とある本丸の一振目の山鳥毛がポメラニアンになってしまったようです。
それはある朝のことでした。
水煙草の山鳥は縄張り意識激つよの山鳥でしたので、いつものように早起きして、いつものようにランニングがてら本丸内――特に防備結界の境界近辺を、結界に問題がないことを確かめながら重点的に――をぐるっとおさんぽし、縄張りを確かめておりますと、彼の愛する、しかし彼の求愛を決して受け入れない審神者が住まう離れのあたりへやってきました。
審神者は、本当は君主なのですから母屋の主寝室に住まうべきですが、
『ちょっと私のコレクションはひとさまには見せられないよ><』
と譲らず、独りで離れに住んでいるのです。
水煙草のは営巣できない非リア山鳥毛たちが集う喫煙室、通称『曲がり角』の一羽です。彼からすれば、けっしてつがえぬ主君とはいえ、小鳥はいとしい雌にかわりはありません。水煙草の山鳥自身は離れには入室厳禁を命じられた身ではありますが周囲をおさんぽすることは禁じられておりませんので、離れの周りに異常が何もないかを念入りに確かめます。彼の審神者は政府から研究の御役を言いつかっているので、貴重な研究成果を狙う敵が多いのです……歴史修正主義者だけではありません。かの審神者の功績を妬み、妨害し、奪おうとする『敵』は、政府のなかにこそ多いのです。呪物やら盗聴呪符やらを仕掛けられることもあるので、水煙草の山鳥は審神者を守るための朝のおさんぽを欠かすことができないのでした。
さて水煙草の山鳥が審神者の離れのまわりに何もありはしないかと厳重な点検をしていますと、ちょうど離れの戸が開き――この本丸の2振目の山鳥毛、審神者の大のお気に入り、練度1なのに審神者の寵愛だけで生きているような山鳥が出てまいりました。
この山鳥毛はデータサンプル用に飼い殺しにされている山鳥毛で、出陣も遠征も本丸内雑務も、ほとんど何も命じられることがありません。ただただ、練度1のまま、たまに習合とかされながら、データ採取と経過観察のためだけに生かされているのですが、なぜかかの審神者と非常に馬が合ってしまい、夏と冬の[[rb:大いくさ > コミケ]]を共に戦い、たまに合同誌を出したり、そのために原稿合宿などをしたりなどしています。
今、審神者はウ=ス異本を作っているわけではないのですが、先日審神者は2振目と酒盛りをし、酔った勢いで互いの腹部に淫紋タトゥーシールを貼り、消せない消せないと大笑いし、ふたりして淫紋を本丸内の多くの刀に泥酔した勢いで見せて回り、そして酔いが醒めてからふたりしてどうしよう淫紋消えない……と羞恥のあまりべそかいて頭を抱えるという事故を起こしました。そのうえ2振目の山鳥毛は、こんなシールがついた体で大浴場を使うのは恥ずかしいと審神者に嘆願し、なんと審神者は2振目の山鳥毛に、淫紋シールが体から消えるまで離れに起居して内湯を使う許可を軽々と与えられてしまったのです。
審神者と2振目の山鳥毛は、よろしいならば原稿合宿だ、と盛り上がっていましたが、水煙草のは面白くありません。嫁入り前の女が刀とはいえ男を寝所に入れるなどと、と、審神者を繰り返し諫めました。しかし審神者は一度水煙草の山鳥からの求愛を聞いてしまってから、水煙草の山鳥の言うことは話半分未満で聞き流す癖をつけてしまっていて、御説御尤も、と面倒そうに答えて2振目の山鳥毛を離れの寝所に入れてしまったのです。
なお、2振目の山鳥毛は、『観覧席』で『抹茶豆乳の山鳥』なる異名を奉られているようなのですが、彼が淫紋シールの1件をネタにされて、『淫紋豆乳の山鳥』とも呼ばれるようになったと聞いて、水煙草の山鳥はちょっとだけ留飲を下げています。(※のちにあんまりひどすぎるということで、観覧席では『抹茶シールの山鳥』に変更されました。)
さてそんな淫紋が消えなくなって四日目の2振目の山鳥毛が審神者の離れから出てきたわけですが、水煙草の山鳥はつとめて気にしないようにします。彼はこの本丸1振目の山鳥毛、戦闘データ、ゆくゆくは極でのデータ採集を期待されて育成されている個体です。彼こそがこの本丸に於ける一文字の長。審神者の寵だけで生きている飼い殺しの練度1の山鳥毛など、己が気に掛けるまでもない存在。そのように思うことで矜持を保ってきました。が、今朝はちょっと分が悪くありました。
2振目の山鳥毛が離れの戸を開いて出てきた直後、2振目を呼び止める声がありました。
小鳥です。
「ちょももん! 忘れ物!」
ちょももん。ちょももんというのは2振目の愛称のようです。審神者から煙たがられ、遠ざけられている水煙草の山鳥に対し、2振目の山鳥毛は審神者に可愛がられ、山ほどの愛称を贈られています。ちょもさん、山さん、もっちゃん、その他いろいろ。……水煙草の山鳥が『刀帳番号一八〇番』、あるいは単に『一八〇番』と呼ばれている一方で、です。
水煙草の山鳥は2振目の山鳥毛が審神者から新しい愛称を賜るのを見聞きするたびに胸の隙間を冷たい悲しさがひたひたと満たすのを、やり場のない思いで噛みしめるのでした。
