過去の希望、未来の遺産
【その1:始まり】
――永い間生きていると言うのは、退屈なのですよ――
……いつか、どこかで、誰かが言っていた言葉。
何故、今になってその言葉を思い出すのだろう……
時の列車、デンライナー。次の駅は、過去か、未来か……
今この場、デンライナー食堂車には五人の青年と一人の少女がいた。
青年の一人はクレヨンで画用紙に何かの絵を描き、別の一人は優雅な仕草でコーヒーを堪能している。残る三人は少女を交えて、カードゲームで遊んでいるらしい。彼らの手の中には数枚のカードが扇状に広げられており、机の上には場に出されたらしいカードが小さな山を作っている。
「へっへっへ……今度こそ俺の勝利で……」
カードに興じる青年のうち、深紅の瞳の青年が、にやりと不敵な笑みを浮かべて自分の手札から一枚を引き抜こうとした瞬間。
唐突に、明るかった車内が闇に閉ざされた。しかし一瞬後には非常灯のようなものが点灯するが、そのオレンジの光はお世辞にも明るいとは言い難い。停電とも思える現象ではあるが、電車は何事もないかのように一定の速度で走っている。
それを感じ取ったのか、青年は深い溜息と呆れたような言葉を吐き出した。
「おいおい、またトンネルかよ。最近トンネルに入る回数多すぎやしねぇか?」
言葉通り、最近頻繁にこの現象が起きているのだろう。青年の顔にはうんざりとした表情がありありと浮かんでいた。
逆立った黒髪の中に一房だけ、瞳の色と同じ鮮やかな真紅が目立つ。
「もーっ! 絵を描いてる時に入られると困るんだよ! 色がわかんなくなるし」
絵を描いていた青年が、どこまでも不快そうに言いながら机を両の拳で軽く叩く。
紙から離した瞳は紫紺。ウェーブのかかった前髪が、被ったキャップから覗いている。やはり彼の髪も、一房だけ瞳と同じ紫紺に染まり、ふわりと揺れていた。
「コラコラ。暗い中で描いとったら、目ェ悪するで?」
関西訛りで紫の青年に言ったのは、赤い青年の右隣に座る、金色の瞳の青年。さらりと長い髪の中には、やはり一房だけ瞳と同じ明るい金があり、後ろで一つに括られている。
「カードで遊んでる僕達も、人の事言えないと思うけどね」
ひょいと肩を竦めながら、赤い青年の向かい側に座っている青年が、金の青年の言葉にやや皮肉気に返す。かけられた黒縁眼鏡の奥では蒼玉のような瞳が光り、真ん中より少し右側で分けられた髪は、やはり一房だけ瞳と同じ色に染まっている。
「この程度の些事で騒ぐな。騒音は私のコーヒータイムの妨げとなる」
この闇にも動じず、ただひたすらに優雅な動作でコーヒーを飲む青年。瞳は限りなく白に近い灰色。コーンロウに結われた髪は、これまた一房だけ白くなっている。
……何も知らない者が見れば、この異様な光景に驚いたかもしれない。
纏う雰囲気、紡がれる声、そして瞳の色こそ違うものの、彼らの顔は全く同じなのだから。声さえなければ、五つ子だと説明されて納得できる程に。
「あんた達のその姿、最近定着してきたわよねぇ」
「いや……これに関しちゃぁ、俺も正直驚いてんだけどよ」
まるでその姿は本来の物ではないかのような少女の言葉に、赤目の青年が頬をかきながら同意を返す。
その顔には言葉通り困惑と、そして僅かながらの嬉しさが滲んでいた。
「ま、いつまでもイマジンの姿でうろついている訳にもいかなかったし、丁度良かったとは思うけど……」
「まあ、あのセンスねぇ姿よりは、こっちの方が良いけどな」
にやりと笑いながら、赤目の青年……かつてモモタロスと呼ばれていた存在は、少女……ハナにそう返すのであった。
二〇〇八年一月二十日。その日、全てのイマジンがこの時間から消えた。
だがイマジンの一部は消滅する事なく、存在する事を許された。
……人の記憶に支えられて。
その「一部」の中には、時の列車 の乗客として時間の中を行き来しつつ、時の守護者として働いていた。
それが、かつて野上良太郎と共に「電王」として戦った彼ら五人……モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、そしてジーク。
しかしある日を境に彼らの姿が変化した。イマジン特有の怪人のような姿から、かつて彼らが、野上良太郎に憑いた時の姿へと。
別の時の列車、ゼロライナーにはデネブがいるはずであるが、彼がどうなったかは最近会っていないので分からない。ひょっとしたら彼も、桜井侑斗に憑いた時の姿になっているのかもしれない。
それでも、彼らの性格が変わった訳ではない。
時に喧嘩をし、時にこうやって共に遊び、時にモモタロスがハナの鉄拳を喰らい、時にナオミの「実験」的なコーヒーでおかしくなったり……
と、やっている事は今までと大して変わらない、騒がしくも楽しい日々を過ごしていた。
良太郎がいない事と、最近になって頻繁にトンネルに入る事を除いて。
……この時は、誰も知らなかったのである。
トンネルが多い事が、何を意味するかを。
