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小鳥にネクタイを結んでほしい山鳥毛の話

【蛇足:小豆長光が同田貫正国に取材したり、山鳥毛をしたごしらえしたりする話(ネクタイの話の前日、女審神者は出ません、お頭が空気です、ずっと同田貫のターン)】


「俺が顕現したときの話ぃ?」

 そんな、心底面倒くさがっている声が背後から聞こえたとき、山鳥毛は談話室の本棚の前にいた。ちょうど、謙信景光と五虎退、そして粟田口の短刀たちに平家物語を読み聞かせてやった帰りで、読み終わった巻を談話室に戻しに来たのである。
 ちらと肩越しに見れば、この本丸の最古参刀剣にして、元・初太刀、現・極打刀部隊隊長、同田貫正国が、小豆長光が焼いたと思しきガレット・ブルトンヌを煎餅のようにばりぼりと食べつつ、小豆の問いにいらえているところだった。
 聞くともなしに聞こえてしまった声に、立ち聞きは非礼かと立ち去ろうとしたのだが、それより前に小豆長光と目が合ってしまい、スイーツはどうかと隣の席を勧められ、山鳥毛はなんとなく着席してしまう。

「そんなの、聞いてどうすんだよ」

 同田貫は聴衆が増えたことへの居心地の悪さを隠そうともしない。戦以外では感情の見えづらい目に、はっきりと「面倒」の二文字を浮かべて小豆と山鳥毛を見た。山鳥毛も居心地悪く、ちびちびと焼き菓子をかじる。
 小豆長光は温和に答えた。

「このほんまるができてから、いままでのきろくをしらべているんだ」

 今後この本丸に顕現する刀剣の役に立てればと、主に戦歴、初陣、顕現時のことなどの話を聞いて記録して回っているらしい。ところが、本丸最初期の、まともに記録など残している余裕がなかった混乱期のことは、電子文書でも紙媒体でも記録が少ない。それで最古参刀剣の一つである同田貫に話を、とのことだった。

「顕現、顕現ねえ……」

 同田貫は、戦以外では感情の見えにくい金の眼で、山鳥毛をちらと窺い見た。この、時折同田貫が寄越す起伏に乏しい一瞥を、山鳥毛は好ましく思わない。作法として表情に出すことこそしなかったが、本当は目を合わせたくなかった。……同田貫は、この場で一振りだけ鍛刀による顕現でない山鳥毛に少しだけ気をつかったのだが、それは山鳥毛にはわからない。

「……炉に資源突っ込まれて、呼ばれたから、応えた。そんだけだよ」
「それはみんなおなじだ。もうすこし、くわしく」
「詳しくっつったって……」

 もう一度、同田貫は山鳥毛を少しだけ窺う。山鳥毛は同田貫には興味がないといったふうで、見るともなく手のうちの焼き菓子を見ていた。席を立つ様子はない。
 さっと、同田貫は小豆を見た。

(依頼は明日の『儀式』についてだったろ。まさか、これも含めてか?)
(もちろん)
(割りに合わねえ)

 そんな一瞬のアイコンタクトののち、同田貫は腹をくくった。これまでも小豆の絵図に乗って山鳥毛の精神を逆撫でしてきた。既に疎まれているなら、その濃度など同田貫にとっては――疎まれすぎて日光一文字に刺されるほどになれば別だが――大した違いではない。

