蛇足
何でも良かったわけではなかった。
売れるためなのはそうだったが、己には野心があった。
書くからには信念があった。詩を休んだ。休むからと言って腕が鈍るとは考えなかった。
書きたいものがあった。
《鬱勃たる革命的精神のまだ渾沌として青年の胸に渦巻いてるのを書くのだ。》
主人公は臆面もなく自分にした。最初だったから? 否、否。
そうして筆が進んだ。一晩に原稿用紙を何枚も書いた。何日も徹夜した。『面影』は、六日で百四十枚も書いた。
信じたものがあった。
《革命の大破壊を報ずる暁の鐘である。》
自分こそが成すと信じて疑わなかった。
『面影』は返された。
後藤宙外は〈今の世で筆で立つといふことは到底至難である〉と言った。
〈誇大妄想狂式の主人公を書くのは好い、作者まで一緒になつてはたまらない。〉
【おれ】は天才ではなかったのだ。
そのことに気づくのに、実に一年を要した。
実に、一年。
妻子を遠くに置きやったまま、友に頭を下げ続け、あげくやせ衰えた体を三畳半に横たえるしかなくなった、この期間。
実に──。
愚かであった。
苦痛惨憺たる一年を経、ようやく天才を脱却しても、なお愚かな己である。
何も書けぬ。一文字も書こうという気が起こらぬ。であるのにまだ何かを書こうと考える。馬鹿の一つ覚えであった。それが稼ぐための一大事である。
何か書こう。書かねばならぬ。そう思い五畳半の天井を眺めた。
家賃の支払が迫っている。手元には辞書もない。
それというのに家族が北から来る。あの寒い寒い北の友人の手元からはるばると下ってくる。来てもあるのは何も手につかぬ己だけだ。
さぞかし失望するだろう。さぞかし不安に思うだろう。こんな亭主を、長男を。呼べぬ。だが来る。居留守をするか。だが己はどこへ行く? 家族のために自らが出ていくなど耐え難い。不毛な考えに囚われ、天井を眺むる間に日が落ちた。また今日も無為に過ぎた。
何故こうなった。
どこで、道を違えた。
何故、おれは、
まだ小説を書こうとするのだ。
「嗚呼──」
くだらない小説を書きてよろこべる
男憐れなり
初秋の風
『藤野さんは、恁うして死んだのである。』
この回想で終わるべきであったか。
このまま、『現在』へと意識を戻し、藤野さんの墓を眺め、丸く落ち着けるのが美しかったか。
そうではなく、『現在』すら無くし、ただ苦く甘い懐旧の情を描いた物語とすべきだったか。
収まりが良かったか。
なるほどそうであるかもしれない。
だがそれではいけない。この小説は『二筋の血』なのだ。ここで終わっては『流れ出た血』でも良いではないか。そうではない。それではいけない。
新太郎をあのようにした血は、二筋あったのだ。
己には小説の師と呼べる者を戴く考えが無い。己は書くべきものを書くのみであり、必要なのは、それを紙面へと掲載し、広く読者の元へ届けてくれる者ばかり。
それだけを望むものであるのに、それだけが叶わぬ。
「紙面に載する能わず」
紙幅がないとのことであった。本当にそうだろうか。
載するに足らぬものであったから、載せなかっただけではないか?
しかし己は動かなかった。
真意を確かめることもなく、而して別の所へやりもせず、打遣っておいた。真に見事なものであれば何処であろうと認められるはずである。
それに、其の頃にはもう、気力も残されてはいなかった。
何にもならぬ。焦燥ばかり積もって指の一本も動かせぬ。今日も畳の上に寝転ぶばかり。こうしている間に北に置き去りにした母と妻の期待も積もる。決して裏切ろうと言うのではない。そうではないと言うにこの体たらくは何だ。己の心には愛すべき彼等を忌む悪心が巣食っている。彼等さえ居なければ! それは本心か? 何方でも構わぬ。この責任からさえ逃れる手だてはないものか──それは即ち、死、のみ。
こうして、死ぬのか。人は、己は。否、否。否!
死ぬことなど出来ぬ。己は(何故だか)それを知っている。自ら死する能わずして、困窮に殺される。責任に殺される。その何処に意志があるのだ。己の心! この心よ!
