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乙女ゲ+百合ゲ

「さあミューズ、どうぞお召し上がりくださいませ」
「はい。いただきます」

休日の3時。
百歳からお茶会に招待されたみことは、現在、百歳の部屋に来ていた。
テーブルにはたくさんのお菓子や軽食がこれでもかと言わんばかりに並べられている。
それは、どう見ても二人で食べ切れる量ではなかった。
その事を百歳に尋ねると、百歳は笑いながら「余ってもいいのですわ。残り物は全ていろはに押し付けますから。ですからミューズは何も気にせず、お好きな物をお好きなだけお召し上がりくださいませ」と事もなげに言った。
それを聞き、さすがは百歳さんだ、と改めて思わされたみことだった。
…と、そんなやり取りがあってからお茶会が始まり、冒頭の会話になったのでした。
百歳に促され、みことは近くにあったケーキを一切れ取った。
パウンドケーキのようなそれをフォークで一口分だけ切り取り、口に運ぶ。

「ん、これおいしい!」
「あら。ミューズはパンブリアコーネがお好きですのね」
「このケーキ、パンブリアコーネっていうんですか」
「ええ。別名を酔っ払いパネットーネといい、アルコールたっぷりの大人のお菓子ですわ」
「アルコール!?」
「そうですわ。このケーキを好むなんて、ミューズは大人で…あらミューズ?少し顔が赤くてよ、大丈夫ですの?」
「……う」

百歳が話す間に真っ赤な顔になったみことは、手で口元を押さえ、眉根を寄せた。
明らかに様子がおかしい。
そう思った百歳はすぐに立ち上がりみことの傍らへ寄ると、彼女の肩に手を添え、声をかける。

「ミューズ、大丈夫ですの?」
「…はい。大丈夫、です」
「ほっ…それはよかったですわ」

みことから返答があった事に、百歳は安堵した。

「百歳、さん」
「はい。どうかなさいまして、ミューズ?」
「……ん、……たぃ」
「え?…申し訳ございません、ミューズ。もう一度言っていただけますか?」

みことの言葉があまりにも小声だったため、百歳に聞こえなかったようだ。

「み」
「み?」
「蛟さんに、会いたい…」
「!」

頬を染め、瞳を潤ませ、恋しい人に会いたいとこぼすみことの愛らしさに、百歳のハートはクラッシュ寸前。

「まあまあまあまあ!ミューズったらなんてお可愛らしいの!」
「蛟さん…」
「なら今すぐ蛟のもとへ行きますわよ、ミューズ!」

みことの手を取り、百歳は蛟が居るであろう五光に与えられたプライベートルームへと向かう。

「ふふ、うふふっ。ミューズが蛟に会いたいとあんな切なげに…ああ、今日はなんて素敵な日なのかしら!」
「……蛟さん」
「!もう、蛟ったら幸せ者ね。わたくし、妬いてしまいそうですわ!」

百歳はなぜか今にもスキップでもしそうな程の浮かれようである。
対するみことはなぜかやたらとぼんやりしており、時折ぽつりと蛟を切なげに呼ぶ。
それがまた百歳のハートに突き刺さり、どんどん百歳のテンションが上がるというなんだかよく分からない状況になっていた。

「ミューズがこんなにも蛟に会いたがるだなんて、泉姫に覚醒する日は遠くなさそうですわね」
「……」
「ふふ、その日が来るのが待ち遠しいですわ」
「……蛟、さん」
「もうすぐ会えますわ、ミューズ。…ほら、蛟の部屋に着きましたわよ」

二人は目的の部屋に到着した。

「あ、そうですわ!少し蛟を驚かせてみましょうか、うふふ。ミューズ、扉の陰でお待ちになってくださいませね」
「……」
「ではミューズ。あなたを蛟にサプライズプレゼントですわ!」

悪戯を思いついた子供のように楽しげに笑い、百歳は蛟の部屋の扉を叩く。

コンコン

扉を叩く音がした。
今日は来客の予定はなかったはず…姫か?
もしや、みこと君が…いや、そんなはずはない。
まったく、自分はなんと浅ましい事を考えているのか。
己の抱いた甘い願望に呆れ果てる。
そんな事を考えていると、扉の向こうから声をかけられた。

「蛟、居りまして?」

この声は百歳様…自分になんの用だろうか?
みこと君ではなかった事に少しの残念さを感じながら、百歳様へと返答をする。

「はい」
「よかった、居りましたのね!あなたに用がありますの、開けてくださいませ」
「はい。直ちに扉を開けます」

立ち上がり、扉を開ける。
そこにはやはり百歳様の姿があった。

「蛟、あなたにお届けモノですわ」
「そうですか。百歳様御自らご足労いただき、誠に感謝いたします」

なるほど、自分に届け物を持ってきてくださったのか。
それにしても…百歳様はやけに上機嫌なようだが、何かあったのだろうか?

