デザート・キングダム

恋人となったイシュマールとアスパシア。
二人はキングダムを旅立つ事を決め、その支度をしていた。
部屋の私物を片付け旅支度を終えるとあとは寝るだけとなったアスパシア。
荷物がほぼ0に近いのだから当然である。
イシュマールと恋仲になってもかわらずアスパシアはベッドに横になってイシュマールを待っていた。


ここからはイシュマール視点で進みます。


「ねぇ、イシュマール。まだ寝ないの?」

じっと私が床につくのを待っていたアスパシア。
そろそろ限界なのだろう、眠気から目が潤んでいる。

「ああ。いま寝るよ」

そう言い、持っていた本を棚に戻すとアスパシアが待つベッドに近付く。

「やっと来た。ベッド、暖めといたよ」

にこりと微笑み、私の寝るスペースの布団を捲り早く早くと催促するアスパシア。
それを見て、私は軽く目眩を起こしかける。
出会ったばかりの頃と変わらず、アスパシアには異性に対する警戒心が0だった。
それを初めは私も気にしていなかったが、恋人という関係になってからも気にせず同じベッドで寝て、朝起きたら抱きつかれていたりするのは流石に拷問に近い。
いや、拷問だ。
あれは私に対する挑戦なのか?
挑発なのか?
まあ、あの姫に限ってそんなことはあるはずがないがね。
とにかく。

「…姫。私は今日から床で寝ようと思うのだよ。だから君は私の事など気にせずそのまま毛布をかけ直し眠るといい」
「は!?何でよ!?」

ガバッと上体を起こし目を見開くアスパシア。
私ににじり寄り、上着をぎゅっと掴むと不安そうに顔を歪ませる。

「もしかして私寝相悪いの?それとも抱き付かれるのが嫌とか?な、直すのは難しいかもしれないけど頑張って直すから!あ、それか私が床で寝ようか?路上生活慣れてるし。とにかくイシュマールはベッドで寝て!」

不安気だった顔がクルクル表情を変え、最後は目を吊り上げた怒り顔になった。
どんな表情も愛らしいものだと本人には絶対言えないであろう感想を抱きつつその百面相を見ていた。
私が何も言わずに見つめていると、また不安そうな顔になるアスパシア。

「もしかして、私の事嫌いになった?」

この姫は一体何と言ったのだ?
誰が、誰を、嫌うと?
私が、アスパシアを?

有り得ない。

「君は一体何を言い出すんだ!私が、君を嫌うはずがないだろう!」
「じゃあ何で一緒に寝ないなんて言うの?」
「それは理性が持たないからであって…あ」
「理性?」
「い、いや、何でもない!とにかく!私は床で寝るから姫も寝たまえ!」

強引に話を打ち切り、用意しておいた寝袋を取り出した。

「本気で床で寝る気なの!?」
「もちろんだが?」

私がさも当然という顔で寝袋を広げていると、姫は顔を俯けうーんと唸りだした。
と思ったらすぐに顔を上げた。

「わかったわ!」
「そうか、なら」
「私、ヴィのとこ行ってくる!」

は?
何故、ヴィ君?

「ちょっ、ま、待ちたまえ!そこは道徳的に考えるなら主教殿の名を出すべきだろう!いやそもそも私は寝袋を使うと言っているではないかだから君が余所に行く必要性は皆無だ!だから!」

行くんじゃない!と言おうとしたのだが、姫は。

「じゃ、ちゃんとベッドで寝てね。行ってきまーす!」

…スルーだと?!

「だから待てと言っているだろう!!」
「ひゃあ!?」

しまった!
ベッドから降り、今にも部屋から出ていこうとするアスパシアを慌てて止めようとして。
その手を掴んだ拍子に。
ベッドに押し倒してしまった。
ま、まずい。
この体勢は、まずい。
非常に、ひじょーに、まずい。
はやく離れなければ!
私はそう思い、掴んでいた姫の手を放し、ベッドに手をつき体を起き上がらせようとした。
の、だが。

「とうっ!!」

目をキランと光らせたアスパシアは、あろうことか目の前にある私の首にガバッと抱き付いてきたのだ!

「な!?ひ、姫!放したまえ!!」
「いーやー!」
「『いーやー!』ではないよ!この体勢はまずいと何故分からないのだね!?このままでは私の理性が耐え切れな、いやいやいや、とにかくはやく放したまえ!!」
「もー、いいじゃん。このまま寝ようよ。私、眠い。じゃ、おやすみ」

またもやスルー?!

