
だが……残念ながら、そうではない事を……すぐに、思い知る事になる。
余計な時間を食ったと、イマジンは思いながら盛大に溜息を吐き出した。
これは一度、契約者の所へ向かった方が良いかもしれない。
下手に動かれると、探すのが面倒だ。
自分の足元で倒れている橘朔也を眺め、彼は再び、今度は小さな溜息を吐く。
「……敵に気付かれずに契約を完了するのは、骨が折れる」
モモタロス達が「その人物」……ギャレンに変身した橘朔也を見つけた時、彼は丁度その近くにある岩に座り込む所だった。
最初、オーナーからその名を言われた時は、助ける必要はないのでは、と思った。
何故なら橘朔也は変身できるし、見た限りそれ程弱いようにも思えなかったからだ。
だが彼は今、肩で息をし、目の前で何かを構えるカテゴリーキングに抵抗する様子もない。かろうじて右手に銃を持ってはいるが、それを持ち上げるだけの気力もないように見えた。
「っ!? おい! ありゃピンチなんじゃねーか!?」
何かに気付いたらしいモモタロスに言われ、ウラタロスとリュウタロスも目を凝らしてよく見れば、カテゴリーキングがかざしているのは、彼が天王路を殺した時に奪ったカード。それを、ゆっくりとした動作で橘に当てようとする。
その行為が危険な物だと、三人のイマジンは本能で感じていた。
だが、今から向かっても間に合わない。自分達の行動の遅さに苛立ちながら、それでも一縷の望みを賭けてウラタロスはパスケースを取り出した……その時だった。
「この距離なら、バリアは張れないな!」
橘の叫び声が聞こえ、その直後に銃声が響く。
遠目からで良くは見えないが、どうやら左手でカテゴリーキングの動きを封じ、右手で銃撃を放っているらしい。だが……相手も、剣を携えた右手を幾度となく赤い戦士の面に振り下ろしている。
「……あっ!」
何らかの異変に気付いたらしいリュウタロスが声をあげる。それにつられるようにして見れば、赤い戦士の仮面の左半分が、カテゴリーキングの与える衝撃に耐え切れなくなったのか、大きく破壊されていた。
そこから覗くのは、額から血を流す橘の顔。その顔は与えられる痛みからなのか、どこか辛そうに歪んでいた。
「これって、ちょっとまずいかも……!」
決して軽傷とは呼べない状態である事に慌てたのか、ウラタロスはベルトを装着し、先程取り出していたパスケースをセタッチする。
「助ける事」が目的なのだから、多少の干渉は許容範囲……そう考えたのだろう。
『ROD FORM』
ベルトから電子音が響くと同時に、ウラタロスのチャクラが青いオーラアーマーとなって彼の体を包む。電王、ロッドフォーム。その名の通り、ロッド……即ち、杖を武器とするフォームである。
……もっとも、ウラタロスは「杖」ではなく「竿」と呼んでいるようだが。
「……亀ちゃんずるいー。僕が行きたかったのにー」
出遅れてふてくされるリュウタロス。だが、彼も事の重大さはわかっているのだろう。変身するような気配はない。
そんな彼に、軽く笑い声を返しつつ、ウラタロスは視線を橘に向け直し、歩みを進める。
慎重に……だが、確実に橘朔也を助けられる範囲にいられるように。その刹那。
「俺は全てを失った。信じるべき正義も、組織も、愛する者も、何もかもを。……だから最後に残ったものだけは、失いたくない。……信じられる、仲間だけは!」
その宣言と共に、橘は掴んでいたカテゴリーキングの左腕を離し、両手で銃を構えて撃ち抜く。バリアを張れず、まともに喰らうその連射の反動で、相手は後ろへと下がっていき……
唐突に橘は銃撃をやめると、一枚のカードを構えた。
ウラタロスは以前、ケルベロスがカードに封印される瞬間を見た事がある。きっと、カテゴリーキングもそのカードに封印されるのだろうと思ったその瞬間。
生への執着からか、カテゴリーキングはそれを払いのけ、崖の下……ウラタロス達の目の前へと落とした。
「何だ、これ?」
「カード?」
自身の足元に落ちてきたそれを拾い、しげしげと眺める二人。
何も書かれていない……強いて言うなら限りなく黒に近い灰色の闇が描かれたカード。
「先輩、それ貸して!」
唯一その正体を知るウラタロスが、何かを察したのか、モモタロスの手からそれをひったくるように奪い……
「…………うおおおおおおおおおおっ!」
