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桜は何で色づくか

 頬を掠める感触に、国広はゆっくりと目を開けた。
しばらくどことも焦点が合わず、ぼんやりとしていたが、しばらくじっとしていると、視界が像を結び始める。

「枝?」

 思考もはっきりしてきた所で、まず最初に気づいたのは、自分の上に乗っている何本もの木の枝だ。
自分で落ちて折れてしまったのなら分かるが、それにしては本数が多すぎる。
どこか意図的に、国広の上に乗せられていた物のようだ。

「山姥切?」

 意識を失う前、一緒に崖から落ちた、彼の姿が見えない事に気づいた国広は、慌てて身を起こすと、殴られた様な頭痛に、頭を押さえて体を丸めた。
痛みの波が収まって、恐る恐る頭を押さえていた手を離すと、右の手のひらに真っ赤な血がベッタリと付いていた。
 怪我を自覚すると、痛みがよりはっきりと感じ取られてしまう為、脈打つ度にズキズキと痛みが走る。
その痛みで、再び意識がぼんやりしかけていたが、今はそれどころではない。
痛みを振り切る様に頭を振って、頭痛をごまかしてから、自分に乗っている枝をよけて立ち上がった。

 辺りを見渡しても、山姥切の姿は見えない。
仲間を探しにどこかを歩き回っているのだろうか。
 だとしても、ここは厚樫山。
単独で動いて、もし敵部隊や検非違使と遭遇したら、いくら強い山姥切でも無事では済まないだろう。
地面に足跡は無いか、彼が通った事で折れた枝は無いか、少しでも痕跡を掴もうと目に入った物全てを見逃さないように、国広はいつもより集中して歩いた。

 しばらくそうしていると、小さなぬかるみに、彼が履いていた革靴の足跡が残っているのを見つけた。
よく見ると、それはかなり向こうまで続いている。
歩幅がかなり大きい事から、彼は走ってあちらの方へ行ってしまったのだろう。
 彼の足跡を追って国広も走って行くにつれて、地面に残っている足跡の数がどんどん増えていく。
さっき通った場所では、既に戦闘があったのか、足跡が酷く入り乱れていた。
中々見つからない山姥切に、国広はだんだん不安と焦燥に駆られて、気が付けば彼の名を呼びながら走っていた。

 彼の足跡を頼りに走り続けていると、今まで木々が生い茂る森だったのに、途端に木の生えていない、だだっ広い平地に出た。
 そこには、今までに見た事無い程の数の時間遡行軍がいた。
一、二……いや何部隊いるのだろう、とても数えきれない。
それ程の時間遡行軍の大群に、国広は思わずその場で硬直した。

 何か固い物がぶつかり合う音に、国広はようやく我に返り、時間遡行軍が何かを取り囲んでいる事に気が付いた。
黒い大群の隙間から、見慣れた銀髪が動いている。
何が起こっているのかすぐに分かった、国広は考えるまでもなく、刀を抜いてその大群に突っ込んだ。

「山姥切!!」
「!」

 国広の声に、山姥切が驚いた顔で振り向いた。
その顔は既に、返り血や泥で汚れている、羽織っている布の下は、数か所斬られていて、服が所々血が滲んでいる。

「はっ、随分と遅かったじゃないか。寝坊助くん?」
「すまない、無事か?」
「ふん、こんなもの。怪我のうちに入らないな」

 そう言って、不敵な笑みを浮かべる彼の背後に、短刀が迫っている事に気が付いた国広は、慌てて山姥切の肩越しに、敵短刀へ刀を突き刺し、そのまま彼の背中へ回って刀を構えた。

「この敵の量はなんだ?」
「俺が知る訳ないだろう?どうやら落ちた先は、敵の巣窟の近くだったみたいだ」
「逃げるか?」
「まさか、全部斬って捨てればいいだけだ。俺の背中を守れないような、情けない戦い方をしてくれるなよ、偽物くん」
「もちろんだ」