離れから出てきた審神者は2振目を呼び止め2振目の山鳥毛をしゃがませると、その背に忘れ物――内番着の上着――をかけてやります。2振目の山鳥毛の内番着は、水煙草の山鳥のものとごっちゃにならないようにと、裏地のわかりやすいところに『ちょも』と審神者の手によりひらがなの可愛いアップリケを当てられています。審神者が2振目の山鳥毛の背に、ひらり、と内番着の上着をかけてやるのが、庭にいる水煙草の山鳥には見えました。審神者の手になる『ちょも』のアップリケが上着の内側で踊って、2振目の身の影になり見えなくなるのも、見えていました。2振目の山鳥毛が照れ笑いして審神者に詫びるのも、審神者がほんとうに自然に、あたりまえに、やわらかに微笑んで、
「私とちょももんの仲にそういうのいらないよ」
と言うのも、審神者が素手――薬品焼けした肌を恥じて、いつもは手袋で覆われているのです――を伸ばして、しゃがんだ2振目の山鳥毛の髪をくしゃくしゃ撫でるのも、ぜんぶ、ぜんぶ見えていました。
水煙草の山鳥は思わず奥歯を噛みます。
2振目の山鳥毛が水煙草の山鳥に気づいたのはそのときです。2振目がきまり悪い顔をしたので、審神者も庭に水煙草の山鳥がいることに気づきました。水煙草の山鳥が以前想いを告げてしまい、それを審神者が拒絶したときから、審神者は水煙草の山鳥をただの戦闘データ採取用サンプルと割り切って扱っています。ヒトと刀との間に有機的な欲も情も発生しうるはずがないというのが審神者の持論です。審神者は、水煙草の山鳥が審神者を想ったのは当時彼が顕現から日が浅かったがゆえの情動不調と考え、水煙草の山鳥を戦闘のデータ以外の採取ができない個体と位置づけました。
自然と、審神者の表情から、声から、2振目の山鳥毛を相手にしていたときのやわらかさが抜け落ちます。
「おはよう、刀帳番号一八〇番」
書類上の数値を読み上げるみたいな挨拶でした。そして水煙草の山鳥のことなど最初から気づかなかったように2振目の山鳥毛に向き直り、その手を握ります。
「行こう、ちょももん。厨房から朝ごはんもらってこないと」
2振目だけを見ながら、だから水煙草の山鳥などかまっていられないと言外に通告します。審神者は基本的に刀剣たちと食事をともにしません。離れでひとりで食べます。しかしこの淫紋合宿中は2振目の山鳥毛に三食相伴の栄誉を与えています。水煙草の山鳥は審神者に仕えて長いですが、食事をともにした記憶は片手の指が余るほどです。
今、審神者の寵愛は、混じりっけなしの信愛は――かつて水煙草の山鳥が与えられていたもののすべては、2振目の山鳥毛のうえに惜しみなく注がれていました。
「朝ごはんなんだろうね、ちょももん」
審神者が無邪気を装って水煙草の山鳥を拒絶するので、2振目の山鳥毛は本当に居心地が悪そうでした。しかし審神者が水煙草の山鳥を見もせず2振目の山鳥毛の手を引いて母屋に向かおうとしたとき。水煙草の山鳥ははっきりと見ました。2振目の山鳥毛は意識もしていなかったでしょうが、たしかに2振目の山鳥毛の口の端は、所有者に愛された器物としての優越感で上がっていたのです。
2振目の山鳥毛は目線だけで水煙草の山鳥に詫びると、
「さてな。きっと小鳥が好むものだろう」
と、かの審神者に応じて、手を引かれるまま、審神者と連れ立って母屋へ、厨房へ向かっていきました。審神者と2振目の山鳥毛の背を見送ることができなくて、水煙草の山鳥はそっと足元に視線を落とします。
虚しく、哀しく、苦しく。
審神者に想いが通じることはないとわかっていて、それでも赤心を献じるのだけはやめはしないと彼が心に誓ってから随分な時間が立っています。ヒトに似せた肉の器を得るまでは一瞬も数十年もそう違うものではなかった気がするのに、今ではたった数年が耐え難いほどの痛みを伴って水煙草の山鳥のうえにのしかかります。
――小鳥の心を得られないのは、苦しい。しかし、わかっていたことだった。
しかし。
――小鳥の信をほしいままにする2振目があることに、耐えられない。
水煙草の山鳥は下げた目線の先に、小石に擬態した呪具があるのを見つけました。おおかた審神者の業績を妬む同業者どもがいつものようによこした蟲でしょう。……あんな扱いをされたあとでも、水煙草の山鳥は迷いなくその呪具を手に取り、己が神炎、炉の火から分け与えられた無上の浄火で焼き棄てます。小鳥のためです。
とはいえ、今の彼の身のうちを焼く炎の色は濁った臓腑の薄汚い黒赤でした。
なぜ、なぜ己は小鳥の傍らに置かれない。小鳥に求められない。小鳥に愛されない。
わかりきった問ばかりが水煙草の山鳥のなかをぐるぐると回ります。無力感と徒労感に目眩がしそうでした。それでも、彼は誇り高い山鳥です。たとえ天地崩れても睦めぬ主君、己が情けを乞えば乞うほど遠ざかる無情な雌であっても、彼は小鳥をあいしていました。小鳥の平穏を願わずにいられなかったのです。
水煙草の山鳥が無表情に見つめる間にも、ちゃちな呪具は燃えて朽ちます。ただ、呪具が崩れて消える瞬間、ふと彼に邪念が差しました。
――ただの一度でいい。小鳥に愛されてみたかった。
――小鳥に求められ、傍らにあることを許されたかった。
――この身が、小鳥に愛されるような、そんなものであればよかった……。
きゃいん!!