「さ、受け取りなさい」
「はい。って、みこと君!?」
「…蛟さん」
「確かに届けましたわよ。ではミューズ、また明日お会いしましょう」
「え、百歳様!?」

自分にみこと君を引き渡し、軽やかな足取りで立ち去る百歳様。
…自分は一体どうすればいいのだ?

「…蛟さん」

名を呼ばれ、みこと君を見る。

「みこと君。君は、自分に何か用があるのか?」
「……」

……?
ぼんやりと自分を見るみこと君。
おかしい。
みこと君が自分の質問に答えないなど、今までなかった。
それに、どこか普段と様子が違うような…?

「どうしたんだ、みこと君。ん?顔が赤いが、まさか熱でもっ!?」
「蛟さん、会いたかった…」

そっと、みこと君が自分に寄り添う。

「なっ、君!?」
「蛟さん……蛟さん…」

みこと君が頬を赤く染め、潤んだ瞳で自分を見つめ、甘えるように自分の名を呼ぶ…………これは夢なのだろうか?
いや、この感触が夢であるはずがない。
甘い香りのする、柔らかなこの身体が…。

「蛟さん…好き」
「!」
「好き、です…好きです、好き…」

みこと君が自分に…自分を、好き?
やはりこれは夢なのだろう。
自分が見る、自分に都合のいい、夢。
でなければおかしいのだ。
みこと君が自分を…あのような真似をした自分を、好きだなどと…。

「…あ、ぅ」
「みこと君!」

ユラユラとふらつき後ろへ倒れ込みかけるみことを支えた蛟は、やはりみこと君は熱があるのだろうと思い、彼女を椅子へ座らせようとした。

「みこと君、やはり君は熱があるのだろう。立っているのが辛いのではないか?」
「…?」
「自覚していないのか…まあいい、とりあえず椅子に座りたまえ。…みこと君?」
「……えいっ」
「!?」

みことは掛け声と共に蛟をベッドの方へ押すと、図らずもベッドへ腰掛けることになった蛟の膝の上に座った。

「なっ、ななな何を!?」
「?」
「うっ、この距離でそんな顔をしないでくれたまえ」
「そんな、顔?」
「ああ。そんな愛らし…いや、その……とにかく、そんな顔をこんな近距離でされては、自分は…自分を抑えられなくなる」

そう言うと、蛟はみことから視線を逸らす。
だが、みことはそれを許さなかった。

「や、蛟さん、私を見てください」

みことは両手で蛟の顔をつかむと、無理やり己の方へと向ける。
そして。

「んっ…」
「っみこと君!?」
「蛟さん、もっと…んっ、んぅ…」
「ぅんっ…ふっ…」
「んぁ…もっと、もっとキスしてください、蛟さん…」
「!みこと君…っ!」

みことが求めるままに蛟は彼女に口づける。
合間に荒い息を吐き、角度を変え、何度も、何度も。
舌先でみことの唇をなぞり、触れた彼女の舌を吸い、溢れた唾液を嚥下する。
その時、蛟はみことの口からアルコール特有のにおいを感じた。

「これは、アルコール…?君、まさか酔っているのか?」
「?」
「酔っていたのなら、君の常ならぬ行動にも合点がいく。…だが、あの告白は…」

酔っているからといって、心にもない事を言うだろうか?
まして、好きでもない男に口づけを求めたりするだろうか?
そう考えては、いや、やはり有り得ないと否定する。
うろたえ、思い煩う蛟。
だが、酔ったみことは蛟の懊悩など気にもせず、さらに煽りにかかる。

「蛟さん…キス、やめないでください…ん」
「っみこと君…!」

瞳を閉ざし、少し唇をつき出して蛟からの口づけを待つみこと。
その愛らしくも艶めいた様に、蛟の感情は爆発した。

「ん、んっ…ふ…はあっ…みこと君…みこと、君…!」
「ん、蛟さん…」

みことの名を呼び、蛟は強く彼女を抱きしめる。
蛟の抱擁に顔をほころばせ、みことは嬉しそうに蛟の背に腕を回す。
その行為で二人の身体がさらに密着し、蛟の胸板にみことの豊満な双丘が押し付けられる事となった。
そのため、蛟は固くなった…どこがとは言わない。
このままみこと君とつながり、一つになりたい…そんな情念に思考を支配されかける蛟。
だが、彼はすぐにみことの立場を思い出す。
彼女は、泉姫候補なのだと。