「ちょっ、だから待ちたまえ!」
「むー、何よ」
「…くっ!(少し膨らんだ頬が眠気で潤んだ瞳と相まってなんとも可愛らしく抱き付いてくる無防備な肢体の柔らかさも心地好いこのまま激情に身を任せてしまってもいやだめだ落ち着け落ち着くんだイシュマールこんな一方的で自分本位な気持ちでアスパシアの貞操を奪うなどあってはならないことだだがしかしまた床で寝ると言ってもアスパシアは納得しないだろうことは明らか……仕方ない)
姫、一度しか言わないからよ~く聞いてくれたまえ」
「?わかったわ。何?」

私は全てを話す決断をした。

「私はだね、姫。君のことがとても好きなのだよ」
「知ってるけど?」
「今は黙って聞きたまえ」
「はいはい分かりましたー」

また頬を膨らませるアスパシア。
………。
はっ!
姫の愛らしさを愛でている場合ではない!

「あーこほん、つまり私は君を一人の女性として見ているわけでだね」
「ふんふん」
「相槌も無しだ」
「ちぇっ」
「…だから、今のこの状態はとても嬉しくもあり辛くもあるのだよ」
「…?」
「つまり、こういうことをしたくなるということだよ」

我慢出来ず、丁度目の前にあるアスパシアの唇を奪う。

「んぅ?!」

案の定驚いている。
しかし抵抗する気はないようだ。
その事実がとても嬉しい。

「私の言いたいことが分かったかね?」
「う、うん。つまり、私にやらしい事がしたいということね」
「…間違いではないがその言い方は問題があるからやめてくれたまえ」

ストレートに言うならそうなのだろうが、もっとオブラートに包んだ言い方を姫に期待するのは無理なのだろうか?

「ようやく私の言いたいことが理解できたようで何より。そういうわけで、私は床で」
「ちょっとならいいよ?」
「は?」
「だから、ちょっとならやらしい事してもいいよ?」
「な、な、な、何を言い出すんだね姫君!?いやそうか君はよくわかっていないのだろうそうだそうに決まっている何といっても平気で異性と同衾するのだからなよし今のは聞かなかった事にしようだからそろそろ腕を離してくれたまえ!」

口づけた事で少しは情欲も緩和されたかといえばそんなことはなく、寧ろ今にも理性の箍が外れそうでいっぱいいっぱい。
そんな状態の私にあんな事を言うとは!
もう耐えられん!

「よしわかった。私がヴィ君の所に行こう!だから姫はこのまま寝たまえ!」
「え、何でよ?」
「君があんな事を言うからだろう!?あんな事を言われては…いや、君は本当に分かっていないのだね。なら尚更私は君から離れなくては」
「いや」

ぎゅ~っ
離れようとした私に思い切り抱き着くアスパシア。

「私はイシュマールが好き。だから離れたくないし、ちょっと恥ずかしい事も許せる」
「アスパシア…」

なんて嬉しくなる事を言ってくれるのか。

「だからね?一緒に寝てくれないなら…嫌いになるわよ?」
「いい話かと思いきや脅しかね!?」

どう考えても本気ではないだろう。
というか本気だったら困る。
だがここまで言われてしまっては離れられん。
私の倫理観やら何やらを姫は意に介さない。
そして、姫はその存在で私の今までの世界観を木っ端微塵に破壊した。

はあぁ。

もう諦めるとしよう。
本音を言うなら、私だって姫から離れたくないのだから。

「わかったよ、姫。このまま一緒に寝よう」
「よっし。やぁっと寝れるわ」

確かに、姫の言う通り、気付けば結構な時間が経過していた。
だが。
まだ掛かるのだよ、姫?

「まあ、了承を得ているから寝る前に色々させて貰うがね」
「え゛!?」
「姫の考える『少し』と私の考える『少し』が同じかはわからないが、私の気が済むまで付き合ってもらうよ」
「えっ、ちょっ、待っ!」

さすがにこの展開は予想していなかったらしい。
すごい慌て様だ。
まあ、もう止まれないがね。

「待ったは無しだよ」
「ひゃああぁっ!?」

我慢をしないというのは、とても気持ちの良い事だと学んだ夜だった。
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