すべてを燃やして零に戻る
身体中を走る激痛に、俺は目を覚ました。
身を起こそうとするだけで、全身を襲う電撃の様な痛みに身を縮こまらせて、漏れ出そうになる悲鳴を奥歯で噛み殺しながら、痛みの波が引くのを待つ。
しばらくしてようやく痛みが収まると、再び痛みが来ないように細心の注意を払って、そろそろと四つん這いになって部屋の障子に手を掛けた。
換気の為に開けた障子の向こうには、どんよりと澱んだ灰色の雲が、分厚く空を占領していた。
前に青空を見たのはいつだっただろうかと、俺は障子に体を凭れさせながらぼんやりと考えた。
主は少し気は弱いが、優しい人だった。
この本丸を始めてからすぐに行った初めての出陣で重傷を負った俺を、主は泣きながら手入れをしてくれた。
何から始めればいいのか分からない手探りの中、少しずつ仲間が増えていって……大変なことも多かったけど、あの頃は笑いが絶えない本丸だった。
……それがいつからだろうか。
終わりの見えない戦いに、徐々に無理な要求を増やしてくる政府からの指示に追い詰められ、主は少しずつおかしくなっていった。
無茶な進軍が増えて、重傷を負って撤退をすれば叱責の声を浴びせられ、時には暴力が振るわれるようになった。
決して多くない資源は、レアと呼ばれる刀を呼ぶための鍛刀に全て使われて、碌な刀装すら作れず、傷ついた皆を手入れする分もなくなってしまった。
俺は何度も主に皆の手入れをして欲しいと頼んだ。
しかし中々聞き入れてはもらえず、気まぐれにしか手入れをしてもらえない。
遠征や出陣で得た資材の一部を隠して、こっそり手入れをしようとしても、主の気を上手く逸らせなければ、すぐにバレて他の刀が更に傷つく事になる。
そうしている内に、体力や練度の低い短刀達から少しずつ折れていく刀まで出始めた。
……いつの間にか、この本丸は世に言うブラック本丸となり果てていた。
「隊長さん……」
掠れた弱々しい声に目を向けると、乱が泣きそうな顔で何かを包んだ布を抱えて立っていた。
そんな彼も、日に当てると綺麗に光っていた髪の毛はボサボサになっていて、毛先には固まって黒く変色した血がこびりついていた。
「乱……」
「前田と秋田が……」
前田と秋田は二振り共乱と同じで、本丸の初期の頃からいた刀だ。
先日の出陣で破壊寸前の重傷を負ってしまったのだが、手入れをしてもらえず、とにかく出来るだけの応急処置だけして安静にさせていたのだが……間に合わなかった。
ただの物言わぬ破片になってしまった仲間を指先で撫でて、心の中ですまないと謝罪した。
「……皆と同じ所に、埋めに行こうか」
「……うん」
立ち上がろうとしたが、足に激痛が走って碌な受け身も取れないまま、そのまま床に叩きつけられる。
俺も昨日の出陣で足に深手を負ってしまったせいで、まだ中傷ではあったが、正直歩くのも辛かった。
「隊長さん!」
乱がいる手前、床に転がったままでいる訳にはいかない。
細く息を吐いて痛みをやり過ごしながら、両手をついて起き上がった。
「大丈夫だ。……悪いが肩を貸してもらえないか?」
「ううん、やっぱりいいよ。隊長さんは寝てて」
「大丈夫だから、行こう」
何かを言いたげな顔をしながらも、乱はそれ以上は何も言わず、肩を貸してくれた。
短刀の身体で、打刀の俺の身体を支えるのはさぞ重くて大変だろう、申し訳ない気持ちで一杯だった。