「あー……。小豆、あんたも鍛刀で顕現したくちだろう。だったらわかるはずだ、あれ(鍛刀)は、祈りだ」

 居心地が悪いのと、気恥ずかしさで、同田貫はぽりぽりと頬を掻いた。

「主の祈りを聞き届けた。だから俺は、『ここ』に降りた。よそでもなく、どこでもなく、『ここ』に」
「どんないのりだった?」
「そりゃあ……」

 言い淀む。顕現時に主から受けた祈りは、彼にとっての最重要記憶だった。あの記憶は、『物語』は、同田貫にとって大切なもので、できるならば詳しいことは誰にも明かしたくないし、見世物になど絶対にしたくない。
 が、視線を感じた。
 山鳥毛であった。
 かの名高い、山鳥色の眼が、ひたと同田貫を見つめていた。内番着ゆえにサングラスはつけていない、それなのに、感情を読ませない、目。興味や関心、というにはどうにも静謐すぎる――――静かすぎてかえって怖気を感じさせる態度だったが、同田貫の発言を待ち構えているようにも、同田貫が助けを求めるならばすぐにでも小豆を止めようという助け舟を出しているようにも見えた。
 ただ、雪原のように静かな視線で同田貫に問うていた。聞いていいのか、去るべきかと。
 その視線で、同田貫のなかで何かが腑に落ちた。何をと聞かれても困る。とにかく、すとん、と得心がいって、ああ、この刀には知っていること洗いざらい、偽りも隠し立てもなく教えてやらねばならぬ、と彼の中で決まったのである。
 有態に言えば、同田貫はこの一件について、明かしても構わぬと山鳥毛を信用した。
 山鳥毛の視線は静かだった。きっと、惚れた女のことをより知りたいという欲があろうに、けれど同田貫にとってあの記憶がいかなるものかを察してか、それともそんなどうしようもない欲をもってしまった己を律してか、進んで問おうとはしていなかった。上杉の御重代はお育ちのいいことで、と同田貫は胸のうちでこぼすと、きっ、と真っ正面から山鳥毛を見た。
 ――己が受けた祈りを聞け、新参の古鳥よ。我らが守護する唯一をその翼の下に庇おうというのなら、教えてやる、まなこあけ、耳敏くして聞くがいい。

「『強い刀が欲しい』」

 いつぞや主に、二つの満月、と、讃嘆された金色の凶眼が冴え冴えと、山鳥毛の焔色を見据える。

「俺が顕現したあの夜。酷い戦の後だった。就任一日目、主は戦術なんか何一つわからないまま、歌仙と五虎を率いて必死で敵を撃退した。結果、歌仙も五虎もぼろぼろで、主は泣いてた……泣きながら、悔い、恥じ、憤り、決意してた」

 あの夜、同田貫(どうたぬき)正國は炉から『視』ていた。喚ばれる前だったが、縁が結ばれつつあるのを感じて、炉で己が主君となるべき女を待っていた。

「今でも覚えてるぜ、各資源すべて五百、あのときの本丸に許された限界の数値。俺が『聴』いたのは、血を吐くような苛烈な祈りだった。『強い刀が欲しい。頑丈な刀が欲しい。もう負けたくない、勝ちたい、先へ進みたい、力が欲しい、喪いたくない、先へ進む力が欲しい、私は勝ちたい、私は戦いたい、私に力を、私に刀を』……あんな切実な祈りで乞われたら、そりゃな」

 主から最初に与えられた祈りを一言一句過たず、覚えている限りすべて、抜き身の視線で山鳥毛の眼を射たままに言い切った。山鳥毛は身動ぎもしなかったが、ただ静かに、瞬き一つせず、一言一句過たず、告げられた限りすべて、聴き切った。
 『だから俺は、強い刀、折れずにあいつのところに帰ってくる刀にでなきゃ、あいつを任せる気はねえぞ』。そこまでを山鳥毛が汲み取ってくれたかどうかは、同田貫にはわからない。同田貫にとって主は、かけがえのない、今生の唯一無二の主君にして、将としても刀としても未熟だった互いを育て合ってここまでやってきた相棒にして、可愛い妹分のような娘であった。主が変な刀に食い物にされるくらいなら介錯してやる、くらいの覚悟はあったが、誰を好むかというのは審神者が決めることなので、同田貫が口出しをしたことは一度もない。
 ほう、と感心して見せたのは小豆長光だった。

「あるじの『いちのたち』は、こころからこわれておりたかたなというわけか」
「【我ら】同田貫は、折れず曲がらずを名にし負う刀。音に聞こえたる、西は九州肥後の国、玉名が郷にその剛刀ありと謳われたる刀。強い刀、頑丈な刀、戦うための刀が欲しいと祈られて、応えぬなどと【我ら】の名折れ。ただ、それだけのことだよ」