死ね死ねと
己を怒りもだしたる
心の底の暗きむなしさ
なぜ、未だに。
〈否〉
〈小説デ食フ道ハ 諦メタロウ?〉
否、否。それは否だ。書いていた。書くことを辞めはしなかったのだ。
〈ダガ 食フコトハ終ゾ出来ナカッタダロウ?〉
〈己ノコトバカリ見ツメ 身ノ回リノ人間ヲ描キ起コシテ 親シイ人間ヲ扱キ下ロシ 友情ハ邪魔ダト蹴落トシテ〉
なんのことだ。知らぬ。否知っている。それはこの腹中に、静かに渦巻く黒き翳。
〈シカシ何事モ果タセヌ 師ト友ハ言ッテイタ――『おそろしい空想家』『本当に君は異常な空想家だつた』〉
なんだそれは。知らぬ、知らない。そんなことは聞いたことも、読んだこともない。
〈空想家 己の美しき幻のなかで生き続けている 現實から目を背け 楽しき空想に遊び続け 遂には妻に逃げられる――愛する者が苦痛のなかにあってなお 気づいてやる余裕すらなく お前は大切なものを取り零す〉
知らぬ。知らない。知ラヌ、知ラヌ。〈マダ知ラヌ〉。ソンナコトは。
〈知っているはずだ なぜならお前は〉
やめろ、言うな、聞かすな。
〈既に死んでいるのだ ここは既にお前の死〉
言うな、言うな。己はココニイル。この八畳間、そこの入り口から今に人の声がする。名を呼ぶ友の声ガスル。嗚呼また書けぬ小説の傍らに書いた、手慰ミの歌でも見せてヤらナければ。
宿の主婦に言いつかったチビが、『コチラニモツゴウガゴザイマスカラ』ト脅シニ来ル。嗚呼またあんな女のチビに牛耳ラレル、待ってくれと言うのに何時までと言われたところで、無イモノハ無イトイウノニ。
そうだ。ナイモノハ、ナイ。
〈小説デ身を立テる ソノ誓いを心から信じ 励ました者は いたか?〉
――否。
否、否、否。否。
無い、ものハ、ナイノダ。
才モ紙幅モ天命モ、金モ展望モ■■モ■■モ■■モ■■モ――。
〈美しい幻から 現實へ〉
革命ヲ。
〈己を変革せよ ■■■■〉
夢ヤ幻想カラ脱却セヨ。
〈足らぬものは燃やし尽くせ〉
〈お前をナキモノとしたすべての因果を燃やし尽くし〉
〈■■■■を革命せよ〉
〈【血】を 絶やせ 〉
己は(何故か)知っている。今夜、この頭は歌に埋め尽くされ、止めどない言葉と流れゆく一秒ずつに押し流され、百首も短歌を詠む。小説を書く、という気概を根元から折られ、日中受ける屈辱も、不要と押し込めた刹那の感じも、溜め混み続けた分が一気に流れ出し、それが己の第一歌集の素となる。第一歌集――『一握の砂』。
頬につたふ涙のごはず
一握の砂を示しし
人を忘れず
砂、砂だ。砂を掴まんばかりの一生であった。
己は一生、手から砂を零し続けた。何も残らぬのは金ばかりではない。己は自分が愛しい。一時間は六十分、一分は六十秒、その六十のうち一つだって逃したくはない。一秒を捉えるに短歌は最も適していた、だが他のことに至りてはどうか、生活に手足も肺も囚われ、やがてはこの命すら取り零したは何のためか。
何のために! うたびととして名を残すも誉れか? その誉れも一銭たりとて、己を救いはしなかった。否、我が才能と愛嬌のために金を貸す人が居た。我が働きに期待をかけ、心相触れ合うて抱き締め合った者が居た。救いとなる友は幾人とおり、しかし無為に命を浪費し尽くすに至ったのは――ただ、文学などというものに関わりを得てしまったのが諸悪の根源ではなかったか? 己の才を過信し、これならば己にも出来ると信じ込ませ、我が無数の一秒を徒労に帰したのは、実に、あの時開いた一冊の書物!
そのために、己の命は、八億五千九百八十五万もの砂粒と化したのだ。ああ、八億、これだけの砂粒で何が出来たか! 何を描けた? 実際描いたことと言えば――実に、空費の一言に尽きるのではあるまいか? 頼みにしたものは頼りにならず。一生を空費した根源を、我は恨む。恨み言の一つくらい言ったところで、何の足しにもなりはしない、そんなつまらないことをせぬために、我は口数も少なくしていた。だがこうなってはそれも無用の気遣いというものだ。やりきれなさを晴らすための一手にしたところで罰も当たるまい。
ああ、己ひとつの空費。否、ひとつきりではない。我は実に、母と節子の人生をも、空費したのだ。『老いたる母はかの厭わしき渋民にいたたまらなくなって、忘れ果てていた平仮名を思い出して予に悲しき手紙を送った!』……『初めの頃からみると間違いも少ないし、字もうまくなってきた。それが悲しい! ああ! 母の手紙!』(※『ローマ字日記』十三日 火曜日 (『啄木全集 第六巻』p139上段五行目以降)だが決してこれは母だけではない。節子からの手紙、京子への小遣いがもう無い旨に返事もやらず、しかし胸中で節子を想うばかりだが、これは仕方がないことなのだ。だが……『節子はまことに善良な女だ。世界のどこにあんな善良な、やさしい、そしてしっかりした女があるか?』……『人の妻として世に節子ほど可哀想な境遇にいるものがあろうか!?』
仮にうたびととして名を残したことが我が一生の意味であるというのならば、我が残した論や世間への批評が後の遠き子孫たちへ継がれたというのなら――我が小説とは、何であるのか。己も家族も空費させ、最期までモノにはならなかった、あの用紙と洋墨とは、何であったのか? ああ、諦めたわけではない。だが書けぬ。なぜ書けぬか? 『予はとうてい予自身を客観することができないのだ。』――文学を辞めよう。だがやめてどうする? なぜだ。どうして?
やりきれぬ。己は人生を投げ出したい。パンの一つ、五銭、否一円も与えられず枯れ木の如く草臥れた己を認めたくない。一体何を頼みに出来よう? 己の思想は孫の代まで続くというのに、己は人の一生分も生きられずに死ぬ。今から、あと、――年後の、春に。だが、しかし、しかし。
願わくば、文字も言葉も知らぬ昔へ。喜びも悲しみも知らずにいた、幼き田舎の日々に。
そういえば――徒労に終わった小説の一つに、そういう話があったか。
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