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薄桜鬼

「どうかお願いします!」

頼まれては断れない私は、土方さんの許可を貰えたらという条件でそのお願いを承諾した。

頼み事の内容はこうだ。
以前島原に潜入した際、芸子に扮した千鶴に興味を抱いた人が大勢いたため一日だけでいいのでもう一度芸子になって欲しい。
まさかとは思ったが君菊のあまりの頼み様に思わず承諾してしまった。

「という訳なんですが」
「……」
「だ、駄目ですか?」

恐る恐る土方さんに訊ねてみる。
島原潜入に協力してくれた恩返しもしたいと思っていたので渡りに船だったのだが、土方さんに反対されては断るしかない。
そう覚悟を決めた時。

「…いいのか?」
「え?」
「俺も何かしら借りを返さねえといけねえと思ってたからな、借りっぱなしは性に合わねえからよ。丁度良いんだがお前に借りを返させていいのかと思ってな。…お前が嫌ってんなら、断ってもいいんだぜ?」

どうやら土方さんは、私一人に借りを返させるのを良いのか決めかねてるみたい。

「土方さん、私なら平気です。常日頃から皆さんの為に何か出来る事はないかと思っていましたから。だからこの依頼、頑張りたいと思います!」
「そうか。お前がそこまで言うんなら俺はもう何も言わねえ。…山崎君!」
「お呼びですか?」

音も気配もなく、いつの間にか私の横に山崎さんが立っていた。

「こいつの護衛をしてくれ」
「承知しました」
「あとは…平助、総司、斎藤!」

土方さんに呼ばれ、三人は私達の方に視線を寄越す。

「話は聞いてたな?お前等には用心棒をしてもらう」
「…」
「あ~あ、せっかく非番の日なのになあ」
「総司、我儘を言うな」
「はいはい。まったく、斎藤君は真面目なんだから」

……?
なんだか、平助君の様子がおかしい。
押し黙ったまま床を睨み付けてる。

「……やっぱ駄目だ!千鶴!!」
「は、はい!?」
「そんな依頼、断れよ!お前がそんな事する必要ねえって!」

必死な表情で、そう言われた。
そういえばこの間の島原潜入の時もあまりいい顔しなかったなあ。
多分平助君は、私を気遣ってくれてるんだよね。
でも。

「ありがとう、平助君。私なら大丈夫だから」
「で、でもよ」
「それに私で役にたてるなら断る理由なんてないもの。だから、心配しないで?」
「…千鶴がそう言うんなら」

わかってくれたみたい。

「よし!そうと決まったら、お前の事は俺が絶対に守ってやるからな!」
「うん!頼りにしてるね、平助君!」
「おう!任せとけって!」

無事、平助君の説得が終わった。
ホッと一息吐いた時。

「あれ?僕の事は頼ってくれないのかな、千鶴ちゃん?」
「も、もちろん頼りにしてます!」
「平助君より?」

い、い、意地悪!
そんな質問、答えられるわけないじゃないですか~!!

と、心の中で叫んでいたら。

「総司、意地の悪い質問は止めろ。千鶴が困っている」

斎藤さんが沖田さんを諫めてくれた。
ありがとうございます、斎藤さん!
と、心の中で感謝した(声に出すと沖田に睨まれそうだから)。

「千鶴。必ず守る故、安心して依頼を全うするといい」
「はい!」

「山崎さん、沖田さん、斎藤さん、平助君、よろしくお願いします!」

こうして。
一日限定・島原奉公が決まった。


ここからは山崎烝がお伝えします。


「君が噂の芸子さんか。確かに美人さんだねえ」
「あ、あの、ありがとうございます…」
「おやおや、顔が赤いよ?」
「え、ああああの、は、恥ずかしいです…」

雪村君が芸子として働いている。
それを俺達が影ながら支えてやるのが、今回の任務。
の、筈なんだが。

「ち、ち、千鶴に馴れ馴れしくしやがってえぇぇ~!あ、あいつ手握りやがった!!これは止めるべきだよな!よし、乗り込もうぜ!!!」
「僕の千鶴ちゃんに触るなんていい度胸してるね。うん、行こうか」
「ブツブツ(前回は言えなかったが今回こそ千鶴に似合うと言うべきなのかいや落ち着け前回の二の舞になってはいかん先に順序を想定してから口にすべきだよしまずは…何と言うべきだ?)」