朝の庭で響いた惨めったらしい負け犬の甲高い悲鳴は、厨房にいる審神者の耳には届きませんでした。
水煙草の山鳥は呪具を使ってどうこうしようと考えたわけではありません。呪具が審神者に害をなさぬよう焼き棄てんとしただけです。しかし彼の心臓が溢したさびしいくるしみは、呪具に込められた歪んだ異能と結びつくに十分すぎるほどの渇望の色をしていました。
小鳥に愛されたい。小鳥の傍らにあることを許されたい。小鳥に愛されるような我が身であればよかった。そんな切実なくるしみが呪具と触れ合い、呪具が燃え尽きる刹那に異常反応を起こし――……、
「きゅううん……」
庭からは水煙草の山鳥の、ふたつあしで歩き物言う刀、刀剣男士としての姿は跡形もなく消えていました。ただ彼がいたあたりには己がどんな目に遭ったのか理解できずに呆然とする、くりーむいろのちっちゃくてかわいいもふもふちゃんがいました。
水煙草の山鳥はポメラニアンになってしまったのです。
無遠慮な指が水煙草のポメラニアン(※山鳥)の口吻に割り入ります。水煙草のの口の中は衛生ゴム手袋の味になりました。
「上顎、左右ともに、切歯3、犬歯1、前臼歯4、後臼歯2。下顎、左右ともに、切歯3、犬歯1、前臼歯4、後臼歯3。合計42本。欠歯なし、乳歯残痕なし。驚いたな、その小ささで既に成犬か、一八〇番」
審神者です。水煙草の山鳥は、いつまでも戻ってこない彼を探しに来た日光一文字によって庭でくりーむいろのちっちゃくてかわいいもふもふちゃんになってうずくまっているのを発見されると、すぐ審神者の研究室に運び込まれました。
「現在のところ、骨格も臓器構成も血液成分も、すべてイエイヌと同じだ。驚いた」
霊力と神気のきわめて微弱な反応がなければどこからどう見てもただの犬だ、すごいぞ一八〇番!
審神者は熱狂して水煙草のポメラニアンを検査します。実は審神者は愛玩犬には興味がなかったのですが、その正体が刀剣となれば話は別です。これまで水煙草の山鳥が向けられたことのない美しくきらきらした目で、眼の前の刀剣に起きたバグを調べています。
バグそのものは先日お上から通達があったので審神者も知っています。ポメガバースバグ。極度に心身ともに疲弊した刀剣男士がポメラニアンになってしまうというバクで、疲れが癒えれば元の刀剣男士としての姿になるとされています。
しかし、この本丸の審神者はよりよいデータサンプリングのために刀剣男士を疲労度に非常に気を使って管理しているという自負がありました。数値上でも水煙草のポメラニアンの疲労度は極めて低かったのを確認しています。
――政府で確認できていない不具合の発動条件があるのかもしれない。
そう考えた審神者は、はじめはバクの原因解明のために水煙草のポメラニアンを調べていたのですが、2振目の山鳥毛が要らぬ差し出口をしまして、
「1振目のは精神的疲労だろう。小鳥に抱きしめられれば一瞬で回復する」
などと言い出したので――抹茶豆乳の山鳥としてはちょもさに成立フラグをどうにか立てたい一心だったのですが――審神者はバグを解決する気を一切なくしてしまいました。
「精神的疲労なら、ちょももんか、一文字の刀らか、上杉の刀らに任せればいいだろう。私がどうこうしなくても回復すると思うがね」
そんなことを言い出し、今では『ポメガバースバグ個体とイエイヌは何が違うのか』を調べることに夢中です。そのため水煙草の山鳥はイヌが獣医さんに健康診断でされちゃうあんなことやこんなことや知能検査などを課されて、本当に疲弊してしまいました。犬の体温測定って肛門から体温計入れるんだぜ。
「きゅううううん……」
見かねた日光一文字が審神者から水煙草のポメラニアンを引き剥がそうとするのですが、審神者は言うことを聞きません。水煙草のポメラニアンの首根っこを掴み背の後ろにないないして隠し、
「嫌だ! これは貴重なサンプルだ! 私の貴重なサンプルだ!」
と言って離そうとしないのでした。挙げ句離れの寝所に水煙草のポメラニアンを連れ込んで、これは私の、と、ないないしようとしました。2振目の山鳥毛しか知らないことですが、審神者の離れこそこの本丸の研究施設の中枢、奥の院です。……犬ころ1匹、本気でないないできてしまうだけの設備は整っています。
これに焦ったのは2振目の山鳥毛です。彼は非合意ちょもさにを主食としていますが、ちょもを非合意に(検閲済)するさには守備範囲外です。ちょもさにはちょもとさにがいないと成立しません。ちょものいないさにはただの審神者です。水煙草のポメラニアンが離れでないないされてしまうのだけは防ごうと、彼は説得を試みることにしました。
「小鳥よ、さすがにそれは」
「……君まで私の邪魔をするの、ちょももん」
