小鳥を見送った山鳥毛の話
この本丸のおんなあるじは、齢九十七を数える。
十七で審神者になってから八十年、数多の刀剣らを率い、揺らがぬ大樹のごとくに本丸を統べ鎮めてきた歴戦の老名将であった。
その名将はいま、天寿の境にいた。もう食事もまともに摂れず、ここしばらくは点滴で繋いでいる。起きている時間もだんだんと乏しくなり、意思の疎通を図ることも難しくなっていった。それでも最期まで本丸に在りたいという審神者と、最期まで共にという刀たちの強い希望で、入院はせずに私室に留まり、近侍の山鳥毛を筆頭に、刀剣らに世話をされていた。
だがついに、審神者が一昨日、昨日と目を覚まさず眠ったままであったので、本丸の刀剣たちは、覚悟を固めようとしていた。
それでも食事時になると、毎食必ず山鳥毛が粥を持っていく。手ずからに、厨房で米を研ぎ、鍋を火にかけ、時間をかけてやわらかく煮て、彼の小鳥がいちばん好む味にして持っていく。寝所への入室の許可を願っても、返事などない。そうわかっていながら、それでも審神者の近侍として、持ち刀として礼を尽くし、折り目正しく許しを乞うてから入る。
小鳥の声のない部屋は、寒々しい。
部屋の奥に置かれたベッドのなかで、物々しい医療機材の数々に囲まれて、彼の小鳥は眠っていた。もともとは畳に布団を敷いて毎日上げ下げしていたのを、二年前に医療器具との兼ね合いからベッドに変えた。……二年前よりも、もっとずっと小鳥は弱って小さく軽くなってしまって、ベッドの余白がとても広く見えた。
山鳥毛はベッドの傍らの椅子に腰かけると、目覚めない審神者の顔を撫で、呼吸が静かで、苦しんでいないことを確かめる。彼女の顔にかかった髪をよけてやりながら、意図して明るい声をかけた。土鍋から粥を匙でひとすくいする。
「そら、小鳥。昼食を持ってきたぞ。一口でいいから、食べてごらん。我ながら上手く煮えた」
小鳥は目覚めない。瞼の下の、あたたかな、おだやかな、山鳥毛がとびきり好ましく思っている静かに凪いだ目は、山鳥毛を見ない。あの目を細めて笑いかけてくれるだけで山鳥毛はこの世のどの鳥よりも幸福で在れるのに、もう二日間、これまでで一番長く、審神者は目を開いていなかった。
「……梅粥は、好きだったろう。今年のぶんの梅干しが漬け上がったというので、日向からもらったものを入れた。米も新米だ。山伏と桑名が丹精したから今年は特に豊作で、昨日やっと脱穀が終わってな……」
穏やかに、穏やかに、意図して、穏やかに。小鳥は山鳥毛の低く穏やかな声を好んだから。耳元で囁いてやるだけで真っ赤になって震えていたのも懐かしい。いつだったか、狸寝入りをしている小鳥に「おはよう」ととびきり甘く囁いたら、身を震わせて飛び起きたこともあった。どちらも、何十年も前のことだったが、山鳥毛にとっては数秒前のように鮮やかな記憶だった。
――――この声を好むというなら、もう一度、あの時のように起きてほしい。
そう乞うように思って、たまらず、山鳥毛の声が震えた。
「お願いだ、小鳥。一口でいい。口を開けてくれ」
悲痛な乞いだった。
粥を一口食べたところで人間の身体がどうなるわけではないことは山鳥毛とて知っている。けれど、眠ったまま日に日に弱っていく審神者を見ているのがつらかった。目覚めて、口を開いて、粥を食べてほしかった――――能動的に命をつないでほしかった。いつまでもいつまでも、健やかに、生きていてほしかった。
誰も聞き届けることのない哀願が、むなしく響く。
「どうか、生きてくれ……後生だから……」
