夏と青
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寮に戻ったはるは寮母さんが作ってくれた夕飯を食べ終えた後、お風呂を済ませ、授業の復習を行っていた。特進クラスのはるにとって授業についていくためには必ず授業の予習復習が必要であり、この時間はそのためだけに使っていた。しかし、今日は中々集中できない。
(だめだ・・・。柳君への返事と倉持の言葉が気になって全然集中できない)
頭を抱えていたはるだったが、おもむろに顔をあげるとベッドに置いてあったスマホをつかみ、ある人物へ電話を掛けた。その人物は数回のコールの後、少し不機嫌な声で電話に出た。
“なんだよ。俺はもうしらねーぞ”
『倉持パイセン。だめです。色々気になることが多すぎてまったく勉強がはかどりません』
電話を掛けた相手は数時間ほど前に別れたばかりの倉持だった。倉持は悲痛なはるの訴えを聞くと小さくため息をついた。
“まあ、いいわ。俺もちょうど休憩しようとしてたとこだしよ。”
『倉持パイセンー!』
“パイセンやめろ。”
『今、外なの?』
“ああ。沢村に聞かれたら面倒だし、聞かれたくねえんだろ。適当に理由つけて土手んとこ向かってる。”
はるはこのような些細な気遣いを欠かさずしてくれる倉持に毎度関心し、気持ちが少し軽くなった気がした。
“で、なんだよ。歩きながら話すぞ。”
『うん。普通にさ、明日どうしよ、って話』
“はあ?だらだらしゃべって終わりなら切るぞ。俺も今は試験勉強あんだしよ。柳とは付き合う方向なんじゃねえの?”
更に不機嫌になる倉持にあわてて弁明する。
『待って!待って!きらないで!・・・なんか、やっぱ倉持も柳君に失礼だ、って言ってたからやっぱそうだよな、ってなってさあ。この際、大会に向けて頑張りたいから断るって方向が一番いいのかなー、て。どうですかね』
“知らねーよ!俺に聞いてどうすんだよ。・・・まあ、柳ならあいつも大会近いんだし、今はお互い頑張って落ち着いたら考えよう、とか前向き発言言いそうじゃね?”
『だよねー!あり得る。めっちゃあり得るやん、それ。てか前々から思ってたんだけど倉持、柳君の事詳しいとこあるよね。』
“あー、一回1年のときに体育の合同授業でサッカーやることになって、そこから廊下で会えば話すくらい。あんなくそまじめでポジティブな奴もいねーし、あんま話したことなくてもだいたいどんな奴か検討付くだろ。”
『なんかほめてんのかよくわかんないんだけど。そうなんだよね。すごくいい人だからこっちもちゃんとしなくちゃ、てなる』
“ちゃんと、つーのは?あ、土手についた。”
倉持の電話越しに聞こえる足音が止まった。
『お疲れ。何と言うか、今回の事もはじめはもう自分がしんどいから付き合っちゃおうかなー、なんて考えてたけど、それはもやもやするし。なんでもやもやするのかなー、て考えたら御幸を好きじゃなくなるよう頑張らなきゃいけないのと、あとまっすぐな柳君に対して申し訳ないな、って』
“ちゃんと自己分析してんじゃん。”
『でしょ?偉くない?』
“こんな間際じゃなくてもっと早くやっとけよ。”
『それは耳が痛い話でございますな。』
“つーか、もう答え出てんじゃねえの。断るんだろ。むしろ断れ。ぜってー付き合った次の日からだらだらぐちぐち俺に言いに来るのが目に見えてる。”
『それ倉持が嫌なだけじゃん。・・・ていうか、根本的なとこ戻るけど、別にこれを断ったところで御幸とどうこうなれるわけじゃないんだけどね』
落胆したようにはるが話すと、倉持は口をつぐんだ。
はるを送り届けた後、御幸がはると付き合いたいわけではないことを知っていたからだ。
『でも、仕方のないことだとはわかってんだよね。もし告白しても野球しに来てる御幸にとってそれってすっごい迷惑じゃない?御幸が私の事好きかも!なんて思えても、やっぱ付き合いたいなんて言えないよ』
倉持は頭を抱えた。部内恋愛が禁止されているわけではないが、考えてみればストイックな御幸が部活に影響を及ぼすような“交際”をすることは考えにくく、ましてやはるも御幸の思いに敏感であり、御幸の邪魔になることはしたくない、というたちである。そんな二人が付き合って丸く収まるなどありえない話であった。
