六話 秒針に棘
流石に肺の中の様子までは胡蝶も見られないらしく、帝都の中でも三本指に入るほど大きな病院に連れて行ってもらった。結果としては特に異常は見られなかったので一応風邪薬だけ処方された。
透析の大きな機械が怖かった。どうやら透視するために使うものが人体にあまり良くないものだとかで、医者まで仰々しい格好をしていた。
そして何より、費用のなんと多いことか。貯金していて良かったと心陽は心底感じた。
「肺病でなくて良かったですが……任務はどうしますか?喀血は必ず肺に関わることですから、異常はあるのだと思います。ですが、診断結果的に私から無理に止めることはできません。」
そう不安そうに微笑し、心陽さん自身で決めてくださいと言う。遠回しに任務には行くなという風に聞こえたが、それでも心陽は鬼殺隊の任務を背負うと迷わなかった。
月日が流れ、蝶屋敷には蓮や鬼灯が咲いている頃。
炭治郎はあの任務以来昏睡状態だったが、ちょうど昨日に目を醒ました。それまではカナヲはかなり心配しているようだった。心陽は彼女が他人に興味を持つところをはじめて見たので、少し驚いた。
正直炭治郎と顔を合わせたくはないのだが、死の淵から蘇ったのだから会いに行こう……。
「カマドくん久しぶり。目を醒ましたようで良かった」
数カ月ぶりに見た彼は最初見たときよりも成長していた。顔つきも剣士らしくなってきていた。性格は相変わらずお人好しだが。
噂では上弦の陸を倒したと聞いた、と言ったら皆で頑張った成果だよと笑った。
「そういえば心陽ってここで住み込みしているんだな!」
「うん。入隊してからずっとやってる」
「そうなんだ!いつ入隊したんだ?」
「14の秋辺り」
「すごいなぁ、俺まだ鱗滝さんのところだったな……」
どうやら炭治郎は水柱に救われたらしい。誰かの過去を聞くのは初めてな気がしたし、そもそもこんな知らなくてもいい話をする相手は甘露寺かアオイくらいだった。
「会う前から心陽の匂い、どこかで知ってるんだよなぁ。なんでだろう」
その真意が分からぬまま気づくとだいぶ経っていた。去年の階級は
少し前には夏だったのに、秋が近づいてきた。もうここで迎える何度目の秋だろう。
(そういえば、甘露寺さんが刀鍛冶の所に行くって言っていたな)
刀をなんとなく手に取る。あの鬼に折られてもう一年も経つのだ。包丁を持った鋼鐵塚から追いかけ回されそうになったのを懐かしく感じる。自分はあの戦いで何を得られたのだろうか。
なぜ、こんな過酷なところで藻掻き続けられるのか。
「っぅ゛!」
時々出てくるひどく苦しい咳は日に日に悪化しているような気がした。今日は一段と締め付けるような痛みを伴っている。横隔膜が必死に動いているのも腹立しかった。じきに止んだが、不快感だけはまだ強く残っている。
────口の中が厭に鉄っぽい。すぐに手を見ると、いつもより鮮やかな色をした赤が付いていた。ぎょっとして立ち上がると、少量と言えど床にまで飛び散っている。目を見開いたまま、ゆっくりと呼吸を繰り返す。窓から満月の光が差していた。
「心陽、もう夕餉できたって……」
「ああ、ちょっと遅れる」
「血が……!!どうしたの!?今すぐ師範に」
「心配ありがとう、カナヲ。……待って本当に病気じゃない!!」
胡蝶にすぐに伝達が行き、しばらく心陽は任務に出向けなくなった。身体は満身創痍だが、全ては血を伴う咳のせいだった。
