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桜は何で色づくか

 あの後、二振りは力尽きた様に意識を落とした。
大慌てで仲間に連れられて帰った時には、どちらも重症よりの中傷だったが、手伝い札を使った事で、怪我はあっという間に治った。
頭の怪我を心配されていた国広は、特に後遺症の様なものもなく、手入れが終わったら、さっさと部屋から出て、遅くなった為に食べ損なった夕食を食べに厨へ向かった。
 ちょうど厨で、明日の朝食の仕込みをしていた歌仙に、簡単な料理を作ってもらい、食べ終わったので、皿を洗おうと流し台に立った。

「……桜の木の下には死体が埋まっている」

隣で野菜の皮をむいていた歌仙が、ふと呟いた。

「なんだ?」
「以前主に貸してもらった、本の冒頭に書いてあった文だよ。彼の桜を見ていたら、それを思い出してね。その本の話に尾ひれがついて、桜の木の下には死体が埋まっていて、その血を吸う事で桜は色づいていると言う、そんな話があるのさ。あくまでこれは噂話の類だけどね」
「そうなのか」
「面白そうな話をしているねえ」
「わあっ!?」

 歌仙の背後から気配もなく、にっかりが現れた。
彼の肩に手を置いて現れた為、驚いた歌仙は飛び上がって、持っていた野菜を取り落としそうになっていた。

「にっかりか、驚かさないでくれよ」
「ふふ、ごめんごめん。ちょっと喉が渇いちゃってね。水を取りに来たんだ」

 皿を洗っていた為、ちょうどガラスのコップが近くにあった国広は、蛇口を捻って水を汲むと、そのままにっかりに手渡した。
「ありがとう」と礼をいったにっかりは、その場で水をコップの半分まで飲み干した。

「僕もその本は読んだことがあるよ」
「君もあの本を呼んだのかい?怪談とかを読んでいる印象があるから、何だか意外だな」
「たまにはね、中々面白かったよ。さっき言っていた最初の一文が目についてね、昔から桜にはそういった話があったから」
「そうなのか?」
「おや、君は聞いた事はないかい?」

首を傾げた国広に、にっかりはコップを置いて、近くにある椅子に座った。

「今では桜は縁起がいいとは言われていたけど、昔は墓とか戦場とかで植えられる事が多かったから、死を連想させるとか、不吉とかいわれていたんだよ。そう思うと、さっきの話もあながち間違いではないのかもしれないね」
「……山姥切みたいだ」

 敵を斬り、血を浴びて己の桜を濃く色づかせる。
死を与えるとのたまう彼は、敵にとって不吉な事だ。
それでも美しい事には変わりはなく、周りを惹きつける力がある。
それはまさしく、山姥切を連想させる物だった。

「あれ、みんなしてどうしたの?」

厨に眼帯を付けた男が入ってきた。

「燭台切か、君も夜食かい?おかずなら、まだ余っているから作るけど」
「ありがとう、歌仙君。山姥切君が起きたから、何か軽い物でも食べられたらと思って、おにぎりでも作りに来たんだ」
「山姥切が、起きたのか?」

 山姥切は起きた事に、国広が食いつくように、振り向いた。 
同じく、手入れ部屋に入れられていた山姥切は、血を思ったより流していた為、手入れが終わった後でも、意識が戻っておらず、そのまま手入れ部屋で寝かされていたのだ。

「うん、まだ手入れ部屋からは、出られないらしいけどね。……桜の話をしていたのかい?」
「ああ、ちょうどその彼の桜の話をしていたんだ。血を吸って濃く色づく所が、似ていると思ってね」

まだ米が残っているおひつから、手ごろな量の米を取り出して、おにぎりを作り始める燭台切に、歌仙が先程まで話していた事を説明すると、燭台切がパッと表情を明るくした。

「確かにそうだね!ああ、でも山姥切君の戦った後の桜も綺麗だけど、彼自身の桜も綺麗だよね」
「山姥切自身の桜?本体の事か?」
「そうそう。彼を作った刀工、長船長義の刀の刀文は、桜花にも例えられているんだ。もしかしたら、山姥切君が元から持っている桜が、彼の誉桜をそうさせているのかもしれないね」

別系統の刀工とはいえ、彼も長船派に通ずるものがあるからか、燭台切は少し嬉しそうに話していた。
話が一段落ついて、おにぎりを3つ作り終えた燭台切が、その皿を持っていこうとすると、国広がそれを呼び止めた。

「燭台切」
「何だい?」
「……それ、俺が持って行ってもいいか?」

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