夏と青
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『はーーー・・・』
「落ち着いたか?」
御幸は椅子に座りなおし、笑いながらはるの方を向く。
ひとしきり泣いた後、はるは改めて今の流れを思い返していた。
『最後に泣いたのなんて去年の夏以来だわ。』
「おれはかわいいはるちゃん見れて満足だけどな」
『私が泣くときは絶対夏って決めてあんのに。御幸のせいで甲子園決まった時、私だけうれし泣きできなくて浮くわ』
「なに、年に1回しか出ない代物なの」
『そうだよ。私涙作んのに1年かかんの』
「超レアじゃん」と笑う御幸につられ、はるも笑った。
『御幸っていつから私の事好きだったの』
突然の質問に御幸はうろたえた様子であった。
「そんなの知りたいの」
『うん、知りたい』
「・・・やだ」
御幸は自分をかわいく見せるかのように首を傾けた。
『私のレアな泣き顔見れたんだから教えなさいよ』
「急に強気になるじゃん」
『ほら、倉持にもどーせ後で色々質問攻めにあうんだから、その予行練習』
倉持の名前を出すと、「あ」と思い出したかの用に御幸が声をあげた。そして気まずそうに頬かいた。
そんな御幸の様子に疑問をもったはるであったが、はるも気まずそうに苦笑いになった。
(今まで当たり前のように御幸の事逐一報告してたからつい言っちゃった・・・。そうだよ、御幸からしたらなんで倉持って感じだよ。え、どうしよ。)
そんなことを考えるはるとはよそに、御幸は違うことで悩んでいた。
そして決意したように口から息を吐くとはるに向き直った。
「はる。おれは今、はるに好きだって言ったけど、付き合いたいわけじゃないんだ」
『へ』
御幸の言葉にはるは違う意味で驚いた。
(あ、そっちか!そっちかー!)
そしてうん、うん、とうなずいた。
『大丈夫、大丈夫。御幸はそうかなって思ってたから』
「マジ?」
困惑されると思っていた御幸は、すぐに納得するはるに戸惑っていた。
『だって、御幸だもん。野球頑張りたいでしょ。集中したいでしょ。付き合うってなったら、恋人らしいことしなくちゃ、って焦っちゃうかもしれないし。』
はるに、自分が思っていたことを言い当てられ、御幸は感心した。
そして自分の事を分かってくれているはるがさらに愛おしく思えたのだ。
『まさか両想いだなんて思っても見なかったんだもん。私はもうそれでおなか一杯。』
屈託なく笑うはるに安心する一方、御幸はもう一つ不安をつぶやいた。
「・・・でも、おなか一杯じゃなくなったらどうすんの。お互い好きあってるだけじゃ、足りなくなってくるでしょ。他の女の子たちは休みの日には彼氏とデートして、毎日ほしいときにメールの返事やら電話やらをして。なんで私だけ、ってならない?・・・そうなったら、柳のとこ行くの」
視線を外しながら話す御幸にはるは不覚にもかわいいと思った。
『不安なのね』
御幸の方がピクリと動く。
はるは御幸を見つめながら答えた。
『私だって、部の一員なんだもの。忙しいのは同じでしょ。部の事を一番に考えるのも同じ。逆に御幸の方が寂しいって思っちゃうときもあるかもね。でもやっぱり、私も寂しいと思っちゃうときもあると思う』
御幸が再びはるの方を向くと視線が合った。
御幸の視界に満面の笑みを浮かべるはるが入る。
『そしたら御幸にまた好きって言ってもらって、私はおなか一杯になるの。これは柳君にはできないよ。私、もう御幸に好きっていってもらえたらどれだけうれしいか分かっちゃったから。御幸にしかできないんだよ』
御幸は、敵わないという風に眉を下げて笑った。
「はるはさ、昔っから俺が欲しい言葉をくれるよな」
『そう?詩人にでもなろうかな。御幸専属の』
2人は顔を見合わせて笑った。
そしてはるはもうすぐ解決しなくてはならない問題を思い出した。