審神者は数えて齢九十七。審神者就任から八十年、十分すぎるほど長く生き、長く戦い、長く働いた。大典太光世も薬研藤四郎も首を横に振る。これが人間の果てで、もう主は休んでも許されるはずだ、と。
審神者は人間として天晴れ美事に生き抜いたのだ。それは近侍として長らく傍らに仕えた山鳥毛も重々承知している。
山鳥毛とて、永い時の中で何度も人間の終わりを見てきた。頭ではわかっているのだ。もう休ませてやるべきだと。
けれど、心は、審神者から授かった肉の器に備わった不可思議なはたらきは、山鳥毛の考えることに従おうとしない。そんなことは嫌だと頑是ない雛鳥のように心が叫ぶ。遠からぬ未来に小鳥と永い別れを迎えることに、耐えられる気がしない。
「小鳥。私の小鳥。君さえ生きていてくれたなら、私は何も要らない。お願いだ、生きていてくれ」
彼女のこれまでを山鳥毛は見てきた。
山鳥毛を顕現させたばかりのころの審神者は、既に多くの刀剣を従える将であった。顕現したばかりで何もわかっていない山鳥毛は、彼女を若くちいさく頼りない可愛いばかりの小鳥と誤認した。少し仕えて、それは誤りであり、彼女を揺らがぬ大樹であると信じた。けれどさらに仕えるうちに、彼女はただ必死に、「己の足で立とう、己の足で前に進もう」と、懸命に生きている若木であることを知った。
山鳥毛は、彼女の弱さと強さを知ったときの、「己こそがこの小鳥を支えて巣立たせよう、己こそがこの部領を守り参らせよう、末は大樹まで育ててみせよう」という、堅い決意を懐かしく思う。……それが月日を経て、彼女は経験を積み、挫折を知り、泥水の味を知り、不屈という言葉を識り、真の意味で己の足で将として立つことを識り、円熟し、どこへ出しても恥ずかしくない、真に立派な名将になった。
名高き将で、全き主君で、山鳥毛の大切な大切な可愛い小鳥(つがい)だ。唯一無二のかけがえのない小鳥だ。
まだ、共に在りたかった。別れたくなどなかった。
「小鳥……」
山鳥毛が哀しげに鳴いたとき、ふと、審神者の、皺がいっぱいに刻まれた目元が震えた。
「小鳥!」
ゆっくりと瞼を開く。二日ぶりだった。
瞼を開いても、焦点を合わせるのも一苦労なようで、視線は力なく漂った。それでも長く仕えた近侍の、一目見たら二度と忘れようのない炎色の目をみて、かすかに唇が動く。声なくとて山鳥毛は決して、つがいの声を聞き過たない。
さんちょうもう、と、小鳥は鳴いたのだ。
山鳥毛は喉も心臓も絞め上げられる心地がした。
小鳥が己を呼んだ。この数十年間、その事象が起きたときに山鳥毛の心が昂らなかったことは一度もない。けれど、かつてからは想像もできなかった弱々しさに、寸前の未来を悟る。避けられぬ先を知る。
意識の戻った小鳥に、喉が渇いていないか、空腹でないか、苦しいところはないか、望みはないか、そういったことを聞くべきなのに、山鳥毛の喉は詰まった。
審神者の喉が、絞り出すように震える。隙間風のような声だった。かつての声とはずいぶん違う。けれど、その穏やかさも温かさも、何一つ変わっていない。彼女の声を聞くと、山鳥毛はいつだって、彼女のためだけしか考えられなくなる。
山鳥毛は、時が来たことを受け容れた。
「……なかないで……」
「泣いてなど、いないさ」
「わたし、くるしくないの……こわくもない……あなたたちのおかげ……」
「小鳥」
「……ありがとう、山鳥毛……いつもありがとう……」
己の頬に、ぽろぽろと熱い液体が落ちてくるのを、山鳥毛が、己を惜しんでくれているのを感じながら、審神者は一度、愛しいつがいの顔を見て、ゆっくりと笑った。満面の笑みだった。
「……つかれてしまって……もう、寝てもいいかしら……?」
