一話 日明、月光と




「っ!!」


脳天を貫く勢いで頭の真上に刃が降りかかっているではないか。
咄嗟に心陽はそれを受け止めた。煉獄のことを焦った表情で見ると、いつもの温かい眼差しがひどく冷たく感じられた。

入隊前にも時々浴びたことのあるその視線が、あの夜視たものと似ていて。


「余計なことを考えるな」

「すみませ……。」

「俺だけに集中しろ」

「承知いたしました」

「うむ、分かったならばそれでいい!」


この人は何時だってひとの心を読んでいるかのようなことを言う。それでいて、真っ直ぐな視線を、態度を、ひとに向ける。冷酷なものが溶けていくのを感じ取った。
それと同時に、煉獄の緩んでいた力がどんどん鋒に注ぎ込まれていくのを感じた。
心陽は体勢を保とうと踏ん張るも、劣勢なのは明らかだ。それに……


「師範、このままだと大変なことになります!」

「案ずるな!!君に怪我をさせるつもりはない!!」


「そういうことでは……」と渋っているうちに、メキメキと木刀にヒビが入っていくのが目に映る。もうすぐで根本からばっきり折れるのは目に見えていた。




ばきっ





「このままだとまずいです、本当にまずいです」

「木刀が折れたくらいでは死なない!」


「あ!」と情けない声をあげる。それと同時に煉獄は心陽の真上に覆いかぶさった。否、倒れた。
間近で見て分かった。煉獄の睫毛が長いことを。


(何を考えている、早く退かないと……)


上を見上げると、ばっちり煉獄と目が合った。心陽自身、どのような顔をしていたかわからないが、恐らく困惑している気持ちと悔しさが混じったものだったのだろう。目が合うなり、煉獄は笑い出したのだから。


「ははは、すまない!君が強くなったのは充分に分かった!!」

「……ありがとうございます」


煉獄が起き上がると同時に、心陽も体勢を戻す。視界には自分の白い羽織。そして、煉獄が羽織っているものは柱の証。少し甘露寺のものにも似たそれが誇らしい。


(私もやっと、正式な継子になれたのかな…)


そんなことを考えながら汗ばんだ身体を流すために、蝶屋敷の浴室へ向かう。ここは、蝶屋敷の使用人や孤児の風呂ではなく、道場を使った人専用の場所である。使用する者は多くはいないが……。







昨晩の鬼を思い出しながら服を脱ぐ。巨躯な図体を持ち、筋肉隆々の鬼。最後に頸が落とせなくて非常に悔しかった。怪我は少ないと言えば少ない方なのだろうが、結構の痛手だ。骨折はしていないから、治療することもないが。


(まだまだ弱いんだな私。追いつけるようにもっと頑張ろう)


羽織を取り、黒い詰襟を脱ぎ、襯衣シャツ1枚になり、ボタンを取りかけていた。そのときに事件は起きた。


勢いよく、戸が開く音がした。

声を上げる暇もなく、ただ振り返るしかなかった。



煉獄の目に映ったものは、少年だった。少年のはずだった。まず目に映ったのはいつも通りの澄んだ白の髪。そして、印象的な瞳。

毎日鍛えている割に華奢な体躯。白い肌。


男らしからぬ、柔らかそうな膨らみ。


一度も信じて疑ったことがなかった。煉獄は今までのことを一瞬のうちに思い出すも、やはり目の前の弟子は……


……


……………


………………………。





「……は。」

「え。」

「失礼した!!!」


スパーーーーーン!、と勢いよく障子が戻された。狼狽えているうちに。




目を点にして心陽は呆然としていた。

自分の今の状況を再確認した数秒後、事を理解した。言うまでもなく事件だ。


(鍵、掛けたっけ?そもそも鍵ってあったっけ……。)


鏡など見なくても顔が紅潮しているのが分かる。日頃から気にしている男から裸体を見られたら、誰しもそうなるだろう。気にしていると言っても恋愛の方ではなく。


(もしかしなくても、取り返しのつかないことになってしまった……!!)





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