咆哮が聞こえると同時にカテゴリーキングに体当たりを食らわせ、自分ごと崖下に相手を落とす橘の姿が視界の端に映った。
「えぇっ!? ちょっと……!」
――ここで死なれたら困るんだって!――
橘の思いがけない行動に、慌てて自分の車両……デンライナー・イスルギを呼び、その一部である亀型の飛行艇、レドームに飛び乗る。
「間に合ってよ……!」
そして橘の体が崖から落ちきる前……つまり海面に叩きつけられる直前で、ウラタロスの竿が彼の体をギリギリで捕らえた。
彼が押さえ込んでいた、カテゴリーキングと共に。
がくんと二人の体が揺れ、一瞬ウラタロスの体勢も崩れる。その瞬間、ロッドがベルトに触れたのか、それともそのときの衝撃が共用範囲を超えたのか。橘の変身が解除され、彼の持っていたカードがばらばらと海の中へ落ちていく。
しかし今はそれを気にしている場合ではない。一刻も早く橘を引き上げなければ。
「ちょっ……流石に二人は重いかもっ」
力仕事は僕の担当じゃないんだけど、などと誰にと言う訳でもなく文句を垂れつつ、ウラタロスは何とか二人をレドームにまで引き上げ、ほっと一つ息を吐き出す。
「お前、は……!?」
「僕の事は良いから、早く彼を封印した方が良いんじゃない?」
そう言って、先程モモタロスからひったくったカードを橘に渡す。
一瞬、何故それを持っているのかと言う戸惑いを見せたが……黙ってそれを受け取ると、橘はそれをカテゴリーキングに投げた。
瞬間、眩い光がカードから放たれ……カテゴリーキングは、カードの中へと吸い込まれる。
しかし、もはや自分の手元に戻って来るカードを受け取る力もないらしい。そのカードは、誰にも受け取られぬままひらひらと海中へ落ちた。
「すまない、助かった」
「……これって、助けた事になるのかなあ?」
ようやく安堵したのか、レドームの上に座り込み、吐き出す様にして言った橘に、ウラタロスはうーんと唸りながら、壊れたベルトを指差す。
緑地にダイヤのマークが描かれていたはずのバックル部分は、右上からやや灰色がかった煙を上げた配線が顔を覗かせている。
「カードも海の中だし。まあ、潮の流れから考えると、少し待てば海岸に運ばれるんじゃないかな?」
苦しそうな表情を浮かべる橘を見ながら、できるだけゆっくりとしたスピードで岸に向かう。
見たところ、かなり傷が深い。目立つのは額の傷だが、それ以外にも先程付けられた傷が痛々しいまでに残っている。血塗れと言うには語弊があるが、このまま街中を歩けば確実に通行人の手で救急車、もしくはパトロールカーを呼ばれるであろう事が容易に予測出来る程度には血がついている。
――さて、このまま病院に連れて行くべきか、あるいは誰かに押し付けるか――
「……! あれは!」
「え?」
橘の驚いたような声に思考を中断され、ウラタロスは彼の視線の先に目を向ける。直後、リュウタロスの悲鳴が聞こえた。
「ちょっと飛ばすよ……!」
レドームのスピードを上げ、急いで悲鳴の上がった先へと向かう。
慌てて向かったそこには、一人の中年男性とそれを庇う様に立っているモモタロス、そして異形の怪物に羽交い絞めにされているリュウタロスの姿。
「リュウタ!」
レドームに橘を乗せたまま、ウラタロスはそちらに向かって走り出す。
「遅ぇぞ亀公!」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ先輩! リュウタを助けないと!」
異形を睨みつけたまま抗議の声を上げるモモタロスに声を返すものの、相手には一切の隙がない。苦しそうにもがくリュウタロスの姿に歯噛みしながらも、ウラタロスは必死に策を練り始める。
リュウタロスが捕まっていると言うのも問題だが、相手が何者なのかその予測も付かないのも問題だ。相手の雰囲気は、どことなくケルベロスに似ている。となると普通に攻撃して倒せるかどうか……
「トライアルAと同じだ。基本的にはあのベルトの中央部分を破壊すれば良い」
モモタロスの後ろにいた男が、ウラタロスの耳に届く程度の声で言った。
「それが出来れば良いんだけど……リュウタが捕まってる今の状態じゃあ、ちょっと難しいんじゃない?」
何とかしてリュウタロスをあの怪物から引き剥がさなければならないが……殴る、突くが主体となる自身の武器では、無傷でリュウタロスを助けるのは難しそうである。
