長方形のプラネタリウム
「ああ、来たな」
「山姥切、今日で一カ月経った。カンストの祝いをハンガーラックにした理由を教えてくれないか」
「約束だからね。用意してあるから入りなよ」
「ああ、失礼する」
一か月後の約束の日の夜。
国広が山姥切の部屋を訪ねると、部屋の主は既に何かを用意していたらしく、彼は部屋に籠るようになってから、今まで誰も入れなかった部屋の中に国広を招いた。
一言断って国広が部屋に入ると、部屋の真ん中に一定距離に置いた低めのハンガーラック二台と、それに跨る様に掛けられた山姥切のストールがあった。
「……山姥切、これはなんだ?」
「それはこれからのお楽しみだよ。そこの座布団に頭を乗せて仰向けになってくれ」
「あ、ああ。分かった」
山姥切が指さしたストールの下には、座布団が二つ並んであったので、国広は困惑しながらも彼の言う通りに仰向けに寝転がった。
低めに調整されたハンガーラックに掛かっている山姥切のストールは、真ん中に向かって少し弛んでいて、思い切り手を伸ばせば触れそうな程近い。
視界いっぱい広がる深い青色と、ストール自体が分厚い生地でできているので薄暗く、静かな部屋の中でこうして横たわっていれば、良い睡眠がとれるかもしれない。
「じゃあ、失礼するよ」
そのまま国広がうとうとしていると、山姥切はストールの下に潜り込んで、国広と肩がくっつく程の近さで隣に寝転がった。
あまりにも至近距離に国広は目を剥き、先程の眠気は一気に吹っ飛んだ。
「わっ!?……や、山姥切!?」
「何をそんなに慌てているんだよ。ほら、狭いからもう少しそっちに詰めてくれないか」
「え!?あ、えっと、分かった。ちょっと待ってくれ」
国広が慌てていると、山姥切が呆れた顔で詰めるように促したので、彼はバタバタと音を立てながらハンガーラックがぶつかる寸前まで詰めた。
「さっき眠そうな顔をしていたな。疲れているなら日を改めてもいいけど」
「い、いや、大丈夫だ。さっきので起きた」
「そう?じゃあ、見ていなよ」
おもむろに山姥切がストールに手をかざすと、ストールの青がみるみる深い闇色に変わり、同時に一つ二つと星が灯り始め、彼のストールはいつしか満天の星空に一変した。
「……すごい」
「久しぶりにやったのと、誰かに見せるのは初めてだったから、中途半端な物を見せる訳にはいかなかったんだよ」
「いつの間にこんな事ができるようになったんだ?」
「この本丸に来る前からかな。その時に世話になっていた役人が星好きで、プラネタリウムを観るのが趣味でね。彼の話を聞いていたら俺もはまって、一緒にプラネタリウムを観に行ったりもしたんだ。けど互いに仕事が忙しくて中々行けなかったから、どうにかできないかと思って色々と考えてね。色々試行錯誤していたら偶然できてしまったんだよ」
山姥切が政府にいた頃の話はほとんど聞いた事が無かったので、まさか彼からそんな話が出て来るとは思わず、国広は隣で懐かしそうに目を細める彼の横顔を見つめた。
「政府にいた頃からできていたのか?……知らなかった」
「あまり大っぴらにしていいとも思えなかったからね。皆には内緒にしていたんだ」
「そうなのか……でも、誰かの為に覚えたというのは……あんたらしいな」
この本丸に来てからそれなりの月日が経つというのに、こんな素敵な特技をずっと秘密にされていたのかと少し寂しい気持ちになったが、その特技を身に着けたきっかけが、普段から「持てる者こそ、与えなくては」と口にしている山姥切らしくて、国広は寂しさと同時にそれを上回る誇らしい気持ちになって、思わず頬を緩めた。
「プラネタリウムを彼と何度か観に行って、星座の解説もいくつか覚えたんだ。いくつか教えてあげようか」
「ああ、ぜひ聞かせてくれ」
食い気味に催促する国広に山姥切はニッと得意げに笑うと、彼に指でストールに浮かび上がった星空を見上げる様に促した。
「では始めるぞ。人の子の教科書には大抵夏の星座や冬の星座が載っているんだけど、春の星座にも中々面白い星座があるんだ」
山姥切が夜空の中央を指さすと、柄杓の形に並んだ七つの星が現れた。
「春の星座を探していくには北の空、まずこの北斗七星から探すんだ。おおぐま座の身体の一部になっているんだ。そしてこの星とこの星を結んだ線を伸ばすと北極星。それを先頭に小さな北斗七星の様に並んでいるのがこぐま座だよ。神話によるとこの二匹は親子の星座らしいね」
北斗七星の柄の方を指でなぞってからその延長線上まで指を滑らせると、一回り小さな七つ星が現れ、ストール全体に手を滑らせると二つの七つ星は線を結んで、銀色の輪郭に縁どられた二頭の熊の姿が浮かび上がった。
「北斗七星の柄の部分を伸ばしていくと、オレンジの星……うしかい座のアークトゥルスという星に辿り着く。そしてこの曲線を更に伸ばしていくと……おとめ座の一等星、青い星のスピカに辿り着く。このアークトゥルスとスピカは「春の夫婦星」とも言われているらしいよ」
山姥切が北斗七星の柄をなぞるように指で弧を描くと、二匹の猟犬を従えた巨人と、麦の穂と翼を持った女神の姿が浮かび上がり、山姥切が示した一等星が一際大きく輝いていた。
