布つくも
「おわっ!?」
喉が渇いたので水でも飲もうかと厨に向かっていると、丁度そちらの方から悲鳴と何かが倒れる音がしたので、国広が慌てて厨に駆け込むと、入り口の床で和泉守兼定が伸びていた。
彼の顔の部分には、歌仙兼定が極になる前のマントである『牡丹』がなぜか興奮した状態で、バサバサと裾をはためかせながら乗っかっていた。
「どうしたんだ牡丹。怒っているみたいだが、とりあえず和泉守から降りないか?」
「ああ国広、しばらくの間牡丹はそのままでいいよ。そこの無作法者に仕置きをしてやっているだけだからね」
国広が屈んで和泉守から牡丹を離そうとしたが、厨の鍋の前で夕餉を作っていた歌仙兼定が、不機嫌顔で手拭いで濡れた手を拭いきながら彼を止めた。
「まったく、せっかくできた料理をつまみ食いして、人数分ちゃんと数えて作っているというのに。今日は一つ君の皿から減らしておこう」
「そりゃあねえよ之定……」
歌仙からの容赦の無い追撃に、和泉守は情けない声を上げた。
「……あんたまた懲りずにつまみ食いしたのか」
「しょうがねえだろ……畑当番で腹減ってたんだ……」
床に強かに体と頭を打ち付けたであろう和泉守は、牡丹越しのぐぐもった声で呻く様に言った。
「なんであんなに出来たての奴っておいしそうに見えるんだろうな……」
「気持ちは分かるが……あれは手を出す物じゃない」
国広もあまりにお腹が空いていた時に、思わず出来たてのおかずに手を出してしまった事がある。
なので和泉守に気持ちは分かるが、その後の厨当番達の制裁を思い出すとまたやろうとは思えなかった。
それに比べたらつまみ食いの見張りをしている牡丹が、顔に飛びついてくるだけの制裁はまだかわいいものだろう。
それでも牡丹が自分よりも遥かに体格のいい相手を、床に引き倒すくらいの勢いで飛びついてくるので、恐ろしい事には変わりなかった。
「牡丹、そろそろどいてやれ。あんたが長い時間顔を覆っているとさすがに和泉守も息苦しいだろう」
国広の言葉に、牡丹はようやく渋々といった様子で和泉守の顔から降りた。
やっと解放された和泉守はやはり息苦しかったのか、牡丹がどいた瞬間に「ぶはっ」と息を吐き出して飛び起きた。
「はあ~助かったぜ」
「これに懲りたらつまみ食いなんてしない事だ」
「へいへい」
和泉守は慣れた様に国広の言葉を聞き流しながら、手をひらひらさせて厨を出ていった。
あまり反省していない彼の様子を見て、これはまた同じことをするだろうなと思いながら、呆れた目を向けていた国広だったが、話の途中で饅頭が居なくなっていた事に気が付いた。
「饅頭?」
饅頭が自分から離れてどこかに行く事は余りないので、国広が辺りを見回すとすぐに見つかった。
饅頭は気が付いたら厨の入口で頭の部分だけを少し出して、恐る恐るといった様子で厨の中を伺っていた。
「どうしたんだい?」
同じく饅頭に気が付いた歌仙が近づいて声をかけると、饅頭は驚いた様にピャッと跳ねあがって、そのままパタパタと音を立てて逃げてしまった。
「また逃げられてしまった……」
「あんたに追いかけられては、無理やり洗濯されていたのを覚えているんだろうな」
饅頭に逃げられて残念そうにする歌仙に、国広は遠い目をしながら布を無理矢理洗われた時を思い出した。
極になる前の国広は、どんなに自分の布が汚れても構わず使い続けていた。
そんな彼の布を洗う為に国広を追いかけまわしていたのが、この本丸の初期刀である歌仙だったのだ。
「仕方がないだろう。どれだけ汚れていても君といったら、いつまでも布を洗わなかったじゃないか」
歌仙は苦い顔をしながら、国広から目を反らした。
「綺麗すぎると、俺も饅頭も落ち着かないんだ。あれでも本丸に土は上げないように、土汚れはしっかり掃っている」
「染みついた汚れはそれでは落ちないだろう。今は随分とましにはなったけれど……はあ、一度は君が真っ白な布を纏っている姿を見てみたいものだ」
「やめてやってくれ、饅頭がまた逃げる。あいつが本気で逃げたら探すの大変なんだぞ」
「それはそうと国広、何かここに用があって来たのでは無いのかい?」
厨当番でもない国広が何故厨に来たのか分からなかったので、歌仙は理由を尋ねた。
「ああ、喉が渇いたから水を飲みに来たんだ。麦茶か何かあるか?」
「それなら冷えたものが冷蔵庫にあるよ。そろそろ無くなりそうだから、飲み切って貰えると助かるよ」
「ああこれか」
歌仙の言う通りに冷蔵庫を開けると、奥の方に麦茶が入っている容器がぽつりと佇んでいた。
それを取り出して、流し台の近くに置かれていたコップに、中に入っていた麦茶を注ぐと、コップに入る丁度いい量で容器の中の麦茶が切れた。
麦茶を飲み終えると、国広は使ったコップと一緒に容器を洗って水切りに置いた。
「ああ、洗ってくれたのか。ありがとう」
「これくらいの事はするさ。では饅頭を探してくる」
礼を言った歌仙に手を振って、国広は厨を出て饅頭が逃げていった方向へ歩いていった。
