三話 盈月花火
キリキリと痛むものを押しつぶして言い聞かせる。
「…大丈夫ですよ。」
「そうか!ならば安心だ。怪我の方も治ったか?少し触るぞ、痛かったらすぐ伝えてくれ。」
心陽はぎょっとして後ずさる。心のなかで煉獄の言葉が反芻されていた。
「や、大丈夫です。胡蝶様が毎晩訪ねてくださいますし。」
「いや、俺も確認しておきたい!!」
「そうですか…」
腕、背中、そして腹部。まるで、下弦の肆に負わされた傷をすべて覚えているような手付きだ。痛くはない。ただ、緊張のせいか息が詰まるだけだ。
「しっかり呼吸をしろ。肺の動きを見る。」
(気付かれてた…!)
煉獄の鋭さに驚きつつも『いつも通りの呼吸』をする。…が、それでも駄目だったらしく「肺に意識を集めろ」と言われてしまった。
「うむ、正常な動きをしているな!!骨も十分治っている。」
「良かったです」
「そうだな!では、出掛けるとするか!!」
…一瞬、自分の耳を疑った。
(今はたまたま師範と出会って、怪我の確認をしていただいて、…出掛ける?)
「二人で外へ行こうと言っているのだが、都合がつかないか?」
返事に困っていると、急かすように名前を呼ばれてしまい上擦った、それでいて裏返った声で応えた。
「浅草に来るのは初めてか?」
「いえ、一度有ります」
「ああ、宇髄から任務を頼まれたときだな!そういえば、彼が君のことを褒めていたぞ!『次もよろしく頼んだぜ』とのことだ!!」
ふと、その任務の内容を思い出して心陽は苦笑した。
遊郭に潜入して、宇髄の妻の一人である須磨から鬼の情報を聞き出す…。という内容のものだった。
だが、奇抜な化粧を誤って落としてしまい、水揚げされ、色々後戻りができなくなる寸前まで行ってしまった。鬼の血鬼術にかかって妹や煉獄の幻影を見させられたり…。もうこれ以上は思い出したくない。
勿論、そんなことは彼には伝えていないが。
「さて、どこへ行こうか!心陽の行きたい店に行こう。」
「え?行きたいお店…」
「ああ、どこでもいいぞ!」
(そういえば前…)
『あのね!昨日伊黒さんとお茶したんだけど、そこのパンケーキがとっても美味しかったの!』
『また行きたいなぁ、伊黒さんとあの喫茶店…』
「喫茶店に行きたいです」
「ではそうしよう!」
煉獄が歩き出すと少し遅れて心陽も歩き出した。
