七話 雲隠月虎




隠に産屋敷邸から離れた場所まで連れてもらい、心陽は蝶屋敷に戻って眠ろうと決めた。産屋敷、呪い、鬼の起源……単語が文字通り頭の中でごちゃごちゃに羅列している。体調が悪くなってから咲希に会っても、彼女はなんともなっていない。その鬼と出遭ったことが引き金となってしまっただけで、本来はこんなことにならずに済むはずだった。


(咲希だけでも無事なら、それでいいじゃないか)


咲希の明るい笑顔を思い出し、目を伏せる。本心だった。本心であって欲しかった。我儘な願いには名前をつけたくなかった。飢えたものだ、とぼんやり考えた。
あの頃、幼かった心陽は妹と二人で生きていく責任から楽になりたかった。死を選びたかった。それが今はどうだ。妹の生を保障し、煉獄から守られたこの命が堪らなく愛おしく思えるのだ。


上気したままゆっくりと力なく門を開き、夜の花々に目を遣る。昼だろうと、夜だろうと関係なく花は色鮮やかに咲き誇っているのだった。夜はよく見えなくとも、その色は必ずそこにある。心陽はそれから視線を逸らし、笑い声の聞こえる屋敷に入る。孤児たちは楽しそうに廊下を駆け回っている。それに、猫も。


「にゃ、にゃっ」

「大福。楽しそうだね」


妹が拾った猫は今では丸々とし、この生活に不自由が無さそうに思える。遊び相手も沢山いるし、ご飯だって満足に食べられるし、日向ぼっこも最高だ。心陽の足元に擦りつくようにして、猫は通り過ぎた。すぐに猫は長い黒髪に優しい紅い瞳をした少女に撫でられている。


「おかえり。体調悪いのに久々の任務かと思ってたよー。お風呂空いてるから入ってきてね」

「うん。分かったありがとう、咲希」


温かい湯を浴び出たあと、裸のまま鏡を見る。消えない傷はいくつもある。この肺だって、もう治らない。だが、喪ったものへの苦しみが一番深く刻まれていた。どれだけ生きていられることが奇跡的で、ありがたいことか何度も思い知った。
服に袖を通し、髪を布で乾かす。人の終わりを目撃して成長し、そして欲深くなってしまった。もう無意味に死を選ぶことは無いと確信していた。敷かれた布団に身体を放り込む。


(私は強くなれているのか?咲希だけでなく、人々を守れているのか?)


そう思いながら櫛を眺め、両手で包む。指環は枕元で電灯を反射し、綺麗な桃色をして鈍く輝いている。灯りを消そうと立ち上がろうとしたら、肺が軋みだした。心臓がばくばくと骨にまで響いている。けほけほと噎せるが、袖が血で汚れていないことに安堵する。そして、横になり目を閉じた。


……。

…………。


『カァァァ!!カァァァッ!!』

「静かに眠らせてよ……」

『無惨、産屋敷邸襲撃!無惨、産屋敷邸襲撃ィ!!』



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