しかし審神者は水煙草のポメラニアンを後ろにないないするのをやめません。審神者は自分の研究の邪魔をされることを何よりも嫌います。水煙草の山鳥が審神者に厭われていることの何割かもその禁を侵したがためです。それを知っていた2振目の山鳥毛はできるだけうるるんおねだりな声を出しました。ちょっと困って甘えたふうにするのがポイントです。
「淫紋シールが消えるまでは私と原稿合宿するのだろう……? 原稿よりも1振目のがそんなに大切だと言うのか……?」
審神者の欲求を否定せず、水煙草のポメラニアンの順位を高く見積もってみせる攻撃です。審神者ははっとしました。審神者は水煙草のポメラニアンを近くにも高くにも置きたくありません。
「……原稿合宿は、したい」
「では1振目のを君の私室に連れて行かなくてもいいだろう。もう夕方だ。私と原稿をする時間だぞ」
「うーん……まあ、ちょももんがそういうならそうしようかなあ」
「そうしなさい。1振目のポメラニアンは逃げないのだから、また明日調べるといい」
そう言われて審神者はしぶしぶ、水煙草のポメラニアンを床に置きました。ただちょっと注意が必要なのは、『審神者の離れの研究室は死ぬほどやばいところ』だと知っているのは2振目の山鳥毛だけということです。よって水煙草のポメラニアンと日光一文字には以下のように理解されます。
つまりこの、主とお揃いの淫紋をつけた2振目の山鳥毛は、原稿を理由におねだりして、水煙草のポメラニアンが主の私室で寵愛(※調査的な意味で)を受けるのを阻みおおせたのだ、と。
「ぎゃん! ぎゃん!」
う゛う゛う゛……と水煙草のポメラニアンは思わず牙を向き鼻面に皺を寄せて2振目の山鳥毛に向かって吠え立て、唸り声を上げます。2振目の山鳥毛が審神者の大のお気に入りで、審神者の寵だけで生かされているのはこの本丸では周知の事実でしたが、このように殊更に自らへの寵の深さを誇示する行い(のように見える水煙草のポメラニアンの助命嘆願)までするのを見せられては、いい気分がするわけもありません。
さすがの日光一文字ですら鼻白んで水煙草のポメラニアンを守るように抱っこしてぎゅっします。水煙草のポメラニアンは現在くりーむいろのちっちゃくてかわいいもふもふちゃんですが、小鳥でもない野郎の筋肉質な腕での抱っこはちょっといやです。ですが日光一文字に抱っこされたことで水煙草のポメラニアンの目線が高くなります。先程はどんなに上を見て吠えても2振目の山鳥毛の足しか見えなかったのですが、今度は2振目の山鳥毛の面を見て唸りメンチ切ることができます。
(貴様、どういうつもりだ!)
そう吠えたつもりなのに、
「きゅうううん! きゃん、きゃん!!」
くりーむいろのちっちゃくてかわいいもふもふちゃんの喉から出るのはそんなきゅんきゅんきゃわいい鳴き声ばかりです。水煙草のポメラニアンは遺憾に表情を(体感では)険しくします。鳴くたびに日光(※もふもふかわいいいきものだいしゅき)が真顔で
「んん゛ッ゛!」
みたいな音を喉から出しているのも、水煙草のポメラニアンのごきげんをぽめぽめ赤疲労にしてしまいます。それでも健気にうるうるしたまんまるおめめで2振目の山鳥毛をうるうると見詰める(※睨んでいるつもり)のですが、2振目の山鳥毛は笑って相手にしません。
「1振目のも今日は疲れただろう。自室へ下がって早く身を休めるといい」
「きゃん、きゃん!」
「そうは言ってもだな、小鳥はこれから私と原稿合宿の続きだ」
「う゛う゛う゛ッ゛!!」
「1振目のがポメラニアンになったのは疲労のせいなのだろう。ならば尚のこと、私のことなど気にせず休むべきだ」
2振目の山鳥毛が水煙草のポメラニアンの唸り声に応対するので、審神者は目を見張りました。
「……ちょももん、一八〇番のポメラニアンが何を言っているかわかるのか」
「同位体の言うことだ。多少は」
「ぎゃん! ぎゃん!」
「今のは?」
「『おやすみ小鳥、よい原稿を』」
「[[rb:わおおおおおおおおおん > 嘘をつくなァァァァァ]]!」
明日は同位体との意思疎通についても実験しないとね。そんなことを言いながら、振り向きもせず離れへと去っていく審神者の背を、水煙草のポメラニアンはやるせない気持ちで見送ります。かわいいものだいしゅきな日光一文字にだっこされたまま。
水煙草の山鳥は縄張り意識激つよの山鳥でしたので、いつものように早起きして、いつものようにランニングがてら本丸内――特に防備結界の境界近辺を、結界に問題がないことを確かめながら重点的に――をぐるっとおさんぽし、縄張りを確かめておりますと、彼の愛する、しかし彼の求愛を決して受け入れない審神者が住まう離れのあたりへやってきました。
審神者は、本当は君主なのですから母屋の主寝室に住まうべきですが、
『ちょっと私のコレクションはひとさまには見せられないよ><』
と譲らず、独りで離れに住んでいるのです。
