ライナスの布
「……歌仙」
「なんだい……って切国!?布はどうしたんだい!?」
背後からの小さな声に歌仙が振り向くと、ずっと探していた切国が布を外してうつむいた状態で立っていたので、驚いて一歩後ずさった。
「……これを」
そう言って彼が差し出したのは、さっきまであれほど洗われるのを嫌がっていた彼の布と、出陣で返り血や土汚れが付いた山姥切の戦装束だった。
予想していなかった事に目を白黒にさせながらも、歌仙は彼が抱える布と服を受け取った。
「……それを、洗ってくれ」
「あ、ああ。任せてくれ、きっと綺麗にしてみせるよ」
どういう風の吹き回しなのか理由も分からいままだったが、何はともあれ目的の物が手に入ったので、頭に疑問符を浮かべながらも、切国に笑いかけた。
「山姥切、洗濯物を持ってきたよ……っと、切国もここにいたのか」
数時間後、洗濯物を洗い終わった歌仙が、山姥切の部屋に服を届けに行くと、彼は文机の前で本を読んでいた。
その背中には切国が彼のストールを頭から被った状態で、体重を完全に預けた状態で眠っていた。
「ああ、ありがとう歌仙。すまないけど今動けないから、服はそこに置いていてくれないかな?その偽物くんの布も預かっておくよ」
「ああ。そういえばどうやって切国に布を洗うように説得させたんだい?」
「ん?ああ、『俺の布』を貸してやるから、その布を歌仙に渡してこいって言ったんだよ」
「……それだけかい?」
切国は歌仙に布を渡して来た時に、ずっと下を向いて俯いていたので、てっきり歌仙は山姥切が一対一で説教に近い状態で説得でもしたんじゃないかと考えていた。
しかしそういう訳ではないらしく、おまけに自分のストールを貸してやる位の、いつもの彼では考えられないような甘い対応だった。
普段顔を合わせれば、自分の身なりに無頓着な切国に、寝ぐせや服装を指摘しては口論になっている二振りを何度も見ているので、歌仙は半分納得がいかない様に首を傾げた。
半信半疑の表情を浮かべる歌仙を見て、山姥切は小さく笑った。
「ああ、どうやら俺の気配を纏った布は安心するらしいね。予備を貸したらすぐに眠ってしまったよ」
「あの布にも、君の気配を纏わせていたのかい?切国とはそれなりの年月過ごしてきたけど、あの布から他の者の気配がした気はしなかったが」
「偽物くんの布は、元々俺が使っていた物だったんだよ。昔まだ幼子同然だった偽物くんと別れる時に、俺があげたんだ。この本丸に来て刀剣男士としての姿を初めて見た時は、まだそんな物持っていたのかと思っていたんだけれどね……「これを被っていたら、守ってくれているみたいで安心する」なんて言われてしまうと……ね」
そこで一旦言葉と区切った山姥切は、思い出したみたいに小さく噴き出して、口元に手を当ててクスクスと笑いだした。
いつも人好きのする笑顔を見せる事はあるが、眉尻を下げて、頬を赤く染めながら笑う山姥切は珍しくとても新鮮に見えた。
「生意気だと思っていた写しに、あんな可愛げのある事を言われたら、つい甘やかしたくなってしまったんだよ」
「成程、そうだったんだね」
彼の裏の無い笑顔に、歌仙も思わず頬が緩んだ。
眠っている切国に再度目を向けてみると、頭からすっぽりと山姥切の布を被って、とても大事な物だと主張する様に自分の身体に巻き付けている。
その寝顔は、戦う事を知らない幼子の様にあどけなく、安心しきった顔をしていた。
良い夢でも見ているのか、口角が僅かに上がっている、これはしばらくは起きないだろう。
「じゃあ、あと数刻もしない内に夕餉だろうから、また呼びに来るよ」
「ああ。お願いするよ」
ここで長居しては切国を起こしてしまうだろうと、歌仙は会話を切り上げて退室した。
最後に部屋を出ていく前に僅かに振り返って彼らを横目に見ると、山姥切が肩越しに切国に微笑みかけていた。
その微笑ましい光景に、歌仙は何だか歌を詠みたいなと考えながら、自分の部屋へ向かう廊下を歩いていった。
