六話 秒針に棘
受け取った手紙を握りしめながら病室ではなく、自室に入る。その帰路で櫛と指環を取ってきた。向き合わなければならないと自覚していた。炭治郎のように……
もう一度、ご丁寧に「拝啓」から書かれた手紙を開く。
拝啓
金木犀の香りが漂う頃となりましたが、お変わりございませんでしょうか。僕は変わらず日々を送っています。
さて、既知のことではあるとは思いますが先日兄が息を引き取りました。僕自身もまだ実感が湧いていません。
本日、竈門炭治郎さんが訪ねにいらっしゃいました。心陽さんは本人の意向により出向かわなかったと伺っております。体調が優れていないのでしょうか?心配です。
葬儀は兄の遺書通り、心陽さんや咲希さんも招いて執り行います。心陽さんも任務があると思われますので、近日中にお返事が貰えると幸いです。
久しぶりに会えることを楽しみにしております。
かしこ
煉獄千寿郎
真っ白な着物を箪笥から取り出し、袖を通す。一度も着るつもりのなかったものだ。それなのに、指先は迷いなく布を引き寄せていた。思っていたよりも、その白は冷たかった。鬼殺隊は常に死と隣り合わせの環境なので、遺書は事前に書いている。そして、一日単位で何名と隊士は亡くなるので葬儀も簡素なものだ。
こんなに早くに着ることになろうとは。
ニニギは、きっと咲希にも伝えたのだろう。
艷やかな髪を揺らしながら歩く彼女からは何も聞かれず、また心陽自身も無言で並んで歩く。
(どんな顔をして会えば良いのだろう)
答えは出ないまま、久しぶりに荏原郡へ続く道を進んだ。
「あっ、お久しぶりです!」
大きな門前に立っていた少年が以前と変わらない声で迎えた。相変わらず、兄とは異なるやさしさを持った目元である。
卓袱台に置かれた茶と菓子。湯気の立つ湯呑みに口をつけると、舌が焼けそうなほど熱かった。味は、前と同じだった。
────変わっていない。あのときから時間が動いていない気がして。かえってここに来た理由を余計に言い出しにくくさせた。
心陽は、沈黙に耐えきれず口を開く。
「千くん。お父様には、もう伝えた?」
「……いえ、まだです」
「じゃあ私が行く。」
「えっ!そんな、せっかく来たんですからゆっくりしていってください……」
それでも、心陽は千寿郎の瞳から目を離さなかった。かたい意志がそこには結ばれていた。
「お父様と直接お話がしたいんだ」
無理やり押し切って直談判をしに、例の酒臭い地獄の部屋の襖の前に立った。挨拶をするも、返事がない。……いつものことなので、気にも留めないが。
戸を開けると、いきなり怒声が鼓膜を震わせた。
「なんなんだ、急な客人が多い!……ッお前、なぜここにいる!!」
「……お父様」
「お前とは顔も合わせたくない!帰れ!!」
「お父様、」
「その呼び方をやめろ!帰れ!!」
肩をがっしりと掴まれるなり、外に向かって引き摺られる。それでも、心陽は抵抗をやめなかった。どれだけ屈辱的だろうと、この男と向き合うと決めたからには。
「……まさか」
力が徐々に抜けていくのが分かる。槇寿郎の視線は、白い衣に落ちていたのだ。
「今日は段取りの話だけです。正式な葬儀はまた、日を……」
小さく舌打ちを落とした。そして、苛々とした表情を心陽に向けた。
「馬鹿野郎!!……もっと早くに言え。準備というものがあるだろうが!」
その返答に心陽は安堵した顔をした。それに気づくなり、槇寿郎は今度こそ部屋から急な来訪者を追い出したのだった。しかし、戸を閉める音には静謐があった。
