長方形のプラネタリウム
「山姥切、今日の出陣でカンストを迎えたと聞いた、おめでとう。これは俺からの祝いだ」
その日の夜、山姥切の写し刀である山姥切国広が、祝いの酒を持って部屋を訪ねて来た。
初めの頃は「偽物」、「偽物じゃない」と言い合いになっては、嫌みの応酬や殴り合い、終いには斬り合いに発展しては仲間達や審神者に叱られていたが、互いに腹を割って何度も話し合った。
それでも何度も喧嘩に発展もしたが、周囲の根気強い支えもあり、今となってはこうして夜に時折酒を飲み合う仲になっている。
お盆に乗せられた徳利と山姥切が愛用しているお猪口を見て、山姥切は頬を緩ませた。
「ありがとう国広。早速頂こうかな」
「ああ」
山姥切は国広を部屋に入れると、来客用と自分の座布団を用意して、自分の向かいに国広を座らせた。
国広は白い陶器のお猪口に徳利に入っていた酒を注ぎ入れると、山姥切に差し出した。
「そら」
「ああ。……うん、美味いね。いい酒を選んだじゃないか」
「口に合ったみたいでよかった」
山姥切は国広からお猪口を受け取り、しばらくその水面を眺めると、舐める程度の少量の酒を口に含んだ。
口に広がる酒の味と香りに彼が満足げに頷くと、国広はほっとした表情を浮かべた。
「おや、お前の分の杯はどうしたんだ?」
じっくりと時間をかけて味わいながら最初の一杯を空にすると、山姥切は国広がいつも使っているぐい吞みが無い事に気が付いた。
「俺の分は持ってきていない。あんたが全部飲んでくれ」
「お前も飲みなよ」
山姥切が徳利を持って酒を勧めると、国広は少し戸惑った顔をした。
「いや、それはあんたに飲んでもらう為に用意した酒なんだ。俺が飲んでは意味が無いだろう」
「俺の為の酒なのだから、俺がどうしようと勝手だろう?……ほら、折角のいい酒なんだから。お前も飲め」
「……では、一杯だけ」
山姥切は徳利を掴んでお猪口に酒を注いで国広に差し出すと一度遠慮したが、山姥切がもう一度ずいと差し出すと、国広はおずおずと両手でお猪口を受け取った。
先程までの遠慮がちな態度とは裏腹に、クイと一息にその酒を飲み干した。
山姥切は酒を飲む時はちびちびと時間をかけて酒を味わいながら飲む。
対して国広は酒を飲むまでは長いが、一度飲み始めると杯が空になるまで一気に飲み干している。
国広の飲み方に「高い酒がもったいない」と言う者もいたが、山姥切は密かに彼の飲み方の思い切りの良さを好ましく思っていた。
お猪口から口を離した国広は、ホウと息をついて口元を綻ばせると空になったお猪口を見下ろした。
「……うまいな」
「ふふ、いい飲みっぷりだ。じゃあ後はお酌して貰おうかな」
「ああ、もちろんだ。残りはあんたが飲んでくれ」
国広は山姥切に再び酒で満たしたお猪口を勧めた。
「そういえば、主からの祝いにハンガーラックを頼んだと聞いたが……なぜハンガーラックだったんだ?」
「ん~?」
徳利の酒が空になって山姥切の白い頬が桜色に色づいてきた頃、ずっと彼のお酌をしていた国広は疑問に思っていた事を尋ねた。
酒がまわって上機嫌になっている山姥切は、いつもの凛々しい表情を崩していて、にこやかな表情で首を傾げた。
宴会ではほとんど飲まないので他の刀達にはあまり知られていないが、山姥切はあまり酒が強くない。
彼自身酒を飲むのは嫌いでは無くむしろ好きな方なのだが、少量の酒ですぐに顔が真っ赤になってふにゃふにゃになってしまうのだ。