 そのまま二振りは背中合わせで、敵の大群に斬りかかった。
山姥切が敵の攻撃を受けて、国広が敵を斬る。
急所めがけて突き出された攻撃を、国広が横に飛びのいて避けて、その影から地面に屈んでいた山姥切が、地面を思い切り蹴って、その勢いのまま逆に敵の急所に刀を突きさす。
二振りの共闘は、まるで互いがどのように動いているのかが、最初から分かっている様で、初めて一緒に出陣したとは思えない程の連携だった。
 戦闘の中、国広は高揚していた。
山姥切が顕現してから数か月間、ずっと一緒に戦いたいと思っていた彼と今、こうして背中合わせで戦っている。
 今まで信頼できる仲間に、背中を預けて戦った事は何度もあったが、彼に背中を預けた瞬間、心からの充足感に、力がいくらでも湧いてくるような気がした。
敵は斬っても斬っても湧いてきて、絶体絶命な状況は変わりないのに。負ける気がしない。
いつもより軽く感じる体を存分に使って、国広は敵を斬り続けた。

 ふと、国広の目の前を何かが横切った。
足を止められないので、目で追う事しか出来ないそれは、瞬く間に地面の方へ姿を消した。
しかし、一度ならず二度、三度とそれは数を増やして、国広の視界に入ってくると、その正体が分かってくる。
視界を横切っていたのは、桜の花びらだった。
 こんな木々も生えていない場所に、桜なんて咲いているとは思えない。
しかし、袈裟切りにして消えていく敵の向こうから、さっきより多い桜が視界に飛び込んでくる。
舞い散る桜の下では、刀を振るう山姥切が、舞う様に敵を切り裂いていた。

 刀で相手を突き刺し、左腕の籠手で軽い攻撃を防ぎ、足で相手を蹴り上げては鞘で殴る。
そんな激しい、荒々しい戦い方なのに、彼が動く度に宙を舞う桜が、それに従うように動きを変えるので、動きの一つ一つが美しい。
 口元に笑みを浮かべて、全身で喜んでいるように戦う姿は、どこか妖艶にも感じられ、まだ敵がいるというのに、思わず見入ってしまいそうだ。
返り血を浴びながら、次の敵を見据える瑠璃色の瞳は鋭く、彼自身の切れ味を代弁しているかのように、爛々と光っている。

 国広が最後の一体を倒した所で、辺りの景色に変化が起こった。
自分の負った傷や、返り血とは関係なく、視界の赤みが増したのだ。
それは、敵を斬ることで上がる血煙だけが原因ではない。
最後の一体に止めを刺した山姥切の桜が、赤みを増した為に起こった事だった。
 ずっと見たいと思っていた彼の桜。
彼が気づかない位、遠くから眺める事しか出来なかったあの桜。
それが今、目の前で見る事が出来ている。

 血振りをした刀を納めた山姥切が、途端に振り返った。
返り血で髪や顔、服など色々な所が真っ赤に染まっている。
それでも、笑みを浮かべてこちらを見つめる瞳は青く、静かで、冷たくも感じる。
他の者が見たら、恐ろしいと感じる者もいるかもしれない。
 しかし、そんな恐怖なんて吹き飛んでしまう程、濃く色づく桜の下に佇む山姥切は美しく、国広はそんな彼から目を離す事が出来ず、自分も桜を舞わせている事にも気づかないで、ただただ山姥切に見とれていた。


 はぐれてしまった二振りを、ようやく見つける事が出来た仲間達は、足を止めて、目の前の光景に息を飲んだ。
雲間から差す光に照らされて、白く光って見える国広の桜。
戦っている時にしか現れない、濃く色づいた山姥切の桜。
二色の桜が、交じり合いながらひらひらと、向かい合って立っている、彼らの上で舞い踊る。

 白と、赤に近い桃色。

互いが互いの桜の色をを引き立たせていて、今までに見た事がない、美しい光景を作り上げていた。
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