さっきからずっとこの調子だ。

「落ち着いて下さい、藤堂さん、沖田さん。斎藤さんはこちら(現実)に戻ってきて下さい」
「俺は落ち着いてるって!だから乗り込もうぜ、山崎君!総司も行くよな!?」
「もちろん」
「ブツブツ(似合っていた、はまた誤解されかねんし…き、綺麗だ…俺には無理だ言えんならば何と言うべきだ?)」

はあ。
全然全く落ち着いていない。
そして斎藤さんは帰ってこない(現実に)。

「止めて下さい。手を握ったくらいで乗り込んだら店の方に迷惑です」
「えぇ~!だけどさあ~!」
「とにかく落ち着いて、静かに、待機をしていて下さい」

不満そうな顔をしながらも、なんとか乗り込むのを止めてくれた。
だが。

「あ」
「ん?何か見つけたのか、総司」
「あれ」
「あれ?って、あああ!!」

口を金魚の様にぱくぱく動かして、指で何処かを指し示す藤堂さん。
何なんだ?と思いながらも、仕方なくそちらに視線を寄越す。

「あれは…ああ、見請けですか」

少し目を離していた間に、雪村君に見請け話を持ち掛けている輩がいた。
数にして、六人、といったところか。

「身請けか。あの人数ならば千鶴一人で対処出来るだろう」
「うおっ!は、一君、いつの間に戻ってきたんだよ?」
「?何の事だ。俺は己の持ち場から一歩も離れていないが」
「藤堂さんが言ったのは、そういう意味ではなく」
「気付いてなかったのならいいんじゃない?ほっときなよ。そんな事より、大事なのは千鶴ちゃんの方だよ」

再度雪村君の方を見てみると、身請け話を持ち掛けている輩に深々と頭を下げていた。

「皆様の申し出は大変ありがたいのですが、私はその話を受けられる身ではないのです。申し訳ありません」

そう、雪村君はキッパリと断りを口にした。
その迷いの無い口上に、身請け話を持ち掛けている輩は渋々引き下がっていった。

「おぉ~!千鶴、格好いいなあ」
「そうだね。平助君よりしっかりしてるしね」
「そうだな」
「ひどっ!」
「二人とも、本当の事を言っては藤堂さんが可哀想ですよ」
「山崎君まで!!」
「僕、山崎君が一番酷い事を言ってると思うなー」

その後は何事もなく(相変わらず二人は乗り込もうと躍起になり、一人は自分の世界に飛んでいたが大事は起きなかった)時間が過ぎ、もう一刻程で任務終了。

そんな時。

「千鶴ちゃん!!」

雪村君の友人、千姫が乗り込んできた。

「あれ、お千ちゃん。どうしたの?」
「きゃあ~!やっぱりその着物似合うわね千鶴ちゃん!!私の目に狂いはなかった…じゃなくて!」

今にも抱き付かんばかりの勢いで褒めちぎりながら雪村君に駆け寄った千姫。
だが、どこか慌てた様子で雪村君の手を取り。

「逃げるわよ、千鶴ちゃん!」
「ええ!何で?!」
「アイツが嗅ぎ付けてきたのよ!!」

千姫の慌て様と『アイツ』という言葉から推察するに。

「風間だな」
「風間だね」
「風間千景だろう」
「鬼の頭、ですね」

満場一致だった。

「山崎君、千鶴ちゃん連れて先に屯所に帰っててくれる?」
「そうだな。それが最善だろう」
「だな!頼んだぜ山崎君!」
「承知しました」

瞬時に各が役目を判断、実行する。
雪村君の方に向かう時、後ろから沖田さんの楽しそうな声が聞こえた。

「さてと…鬼ごっこの始まりだね」

慌てて客に詫び、その場から立ち去る雪村君と千姫。
二人が人気の無い部屋に入り、雪村君から余計な装飾品を取り外し少しだけ身軽になった頃に声をかける。

「雪村君!こっちに来るんだ!」
「山崎さん!」
「護衛さん?じゃ、千鶴ちゃんの事頼んだわ!風間は私と君菊で足止めするから、その間に逃げ切ってちょうだい!」
「承知した!」
「お千ちゃん、気を付けてね!」
「千鶴ちゃんもね」

雪村君の手を引き、出来得る限りの速度でその場を後にした。
角屋を出て、不味いことに気付く。
雪村君は芸子姿。
俺は目立つ黒装束。

これでは見つけてくださいと言っているようなものだ。

「雪村君、ちょっと待ってくれ」
「どうしたんですか山崎さん?」
「この姿では人目につく道を行くのは不味い」
「たしかに!でも着替えてる時間もありませんし…」

う~ん、と考えだす雪村君。
時間はないが、この問題を解決しないと動き出せない。
俺もどうすべきか考え、すぐに一つ、案が浮かんだ。
時間も無い、すぐに実行に移すべきだとは理解しているんだが。
いや、躊躇う必要など無い。
これはあくまでも任務の一環。

つまり、必要事項!