「山姥切、今日で一カ月経った。カンストの祝いをハンガーラックにした理由を教えてくれないか」
「約束だからね。用意してあるから入りなよ」
「ああ、失礼する」
一か月後の約束の日の夜。
国広が山姥切の部屋を訪ねると、部屋の主は既に何かを用意していたらしく、彼は部屋に籠るようになってから、今まで誰も入れなかった部屋の中に国広を招いた。
一言断って国広が部屋に入ると、部屋の真ん中に一定距離に置いた低めのハンガーラック二台と、それに跨る様に掛けられた山姥切のストールがあった。
「……山姥切、これはなんだ?」
「それはこれからのお楽しみだよ。そこの座布団に頭を乗せて仰向けになってくれ」
「あ、ああ。分かった」
山姥切が指さしたストールの下には、座布団が二つ並んであったので、国広は困惑しながらも彼の言う通りに仰向けに寝転がった。
低めに調整されたハンガーラックに掛かっている山姥切のストールは、真ん中に向かって少し弛んでいて、思い切り手を伸ばせば触れそうな程近い。
視界いっぱい広がる深い青色と、ストール自体が分厚い生地でできているので薄暗く、静かな部屋の中でこうして横たわっていれば、良い睡眠がとれるかもしれない。
「じゃあ、失礼するよ」
そのまま国広がうとうとしていると、山姥切はストールの下に潜り込んで、国広と肩がくっつく程の近さで隣に寝転がった。
あまりにも至近距離に国広は目を剥き、先程の眠気は一気に吹っ飛んだ。
「わっ!?……や、山姥切!?」
「何をそんなに慌てているんだよ。ほら、狭いからもう少しそっちに詰めてくれないか」
「え!?あ、えっと、分かった。ちょっと待ってくれ」
国広が慌てていると、山姥切が呆れた顔で詰めるように促したので、彼はバタバタと音を立てながらハンガーラックがぶつかる寸前まで詰めた。
「さっき眠そうな顔をしていたな。疲れているなら日を改めてもいいけど」
「い、いや、大丈夫だ。さっきので起きた」
「そう?じゃあ、見ていなよ」
おもむろに山姥切がストールに手をかざすと、ストールの青がみるみる深い闇色に変わり、同時に一つ二つと星が灯り始め、彼のストールはいつしか満天の星空に一変した。
「……すごい」
「久しぶりにやったのと、誰かに見せるのは初めてだったから、中途半端な物を見せる訳にはいかなかったんだよ」
「いつの間にこんな事ができるようになったんだ?」
「この本丸に来る前からかな。その時に世話になっていた役人が星好きで、プラネタリウムを観るのが趣味でね。彼の話を聞いていたら俺もはまって、一緒にプラネタリウムを観に行ったりもしたんだ。けど互いに仕事が忙しくて中々行けなかったから、どうにかできないかと思って色々と考えてね。色々試行錯誤していたら偶然できてしまったんだよ」
山姥切が政府にいた頃の話はほとんど聞いた事が無かったので、まさか彼からそんな話が出て来るとは思わず、国広は隣で懐かしそうに目を細める彼の横顔を見つめた。
「政府にいた頃からできていたのか?……知らなかった」
「あまり大っぴらにしていいとも思えなかったからね。皆には内緒にしていたんだ」
「そうなのか……でも、誰かの為に覚えたというのは……あんたらしいな」
この本丸に来てからそれなりの月日が経つというのに、こんな素敵な特技をずっと秘密にされていたのかと少し寂しい気持ちになったが、その特技を身に着けたきっかけが、普段から「持てる者こそ、与えなくては」と口にしている山姥切らしくて、国広は寂しさと同時にそれを上回る誇らしい気持ちになって、思わず頬を緩めた。
「プラネタリウムを彼と何度か観に行って、星座の解説もいくつか覚えたんだ。いくつか教えてあげようか」
「ああ、ぜひ聞かせてくれ」
食い気味に催促する国広に山姥切はニッと得意げに笑うと、彼に指でストールに浮かび上がった星空を見上げる様に促した。
「では始めるぞ。人の子の教科書には大抵夏の星座や冬の星座が載っているんだけど、春の星座にも中々面白い星座があるんだ」
山姥切が夜空の中央を指さすと、柄杓の形に並んだ七つの星が現れた。
「春の星座を探していくには北の空、まずこの北斗七星から探すんだ。おおぐま座の身体の一部になっているんだ。そしてこの星とこの星を結んだ線を伸ばすと北極星。それを先頭に小さな北斗七星の様に並んでいるのがこぐま座だよ。神話によるとこの二匹は親子の星座らしいね」
北斗七星の柄の方を指でなぞってからその延長線上まで指を滑らせると、一回り小さな七つ星が現れ、ストール全体に手を滑らせると二つの七つ星は線を結んで、銀色の輪郭に縁どられた二頭の熊の姿が浮かび上がった。
「北斗七星の柄の部分を伸ばしていくと、オレンジの星……うしかい座のアークトゥルスという星に辿り着く。そしてこの曲線を更に伸ばしていくと……おとめ座の一等星、青い星のスピカに辿り着く。このアークトゥルスとスピカは「春の夫婦星」とも言われているらしいよ」
山姥切が北斗七星の柄をなぞるように指で弧を描くと、二匹の猟犬を従えた巨人と、麦の穂と翼を持った女神の姿が浮かび上がり、山姥切が示した一等星が一際大きく輝いていた。