胸が詰まった。ただの鋼であったころならこれほど揺らがなかったはずなのに、小鳥に呼ばれてから、山鳥毛の心はやわらかくなってしまった。
山鳥毛は、きっと情けない表情をしているだろう顔を、笑みのかたちに変え、熱で詰まりそうになる喉から、見送りの言葉を絞り出す。旅立つ愛しい小鳥には、笑った顔を覚えていてほしかった。今最後の心からの乞いだった。笑って見せた小鳥もきっと、山鳥毛と同じ乞いをしていると思えた。
「――ああ、嗚呼、小鳥。勿論だとも。ゆっくりおやすみ」
「眠れるまで……」
「手を握ろう。いつものように」
審神者の、皺だらけの、枯れ枝のような小さな右手を、山鳥毛は両手で包む。手は温かい布団の中にあったはずなのに冷え切っていた。山鳥毛は己の手の熱を分け与えるように、優しく握った。ずっと傍にいるのだと示したかった。
審神者がゆっくり、安心しきった表情で目を閉じる。
「だいじょうぶよ……山鳥毛……」
こんなときまで、彼女は持ち刀を案じるのだ。
眠らないでくれ。共にいてくれ。生きていてくれ。そう叫びそうになる喉を、山鳥毛は、一文字の長としての、部領の近侍としての、小鳥のつがいとしての、矜持の全てを振り絞って叱咤した。
山鳥毛の小鳥が、だいじょうぶ、というなら、山鳥毛は大丈夫なのだ。……そう在りたかった。
「ゆっくり、おやすみ。私の小鳥。どうか……佳い夢を」
静かに、優しく、低く、甘く、ありったけの情のすべてを込めて。小鳥が好んでくれた声で、山鳥毛はあいの限りを囀った。
古鳥の囀りを聞きながら、彼の小鳥は、かすかに微笑んだ。
最期に、音もなく、さんちょうもう、と鳴いて、ゆっくり、ゆっくりと、眠りへついた。
山鳥毛はずっと、審神者の傍らで、審神者の手を握ったままでいた。
彼が煮てきた梅がゆがすっかり冷え切ってしまったころになり、ようやく山鳥毛は、審神者が与えてくれた肉の器で、初めて、大声を上げて泣いた。
十七で審神者になってから八十年、数多の刀剣らを率い、揺らがぬ大樹のごとくに本丸を統べ鎮めてきた歴戦の老名将であった。
その名将はいま、天寿の境にいた。もう食事もまともに摂れず、ここしばらくは点滴で繋いでいる。起きている時間もだんだんと乏しくなり、意思の疎通を図ることも難しくなっていった。それでも最期まで本丸に在りたいという審神者と、最期まで共にという刀たちの強い希望で、入院はせずに私室に留まり、近侍の山鳥毛を筆頭に、刀剣らに世話をされていた。
だがついに、審神者が一昨日、昨日と目を覚まさず眠ったままであったので、本丸の刀剣たちは、覚悟を固めようとしていた。
それでも食事時になると、毎食必ず山鳥毛が粥を持っていく。手ずからに、厨房で米を研ぎ、鍋を火にかけ、時間をかけてやわらかく煮て、彼の小鳥がいちばん好む味にして持っていく。寝所への入室の許可を願っても、返事などない。そうわかっていながら、それでも審神者の近侍として、持ち刀として礼を尽くし、折り目正しく許しを乞うてから入る。
小鳥の声のない部屋は、寒々しい。
部屋の奥に置かれたベッドのなかで、物々しい医療機材の数々に囲まれて、彼の小鳥は眠っていた。もともとは畳に布団を敷いて毎日上げ下げしていたのを、二年前に医療器具との兼ね合いからベッドに変えた。……二年前よりも、もっとずっと小鳥は弱って小さく軽くなってしまって、ベッドの余白がとても広く見えた。
山鳥毛はベッドの傍らの椅子に腰かけると、目覚めない審神者の顔を撫で、呼吸が静かで、苦しんでいないことを確かめる。彼女の顔にかかった髪をよけてやりながら、意図して明るい声をかけた。土鍋から粥を匙でひとすくいする。
「そら、小鳥。昼食を持ってきたぞ。一口でいいから、食べてごらん。我ながら上手く煮えた」
