ライナスの布
何よりも安心できる気配を感じながら、俺は夢を見ていた。
朧げながらも覚えていた小田原で、まだ打たれて間もなかった俺は、本歌の前で顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「ほら、かわいい俺の写し。そろそろ泣くのはおよし、そんなに擦っては腫れてしまうよ」
「ひっ……ううっ……ほ、ほんかあ……いかないで」
おそらくこれは俺と本歌が別れる時の夢だ。
あの時俺は本歌と別れるのが悲しくて、心細くて、何とかして本歌が遠くへ行ってしまわないようにと、泣きながら必死になって本歌を引き止めようとした。
「まったく……泣き虫だねお前は……」
困ったように本歌が笑うと、自分の外套である白い布を脱いだ。
そして俺の身体を抱きしめるようにして、俺にその布を身に着けさせた。
俺は驚きの余り涙を引っ込ませて本歌を見上げると、本歌はとても綺麗な笑顔で俺を見下ろした。
「まだまだ幼い俺の写し子。俺の写しとして打たれたのならば、強くおなり。人の子に永く愛される様な、立派な付喪神になるんだよ」
「……も、もし、おれがその……つよくなって、りっぱなつくもがみになれたら……またほんかにあえる……?」
「そうだな……俺とお前が共に長くこの世にある事が出来たら……いずれ会えるかもしれないね」
そう言って微笑んだ本歌が見上げた空には、彼の瞳より明るい青に、狼煙の様な白い雲が遠くで漂っていた。
本歌と別れてすぐの俺は、本歌がいないのがとても悲しくて、寂しくて、本歌の夢を見ては飛び起きて泣いていた。
そんな夜はいつも本歌がくれた布に包まって眠った。
本歌の気配が残るこの布に包まっていたら、本歌がそばにいてくれるような気がして、安心して眠れる気がした。
時が流れ、俺を通して本歌を見る人の目が怖く感じるようになってしまった時は、頭からその布を被って、周りの世界を自分から遮断した。
そうすれば、本歌が守ってくれる気がしたからだ。
何百年も経っても俺はこの布を身に着け続けた。
裾が擦り切れても、どれだけ洗っても落とし切れなくなる程汚れてしまっても、俺はこの布を手放さなかった。
この布が手元にないだけで不安になってしまう程には、本歌がくれた布は俺にはなくてはならない大事な物だ。
……いつかは、この布に頼ってはいけない日が来る事は分かっている。
いつまでも本歌に守られている訳には行かない。
強くなりたい。
変わりたい。
本歌の後ろをついていくだけのただの写しじゃなくて、国広の第一の傑作として彼の隣に胸を張って立っていられるように。
次の催し物で道具が揃ったら、主に修行に行く事を伝えようと思う。
だからそれまでは、もう少しだけこの気配と温かい温度に包まれていたいと思った。
朧げながらも覚えていた小田原で、まだ打たれて間もなかった俺は、本歌の前で顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「ほら、かわいい俺の写し。そろそろ泣くのはおよし、そんなに擦っては腫れてしまうよ」
「ひっ……ううっ……ほ、ほんかあ……いかないで」
おそらくこれは俺と本歌が別れる時の夢だ。
あの時俺は本歌と別れるのが悲しくて、心細くて、何とかして本歌が遠くへ行ってしまわないようにと、泣きながら必死になって本歌を引き止めようとした。
「まったく……泣き虫だねお前は……」
困ったように本歌が笑うと、自分の外套である白い布を脱いだ。
そして俺の身体を抱きしめるようにして、俺にその布を身に着けさせた。
俺は驚きの余り涙を引っ込ませて本歌を見上げると、本歌はとても綺麗な笑顔で俺を見下ろした。
「まだまだ幼い俺の写し子。俺の写しとして打たれたのならば、強くおなり。人の子に永く愛される様な、立派な付喪神になるんだよ」
「……も、もし、おれがその……つよくなって、りっぱなつくもがみになれたら……またほんかにあえる……?」
「そうだな……俺とお前が共に長くこの世にある事が出来たら……いずれ会えるかもしれないね」
そう言って微笑んだ本歌が見上げた空には、彼の瞳より明るい青に、狼煙の様な白い雲が遠くで漂っていた。
本歌と別れてすぐの俺は、本歌がいないのがとても悲しくて、寂しくて、本歌の夢を見ては飛び起きて泣いていた。
そんな夜はいつも本歌がくれた布に包まって眠った。
本歌の気配が残るこの布に包まっていたら、本歌がそばにいてくれるような気がして、安心して眠れる気がした。
時が流れ、俺を通して本歌を見る人の目が怖く感じるようになってしまった時は、頭からその布を被って、周りの世界を自分から遮断した。
そうすれば、本歌が守ってくれる気がしたからだ。
何百年も経っても俺はこの布を身に着け続けた。
裾が擦り切れても、どれだけ洗っても落とし切れなくなる程汚れてしまっても、俺はこの布を手放さなかった。
この布が手元にないだけで不安になってしまう程には、本歌がくれた布は俺にはなくてはならない大事な物だ。
……いつかは、この布に頼ってはいけない日が来る事は分かっている。
いつまでも本歌に守られている訳には行かない。
強くなりたい。
変わりたい。
本歌の後ろをついていくだけのただの写しじゃなくて、国広の第一の傑作として彼の隣に胸を張って立っていられるように。
次の催し物で道具が揃ったら、主に修行に行く事を伝えようと思う。
だからそれまでは、もう少しだけこの気配と温かい温度に包まれていたいと思った。