五話 灼かれた心臓は





煉獄の身体は注意して見なくともぼろぼろだった。真横から見るとよく分かる。腹部は猗窩座の腕が刺さったまま、他の内臓もずたずたにやられていて、頭部ももうほとんど。
そう遠くない未来が怖くて心陽の耳には何も入ってこない。


「煉、煉獄さん、もういいですから、呼吸で止血してください……」


それに構わず煉獄は、俺はもうすぐで死ぬと言った。なんで、なんでそんな弱気なことを言うのだろう。心陽は何もかも受け入れられない。煉獄は淡々と言葉を紡ぐ。


「胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさに、どれだけ打ちのめされようと心を燃やせ。歯を喰いしばって前を向け」


自分の死が間近に迫っていてるにも関わらず、どこまでも前向きだ。炭治郎や伊之助のすすり泣く声が聞こえてくる。伊之助なんかは、猪頭から涙が溢れるほど泣いている。
それから、ここにいる隊士全員に向けて順々に言葉をおくった。君たちを信じる、とはっきりと伝えた。


「……心陽、君はもう俺がいなくとも大丈夫だ。君は十分強くなった」


そう言ってから、支えている右手に煉獄の手が添えられた。とても弱々しかった。普段の力強い彼からは想像がつかぬほど精気が無かった。
顔を上げると、左目の無い彼がいる。恐る恐る手の添えられていた右手を動かし、煉獄の頬に寄せた。血が生温かった。なのに、肌は外気温のせいか冷たかった。


「師範、師範、しは……」


渇いた口を開くごとに頬に涙が伝っていく。
堪えていたおもいが涙とともに溢れてくる。


「いやだ、師範がいないと、いやです。師範だから、救われたんです。私きっと、師範じゃなきゃ、だめなんです。だから、置いて、いかないで」


多分、あの夜と同じくらいひどい顔で泣いている。嗚咽も混じって最早ちゃんと言葉が伝わっているかすらも怪しい。
息をしようと吸い込むと生腥い血の臭いと、煉獄の匂いが混じって噎せ返った。呼吸も忘れ、言えることをなるだけ伝えようと無我夢中になった。


「好きです、あなたのことが好きです。」


返事がどうのは何も考えられなかった。ただ、今思うがままに吐き出された言葉だった。儚い液体がぼたぼたと隊服にこぼれていく。その後はわあわあ泣いて言葉が言えなかった。

気づいたら、頭の上に大きな掌が置かれていた。


「俺が痛手を負わなければ……今ここで抱きしめることができたのだろうな」


煉獄の瞳は日の入りのような柔らかく、溶け入りそうなものだった。


「君と想いを通わせられて嬉しい、心陽」


もう十分幸せで、苦しかった。それ以上の言葉は必要無かった。
もし自分の熱い血潮が流れる心臓を分け与えることができたのなら、すぐにでもそうしてあげたかった。だから、せめてでも。


「ふ、俺は幸せ者だな……」


錆びた鉄の味がした。不味かった。だが、──確かに甘かった。
これが、継子として伝えたかった最後の気持ちだった。

頭に置かれていた右手がだらんとしていくのに気が付き、少し距離を開けてその手を握りしめた。どんどん脈が無くなっていくのがわかる。


ああ、光が、失われていく。重い瞼が閉じていき、ついに両目とも開かなくなった。



煉獄の心臓は、凍って動かなくなってしまった。



(私……師範の想いも、呼吸も、全部継ぎます。必ず繋げますから、そのときは……どうか)



既に月は沈み、太陽は昇り天に輝いていた。


心陽が最後に見たのは、煉獄の笑顔だった。





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