布攻防戦
「おや、彼らはどうしたのでしょうか?」
先程顕現した数珠丸に本丸を案内するために、彼とたわいない話をしながら一緒に廊下を歩いていた江雪は、数珠丸が立ち止まって見ている方向に目を向けた。
その先には、広い庭の一角で自分の布を使って激しく争う山姥切と国広がいた。
誰もこれに気が付いていないのかと、江雪はざっと周りを見渡したが、かなりの頻度で発生するこのケンカは既にこの本丸の日常茶飯事となっていたので、「またあいつらか」と生温かい目を向けたり、呆れ混じりの表情を浮かべる者がほとんどで、止めようとする者は今のところ誰もいなかった。
「……はあ、あの二振りはまたですか……すみませんが数珠丸殿、少々待っていただけないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「すみません……すぐに戻りますので」
江雪は数珠丸に一度断ってから、ゆったりとした動作で庭へ降りて、二振りの元へ向かった。
「二振共、喧嘩はお止めなさい」
「山姥切の食いしん坊!」
「ふん、そんな事しか言葉が出てこないのか?その頭の脳みそには、全部筋肉が詰まっているのかなこの脳筋!」
「あんたこそ言葉より先にすぐ手が出るじゃないか!この短気野郎!」
「なっ、どうやら屁理屈を言う頭はあるようだな偽物!!」
江雪が仲裁に入ろうと声を掛けるが聞こえていないらしく、互いに口汚く罵り合いながら、どちらも攻撃を止める気配すらない。
「……和睦の道は、無いようですね」
江雪は憂いを帯びたため息をつくと、自分の袈裟を大きく広げて、二振りを頭から包み込んだ。
「うわっ!?」
「っ!?」
突然頭から重たい布を被せられた二振りは、慌ててそこから抜け出そうと暴れたが、江雪の分厚い布は打刀二振り相手にもびくともせず、逆に身動きが出来ないようにがっちりと拘束した。
しばらく中でもぞもぞと動いていたが、息苦しくなってきたのかようやく二振りが江雪の袈裟から顔を出した。
「ぷはっ……ちょっと江雪、止めないでくれるかな!?俺はこの偽物くんとどうしても決着をつけないといけないのに!」
「そうだぞ江雪、俺のプリンの仇はまだ取れていない!!」
「周りに迷惑がかからないように気を配れるようにはなったようですが……戦いは嫌いです。落ち着くまでこうしています」
そう言って彼は二振りを拘束したまま、彼らの動向をずっと伺っていた数珠丸の元に戻った。
「数珠丸殿、お待たせしました」
「いえ、大丈夫です。……彼らはこのままで大丈夫なのですか?」
「ええ、いつもの事なので大丈夫です。では次へ案内します」
「はあ。分かりました」
数珠丸は一度心配そうに二振りに目を向けたが、江雪は慣れた風に彼らを拘束したまま歩き出した。
「このままで案内する事ないだろう。離してくれ江雪!」
「同感だ、俺だって山姥切と一緒にこのままなんてごめんだ!」
「おい、それはどういう意味だ偽物くん!」
「今の状態で離したら、また喧嘩を始めるでしょう?なので離しません。まだ暴れるのなら……仕方ありません。まとめて二振り共吹き飛ばす事にします」
江雪の布の中でも掴み合いを始めようとしていた二振りだったが、江雪らしからぬ言葉を聞いて、一気に大人しくなった。
前に同じような理由でケンカになった時、たまたま近くにいた小夜が巻き込まれかけて、怒った江雪がケンカを止める為に、自分の袈裟で二振りまとめて思い切り遠くまで吹き飛ばしたのだ。
一発のダメージが大きい江雪の袈裟の攻撃は、カンストした二振を一気に中傷まで追い込み、特例で仲良く手入れ部屋行きとなったのだ。
普段余り怒る事のないぶん、怒った江雪の攻撃はかなり怖い。
なので山姥切と国広は、袈裟の中でそのまま大人しく引きずられていった。
江雪が二振りを引きずったまま、いつもの顔で数珠丸を案内する様子はかなりシュールに見えたらしく、すれ違う刀達に爆笑されたり、好奇の目で見られたり、亀甲に至っては「羨ましい……!」と羨望の目で見られ、長時間かなり恥ずかしい思いをした。
その後しばらく左文字部屋では、恥ずかしさのあまり山姥切と国広が部屋の隅で紅白饅頭ならぬ、青と白の布饅頭になっている姿が見られたと言う。