そう自分に言い聞かせ、案を実行に移す。

「雪村君、少し我慢してくれ」
「へ?」
「失礼!」

がばっと。
雪村君を横抱きにし裏通りを駆ける。

「あ、あの、重くないですか?」
「だ、大丈夫だ。それより、落ちないよう気を付けてくれ」
「はい!」

ギュッ

雪村君の腕が、俺の首にまわされた。
これは…沖田さんや藤堂さんに見られたらとても不味いことになりそうな体勢だ。

「ゆ、雪村君」
「はい?」
「…いや、君が気にしていないのなら、いいか」

そう、軽く息を吐きながら言うと、雪村君は不思議そうな顔をして首を傾げた。

角屋を出て、随分走った。
もう、俺の体力が限界を突破しそうだ。
そう自己分析した時。

「もう少しで屯所ですね!」

雪村君言われて気付いた。
屯所まであと百歩も無い。

「山崎さん、ここまで来たらもう大丈夫だと思います。あとは自分で歩きますから降ろして下さい」

今の俺の体力的に、雪村君の申し出は願ってもないものだろう。
だが。

「いや、油断は禁物だ」

気付けば、そう断っていた。

無事、屯所まで逃げ切った。
あとは平隊士に見つからないうちに雪村君がいつもの男装に着替えれば任務完了だ。
屯所の入り口から中を確認し、誰もいないと判断。
速やかに屯所内に入り、雪村君の部屋に向かう。

「あ、あの、山崎さん?」
「何だ?」
「もう降ろして下さっても」
「平隊士に見つかったら困るだろう」
「は、はあ…?」

雪村君の部屋に到着。
中に入り、音をたてず襖を閉じる。

「あ、あの~、山崎さん?」
「何だ?」
「もう大丈夫ですから、降ろしてくれますか?」
「…ああ」

ゆっくりと雪村君を自分の腕の中から降ろす。
畳みに足が着き、俺の首にまわっていた雪村君の腕がはずれる。
立ち上がり深々と頭を下げる雪村君。

「山崎さん、ありがとうございました」
「いや、礼など要らない」

任務なのだから、と。
そう言うと。
雪村君はすっと顔を上げ、笑顔になる。

「そう言うと思いました」

それでもお礼を言わせて欲しいとまた頭を下げようとしたので。

「…守ると、約束しましたから」
「覚えていてくれたんですか?」
「あの日からそんなに日も経っていませんし、約束を忘れるほど耄碌してませんから」

それでも嬉しい、と。
また笑顔になる雪村君。

「俺は副長に報告に行きます。雪村君は着替えて下さい」
「はい」
「今日はゆっくり休んで下さい…お嬢様」

そう言い残し、雪村君の部屋を後にした。



おまけ

土方さんに報告に来た山崎さん。

「報告は以上です」
「山崎君。一つ訊きたいことがある」
「何でしょうか?」
「さっき、なんで千鶴を横抱きにしてたんだ?」
「!…見ていたんですか?」
「ああ。説明してもらおうか」
「先程報告した様に、鬼から逃げる為です」
「それなら屯所前までで十分じゃあねぇか」
「ひ、平隊士に見付かったら困りますから」
「……本当に、それだけか?」
「勿論です」
「なら、いい」
「はい」
「千鶴は俺のモンだから、手ぇだすんじゃねえぞ」
「…はい」

次の日。
沖田さん、平助君、斎藤さんと遭遇した山崎さん。

「あの時は仕方無く千鶴ちゃんの事任せたけど、次は譲らないから。分かってると思うけど、千鶴ちゃんは僕のだからね?」
「あの時は仕方ねえから任せたけど、次は譲らないぜ!千鶴を守るのは俺だからな!!」
「あの時は最善の策故任せたが、次は俺が守る。…千鶴は渡さん」

「……」

上司のパワハラに悩む山崎さんだった。
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