「なんだい……って切国!?布はどうしたんだい!?」
背後からの小さな声に歌仙が振り向くと、ずっと探していた切国が布を外してうつむいた状態で立っていたので、驚いて一歩後ずさった。
「……これを」
そう言って彼が差し出したのは、さっきまであれほど洗われるのを嫌がっていた彼の布と、出陣で返り血や土汚れが付いた山姥切の戦装束だった。
予想していなかった事に目を白黒にさせながらも、歌仙は彼が抱える布と服を受け取った。
「……それを、洗ってくれ」
「あ、ああ。任せてくれ、きっと綺麗にしてみせるよ」
どういう風の吹き回しなのか理由も分からいままだったが、何はともあれ目的の物が手に入ったので、頭に疑問符を浮かべながらも、切国に笑いかけた。
「山姥切、洗濯物を持ってきたよ……っと、切国もここにいたのか」
数時間後、洗濯物を洗い終わった歌仙が、山姥切の部屋に服を届けに行くと、彼は文机の前で本を読んでいた。
その背中には切国が彼のストールを頭から被った状態で、体重を完全に預けた状態で眠っていた。
「ああ、ありがとう歌仙。すまないけど今動けないから、服はそこに置いていてくれないかな?その偽物くんの布も預かっておくよ」
「ああ。そういえばどうやって切国に布を洗うように説得させたんだい?」
「ん?ああ、『俺の布』を貸してやるから、その布を歌仙に渡してこいって言ったんだよ」
「……それだけかい?」
切国は歌仙に布を渡して来た時に、ずっと下を向いて俯いていたので、てっきり歌仙は山姥切が一対一で説教に近い状態で説得でもしたんじゃないかと考えていた。
しかしそういう訳ではないらしく、おまけに自分のストールを貸してやる位の、いつもの彼では考えられないような甘い対応だった。
普段顔を合わせれば、自分の身なりに無頓着な切国に、寝ぐせや服装を指摘しては口論になっている二振りを何度も見ているので、歌仙は半分納得がいかない様に首を傾げた。
半信半疑の表情を浮かべる歌仙を見て、山姥切は小さく笑った。
「ああ、どうやら俺の気配を纏った布は安心するらしいね。予備を貸したらすぐに眠ってしまったよ」
「あの布にも、君の気配を纏わせていたのかい?切国とはそれなりの年月過ごしてきたけど、あの布から他の者の気配がした気はしなかったが」
「偽物くんの布は、元々俺が使っていた物だったんだよ。昔まだ幼子同然だった偽物くんと別れる時に、俺があげたんだ。この本丸に来て刀剣男士としての姿を初めて見た時は、まだそんな物持っていたのかと思っていたんだけれどね……「これを被っていたら、守ってくれているみたいで安心する」なんて言われてしまうと……ね」
そこで一旦言葉と区切った山姥切は、思い出したみたいに小さく噴き出して、口元に手を当ててクスクスと笑いだした。
いつも人好きのする笑顔を見せる事はあるが、眉尻を下げて、頬を赤く染めながら笑う山姥切は珍しくとても新鮮に見えた。
「生意気だと思っていた写しに、あんな可愛げのある事を言われたら、つい甘やかしたくなってしまったんだよ」
「成程、そうだったんだね」
彼の裏の無い笑顔に、歌仙も思わず頬が緩んだ。
眠っている切国に再度目を向けてみると、頭からすっぽりと山姥切の布を被って、とても大事な物だと主張する様に自分の身体に巻き付けている。
その寝顔は、戦う事を知らない幼子の様にあどけなく、安心しきった顔をしていた。
良い夢でも見ているのか、口角が僅かに上がっている、これはしばらくは起きないだろう。
「じゃあ、あと数刻もしない内に夕餉だろうから、また呼びに来るよ」
「ああ。お願いするよ」
ここで長居しては切国を起こしてしまうだろうと、歌仙は会話を切り上げて退室した。
最後に部屋を出ていく前に僅かに振り返って彼らを横目に見ると、山姥切が肩越しに切国に微笑みかけていた。
その微笑ましい光景に、歌仙は何だか歌を詠みたいなと考えながら、自分の部屋へ向かう廊下を歩いていった。