小鳥は目覚めない。瞼の下の、あたたかな、おだやかな、山鳥毛がとびきり好ましく思っている静かに凪いだ目は、山鳥毛を見ない。あの目を細めて笑いかけてくれるだけで山鳥毛はこの世のどの鳥よりも幸福で在れるのに、もう二日間、これまでで一番長く、審神者は目を開いていなかった。
「……梅粥は、好きだったろう。今年のぶんの梅干しが漬け上がったというので、日向からもらったものを入れた。米も新米だ。山伏と桑名が丹精したから今年は特に豊作で、昨日やっと脱穀が終わってな……」
穏やかに、穏やかに、意図して、穏やかに。小鳥は山鳥毛の低く穏やかな声を好んだから。耳元で囁いてやるだけで真っ赤になって震えていたのも懐かしい。いつだったか、狸寝入りをしている小鳥に「おはよう」ととびきり甘く囁いたら、身を震わせて飛び起きたこともあった。どちらも、何十年も前のことだったが、山鳥毛にとっては数秒前のように鮮やかな記憶だった。
――――この声を好むというなら、もう一度、あの時のように起きてほしい。
そう乞うように思って、たまらず、山鳥毛の声が震えた。
「お願いだ、小鳥。一口でいい。口を開けてくれ」
悲痛な乞いだった。
粥を一口食べたところで人間の身体がどうなるわけではないことは山鳥毛とて知っている。けれど、眠ったまま日に日に弱っていく審神者を見ているのがつらかった。目覚めて、口を開いて、粥を食べてほしかった――――能動的に命をつないでほしかった。いつまでもいつまでも、健やかに、生きていてほしかった。
誰も聞き届けることのない哀願が、むなしく響く。
「どうか、生きてくれ……後生だから……」
審神者は数えて齢九十七。審神者就任から八十年、十分すぎるほど長く生き、長く戦い、長く働いた。大典太光世も薬研藤四郎も首を横に振る。これが人間の果てで、もう主は休んでも許されるはずだ、と。
審神者は人間として天晴れ美事に生き抜いたのだ。それは近侍として長らく傍らに仕えた山鳥毛も重々承知している。
山鳥毛とて、永い時の中で何度も人間の終わりを見てきた。頭ではわかっているのだ。もう休ませてやるべきだと。
けれど、心は、審神者から授かった肉の器に備わった不可思議なはたらきは、山鳥毛の考えることに従おうとしない。そんなことは嫌だと頑是ない雛鳥のように心が叫ぶ。遠からぬ未来に小鳥と永い別れを迎えることに、耐えられる気がしない。
「小鳥。私の小鳥。君さえ生きていてくれたなら、私は何も要らない。お願いだ、生きていてくれ」
彼女のこれまでを山鳥毛は見てきた。
山鳥毛を顕現させたばかりのころの審神者は、既に多くの刀剣を従える将であった。顕現したばかりで何もわかっていない山鳥毛は、彼女を若くちいさく頼りない可愛いばかりの小鳥と誤認した。少し仕えて、それは誤りであり、彼女を揺らがぬ大樹であると信じた。けれどさらに仕えるうちに、彼女はただ必死に、「己の足で立とう、己の足で前に進もう」と、懸命に生きている若木であることを知った。
山鳥毛は、彼女の弱さと強さを知ったときの、「己こそがこの小鳥を支えて巣立たせよう、己こそがこの部領を守り参らせよう、末は大樹まで育ててみせよう」という、堅い決意を懐かしく思う。……それが月日を経て、彼女は経験を積み、挫折を知り、泥水の味を知り、不屈という言葉を識り、真の意味で己の足で将として立つことを識り、円熟し、どこへ出しても恥ずかしくない、真に立派な名将になった。
名高き将で、全き主君で、山鳥毛の大切な大切な可愛い小鳥(つがい)だ。唯一無二のかけがえのない小鳥だ。
まだ、共に在りたかった。別れたくなどなかった。
「小鳥……」