水煙草のは営巣できない非リア山鳥毛たちが集う喫煙室、通称『曲がり角』の一羽です。彼からすれば、けっしてつがえぬ主君とはいえ、小鳥はいとしい雌にかわりはありません。水煙草の山鳥自身は離れには入室厳禁を命じられた身ではありますが周囲をおさんぽすることは禁じられておりませんので、離れの周りに異常が何もないかを念入りに確かめます。彼の審神者は政府から研究の御役を言いつかっているので、貴重な研究成果を狙う敵が多いのです……歴史修正主義者だけではありません。かの審神者の功績を妬み、妨害し、奪おうとする『敵』は、政府のなかにこそ多いのです。呪物やら盗聴呪符やらを仕掛けられることもあるので、水煙草の山鳥は審神者を守るための朝のおさんぽを欠かすことができないのでした。
さて水煙草の山鳥が審神者の離れのまわりに何もありはしないかと厳重な点検をしていますと、ちょうど離れの戸が開き――この本丸の2振目の山鳥毛、審神者の大のお気に入り、練度1なのに審神者の寵愛だけで生きているような山鳥が出てまいりました。
この山鳥毛はデータサンプル用に飼い殺しにされている山鳥毛で、出陣も遠征も本丸内雑務も、ほとんど何も命じられることがありません。ただただ、練度1のまま、たまに習合とかされながら、データ採取と経過観察のためだけに生かされているのですが、なぜかかの審神者と非常に馬が合ってしまい、夏と冬の[[rb:大いくさ > コミケ]]を共に戦い、たまに合同誌を出したり、そのために原稿合宿などをしたりなどしています。
今、審神者はウ=ス異本を作っているわけではないのですが、先日審神者は2振目と酒盛りをし、酔った勢いで互いの腹部に淫紋タトゥーシールを貼り、消せない消せないと大笑いし、ふたりして淫紋を本丸内の多くの刀に泥酔した勢いで見せて回り、そして酔いが醒めてからふたりしてどうしよう淫紋消えない……と羞恥のあまりべそかいて頭を抱えるという事故を起こしました。そのうえ2振目の山鳥毛は、こんなシールがついた体で大浴場を使うのは恥ずかしいと審神者に嘆願し、なんと審神者は2振目の山鳥毛に、淫紋シールが体から消えるまで離れに起居して内湯を使う許可を軽々と与えられてしまったのです。
審神者と2振目の山鳥毛は、よろしいならば原稿合宿だ、と盛り上がっていましたが、水煙草のは面白くありません。嫁入り前の女が刀とはいえ男を寝所に入れるなどと、と、審神者を繰り返し諫めました。しかし審神者は一度水煙草の山鳥からの求愛を聞いてしまってから、水煙草の山鳥の言うことは話半分未満で聞き流す癖をつけてしまっていて、御説御尤も、と面倒そうに答えて2振目の山鳥毛を離れの寝所に入れてしまったのです。
なお、2振目の山鳥毛は、『観覧席』で『抹茶豆乳の山鳥』なる異名を奉られているようなのですが、彼が淫紋シールの1件をネタにされて、『淫紋豆乳の山鳥』とも呼ばれるようになったと聞いて、水煙草の山鳥はちょっとだけ留飲を下げています。(※のちにあんまりひどすぎるということで、観覧席では『抹茶シールの山鳥』に変更されました。)
さてそんな淫紋が消えなくなって四日目の2振目の山鳥毛が審神者の離れから出てきたわけですが、水煙草の山鳥はつとめて気にしないようにします。彼はこの本丸1振目の山鳥毛、戦闘データ、ゆくゆくは極でのデータ採集を期待されて育成されている個体です。彼こそがこの本丸に於ける一文字の長。審神者の寵だけで生きている飼い殺しの練度1の山鳥毛など、己が気に掛けるまでもない存在。そのように思うことで矜持を保ってきました。が、今朝はちょっと分が悪くありました。
2振目の山鳥毛が離れの戸を開いて出てきた直後、2振目を呼び止める声がありました。
小鳥です。
「ちょももん! 忘れ物!」
ちょももん。ちょももんというのは2振目の愛称のようです。審神者から煙たがられ、遠ざけられている水煙草の山鳥に対し、2振目の山鳥毛は審神者に可愛がられ、山ほどの愛称を贈られています。ちょもさん、山さん、もっちゃん、その他いろいろ。……水煙草の山鳥が『刀帳番号一八〇番』、あるいは単に『一八〇番』と呼ばれている一方で、です。
水煙草の山鳥は2振目の山鳥毛が審神者から新しい愛称を賜るのを見聞きするたびに胸の隙間を冷たい悲しさがひたひたと満たすのを、やり場のない思いで噛みしめるのでした。
離れから出てきた審神者は2振目を呼び止め2振目の山鳥毛をしゃがませると、その背に忘れ物――内番着の上着――をかけてやります。2振目の山鳥毛の内番着は、水煙草の山鳥のものとごっちゃにならないようにと、裏地のわかりやすいところに『ちょも』と審神者の手によりひらがなの可愛いアップリケを当てられています。審神者が2振目の山鳥毛の背に、ひらり、と内番着の上着をかけてやるのが、庭にいる水煙草の山鳥には見えました。審神者の手になる『ちょも』のアップリケが上着の内側で踊って、2振目の身の影になり見えなくなるのも、見えていました。2振目の山鳥毛が照れ笑いして審神者に詫びるのも、審神者がほんとうに自然に、あたりまえに、やわらかに微笑んで、