本刃が周りにそれを知られてしまうのを嫌がって飲まなくなったが、国広は彼が自分にその姿を見せられる程には心を開いてくれていると初めて気づくと、むずがゆい気持ちになったものだ。
「ふふふ、内緒だよ。まだ、ね」
「そうか……」
「そんなにしょんぼりしなくてもいいだろう?ふふ、子犬みたいだねえ国広は」
少し残念そうにした国広の顔を見て、山姥切はぽやぽやした微笑みを浮かべて彼の頭を撫でた。
酒に酔っている山姥切にいつも子ども扱いされて少しもやもやしている国広だったが、変に断ってこの微笑みを見れなくなるのはあまりに惜しいので、黙ってされるがままにした。
「そうだなあ……来月の今日、教えてあげるよ」
「本当か?」
「ああ、今の俺は気分がいいからね。その代わりそれまで俺の部屋に来てはいけないよ。酒の誘い以外はね」
数日後、カンストしたお祝いとして取り寄せたハンガーラックが、審神者から山姥切へ贈られた。
他の刀の半分以下の金額ですんだので、残りの分は約束通り審神者と買い物に行く時の資金に使われた。
いい買い物だったらしく、日が落ちる時間に本丸に帰ってきた時に、彼は重そうな紙袋を満足そうに抱えていた。
それから山姥切は、時折非番の時は部屋に籠るようになった。
開けっ放しになっている事も多かった部屋の入口は、山姥切が籠る時にぴったりと閉じられ、外から耳を澄ましても、中から時折紙がめくれる音が聞こえなければ誰もいないのではないかと思う程静かだった。
今まで本丸内を歩き回っている事が多かった山姥切の変化に、体調が悪いのか、部屋で何をしているのかなど他の刀達にも聞かれていたが、彼は「ちょっとした趣味だよ」と曖昧に笑うだけで誰にも明かさなかった。
国広は彼の言いつけ通りに、夜の酒に誘う時は夕餉の直後や、風呂に入る時など偶然会った時など、直接部屋を訪ねる事がないように心がけた。
その日の夜、山姥切の写し刀である山姥切国広が、祝いの酒を持って部屋を訪ねて来た。
初めの頃は「偽物」、「偽物じゃない」と言い合いになっては、嫌みの応酬や殴り合い、終いには斬り合いに発展しては仲間達や審神者に叱られていたが、互いに腹を割って何度も話し合った。
それでも何度も喧嘩に発展もしたが、周囲の根気強い支えもあり、今となってはこうして夜に時折酒を飲み合う仲になっている。
お盆に乗せられた徳利と山姥切が愛用しているお猪口を見て、山姥切は頬を緩ませた。
「ありがとう国広。早速頂こうかな」
「ああ」
山姥切は国広を部屋に入れると、来客用と自分の座布団を用意して、自分の向かいに国広を座らせた。
国広は白い陶器のお猪口に徳利に入っていた酒を注ぎ入れると、山姥切に差し出した。
「そら」
「ああ。……うん、美味いね。いい酒を選んだじゃないか」
「口に合ったみたいでよかった」
山姥切は国広からお猪口を受け取り、しばらくその水面を眺めると、舐める程度の少量の酒を口に含んだ。
口に広がる酒の味と香りに彼が満足げに頷くと、国広はほっとした表情を浮かべた。
「おや、お前の分の杯はどうしたんだ?」
じっくりと時間をかけて味わいながら最初の一杯を空にすると、山姥切は国広がいつも使っているぐい吞みが無い事に気が付いた。
「俺の分は持ってきていない。あんたが全部飲んでくれ」
「お前も飲みなよ」
山姥切が徳利を持って酒を勧めると、国広は少し戸惑った顔をした。
「いや、それはあんたに飲んでもらう為に用意した酒なんだ。俺が飲んでは意味が無いだろう」
「俺の為の酒なのだから、俺がどうしようと勝手だろう?……ほら、折角のいい酒なんだから。お前も飲め」
