三話 盈月花火
桃 緑 白 赤 黄 紫…
大輪の華が夜空に咲き誇っている。幻想的な色で、景色で。
すごく…
「きれい」
はじめはか細い音で天に向かう。大きな音をあげて、崩れ落ちていく。それが、儚くて。美しい。…これが、花火。圧倒され、ただ黙って上を見上げていた。ただ、黙って魅入ったように空を見上げていた。
「心陽」
「はい」
「渡したいものがある」
「……?はい」
ささやかな贈り物が、武骨で逞しい手から、華奢で柔らかい掌に置かれた。
「櫛……?」
煉獄は笑顔で頷いた。髪に飾るような曲線を描いた櫛。表面は滑らかで明るい茶色。桜とその花びらが彫られている。無意識にそっとなぞっていた。
「私に、くれるんですか」
「そうだ。」
しばらく掌に置いたまま、櫛と煉獄とを交互に見る。ちょうど、最後の一発の花火が打ち上がった。花火の影が煉獄の顔に映る。それがあまりにも眩くて。目を細める。
花火を見ていた者たちはもう帰り始めていた。
「ありがとうございます」
宝物をそっと両手で包みこんでにっこりと笑う。藍玉がきらきらかがやく。
「大切に、します」
一瞬の言葉のはずなのに、たかが自分で紡いだ言葉なのに。永遠を感じた。目が、合っている。煉獄は確かに心陽を見ていた。それに気づくなり鼓動はどんどん加速していく。
「あの、今度もまた…」
気まずさを誤魔化すようにして、言葉をつなげる。いつもであれば、煉獄は何か言ってくれる。だが、今日は違う。…今までとは、違う。
「師範とこうして、またご一緒してもよろしいですか?」
自分から話すのは違和感が有りながらも続ける。もしかしたら、いや、心陽は「答え」が欲しかった。返事が欲しかった。何も返されないのはただただ不安でしかない。
熱に浮かされているのか、それとも別のものなのかは分からないが自分から話すことに何故か抵抗がなかった。いや、抵抗がいつもあるわけではない。
いつもは、煉獄から話してくれるから、自分から話さないだけだ。それだけだった。
「……師範。あの、聞いていますか?」
「ああ、全て聞いていた。」
「本当ですか?」
「当たり前だ。」
太陽の如く燃える瞳が僅かに揺れている。
どこまでも真っすぐで、凛々しくて、心を見透かされているような瞳。
信念を強く持った陽光の瞳。
あの夜とは異なる温かくて溶けるような、瞳。
「心陽。」
「……はい」
距離が、近くなる。心拍音すら漏れ聞こえそうなほど近くに。櫛を持っている手が震える。緊張のせいか、期待のせいかは分からない。本当なら後退りして、近いですと言いたいのに、言えない。
「師範……」
煉獄の手が髪に触れそうだったそのとき。