 同田貫には、己こそは『強い刀、頑丈な刀、戦うための刀』として主に呼ばれて主従の縁を結んだという自負がある。
 太刀だとか打刀だとか、そんな些細なことなどどうでもいい。己こそは、あの夜の主の祈りを聞き届けて降りた刀であり、あの祈りを聞き届けて戦い続けてきた刀であるという強烈な矜持がある。むしろ、打刀になったのは同田貫にとって好都合だった。太刀では夜戦も室内戦も出られず、武働きの場が限られる。同田貫は、主の血路を真ッ先に斬り拓くのは己だ、と決めていた。そう在れるのであれば、『私の一の太刀』でも『私の二番目の打刀』でも『私の四口目の刀』でも、どれでもよかったのだ。
 ……ただ、自負のままに語りすぎたような気がして、ちょっと気をつかったほうがよかったかと思って、もう一度ちらと山鳥毛を窺い見た。しかしやはり、同田貫には山鳥毛の思うところがわからない。なお、ちら見されるたびに山鳥毛が居心地悪く感じてしまっているのも、やはり同田貫にはわからない。
 わからないが、なんだか第六感がざわついて、話をずらすことを決め込んだ。

「……とはいえ、刀は手入れ中の歌仙と五虎、それから、その日に戦場で拾ってきたっていう愛染と、鍛刀されたての俺だけ。しかも歌仙と五虎は怪我で寝てて、時間はもう夜だったからな。その夜は大人しく出陣せずに寝たよ。初陣は次の朝で……そういや、五虎がネクタイ結べなくてべそかいてたのも、あの朝だったな」
「ああ、『ぎしき』のきっかけだっていう。ということは、ういじんのときから、きみは『ぎしき』をうけてきたわけか」
「そんなことしなくても、俺は折れねえし、兜首を挙げて見せるって言ったんだけどな。前の日のことがあったから、主も心配だったんだろ」

 そこまで話して喉が渇いた同田貫は、卓から湯飲みを取って、いっきにぐいと飲みほした。

「聞きたいことはそれだけかよ?」
「ほかにもある。かたながふえるまではおおひろまでざこねしていたときのこととか、やまぶしくにひろがけんげんするまえまでは、あるじのかいもののにもつもちをきみがしていたこととか、きみがしゅぎょうにでるまえのよる、あるじがないてしまったことだとか」

 うへぇ。と、同田貫が鳴いた。

「そんなの聞いて、ほんとにどうすんだよ……つーか、俺が修行に出る前の夜って、あんたも見てただろうが……」
「あれもはげしいいのりだったね。たしか……」

 笑顔のまま続けようとした小豆の言を中断させたのは、大仰な音を立てて卓に置かれた湯飲みであった。無論、湯飲みを置いたのは同田貫である。剣呑な金眼で小豆を睨んで、同田貫は獣のごとく唸った。

「本当にやめろ、あれは主と俺の『物語』だ。あんたに茶化される筋合いは一切ない」

 同田貫なる数打ちの刀は、消耗品を束ねたいくさ神である。そのせいか、この墨色の刀は、基本的に使い捨てられていく器物を大切に扱う。感情で物に当たるということは滅多なことでは行わない。その、物に当たるほどの「滅多なこと」があったときの同田貫は、本当に怒っている。この本丸ではよく知られた話であった。
 気分を害した同田貫は、菓子の礼だけ言って、さっさと自室へ下がろうとする。山鳥毛に『祈り』の話をしたのだから、同田貫の役目は、今日のところは終わったはずだった。
 しかし小豆は、やはり笑んでいた。

「そういえば、」

 笑んだまま、問う。この刀が一番食えないと、同田貫はいつも思う。

「どうだぬきはしゅぎょうからもどってから、『おれのあるじ』とはいわなくなったね」

 これが仕上げだ。ごく自然な調子で同田貫に問いながら、その実、小豆長光は隣の山鳥毛がどんな顔をしているのか窺わないようにするのに苦労していた。
 昨年の年の暮れにやってきた山鳥毛は、極になるまえの同田貫を知らない。どういう状況下で『俺の主』なる、堂々と所有格をつけた語が発せられていたのかを知らない。馬当番への不満だなどと露思うまい。いま、どんなきもち? ねえ、どんなきもち?

