四話 微笑む郷愁









埃とかびが混ざったにおいがする。

自分が一体何をしていたのかが思い出せず、ふと手元を見る。古本を手にしていた。

集落の古本屋で間違いない。


(週末の買い出しに付いてきていたんだっけ)


本をぺらりとめくると目次が見えた。見知らぬ作家の短篇集のようだった。
どうやら、「私」はこれを欲しているらしいと心陽は疑わなかった。


「それが欲しい?」


耳にじんわり染みていく声。

懐かしいような、いつも聞いているような……。


結構面白そうじゃないか、と彼は言った。だが、油断してはならない。
心陽は……


「どうしたどうした、構えかい?侍みたいだね。」


艷やかな黒髪に、紅い瞳。


────ああ。今までずっと夢にまで見ていた、もの。


「父、さん……。」


言うまでもなく、驚いた表情をしてみせた。いつもどおりの景色のはずなのに、ひどく苦しかった。
それでも心の底から笑顔になれた。心做しか、足取りがいつもより軽かった。









「見てみて、飴細工!」


かわいいでしょ、と妹が無邪気に笑って心陽にもそれを手渡す。鶴のかたちをしたそれはとても綺麗な芸術品にも見える。
食べ歩き、というものは好きな方で。そして、そういえば……。


(ああ、あとで師範にお土産買っていこう。)





(……師範?)


学校にも道場にも、どこにも通っていない。それなのに違和感は何も感じられない。目線を下に遣る。


……ごく当たり前に、何も思い出せない。
母の声が徐々に鮮明に聞こえてきてハッとした。


「夕飯は焼き魚と筍ごはんにでもしましょうか」

「やったぁ!あたし、ご飯炊きたい!」


じゃあ私が魚捕ってくるよ、と言って外に出る。季節外れな生暖かい風が肌をなぞった。


「父さん、今の時期って何がいるんだっけ」

「今の季節はイワナ、ヤマメ、アマゴ、ニジマスが捕れる。」

「あとで七輪も出しとかないとだ。」

「七輪ならもう出しておいたよ。」


そう放つと、父は銛を手渡した。父は、先を見通すことに長けていたのだと思う。
網ではなく、銛で突いて魚を捕まえるのが代々行っているやり方なのである。川は澄んでいて底も浅い。急流だが獲物を捉えること自体、心陽は割と得意だった。


(視えた)


視覚に捉えた瞬間。

右手に全神経を集中させて
柄に力を込め
刃を標的に向け


──炎の呼吸 ……。



…………。


「一匹目。まずは父さんの勝ちだ」


あ、と声を漏らすとにかっと笑う姿が見えた。


(先程の意味のわからない単語は一体……。)





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