一話 日明、月光と
なんだか今日の町はいつも以上に騒々しい。まるで、自分の心の中がそのまま映し出されたような感覚すらしてくる。
人だかりを無理やり押しのけて前へ前へと進む。もしここで鬼の襲撃が来ても心陽は妹を捜すのだろうか。など下らない考えを振り切ってひたすら足を動かす。
───速く、疾くはやく、走るんだ。
なにかにつっかえた。「まずい。」と思わず声に出そうだった。
小石に躓いたのだ。時間が取られる。
まずい。今転んではいけない。いけない、のに……。
「危ないところでしたね」
────少し癖のついた艷やかな黒髪。
────思わず見入ってしまうような真紅の瞳。
────耳にすんなり溶け込んでいく優しい声色。
「父さん?」
そのひとは微笑んで見せた。そして、自分に子供はいないと言った。
(あの日に父はいなくなったんだ。……もういないんだから。元から、こんな高価な西洋物の服なんて着るはずがない)
体勢を戻したのち、向き直る。なんだか見れば見るほど、父の面影を感じるのだ。
端正な顔立ちに、柔らかい笑顔。背丈も。
全部が全部。
けれど、そんなものはただの思い違いに過ぎなかった。
「助けてくださり、ありがとうございました。」
「いえ。お気をつけて」
もう二度と会えないと思うけれど、とても優しい人だった。この恩は一生忘れないだろうと思っていた。
……。
にゃおん。
転びそうになったすぐそばで、猫がこちらを見つめ鳴いていた。そして、その先にいたのは……
「咲希!!!」
よく分かったね、と疲れた声で笑った。たまたま蝶屋敷周辺で咲希が保護した猫が、走ってここまで来てしまったのだという。辺りを見渡せば分かる通り、屋台が軒を連ねている。匂いで引き寄せられたのもきっとあるのだろう。
ひとまず、肩の力をゆっくりと抜く。
「屋敷に連れて行っても大丈夫かな」
「ちゃんと話せば大丈夫だよ」
なんて名前にしようかな、と妹が呟く。目は雫が反射したようにキラキラとしている。なんとなく心陽にはあの日以来、はじめて妹が心の底から喜んでいるように感じた。
また一つ、前に進めたのだと思えてそれが嬉しくて。猫のふわりとした毛をやさしく撫でた。
「まだ残っていたか。朔間の残党、出来損ないの一族め。」
「あのとき襲撃したものは鬼狩りの柱に殺されたらしいな」
「これだから雑魚は!!!」
「私がやる。私が―」
「────全て鬼舞辻無惨が終わらせる。」
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