「……では、一杯だけ」
山姥切は徳利を掴んでお猪口に酒を注いで国広に差し出すと一度遠慮したが、山姥切がもう一度ずいと差し出すと、国広はおずおずと両手でお猪口を受け取った。
先程までの遠慮がちな態度とは裏腹に、クイと一息にその酒を飲み干した。
山姥切は酒を飲む時はちびちびと時間をかけて酒を味わいながら飲む。
対して国広は酒を飲むまでは長いが、一度飲み始めると杯が空になるまで一気に飲み干している。
国広の飲み方に「高い酒がもったいない」と言う者もいたが、山姥切は密かに彼の飲み方の思い切りの良さを好ましく思っていた。
お猪口から口を離した国広は、ホウと息をついて口元を綻ばせると空になったお猪口を見下ろした。
「……うまいな」
「ふふ、いい飲みっぷりだ。じゃあ後はお酌して貰おうかな」
「ああ、もちろんだ。残りはあんたが飲んでくれ」
国広は山姥切に再び酒で満たしたお猪口を勧めた。
「そういえば、主からの祝いにハンガーラックを頼んだと聞いたが……なぜハンガーラックだったんだ?」
「ん~?」
徳利の酒が空になって山姥切の白い頬が桜色に色づいてきた頃、ずっと彼のお酌をしていた国広は疑問に思っていた事を尋ねた。
酒がまわって上機嫌になっている山姥切は、いつもの凛々しい表情を崩していて、にこやかな表情で首を傾げた。
宴会ではほとんど飲まないので他の刀達にはあまり知られていないが、山姥切はあまり酒が強くない。
彼自身酒を飲むのは嫌いでは無くむしろ好きな方なのだが、少量の酒ですぐに顔が真っ赤になってふにゃふにゃになってしまうのだ。
本刃が周りにそれを知られてしまうのを嫌がって飲まなくなったが、国広は彼が自分にその姿を見せられる程には心を開いてくれていると初めて気づくと、むずがゆい気持ちになったものだ。
「ふふふ、内緒だよ。まだ、ね」
「そうか……」
「そんなにしょんぼりしなくてもいいだろう?ふふ、子犬みたいだねえ国広は」
少し残念そうにした国広の顔を見て、山姥切はぽやぽやした微笑みを浮かべて彼の頭を撫でた。
酒に酔っている山姥切にいつも子ども扱いされて少しもやもやしている国広だったが、変に断ってこの微笑みを見れなくなるのはあまりに惜しいので、黙ってされるがままにした。
「そうだなあ……来月の今日、教えてあげるよ」
「本当か?」
「ああ、今の俺は気分がいいからね。その代わりそれまで俺の部屋に来てはいけないよ。酒の誘い以外はね」
数日後、カンストしたお祝いとして取り寄せたハンガーラックが、審神者から山姥切へ贈られた。
他の刀の半分以下の金額ですんだので、残りの分は約束通り審神者と買い物に行く時の資金に使われた。
いい買い物だったらしく、日が落ちる時間に本丸に帰ってきた時に、彼は重そうな紙袋を満足そうに抱えていた。
それから山姥切は、時折非番の時は部屋に籠るようになった。
開けっ放しになっている事も多かった部屋の入口は、山姥切が籠る時にぴったりと閉じられ、外から耳を澄ましても、中から時折紙がめくれる音が聞こえなければ誰もいないのではないかと思う程静かだった。
今まで本丸内を歩き回っている事が多かった山姥切の変化に、体調が悪いのか、部屋で何をしているのかなど他の刀達にも聞かれていたが、彼は「ちょっとした趣味だよ」と曖昧に笑うだけで誰にも明かさなかった。
国広は彼の言いつけ通りに、夜の酒に誘う時は夕餉の直後や、風呂に入る時など偶然会った時など、直接部屋を訪ねる事がないように心がけた。