『柳君になんて言おう』
「俺のものになりましたって言っとけば?」
『そんなこと言えるか』
御幸がまたふざけて言っているのだと思い、少し声をはって答えると、御幸は眉間にしわを寄せた。
「なんで。言わねえの」
『え、だって、付き合ってないんでしょ、私たち』
「付き合わないとは言ったけど、そういうことはどんどん言っていくつもりだけど。むしろこうやってけん制かけていかなきゃ分かんねーだろ」
いまいちかみ合わない会話にはるは首を傾げた。
『ちょっと落ち着こう。・・・御幸の言う付き合わない、はどういうこと?』
「恋人らしいことは殆どできないけど、はるはおれの者です、てことは周りに知っててもらう」
『それって結果的に周囲は私たちが付き合ってると思うよね?』
「そうなるだろうな。逆にはるはどう思ってたわけ」
『恋人らしいことはしない。もちろん周りにもそれらしいことは言わない』
「それ、生殺しじゃね」
『いや、私はそう思ってたんだって』
どうやら御幸の言う”付き合わない”は二人の関係の事であり、周囲には周知しておいてもらうとのことであった。
「無理無理。そうなったらおれはまたはるに男が使づいたとき黙って見とかなきゃならなくなるだろ。ストレスではげる」
『そんなこと言ってたら私なんてもう坊主だわ』
「はるちゃん、嫉妬してたんだあ・・・」
はるの嫉妬がうれしく、御幸は口元を緩ませた。
はるは嫉妬がバレて顔を赤くした。そして、御幸が柳とのことについて怒っていたことを思い返した。
『そういう御幸こそ柳君にめっちゃ怒ってんじゃん』
「何言ってんの。柳だけじゃねえよ。クラス違うだけで、今他の奴としゃべってんのかな、って思うし、倉庫に顔のぞかせに来る奴らも、先輩たちにも焼いてるよ」
「もちろん倉持にも」
御幸の思わぬ発言にはるは茫然とした。
(な、なんて心の小さい・・・。)
「さっき当たり前のように倉持に言う雰囲気だったけど。すげー仲いいのな」
(目が笑ってねえ)
『あー、まあ?倉持はお兄ちゃん的な?お姉ちゃん的な?感じでありますので他意は全くないというか』
「分かってるよ。俺も面倒かけてるみたいだし、そこはあんま突っ込まないでおこうとは思ってる」
倉持とのことはあまり怒っていないようであり、はるは心の中で胸をなでおろした。
「で、結局のところ、俺の考えでいってもいいの。はるは困らない?」
『んー、あんまこれからのこと想像つかないけど、いいかな』
「はるちゃんも言ってくれていいからね」
『めちゃくちゃ言ったるわ』
「こえー」と笑う御幸を見て、はるも一緒に笑った。
「柳にもそう伝えて。」と念を押すかのように言う御幸にはるは苦笑いしながら数回うなずいた。
倉庫にかけてある時計を見ると、御幸が来て1時間は経とうとしていた。
「じゃあ、そろそろ降ってくるかな」
そういうと御幸は立ち上がった。そして、はるのもとへ近づくとはるの前髪に指を通した。
『なに』
「おれのなんだなあ、と実感中」
『私は物じゃないんだけど』
照れ隠しのようにそうつぶやくと、御幸は小さく笑った。
「分かってる。でも今は言わせて」
そして数回、優しくはるの頭をなでると出入口のほうへ向かった。
倉庫から出る直前、御幸は立ち止まって振り返り、はるをまっすぐ見つめた。はるも何か、と視線を向ける。
「ずっとこのままでいいなんて思ってないから。自分の事が落ち着いたら絶対にまた告白する。こんな、他の奴に取られるかもしれねえからって慌てた感じのやつじゃなくて。ちゃんと伝えたいと思ってるから」
はるはそれを聞けただけでもうれしくて舞い上がりそうだった。
『楽しみにしてる』
はるがそう伝えると、御幸は満足そうな顔をして自主練に向かった。
はるもまた、ボールを手に取り磨き始めた。
(そういえば、結局いつから好きだったか聞けてないな。また、今度聞こ)