(俺は何のために御幸の尻叩いたんだよ・・・)
倉持は目頭を抑えると、引退まで永遠に終わりそうにないループ状態にため息をついた。
“・・・はる、あのな、もう後はお前の決定次第なんだよ。俺がどうこう言う必要ねえだろ。”
『そおですよねえ。あ、そうだ。あのお膳立て、てどういう意味?』
倉持は今まさにそのお膳立てが無意味であったという考えに至ったところであり、それを掘り返すはるに呆れてしまった。
“知らねーよ。もう忘れろ。じゃあな、切るぞ。柳と付き合うか、このままだらだらあいつのこと引きずるかは勝手にしろ。俺はもう疲れた。”
『待って待って待って』
倉持が電話を切ろうとするのをあわてて止めようとすると聞きなれた別の低い声が電話越しに聞こえてきた。
”倉持ー”
それはちょうど話の話題となっていた御幸の声だった。
“おい、もう切るぞ。じゃあな。”
倉持は慌てた様子でそう告げると電話を切った。
はるは数秒固まり、スマホ画面を切ると、ベッドに寝ころび顔を枕に埋めた。悩んでいたことよりも一瞬御幸の声が聞こえたことに喜びを感じていた。しかし、喜んだのもつかの間、先ほど倉持と話していたことが脳裏に浮かんだ。
(やっぱり私、柳君にちゃんと言おう。)
そう決心し、再度勉強に向かうのであった。
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慌てて電話を切った倉持は声のした方向を向いた。
御幸はすぐそこに来ており、バットを片手に抱えていた。
「お前こんなとこで何やってんの」
倉持はバットを見つつ、慌てている心境から素振りをしに来たと予測される御幸にそう聞いた。
「何って、見てわかんねーの。倉持はバット持って買い物行くの」
いつものように嫌味の混じった返事に倉持は我に返り、その場を去ろうとした。しかし、それは御幸の言葉により止められた。
「だれか柳と付き合う予定でもあんの」
「あ?」
「でもって、相手ははる」
「・・・聞いてんじゃねえよ。性悪めがね」
「たまたま素振りしようといつもの場所に来たら聞こえてきたんだよ。で、はるは柳と付き合うの」
倉持は「知らねーよ。」とごまかそうとしたが、御幸がこちらを見据えていることに気づき押し黙った。そして、はるに期待させるだけさせ、付き合うつもりのない御幸に無性に腹が立った。
「ああ、そうだよ。1か月くらい前にはるは柳に告られて、それはそれは積極的なアプローチを受けてきてんだとよ。そんでもって期待させるだけさせて結局のところ自分の事をどう思ってるかもわからんヤツの事を考えてるより、自分の事を大事に大事にしてくれる柳と付き合う方が幸せかもな、と迷ってんだよ」
倉持は嫌味をたっぷり込めて御幸をにらみながら教えた。
御幸は少し眉を動かすと小さくため息をついた。
「なんだそれ。はる送ってから倉持が言ってたのはそういうこと?で、その返事をするのが明日だと」
「物分かりが早いことで。」
「なーんであいつ、そういうことは倉持にばっかいうかねえ。」
そういうと御幸は頭をかいた。
「むしろなんでお前に言うと思うんだよ。」
「えー。だっておれも結構アピってたくね?」
「あんなんで気づけって、小学生かお前は。」
「健全な16歳児だよ。」
倉持はため息をつくと御幸の横を通り過ぎた。
「まあ、そういうことだから。じゃーな。」
「なんだよー。はるの相談は乗るのに俺の話は聞いてくれないんですか~」
「お前らの話聞くのは不毛だと今さっき分かったからな。自分たちでどうにかしろ」
そうあしらって帰っていく倉持に、御幸は小さく笑った。
知らない、と言いながらなんやかんやはるの状況を教える倉持に、面倒見の良さを感じたのであった。
「どーにかできるかねえ」と小さくつぶやき、御幸は素振りを始めた。
一方倉持は、御幸に柳の事を話してしまったことについてはるにどう説明するか一瞬悩んでいたが、どうにかなるだろうと考えることを止め、勉強を再開した。