思考をフル回転させていた、その時だった。
……一発の銃声が、その場に響いたのは……
橘が見たのは、見た事のないアンデッドのようなもの……恐らくは自分達が見過ごしてしまっていたトライアルシリーズ……が、かつて出会った青年、龍太を人質に取る瞬間だった。
「ちょっと飛ばすよ……!」
助けてくれた青いライダーが言うと同時に、乗り物が速度を上げる。
――今まで俺の体調に合わせていたのか?――
陸地が近付くと同時に、そのライダーは身軽な動きで彼らの元に駆け出す。
よく見れば、トライアルの視線の先に龍太と同じ顔をした赤目の青年と、彼に庇われるようにして立っている中年男性……烏丸啓の姿があった。
「烏丸所長……!」
彼らの元に向かおうとして……鈍い痛みが全身を襲う。
先程カテゴリーキングにやられた傷が、今になって痛みを呼んでいるらしい。
青いライダーも、龍太を人質にとられているせいか身動きが取れないように見える。
「どうすれば良い……どうすれば……!」
悩んでいる間にも、トライアルは彼らとの距離をじりじりと詰めている。このままでは、間違いなく烏丸が……そして龍太や赤い瞳の青年、更には青い仮面ライダーがやられる。
……そう思った時だった。
自分の手に、何かが当たったのは。
「これは……」
そこにあったのは、奇跡的に無傷の状態で残っていた、醒銃ギャレンラウザー。
……本来なら、変身していなければこの場にあるはずのないそれが、自分の手元にあるのは偶然か、それとも神の悪戯か。
だが、今はどちらでも構わない。
体の痛みを堪えながら、橘はトライアルのこめかみの部分に照準を合わせる。
少しでもずれれば、龍太に当たる。それだけは避けねばならない。
今の自分の体調を考えると、一発が限界。その一発を、外す訳には行かない。
「……当たれ!」
祈るように呟き、その引鉄を引く。刹那、体を襲う鈍い振動。
……ギャレンラウザーの反動は、こんなに大きいものだっただろうか。
ぼんやりと思いながらも、弾丸の行き着く先を見届ける。
そして見事に、彼の狙った場所へと着弾した。
……橘朔也が覚えているのは、そこまでだった。
銃声の一瞬後、怪物の頭が何かに殴られたように傾いた。同時に、リュウタロスを掴んでいた腕の力も緩む。
「小僧! こっち来い!」
モモタロスに言われ、彼は大きく頷くとお返しとばかりに怪物を一発殴り飛ばしてから、ウラタロスの後ろに隠れるように立った。
「亀ちゃん、やっちゃえ!」
「ベルトの中央部分、ね……」
見たところ、頭を撃ち抜かれたにも拘らず平然と立っている様子。と言う事は後ろの男の言う通りにしてみる価値はあると言う事か。
「……お前、僕に釣られてみる?」
ウラタロスのその言葉に、ほんの僅かに怒気が含まれているのは、大事な弟分であるリュウタロスを人質に取られたからか。
容赦ない杖捌きで、幾度となく相手の弱点……腰のベルト近辺を攻撃する。
「それじゃ、佃煮にでもしますか」
『FULL CHARGE』
パスがベルトにセタッチされ、エネルギーがデンガッシャー・ロッドモードにチャージされる。
「はぁっ!」
ウラタロスがそれを怪物に向かって投げると同時に、エネルギーの網が展開、怪物の動きを拘束する。
そしてそのまま……ウラタロスのキックが、デンガッシャーを怪物のベルトの中央部分に蹴り込む。同時に、怪物は爆発、四散した。
ジリジリと音を立てながら、怪物がこの世から完全に消え去ったのを確認した後、ベルトを外したウラタロスはレドームの上で気絶している橘を担ぎ上げた。
「おい亀! そいつ大丈夫か!?」
「大丈夫。気絶してるだけだよ先輩。あの状態で銃を撃った反動だろうね」
「でも……そのお陰で僕、助かったんだよね。…………ありがとう、橘」
ウラタロスに担がれている男に、聞こえていないとは理解しつつも、リュウタロスは本当に小さな声で呟く。
「さてと。それじゃあこの人、近くの病院に運ばないとね。流石にこの怪我は放っとくのはまずいでしょう」
「それなら、俺の車を使え。近くに止めてある」
それまでモモタロスの後ろにいた男が、服についた埃を
「本当かおっさん!」
「……おっさんと呼ぶなと、前に言ったはずだがな」
「悪い」
「あれ? 先輩、知り合い?」