「私とちょももんの仲にそういうのいらないよ」
と言うのも、審神者が素手――薬品焼けした肌を恥じて、いつもは手袋で覆われているのです――を伸ばして、しゃがんだ2振目の山鳥毛の髪をくしゃくしゃ撫でるのも、ぜんぶ、ぜんぶ見えていました。
水煙草の山鳥は思わず奥歯を噛みます。
2振目の山鳥毛が水煙草の山鳥に気づいたのはそのときです。2振目がきまり悪い顔をしたので、審神者も庭に水煙草の山鳥がいることに気づきました。水煙草の山鳥が以前想いを告げてしまい、それを審神者が拒絶したときから、審神者は水煙草の山鳥をただの戦闘データ採取用サンプルと割り切って扱っています。ヒトと刀との間に有機的な欲も情も発生しうるはずがないというのが審神者の持論です。審神者は、水煙草の山鳥が審神者を想ったのは当時彼が顕現から日が浅かったがゆえの情動不調と考え、水煙草の山鳥を戦闘のデータ以外の採取ができない個体と位置づけました。
自然と、審神者の表情から、声から、2振目の山鳥毛を相手にしていたときのやわらかさが抜け落ちます。
「おはよう、刀帳番号一八〇番」
書類上の数値を読み上げるみたいな挨拶でした。そして水煙草の山鳥のことなど最初から気づかなかったように2振目の山鳥毛に向き直り、その手を握ります。
「行こう、ちょももん。厨房から朝ごはんもらってこないと」
2振目だけを見ながら、だから水煙草の山鳥などかまっていられないと言外に通告します。審神者は基本的に刀剣たちと食事をともにしません。離れでひとりで食べます。しかしこの淫紋合宿中は2振目の山鳥毛に三食相伴の栄誉を与えています。水煙草の山鳥は審神者に仕えて長いですが、食事をともにした記憶は片手の指が余るほどです。
今、審神者の寵愛は、混じりっけなしの信愛は――かつて水煙草の山鳥が与えられていたもののすべては、2振目の山鳥毛のうえに惜しみなく注がれていました。
「朝ごはんなんだろうね、ちょももん」
審神者が無邪気を装って水煙草の山鳥を拒絶するので、2振目の山鳥毛は本当に居心地が悪そうでした。しかし審神者が水煙草の山鳥を見もせず2振目の山鳥毛の手を引いて母屋に向かおうとしたとき。水煙草の山鳥ははっきりと見ました。2振目の山鳥毛は意識もしていなかったでしょうが、たしかに2振目の山鳥毛の口の端は、所有者に愛された器物としての優越感で上がっていたのです。
2振目の山鳥毛は目線だけで水煙草の山鳥に詫びると、
「さてな。きっと小鳥が好むものだろう」
と、かの審神者に応じて、手を引かれるまま、審神者と連れ立って母屋へ、厨房へ向かっていきました。審神者と2振目の山鳥毛の背を見送ることができなくて、水煙草の山鳥はそっと足元に視線を落とします。
虚しく、哀しく、苦しく。
審神者に想いが通じることはないとわかっていて、それでも赤心を献じるのだけはやめはしないと彼が心に誓ってから随分な時間が立っています。ヒトに似せた肉の器を得るまでは一瞬も数十年もそう違うものではなかった気がするのに、今ではたった数年が耐え難いほどの痛みを伴って水煙草の山鳥のうえにのしかかります。
――小鳥の心を得られないのは、苦しい。しかし、わかっていたことだった。
しかし。
――小鳥の信をほしいままにする2振目があることに、耐えられない。
水煙草の山鳥は下げた目線の先に、小石に擬態した呪具があるのを見つけました。おおかた審神者の業績を妬む同業者どもがいつものようによこした蟲でしょう。……あんな扱いをされたあとでも、水煙草の山鳥は迷いなくその呪具を手に取り、己が神炎、炉の火から分け与えられた無上の浄火で焼き棄てます。小鳥のためです。
とはいえ、今の彼の身のうちを焼く炎の色は濁った臓腑の薄汚い黒赤でした。
なぜ、なぜ己は小鳥の傍らに置かれない。小鳥に求められない。小鳥に愛されない。
わかりきった問ばかりが水煙草の山鳥のなかをぐるぐると回ります。無力感と徒労感に目眩がしそうでした。それでも、彼は誇り高い山鳥です。たとえ天地崩れても睦めぬ主君、己が情けを乞えば乞うほど遠ざかる無情な雌であっても、彼は小鳥をあいしていました。小鳥の平穏を願わずにいられなかったのです。
水煙草の山鳥が無表情に見つめる間にも、ちゃちな呪具は燃えて朽ちます。ただ、呪具が崩れて消える瞬間、ふと彼に邪念が差しました。
――ただの一度でいい。小鳥に愛されてみたかった。
――小鳥に求められ、傍らにあることを許されたかった。
――この身が、小鳥に愛されるような、そんなものであればよかった……。
きゃいん!!