山鳥毛が哀しげに鳴いたとき、ふと、審神者の、皺がいっぱいに刻まれた目元が震えた。
「小鳥!」
ゆっくりと瞼を開く。二日ぶりだった。
瞼を開いても、焦点を合わせるのも一苦労なようで、視線は力なく漂った。それでも長く仕えた近侍の、一目見たら二度と忘れようのない炎色の目をみて、かすかに唇が動く。声なくとて山鳥毛は決して、つがいの声を聞き過たない。
さんちょうもう、と、小鳥は鳴いたのだ。
山鳥毛は喉も心臓も絞め上げられる心地がした。
小鳥が己を呼んだ。この数十年間、その事象が起きたときに山鳥毛の心が昂らなかったことは一度もない。けれど、かつてからは想像もできなかった弱々しさに、寸前の未来を悟る。避けられぬ先を知る。
意識の戻った小鳥に、喉が渇いていないか、空腹でないか、苦しいところはないか、望みはないか、そういったことを聞くべきなのに、山鳥毛の喉は詰まった。
審神者の喉が、絞り出すように震える。隙間風のような声だった。かつての声とはずいぶん違う。けれど、その穏やかさも温かさも、何一つ変わっていない。彼女の声を聞くと、山鳥毛はいつだって、彼女のためだけしか考えられなくなる。
山鳥毛は、時が来たことを受け容れた。
「……なかないで……」
「泣いてなど、いないさ」
「わたし、くるしくないの……こわくもない……あなたたちのおかげ……」
「小鳥」
「……ありがとう、山鳥毛……いつもありがとう……」
己の頬に、ぽろぽろと熱い液体が落ちてくるのを、山鳥毛が、己を惜しんでくれているのを感じながら、審神者は一度、愛しいつがいの顔を見て、ゆっくりと笑った。満面の笑みだった。
「……つかれてしまって……もう、寝てもいいかしら……?」
胸が詰まった。ただの鋼であったころならこれほど揺らがなかったはずなのに、小鳥に呼ばれてから、山鳥毛の心はやわらかくなってしまった。
山鳥毛は、きっと情けない表情をしているだろう顔を、笑みのかたちに変え、熱で詰まりそうになる喉から、見送りの言葉を絞り出す。旅立つ愛しい小鳥には、笑った顔を覚えていてほしかった。今最後の心からの乞いだった。笑って見せた小鳥もきっと、山鳥毛と同じ乞いをしていると思えた。
「――ああ、嗚呼、小鳥。勿論だとも。ゆっくりおやすみ」
「眠れるまで……」
「手を握ろう。いつものように」
審神者の、皺だらけの、枯れ枝のような小さな右手を、山鳥毛は両手で包む。手は温かい布団の中にあったはずなのに冷え切っていた。山鳥毛は己の手の熱を分け与えるように、優しく握った。ずっと傍にいるのだと示したかった。
審神者がゆっくり、安心しきった表情で目を閉じる。
「だいじょうぶよ……山鳥毛……」
こんなときまで、彼女は持ち刀を案じるのだ。
眠らないでくれ。共にいてくれ。生きていてくれ。そう叫びそうになる喉を、山鳥毛は、一文字の長としての、部領の近侍としての、小鳥のつがいとしての、矜持の全てを振り絞って叱咤した。
山鳥毛の小鳥が、だいじょうぶ、というなら、山鳥毛は大丈夫なのだ。……そう在りたかった。
「ゆっくり、おやすみ。私の小鳥。どうか……佳い夢を」
静かに、優しく、低く、甘く、ありったけの情のすべてを込めて。小鳥が好んでくれた声で、山鳥毛はあいの限りを囀った。
古鳥の囀りを聞きながら、彼の小鳥は、かすかに微笑んだ。
最期に、音もなく、さんちょうもう、と鳴いて、ゆっくり、ゆっくりと、眠りへついた。
山鳥毛はずっと、審神者の傍らで、審神者の手を握ったままでいた。
彼が煮てきた梅がゆがすっかり冷え切ってしまったころになり、ようやく山鳥毛は、審神者が与えてくれた肉の器で、初めて、大声を上げて泣いた。