二人の会話で、ようやくモモタロスとこの男が知り合いだと気付いたのか、ウラタロスが不思議そうに声をかける。
それもそのはず、ここは西暦二〇〇五年。つまるところ、自分達イマジンが現れるよりも更に「過去」。顔見知りがいる事自体、おかしいのだ。
「……おう。この間、俺が変身した時に助けた」
「烏丸啓だ。橘の上司に当たる」
「ふぅん。それじゃあ、後は任せて……僕達はそろそろ行こうか」
烏丸の車に橘を乗せ、ウラタロスは自分の後ろにいる二人にそう言った。
橘を助けた以上、ここにいる必要はもうないし、烏丸に追及されるのは非常に面倒な事になりそうである。
「え~? もうちょっとここにいても良いじゃん」
「そうも行かないんだよリュウタ。オーナーに言われたでしょ、『事が済んだら戻って来い』って」
「ちぇ。つまんないの」
心底つまらなさそうに、リュウタロスは足元の小石を蹴飛ばしながら言う。
だがそれ以上駄々をこねる様子もない所を見ると、彼もそれなりに長居をしてはいけないと理解しているのだろう。
モモタロスも特に異議はないらしく、むしろ積極的に烏丸達から離れようと既にくるりと背を向けている。
「桃」
「あん?」
「お前は……いや、お前達は、何者だ?」
「別に。単なる通りすがりだ。じゃあな、おっさん!」
首だけを烏丸に向けて答えると、ひらひらと手を振ってモモタロスはスタスタとその場から立ち去る。それに続くように、ウラタロスとリュウタロスも車から離れた。
これ以上、この時間の人間と関わる事のない様に……
海岸沿いの廃墟とも廃墟ともつかぬ「どこか」の中を、ジークはただ無言で歩を進めていた。
後ろで、ハナが怒った様な顔をしているがそんな事を気にかけている様子はない。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
唐突に響き渡ったその声に、ハナ達は聞き覚えがあった。
確か、先程の店にいた……始、という名の青年の声。
慌ててその声のした方に向かい……そして、見てしまった。
相川始が、ジョーカーへと変貌する瞬間を。同時に、奇妙な形をした黒い石板から、ゴキブリに似た人間大の黒い怪物が無数に現れるところも。
「何や、あれ……!」
思わずあげたキンタロスの声に気付いたらしく、その異形達は一斉にこちらを見る。
その光景に生理的な嫌悪感と生命の危機を覚え、ハナは思わず数歩後ずさる。
……しかし、それらが襲ってくる事はなく、ただ彼女達を見ているだけにとどまっている。
「これが、お前の望みか?」
ゆっくりとその異形達を見回しながら、ジークが静かな声でジョーカーに問いかけた。
まるで、何が起こったのかを知っているかのように。
「……違う。俺は…………こんな事を望んだんじゃない」
「だが、ダークローチはこの通り存在しているぞ?」
いつもと同じ高圧的な、それでいてどこか憐れんでいるかのような表情で、ジョーカーから視線を離さない。
仕草は優雅だが、どこかいつもの独裁的な雰囲気に欠ける。
「……統制者が叶えるのは『アンデッドの望み』。『俺』の……『相川始』の望みじゃない」
「…………お前は……忘れているのだな。自分が何者なのかを」
ジョーカーの言葉を聞いて、どこか悲しそうに呟くジーク。その言葉は、まるで他に……ジョーカー以外の何か別の正体があるかの様にも聞こえる。
その事に気付かないのか、ジョーカーは一瞬だけ視線を床に落とし……しかしすぐに顔を上げると、真っ直ぐにジークを見つめ、苦しげに声を吐き出した。
「俺は……ジョーカーだ」
「ふむ。お前がそう思うならばそれでも構わん」
「俺は、世界を滅ぼしたくない」
「……この世界を愛し、それ故に『奴』に縛られたか、アンデッドとして」
会話がかみ合っていない。だが、お互いにそんな事はどうでも良いのかもしれない。
それだけ言うと、ジークはくるりと踵を返す。それを好機と取ったのか、今まで黙って見ていた異形……ジークはダークローチと呼んでいた……が彼らに襲い掛からんとする。だが。
「頭が高い!」
ジークが怒鳴ると同時に、それらが途端に小さくなる。
「……戻るぞ、姫、お供その三。これ以上ここにいる事は好ましくない」
「あんた……」
何のつもりか、と聞こうとして、ハナは思わず言葉に詰まった。
……ジークが、今にも泣きそうに見えたから……