喉が渇いたので水でも飲もうかと厨に向かっていると、丁度そちらの方から悲鳴と何かが倒れる音がしたので、国広が慌てて厨に駆け込むと、入り口の床で和泉守兼定が伸びていた。
彼の顔の部分には、歌仙兼定が極になる前のマントである『牡丹』がなぜか興奮した状態で、バサバサと裾をはためかせながら乗っかっていた。
「どうしたんだ牡丹。怒っているみたいだが、とりあえず和泉守から降りないか?」
「ああ国広、しばらくの間牡丹はそのままでいいよ。そこの無作法者に仕置きをしてやっているだけだからね」
国広が屈んで和泉守から牡丹を離そうとしたが、厨の鍋の前で夕餉を作っていた歌仙兼定が、不機嫌顔で手拭いで濡れた手を拭いきながら彼を止めた。
「まったく、せっかくできた料理をつまみ食いして、人数分ちゃんと数えて作っているというのに。今日は一つ君の皿から減らしておこう」
「そりゃあねえよ之定……」
歌仙からの容赦の無い追撃に、和泉守は情けない声を上げた。
「……あんたまた懲りずにつまみ食いしたのか」
「しょうがねえだろ……畑当番で腹減ってたんだ……」
床に強かに体と頭を打ち付けたであろう和泉守は、牡丹越しのぐぐもった声で呻く様に言った。
「なんであんなに出来たての奴っておいしそうに見えるんだろうな……」
「気持ちは分かるが……あれは手を出す物じゃない」
国広もあまりにお腹が空いていた時に、思わず出来たてのおかずに手を出してしまった事がある。
なので和泉守に気持ちは分かるが、その後の厨当番達の制裁を思い出すとまたやろうとは思えなかった。
それに比べたらつまみ食いの見張りをしている牡丹が、顔に飛びついてくるだけの制裁はまだかわいいものだろう。
それでも牡丹が自分よりも遥かに体格のいい相手を、床に引き倒すくらいの勢いで飛びついてくるので、恐ろしい事には変わりなかった。
「牡丹、そろそろどいてやれ。あんたが長い時間顔を覆っているとさすがに和泉守も息苦しいだろう」
国広の言葉に、牡丹はようやく渋々といった様子で和泉守の顔から降りた。
やっと解放された和泉守はやはり息苦しかったのか、牡丹がどいた瞬間に「ぶはっ」と息を吐き出して飛び起きた。
「はあ~助かったぜ」
「これに懲りたらつまみ食いなんてしない事だ」
「へいへい」
和泉守は慣れた様に国広の言葉を聞き流しながら、手をひらひらさせて厨を出ていった。
あまり反省していない彼の様子を見て、これはまた同じことをするだろうなと思いながら、呆れた目を向けていた国広だったが、話の途中で饅頭が居なくなっていた事に気が付いた。
「饅頭?」
饅頭が自分から離れてどこかに行く事は余りないので、国広が辺りを見回すとすぐに見つかった。
饅頭は気が付いたら厨の入口で頭の部分だけを少し出して、恐る恐るといった様子で厨の中を伺っていた。
「どうしたんだい?」
同じく饅頭に気が付いた歌仙が近づいて声をかけると、饅頭は驚いた様にピャッと跳ねあがって、そのままパタパタと音を立てて逃げてしまった。
「また逃げられてしまった……」
「あんたに追いかけられては、無理やり洗濯されていたのを覚えているんだろうな」
饅頭に逃げられて残念そうにする歌仙に、国広は遠い目をしながら布を無理矢理洗われた時を思い出した。
極になる前の国広は、どんなに自分の布が汚れても構わず使い続けていた。
そんな彼の布を洗う為に国広を追いかけまわしていたのが、この本丸の初期刀である歌仙だったのだ。
「仕方がないだろう。どれだけ汚れていても君といったら、いつまでも布を洗わなかったじゃないか」
歌仙は苦い顔をしながら、国広から目を反らした。
「綺麗すぎると、俺も饅頭も落ち着かないんだ。あれでも本丸に土は上げないように、土汚れはしっかり掃っている」
「染みついた汚れはそれでは落ちないだろう。今は随分とましにはなったけれど……はあ、一度は君が真っ白な布を纏っている姿を見てみたいものだ」
「やめてやってくれ、饅頭がまた逃げる。あいつが本気で逃げたら探すの大変なんだぞ」
「それはそうと国広、何かここに用があって来たのでは無いのかい?」
厨当番でもない国広が何故厨に来たのか分からなかったので、歌仙は理由を尋ねた。
「ああ、喉が渇いたから水を飲みに来たんだ。麦茶か何かあるか?」
「それなら冷えたものが冷蔵庫にあるよ。そろそろ無くなりそうだから、飲み切って貰えると助かるよ」
「ああこれか」
歌仙の言う通りに冷蔵庫を開けると、奥の方に麦茶が入っている容器がぽつりと佇んでいた。
それを取り出して、流し台の近くに置かれていたコップに、中に入っていた麦茶を注ぐと、コップに入る丁度いい量で容器の中の麦茶が切れた。
麦茶を飲み終えると、国広は使ったコップと一緒に容器を洗って水切りに置いた。
「ああ、洗ってくれたのか。ありがとう」
「これくらいの事はするさ。では饅頭を探してくる」
礼を言った歌仙に手を振って、国広は厨を出て饅頭が逃げていった方向へ歩いていった。