「しゅぎょうでなにか、しんきょうのへんかがあったのかな?」
「? 何言ってんだ。俺が『主』って言ったら、この本丸の審神者以外、誰のことでもねぇだろ。わざわざ『俺の』って言う必要がないだけだよ」

 言わなくったって、俺の主なんだから。
 怪訝な顔をして、今度こそ同田貫は去っていった。

「だそうだよ、さんちょうもう」

 小豆長光の古馴染みは、同田貫への聞き取り中、隣の席で大人しくしていた。いや、小豆にはわかる、大人しくしていたのではなくて、動けずにいたのだ。同田貫が受けた祈りを余さず明かされて、正面から挑まれて、己のうちを問うていたに違いない。こういう点で、小豆は同田貫の愚直な鋭利さを使い勝手がよいと思っていた。

「私は、」
「うん?」
「私は、祈られなかった」

 ぽつりと、つぶやきが落ちる。
 この本丸の山鳥毛は、昨年の年の暮れの連隊戦で勝ち取られて顕現した刀だ。

「ただ、言祝がれ、歓迎されて、降ろされた。降ろされた後で、活躍に期待すると、早く本丸に馴染んでほしいと、型通りの祝福を述べられただけだった」

 山鳥毛はたしかにあの瞬間、小鳥に呼ばれたと思った。あの瞬間の、あたたかくやわらかな霊力に抱かれて肉の器を得た歓喜を、山鳥毛は忘れたことはない。
 己こそは、望まれて降ろされたのだと。
 武威を示して我が身を迎え入れるだけの力ある巣へ降りることができたのだと。
 幸福に思った。そして、己を下ろした、若くちいさく頼りなく見えるこの小鳥を、翼の下に入れて庇い守ってやらねばならぬと強く思った。しかし。

「同田貫が乞われたほどの、強い祈りは――」

 山鳥毛の脳裏に同田貫の抜き身の表情が、浮かんで、消える。
 祈られた記憶は、なかった。
 欠乏を意識すると、腹の中で重く苦しいものが、蛇のようにのたうち回る。山鳥毛はこの感覚が嫌いだった。一文字一家の長、上杉の重宝、小鳥の近侍、そうあるべき己の平静を塗りつぶし、愚劣な男にしてしまおうとするこの感覚が大嫌いだった。己にないものを、欲しい、欲しい、と惨めに乞う感覚が、心底厭わしかった。
 山鳥毛は審神者から、頼りにしている、信頼している、とは幾度となく言われてきた。だが、頼りになる刀が欲しい、信頼に足る刀が欲しい、と乞われて降りたわけではない。
 山鳥毛は審神者を、私の小鳥、とは口に出しては言ったことがない。だがそれは、己が主君に対する不遜を憚ったからであり、同田貫のように乞わずとて我が小鳥と思っているわけではない。そうであったならどれだけよかったか。
 たまらなくなって、山鳥毛はサングラスをかけた。きっと、両の眼の神炎は荒れている。そんな無様を晒すことを恥じたのだ。
 古馴染みの苦しみを察していながらも、ややの間をおいてから、小豆長光はなごやかに言葉を編んだ。

「あすは、どうだぬきはにばんたいたいちょう、きみはいちばんたいたいちょうで、しゅつじんよていだったね」
「そう、記憶しているが」
「あるじのいのりなら、しゅつじんのたびにうけているじゃないか。『かちてかえれ、いきてかえれ、』」
「……『戦果なきを恥じるな、未帰還をこそ背任と心せよ』。あれは訓示だろう、四部隊全員に向けての」
「そうか、きみは『ぎしき』をうけたことがなかったね。あれは、いのりだよ。なによりもせつじつないのりだ」

 小豆は古馴染みが、誰を乞うているか知っている。
 小豆は古馴染みが、いつも『儀式』をどんな目で見ているか知っている。
 そして、傍観や横槍を楽しみながらも、この恥ずかしがり屋で、慣れぬ恋路に雁字搦めに動けなくなってしまったらしい古馴染みが、思い通じることを願っている。

「わたしもなんどか『ぎしき』をうけたことがあるけれど、いいものだよ。きみもいちど、むすびつけられてみればいい」

 きっと、古馴染みのなかでは今この瞬間にも、乞いが育っている。
 菓子も恋も軍略も、したごしらえが大切なのだ。




~そのころの一文字部屋~

「兄貴、何してるっすか。……にゃ」
「見ればわかるだろう、お頭のネクタイにアイロンをかけている」
「洗濯当番に不備があったなら、俺、伝えておきますけど」
「不備はなかった。ただ、」

 敬愛する長のネクタイがいちぶの歪みもなく仕上がっていることを、真剣な目で確かめた日光は、決して損なわぬようにと慎重な手つきでそれをハンガーにかけた。

「――――ただ、明日こそ山が動く。左腕の勘と、祈願である」
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