「…っ駄目だ!これ以上触れ合っては止まらなくなる!」

なけなしの理性を総動員し、蛟はみことの両肩をつかんで距離を取る。
ただしみことはまだ蛟の膝上である。
蛟から引き離され、みことは少し不満げな顔をしていた。

「ど、して…蛟さんは、私が嫌いなんですか…?」
「嫌いなわけがない!むしろ自分は君を…」
「私を?」
「……いや、これ以上のことを今は言えない。だが信じてほしい。自分は、決して君を嫌う事はない」

真っすぐにみことの目を見つめ、宣言する蛟。
真摯で揺るがぬその目に、みことは彼の誠実さを見た。
なのでコクリと頷き笑顔を浮かべる。
みことの晴れやかな笑顔を見て、蛟は安堵した。

「分かってもらえて何より。ではみこと君、すぐに自分の膝から下りて
「…熱い」
「は?」

ぽつりとそうこぼすと、みことは上着を脱いだ。

「ちょっ、みこと君!?」
「ん、ん~…」

次いでブラウスを脱ごうと指を動かすが、酔いのために指が上手く動かないようだ。

「む…蛟さん、お願いがあります」
「な、なんだ」

…まずい願いしか想定できない。
そう思った蛟は、みことが己に何を願うのかなど分かりきっていたが、もしかしたら違うかもしれないという淡い期待に縋り付く。
だが、蛟の想定は大正解だった。

「ボタン、外してください」
「っ!」

みことの口から声として聞かされたその言葉の破壊力に、蛟の心身は震えた。
だが、それでも蛟は耐えた。

「自分には無理だ!」
「そんな…ちょっとでいいんです」

そう言うとみことは蛟の手を取り、己の胸元に当てる。

「なっーー!」
「上の2、3個でいいんです…蛟さん、お願いします」

ぐいぐいと蛟の手を強く胸元に押し付けるみこと。
その余りにも大胆な行為に、蛟は負けた。

「わ、分かった、外す!外すから手を離してくれたまえ!」
「はい。お願いします、蛟さん」
「……っ、う…」

震える手で、みことのブラウスのボタンを外しにかかる蛟。
なんとか1番上、2個目のボタンを外し、3個目のボタンを指でつまむ。
と、そこで指が止まった。
理由は明白で、はだけたブラウスの胸元から見える白い肌、そしてまろやかな乳房の描く谷間に目が釘付けになったためだ。

「っ……」
「蛟さん?…まだ?」
「!すぐ外す!」

慌ててみことの胸から目を逸らし、蛟はブラウスの3個目のボタンを外す。
そこで限界とばかりに手を離すと、赤い顔でみことに尋ねる。

「もういいだろうか!?」
「はい。ありがとうございました、蛟さん。」

ボタンを3個も外したブラウスは、みことが少し動いただけで肩から滑り落ちそうだ。
そんな状態の彼女を目に入れられず、蛟はみことから視線を逸らし、額に手を当てどうしたものかと頭を抱える。

「ん、蛟さん」
「待て、動くなみこと君!」
「?」

身じろいだ弾みで右肩からブラウスが落ち、みことの右上半身が蛟の眼前に晒される。

「っ……!」

蛟は声にならない声をもらすと、慌ててみことのブラウスを引き上げて彼女の肌を隠す。
そして、目に焼き付いた彼女の白い肌に暴走しかける感情を落ち着かせるために蛟は目を閉ざした。

「っ……はー…」

荒れ狂う感情が徐々に落ち着き平常心を取り戻す蛟だったが、完全に冷静になる前にみことが動いた。

「ん」
「!」

蛟の首に腕を回し、その唇に口づける。
一度深く口づけると、みことは蛟の耳に口を寄せ蠱惑的に囁いた。

「蛟さん…私、もっと蛟さんに近付きたい…」
「っみこと、君…それは…」
「蛟さんともっと深く…なりたい」
「……君…」

みことの甘い言葉に再び感情が暴れだす。
抑えられない激情に、辛うじてつなぎ止めていた蛟の理性は…飛んだ。

「みこと君!!」
「ぁ…」

みことをベッドに押し倒し、蛟は彼女の唇を食むように貪った。
息をする間も惜しいと言わんばかりの激しい口づけに、みことの目尻に涙が溜まる。
それに気付き、蛟は一旦口づけを止めた。