朝の庭で響いた惨めったらしい負け犬の甲高い悲鳴は、厨房にいる審神者の耳には届きませんでした。
水煙草の山鳥は呪具を使ってどうこうしようと考えたわけではありません。呪具が審神者に害をなさぬよう焼き棄てんとしただけです。しかし彼の心臓が溢したさびしいくるしみは、呪具に込められた歪んだ異能と結びつくに十分すぎるほどの渇望の色をしていました。
小鳥に愛されたい。小鳥の傍らにあることを許されたい。小鳥に愛されるような我が身であればよかった。そんな切実なくるしみが呪具と触れ合い、呪具が燃え尽きる刹那に異常反応を起こし――……、
「きゅううん……」
庭からは水煙草の山鳥の、ふたつあしで歩き物言う刀、刀剣男士としての姿は跡形もなく消えていました。ただ彼がいたあたりには己がどんな目に遭ったのか理解できずに呆然とする、くりーむいろのちっちゃくてかわいいもふもふちゃんがいました。
水煙草の山鳥はポメラニアンになってしまったのです。
無遠慮な指が水煙草のポメラニアン(※山鳥)の口吻に割り入ります。水煙草のの口の中は衛生ゴム手袋の味になりました。
「上顎、左右ともに、切歯3、犬歯1、前臼歯4、後臼歯2。下顎、左右ともに、切歯3、犬歯1、前臼歯4、後臼歯3。合計42本。欠歯なし、乳歯残痕なし。驚いたな、その小ささで既に成犬か、一八〇番」
審神者です。水煙草の山鳥は、いつまでも戻ってこない彼を探しに来た日光一文字によって庭でくりーむいろのちっちゃくてかわいいもふもふちゃんになってうずくまっているのを発見されると、すぐ審神者の研究室に運び込まれました。
「現在のところ、骨格も臓器構成も血液成分も、すべてイエイヌと同じだ。驚いた」
霊力と神気のきわめて微弱な反応がなければどこからどう見てもただの犬だ、すごいぞ一八〇番!
審神者は熱狂して水煙草のポメラニアンを検査します。実は審神者は愛玩犬には興味がなかったのですが、その正体が刀剣となれば話は別です。これまで水煙草の山鳥が向けられたことのない美しくきらきらした目で、眼の前の刀剣に起きたバグを調べています。
バグそのものは先日お上から通達があったので審神者も知っています。ポメガバースバグ。極度に心身ともに疲弊した刀剣男士がポメラニアンになってしまうというバクで、疲れが癒えれば元の刀剣男士としての姿になるとされています。
しかし、この本丸の審神者はよりよいデータサンプリングのために刀剣男士を疲労度に非常に気を使って管理しているという自負がありました。数値上でも水煙草のポメラニアンの疲労度は極めて低かったのを確認しています。
――政府で確認できていない不具合の発動条件があるのかもしれない。
そう考えた審神者は、はじめはバクの原因解明のために水煙草のポメラニアンを調べていたのですが、2振目の山鳥毛が要らぬ差し出口をしまして、
「1振目のは精神的疲労だろう。小鳥に抱きしめられれば一瞬で回復する」
などと言い出したので――抹茶豆乳の山鳥としてはちょもさに成立フラグをどうにか立てたい一心だったのですが――審神者はバグを解決する気を一切なくしてしまいました。
「精神的疲労なら、ちょももんか、一文字の刀らか、上杉の刀らに任せればいいだろう。私がどうこうしなくても回復すると思うがね」
そんなことを言い出し、今では『ポメガバースバグ個体とイエイヌは何が違うのか』を調べることに夢中です。そのため水煙草の山鳥はイヌが獣医さんに健康診断でされちゃうあんなことやこんなことや知能検査などを課されて、本当に疲弊してしまいました。犬の体温測定って肛門から体温計入れるんだぜ。
「きゅううううん……」
見かねた日光一文字が審神者から水煙草のポメラニアンを引き剥がそうとするのですが、審神者は言うことを聞きません。水煙草のポメラニアンの首根っこを掴み背の後ろにないないして隠し、
「嫌だ! これは貴重なサンプルだ! 私の貴重なサンプルだ!」
と言って離そうとしないのでした。挙げ句離れの寝所に水煙草のポメラニアンを連れ込んで、これは私の、と、ないないしようとしました。2振目の山鳥毛しか知らないことですが、審神者の離れこそこの本丸の研究施設の中枢、奥の院です。……犬ころ1匹、本気でないないできてしまうだけの設備は整っています。
これに焦ったのは2振目の山鳥毛です。彼は非合意ちょもさにを主食としていますが、ちょもを非合意に(検閲済)するさには守備範囲外です。ちょもさにはちょもとさにがいないと成立しません。ちょものいないさにはただの審神者です。水煙草のポメラニアンが離れでないないされてしまうのだけは防ごうと、彼は説得を試みることにしました。