――永い間生きていると言うのは、退屈なのですよ――
……いつか、どこかで、誰かが言っていた言葉。
何故、今になってその言葉を思い出すのだろう……
時の列車、デンライナー。次の駅は、過去か、未来か……
今この場、デンライナー食堂車には五人の青年と一人の少女がいた。
青年の一人はクレヨンで画用紙に何かの絵を描き、別の一人は優雅な仕草でコーヒーを堪能している。残る三人は少女を交えて、カードゲームで遊んでいるらしい。彼らの手の中には数枚のカードが扇状に広げられており、机の上には場に出されたらしいカードが小さな山を作っている。
「へっへっへ……今度こそ俺の勝利で……」
カードに興じる青年のうち、深紅の瞳の青年が、にやりと不敵な笑みを浮かべて自分の手札から一枚を引き抜こうとした瞬間。
唐突に、明るかった車内が闇に閉ざされた。しかし一瞬後には非常灯のようなものが点灯するが、そのオレンジの光はお世辞にも明るいとは言い難い。停電とも思える現象ではあるが、電車は何事もないかのように一定の速度で走っている。
それを感じ取ったのか、青年は深い溜息と呆れたような言葉を吐き出した。
「おいおい、またトンネルかよ。最近トンネルに入る回数多すぎやしねぇか?」
言葉通り、最近頻繁にこの現象が起きているのだろう。青年の顔にはうんざりとした表情がありありと浮かんでいた。
逆立った黒髪の中に一房だけ、瞳の色と同じ鮮やかな真紅が目立つ。
「もーっ! 絵を描いてる時に入られると困るんだよ! 色がわかんなくなるし」
絵を描いていた青年が、どこまでも不快そうに言いながら机を両の拳で軽く叩く。
紙から離した瞳は紫紺。ウェーブのかかった前髪が、被ったキャップから覗いている。やはり彼の髪も、一房だけ瞳と同じ紫紺に染まり、ふわりと揺れていた。
「コラコラ。暗い中で描いとったら、目ェ悪するで?」
関西訛りで紫の青年に言ったのは、赤い青年の右隣に座る、金色の瞳の青年。さらりと長い髪の中には、やはり一房だけ瞳と同じ明るい金があり、後ろで一つに括られている。
「カードで遊んでる僕達も、人の事言えないと思うけどね」
ひょいと肩を竦めながら、赤い青年の向かい側に座っている青年が、金の青年の言葉にやや皮肉気に返す。かけられた黒縁眼鏡の奥では蒼玉のような瞳が光り、真ん中より少し右側で分けられた髪は、やはり一房だけ瞳と同じ色に染まっている。
「この程度の些事で騒ぐな。騒音は私のコーヒータイムの妨げとなる」
この闇にも動じず、ただひたすらに優雅な動作でコーヒーを飲む青年。瞳は限りなく白に近い灰色。コーンロウに結われた髪は、これまた一房だけ白くなっている。
……何も知らない者が見れば、この異様な光景に驚いたかもしれない。
纏う雰囲気、紡がれる声、そして瞳の色こそ違うものの、彼らの顔は全く同じなのだから。声さえなければ、五つ子だと説明されて納得できる程に。
「あんた達のその姿、最近定着してきたわよねぇ」
「いや……これに関しちゃぁ、俺も正直驚いてんだけどよ」
まるでその姿は本来の物ではないかのような少女の言葉に、赤目の青年が頬をかきながら同意を返す。
その顔には言葉通り困惑と、そして僅かながらの嬉しさが滲んでいた。
「ま、いつまでもイマジンの姿でうろついている訳にもいかなかったし、丁度良かったとは思うけど……」
「まあ、あのセンスねぇ姿よりは、こっちの方が良いけどな」
にやりと笑いながら、赤目の青年……かつてモモタロスと呼ばれていた存在は、少女……ハナにそう返すのであった。
二〇〇八年一月二十日。その日、全てのイマジンがこの時間から消えた。
だがイマジンの一部は消滅する事なく、存在する事を許された。
……人の記憶に支えられて。
その「一部」の中には、
それが、かつて野上良太郎と共に「電王」として戦った彼ら五人……モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、そしてジーク。
しかしある日を境に彼らの姿が変化した。イマジン特有の怪人のような姿から、かつて彼らが、野上良太郎に憑いた時の姿へと。
別の時の列車、ゼロライナーにはデネブがいるはずであるが、彼がどうなったかは最近会っていないので分からない。ひょっとしたら彼も、桜井侑斗に憑いた時の姿になっているのかもしれない。
それでも、彼らの性格が変わった訳ではない。
時に喧嘩をし、時にこうやって共に遊び、時にモモタロスがハナの鉄拳を喰らい、時にナオミの「実験」的なコーヒーでおかしくなったり……
と、やっている事は今までと大して変わらない、騒がしくも楽しい日々を過ごしていた。
良太郎がいない事と、最近になって頻繁にトンネルに入る事を除いて。
……この時は、誰も知らなかったのである。
トンネルが多い事が、何を意味するかを。
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