「は、あ…すまない、苦しかっただろうか?」
「ん…平気、です。だから、止めないで…」
「っ!」

潤んだ瞳は誘うよう。
白い肌から匂う芳香に脳髄が麻痺していく。
荒い息を繰り返す、濡れた唇が艶めかしい。
普段のみことからは想像もつかない淫らな様に、蛟は固唾を飲んだ。

「みこと君…君は清廉潔白で、このような行為は好まないと思っていた」
「…こんな私、嫌ですか?」
「いや…とても、惹かれる」

そう告げると、蛟はみことの少し開いた唇をまた塞いだ。
優しく丹念に口内を舐め回し、その柔らかな唇を存分に味わう。

「…は…ん……ふっ…」

合間に聞こえるみことの呼吸音に情欲を募らせ、蛟は彼女の腰に回していた左腕を動かした。
ゆっくりとみことの身体を確かめるように撫で、腰から胸へと手を滑らせる。

「あっ…」

蛟の手が己の胸を触っているという事実に、みことの顔はさらに赤らむ。
その反応から蛟は不安に駆られ、慌てて彼女に尋ねる。

「嫌か?」
「…いえ」

言葉少なに聞かれたが、みことは蛟の言わんとする事を正確に理解し、首を横に振った。

「蛟さんになら何をされても嬉しいです」

きっぱりと言い切るみこと。
その発言の大胆さに、蛟は彼女に対する恋情、激情、欲望、独占欲が溢れ出し、頭がおかしくなりそうだった。
みこと君が欲しい。
それしか考えられなくなった。

「っみこと君!」

頬、額に口づけ、耳を甘噛みし、鎖骨をなぞり、首とデコルテに無数の痕をつける。
その途中でブラのホックを外しておき、露わになった頂に吸い付いた。

「ひあっ!」

身体をビクンと跳ねらせ、みことは初めて感じる快感に身を捩らせる。

「あっ、あ…蛟さ、だめぇ!」

みことの嬌声に、蛟は己の高ぶりを感じた。

「っ…みこと、君…みこと君…!」

抑えきれないほどの昂揚に飲まれ、蛟はみことの秘所へと指を這わせる。
蛟の愛撫でしとどに濡れたそこをゆっくりと撫で、自身を受け入れられるかを確かめていると、そこにみことのか細い声が耳に入ってきた。

「蛟さ…も、ダメ…」
「みこと君?」

懇願とも嬌声とも違う、ただただ限界といった感の声音に、蛟はみことの胸から顔を上げ、彼女の顔へと視線を向ける。
と、そこには。

「ん……すぅ…」

目を閉じ、寝息を立てているみことがいた。

「み、みこと君!?」
「すー…」

しかも熟睡だった。
まさか寝ている相手に致すわけにもいかず、蛟は茫然としながらも上体を起こし、色んな感情の篭った溜め息を吐いた。

「はぁ…」

蛟はとりあえず、目のやり場に困る据え膳状態のみことの服を正し、自身の乱れた髪や服装を整え、ベッドから下りた。
そして椅子に座り込むと両手で顔を覆った。

(自分はなんて事をしてしまったのだ!)

叫び出したい衝動を堪え、ブルブルと震える蛟。
可憐な少女が寝息を立てる傍らで、生まれたての小鹿の様に震える華奢ながらもそれなりにでかい男…なんともシュールな図である。

「んー…みず、ち…さ…」
「っ!!」

蛟はみことの寝言にビクゥッと身体を揺らし、なぜか一切の動きを止めた。
どうやら、動くとなんか大変な事になりそうで動けないようだ。
なんとも若いことですな。
だがいつまでも固まっているわけにはいかない。
そう思い、蛟は緩やかに立ち上がると、みことの傍らに座った。

「みこと君…」

安らかに眠るみことの乱れた髪を丁寧に整え、その顔をしばらく眺める。
微かに微笑みを浮かべているみことの寝顔が実に可愛らしく、先程までの蠱惑さが嘘のようであった。

「ふっ…君は、本当に不思議な人だ」

柔らかく苦笑し、蛟はさらに言い募る。

「だからこそ、こんなにも知りたいと…もっと君に近づきたいと思うのだろう。みこと君…自分は、君を…」

最後は言葉にせず、ただ穏やかに微笑むだけだった。

「……ん」

目を覚ますと、まず視界に映ったのは見たことのない天井だった。
ここ、どこ…?
それに私、なんで寝ているんだろう?
確か百歳さんの部屋でお茶会をしてて、美味しいケーキを食べて……どうしたんだっけ?
……うー……。
なんだか、頭が痛い…。

「んー…み、ず…」
「これを飲みたまえ」
「あ、ありがとうございます、蛟さ……蛟さん!?」

な、なんで!?
どうして蛟さんがここにいるの!?