「小鳥よ、さすがにそれは」
「……君まで私の邪魔をするの、ちょももん」
しかし審神者は水煙草のポメラニアンを後ろにないないするのをやめません。審神者は自分の研究の邪魔をされることを何よりも嫌います。水煙草の山鳥が審神者に厭われていることの何割かもその禁を侵したがためです。それを知っていた2振目の山鳥毛はできるだけうるるんおねだりな声を出しました。ちょっと困って甘えたふうにするのがポイントです。
「淫紋シールが消えるまでは私と原稿合宿するのだろう……? 原稿よりも1振目のがそんなに大切だと言うのか……?」
審神者の欲求を否定せず、水煙草のポメラニアンの順位を高く見積もってみせる攻撃です。審神者ははっとしました。審神者は水煙草のポメラニアンを近くにも高くにも置きたくありません。
「……原稿合宿は、したい」
「では1振目のを君の私室に連れて行かなくてもいいだろう。もう夕方だ。私と原稿をする時間だぞ」
「うーん……まあ、ちょももんがそういうならそうしようかなあ」
「そうしなさい。1振目のポメラニアンは逃げないのだから、また明日調べるといい」
そう言われて審神者はしぶしぶ、水煙草のポメラニアンを床に置きました。ただちょっと注意が必要なのは、『審神者の離れの研究室は死ぬほどやばいところ』だと知っているのは2振目の山鳥毛だけということです。よって水煙草のポメラニアンと日光一文字には以下のように理解されます。
つまりこの、主とお揃いの淫紋をつけた2振目の山鳥毛は、原稿を理由におねだりして、水煙草のポメラニアンが主の私室で寵愛(※調査的な意味で)を受けるのを阻みおおせたのだ、と。
「ぎゃん! ぎゃん!」
う゛う゛う゛……と水煙草のポメラニアンは思わず牙を向き鼻面に皺を寄せて2振目の山鳥毛に向かって吠え立て、唸り声を上げます。2振目の山鳥毛が審神者の大のお気に入りで、審神者の寵だけで生かされているのはこの本丸では周知の事実でしたが、このように殊更に自らへの寵の深さを誇示する行い(のように見える水煙草のポメラニアンの助命嘆願)までするのを見せられては、いい気分がするわけもありません。
さすがの日光一文字ですら鼻白んで水煙草のポメラニアンを守るように抱っこしてぎゅっします。水煙草のポメラニアンは現在くりーむいろのちっちゃくてかわいいもふもふちゃんですが、小鳥でもない野郎の筋肉質な腕での抱っこはちょっといやです。ですが日光一文字に抱っこされたことで水煙草のポメラニアンの目線が高くなります。先程はどんなに上を見て吠えても2振目の山鳥毛の足しか見えなかったのですが、今度は2振目の山鳥毛の面を見て唸りメンチ切ることができます。
(貴様、どういうつもりだ!)
そう吠えたつもりなのに、
「きゅうううん! きゃん、きゃん!!」
くりーむいろのちっちゃくてかわいいもふもふちゃんの喉から出るのはそんなきゅんきゅんきゃわいい鳴き声ばかりです。水煙草のポメラニアンは遺憾に表情を(体感では)険しくします。鳴くたびに日光(※もふもふかわいいいきものだいしゅき)が真顔で
「んん゛ッ゛!」
みたいな音を喉から出しているのも、水煙草のポメラニアンのごきげんをぽめぽめ赤疲労にしてしまいます。それでも健気にうるうるしたまんまるおめめで2振目の山鳥毛をうるうると見詰める(※睨んでいるつもり)のですが、2振目の山鳥毛は笑って相手にしません。
「1振目のも今日は疲れただろう。自室へ下がって早く身を休めるといい」
「きゃん、きゃん!」
「そうは言ってもだな、小鳥はこれから私と原稿合宿の続きだ」
「う゛う゛う゛ッ゛!!」
「1振目のがポメラニアンになったのは疲労のせいなのだろう。ならば尚のこと、私のことなど気にせず休むべきだ」
2振目の山鳥毛が水煙草のポメラニアンの唸り声に応対するので、審神者は目を見張りました。
「……ちょももん、一八〇番のポメラニアンが何を言っているかわかるのか」
「同位体の言うことだ。多少は」
「ぎゃん! ぎゃん!」
「今のは?」
「『おやすみ小鳥、よい原稿を』」
「[[rb:わおおおおおおおおおん > 嘘をつくなァァァァァ]]!」
明日は同位体との意思疎通についても実験しないとね。そんなことを言いながら、振り向きもせず離れへと去っていく審神者の背を、水煙草のポメラニアンはやるせない気持ちで見送ります。かわいいものだいしゅきな日光一文字にだっこされたまま。