「な、なぜ蛟さんがここに?」
「何故と言われても…ここは自分の部屋だからだが」
「蛟さんの部屋!?」

ということは…私は今、蛟さんの部屋のベッドに横になっていて…つまり、蛟さんが毎晩寝ているベッドに……っ!

「す、すみません!」

急いでベッドから飛び下りる。
うぅ、顔が熱い。
自分でも分かるくらいに顔が赤くなっていた。
蛟さんの…好きな人のベッドに横になっていたなんて恥ずかしすぎる!!

「大丈夫か、みこと君?」
「は、はい……あの、蛟さん」
「なんだ?」
「どうして私は蛟さんの部屋にいるのでしょうか?」
「!……君は、何も覚えていないのか?」
「はい…ごめんなさい…」

恥ずかしさと申し訳なさから、つい俯いてしまう。

「いや、謝らなくていい。……そうか、何も覚えていないのか…」

蛟さん、なんだか難しい顔をしてるけど、どうしたんだろう?

「蛟さん?」
「あ、ああ。自分も詳しくは知らないのだが、百歳様が君をここまで連れて来た。それは覚えているか?」

……うーん……。
なんとか思い出そうとしてみるけど、ダメだ…私、何一つ覚えてない。

「……いえ。まったく覚えてません…」
「そうか。とりあえず君はもう寮に帰りたまえ。…送ろう」
「そんな、蛟さんに送ってもらうだなんて申し訳ないです!」
「君は体調が万全ではないだろう」
「う。…はい」

確かに、原因不明の頭痛と謎の倦怠感で立っているのがやっとだ。

「その一因は…詳しくは言えないが、自分にある」
「そうなんですか?」
「ああ。それに、自分はもっと君と…いや。とにかく、君さえよければ自分が送ろう」
「は、はい。よろしくお願いします」

さっき蛟さん、何て言いかけたんだろ?
気になるけど…きっと聞いても蛟さんを困らせるだけだと思うから、気にしないようにしよう。


みことを寮まで送った後、戻った自室にて蛟はまた頭を抱えていた。

(みこと君が覚えていなくとも、自分は全てを覚えている。彼女の肌の滑らかさも、柔らかさも…香りも……味も…)

みことの媚態を思い出し、一人悶える蛟。
そして、この日から蛟はしばらくみことを避けるようになり、その事で落ち込んだみことを見兼ねた百歳に蛟はハチャメチャに叱られるのであった。

「蛟!」
「!…百歳様。自分に何か御用でしょうか?」
「ええ、そうですわ!わたくし、あなたに聞きたい事がありますの。返答次第ではいろはに粛清させますから、覚悟なさい」
「な!?」
「蛟。あなた、最近ミューズを避けていますわね。その理由は何かしら?」
「……黙秘は…」
「粛清ですわ(にこ)」
「……(ゴクリ)」

綺麗に黒く笑う百歳を目の当たりにし、蛟は百歳が本気なのだと本能で悟った。

「さあ、素直に白状なさいな」
「…先日、百歳様が自分の部屋にみこと君を連れて来られた事を覚えていますか?」
「もちろんですわ!あの日のミューズはとっても素直でお可愛らしくて…蛟に会いたいとおっしゃったから、あなたの部屋までお連れしたのでしたわ」
「みこと君は……ね、熱があったようで、様子がおかしかったのです」
「まあ!」

冷や汗をかきながら百歳に嘘をつく蛟。

「その時に……色々ありまして……」
「そう…色々、ね。なら仕方ありませんわね」
「(ほっ…)」
「ですが、これ以上ミューズを悲しませることは許しません。明日からは避けたり逃げたりしないように!分かりましたわね?」
「…はい」

百歳に釘を刺され、明日からみことにどんな顔をして会えばいいのか悩む蛟であった。
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